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第4話 嘆きの灯台-4 劇場にて


「それで博士"入り口"は見つかったのかい?」

「盲点だったよ。新庁舎の方が正解だったらしい。地下に設計図にはない扉があっ

た。妙に厳重な警備つきでね。そちらはどうだったかねピエッタ君」

「やはり旧庁舎の方は警備が薄かったね。それに例の刑事、君達が新市庁舎から出

てきたと見るや目の色変えていたね」

「ふむ? つまりは?」

「なにかある、だね」



----



 朝起きる。飯を食う。仕事に行く。シーリィ女史を口説く。

 それこそが俺が行うべき日常であり、任務である。


「急いでいるの」


 家に帰る。寝る。

 また朝起きて飯を食い、仕事に行ってシーリィ女史を口説く。

 大切なのは諦めないこと。本来は引き際も肝心だが、この任務において逃げ場は無い。


「ディナーチケットがある? ならチケットだけ置いていって。父と行くから」


 口説く。


「好きな色? 嫌いな色なら貴方の作業着の色よ」


 口説く……


「話しかけないで」


 …………。


 岩山をツルハシで削るが如き苦行。シーリィ女史の頑なさを少々甘く見積もっていたかもしれない。だが絡まれには来る。会話も二言三言続きはする。期待はされている、でも様子見の段階、といったところなのだろうか。野鳥の狩りでもしているような気分になる。正直なところ初期ほどの手応えはなくなりつつある。


 今日も一人トボトボと家路につく。明日は仕事が休みだ。少し気分を変えてみたほうがいいかもしれない。先日の"花怪盗"市庁舎襲撃事件によって負った心の傷はまだ完全には癒えていない。

 何が楽しくて大人になって「ワハハ」だの「フハハ」しなければならないのだ。

しかも全身タイツの変質者姿で。

 止そう。明日だ。とにかく明日は一日オフにする。決めたぞ。







 意外に思われるかもしれないが、傭兵やっている人間には趣味人が多い。

 地獄的な日々を過ごしているせいか、平和的な非日常、休暇は文化的かつ有意義に過ごさなければならないという使命感に駆られるのだとか。俺はあんまりそういう事は無い。休みは休みだ。特に今みたいに精神的に疲れている時は。


 そして傭兵には荒っぽい見た目とは裏腹に高尚な趣味に興じる輩が多い。

 別段自分がそうであるとは思っていないが、一応俺もそれなりにハイソな趣味を嗜んではいる。

 これまた意外に思われるかもしれないが、傭兵に頭の悪い奴は少ない。

 存外頭が働くし蓄えている知識も豊富だ。武器や道具の存在や効果を知らなかったかったから負けました、では生きていられないからだ。人間命がかかれば何だってやれる。

 野蛮や粗野である事は認められるが、馬鹿であることは認められない。そんな社会だ。



 会場全体に行き届かんばかりに広がるソプラノ。

 甲高い雑音と取るか、情感を揺さぶる旋律と取るかで人としての上等さがある程度は測れる。満員の会場を埋め尽くす観客達はその後者であろう事は間違いない。でなければ金を払ってまで観劇なんぞするはずがない。


 サンダイル市中央区に佇むケールニクト劇場。

 大陸東北部随一の規模を誇る劇場。の、マルディクト記念劇場の次に市内で大きな劇場だ。といっても規模という面で見ると二桁差をあけられている。マルディクト記念劇場の大劇場は2500席で、こちらは750席だ。

 入場料がマルディクト記念劇場で行われる公演よりも手頃であること、公演回数が市内で一番多い事から、中産階級の文化的市民や年がら年中観劇していたい生粋の観劇好きが主な客層となっている。


 玄関ホールに飾ってあるケールニクト劇場を象徴する存在、灯台を象った銅版彫刻(作者作品名共に不明)は近年発達した経年調査技術によって"大崩壊"直後の芸術品であることが発覚し、歴史的価値が高まった――と無料配布の冊子には書いてあった。

 海に面していないサンベイル市に灯台などあるわけが無いのでその信憑性は怪しいものだ。

 そんなケールニクト劇場へ観劇に来ている。より正確に言うと、歌劇で流れるピアノ楽曲、ジョパンニの舟歌を聴きに来た。弱った心にジョパンニはよく沁みる。



 歌劇というものは見る側に知識を要求する。

 たとえば今演じられている『夕日に沈む』は全編西部古代語で台詞が構成されている。そして言い回しに関しても当時の物が使われており例えば『夕日の女神よ。何故私をトリに産まなかったのかッ!』のような不思議な響きの台詞がある。

 トリとは一体? と思われるだろうが、このトリとは勿論その空を飛ぶ鳥のことではなく、高貴な身分を表す隠語であったとされている。それが転じて別の意味にもなったりするのだがこの場は割愛する。

 つまり主人公の男は身分差を悲観しスラングで女神を罵っている場面になる。

 このように事前知識が無いと間抜けな場面も結構あるということだ。


 舞台では女優が恋を思った歌を演じている。

 この女優の公演は初めてだが、身体の根幹を揺さぶるようないい声をしている――ような気がする。知識はあっても所詮門外漢の野蛮人である。そんな俺のような人種は結局のところ雰囲気を楽しめばいいのだ。



 物語は佳境に入る。

 女の歌を聴いてしまった男もまた女に恋するが、身分の差が二人を隔てる。

 それぞれに見合いの話が舞い込み、お互いを忘れようとする二人だが一度火の点いた恋は消す事は出来ず――


バァンッ!


「動くなッ! この会場は占拠した。抵抗する者は容赦なく撃つッ! 動くんじゃないぞッ!」


 二人は抵抗せず、おとなしく金目のものを…………ってなんだこれは。

 聞きなれた炸裂音。銃声だ。

 炸裂音からさざなみのようにざわめきが広がる会場を見回せば、それぞれの出入り口で火薬式自動小銃を構えた覆面の男達が何事か怒鳴り散らしながら威嚇していた。


「いいか、これから仲間が巡回する。命が惜しい奴は金目の物を出しておけ。いいか、抵抗する者には容赦しないからなッ!」


 なんと間の悪い事に、せっかくの休日であるにも拘らず、どうやら俺は強盗犯とかちあってしまったらしい。どういう確率なんだとトリだナンだと夕日の女神を呪いたくなる。


 確かにオペラ観劇は金持ってる奴が多そうだが、一人一人回ってたらこのホールを回りきる頃には周囲を警察に囲まれているんじゃないか?

 手際の悪い強盗犯たちを尻目にそんな暢気な事を考えていると、犯人の一人が近くの列までやってきていた。


「よしッ、早く寄越せ……そっちのデブッ! つけてる指輪を寄越せ、おら、もたもたすんな殺すぞッ!」


 時折銃を突きつけ脅しながら大きな布袋に引っ手繰った財布や貴金属を突っ込んでいく男。銃を構えなおすのにも身体の均衡を崩しているし、歩き方からして銃を持った素人といった感じだ。

 ここは行政区にも近い劇場だからと油断していたが、こんな連中がのさばっているようでは、思っていたよりサンベイル市は治安が悪いのかもしれない。


 ああ。もしかしてこいつらが例の"花怪盗"の模倣犯をやっていた強盗か?

 真実は捕まえて尋問してみないことには分からないが、さて、どうしたものか。


 持ち合わせの武装は魔導具が左足に一つだけ。こんな素人相手にはそれすら過剰だろう。制圧するに当たっての問題は他に観客が居るという事と、任務の性質から警察ごとは出来るだけ回避したいって事だ。

 変に目立つと後で必ず聴取される。まあ、流れに任せるか。今はややっこしいことを考えたくない。忌わしきブルーマンの記憶……いや止そう。


「ふぅ……ん? おいそこの女。そこの通路から四番目の女だ。ちょっと立て」


 いよいよ後少しで俺の席というところで、男がこれまでに無い行動を取った。


「ん……うはっ。エロイ身体した女だな。お前、こっち来い」

「い、いや……」

「おらっ、手前の奴等消えろ! 殺されてぇのか!? お前、ほら来いッ!」

「やめ……放して……っ」


 差し詰め観客の中に好みの女でもいて、ついでに誘拐して後で楽しもうって算段なんだろう。

 だが、初めから誘拐するつもりでもなければ人質つれて逃走するのは結構面倒で難易度が高い。強盗初心者にはあまりオススメできない行動だ。

 と、暢気な事を考えていたが攫われそうになっている女の顔を見て目が覚めた。


 強盗犯の無遠慮な手で腰を撫で回され、恐怖と嫌悪で顔を青ざめさせてはいるが、その姿は見紛う事はない。我が麗しの対象者、シーリィ女史だ。

 今日は胸元までしっかり覆われた黒の落ち着いたパーティードレス。きめ細かなレースで編まれた袖から透ける白い二の腕、たおやかに膨らむ胸元から渓谷のように絞れる腰。下流に広がる河川のように柔らかな臀部にかけての線は、布で包まれることでより一層淫靡な曲線を描いているように思えた。

 短く纏めるとエロい。強盗犯も全く同じに考えた末の凶行だろう。


 ともあれ話は変わる。仕事の時間だ。

 彼女の前なので血生臭くない方向で制圧する。

 何より俺がまだ触れてもいないシーリィ女史に馴れ馴れしく触れているのは許しがたい。仕事とはいえ俺が何ヶ月口説いていると思っているんだ。

 幸いにも俺の座っていた席は一番通路側だ。対象までは五歩の距離。


(術式5番解放)


 左足に仕込んだ魔道具を起動。音の漏れぬよう中範囲に風の膜を張る。

 その際前髪がなびく程度の微風を伴うが、幸い対象は怯えるシーリィ女史を手荒く扱うのに意識を向けたままだ。実のところ先日使用した"怪盗旋風"はこの魔術を乱暴に叩きつけただけの代物だ。


 さて、構う事はない。思い切り足音を立てて踏み込む。

 一歩、二、三、四、五、結局対象がこちらに気付かぬまま接近できてしまった。

 間抜けな事にシーリィ女史を連れ去る事に注力しているため両手が塞がっており、せっかくの自動小銃はベルトで肩にかけたままだ。問題はない。掌底で耳の裏を殴りつけ意識を奪う。


「きゃっ!?」

「おっと」


 ガクリと力の抜けた強盗犯を手早く引き剥がし床へ寝かせる。その傍ら平衡感覚を崩したシーリィ女史の身体を支える事も忘れない。とても柔らかい。


「いやっ、放して……っ」

「おいおい、助けてやったのにそりゃないだろう」

「うっ、やっ……あ、え?」


 混乱の最中にあったシーリィ女史は、俺の顔を認識すると固まった。


「よう。偶には俺みたいなクズでも役に立つだろ」

「あな、あなた……どうしてここに?」

「そりゃ、文化的活動をするためさ。さ、とりあえず座りな。目立つのはちょっとよろしくない」

「あ、うっ、うぅ……わ、わかったわ……」


 呂律の回らないシーリィ女史を支えながらそっと腰を下ろさせる。肩に手は回したままだ。幸い他の犯人達は各々の略奪に夢中でこちらに気付いている様子も無い。

 とはいえ幾ら間抜けな部分が目立つ奴らだといってもそのうち誰かが気付くだろうから遅いか早いかの違いだ。それまでに事態が好転しないなら自分で何とかするしかない。


 シーリィ女史は青い顔をして荒い呼吸を必死で押さえ込んでいる。

 意識せずの行動だとは思うが、恐らく目立たぬように息を潜めてしまっているんだろう。

 市内で普通の生活を送っている大半の人間にとって暴力は身近な存在ではない。気が動転してしまうのも無理らしからぬ事だ。

 このままではよくないので気持ちを落ち着かせる方向へ向けよう。


「……ん? あんた今日は香水つけてるのか。いい香りだぜ、あんたの印象にぴったりの優しい香りだ」

「えっ、えっ……?」


 音として認識できたが言葉として理解できない。シーリィ女史はそんな様子だ。

 構わず続ける。


「願わくば職場でもその香りを楽しみたいもんだね。ところでどうかな、俺も今日はちょっと気取った香水なんかつけてきてるんだが」

「どうって……」

「好みじゃないか? だったら悪い。もう暫く我慢してくれ」


 強盗の視線から隠れるように肩を抱いて頭を低くさせる。


「……い、いやじゃないわ」

「お? そうかい。大丈夫だ。下向いてればすぐに助けが来る」

「本当?」

「ああ。こういう場所には狩人協会や警察機構に直接繋がる警報がある。近場に職員が居れば、そうだな……警報から物の30秒で駆けつけてくるはずさ。だから、あと少しだ。なんだったら俺の服でも掴んでて良い。ああ、どうだいこの服。最近買ったんだが、値札ばかり見ていたもんで自分に似合ってるかどうか自信がないんだ」


 大丈夫。すぐに助かる。大丈夫だから。そのような事をとにかく小声でかけ続ける。

 恐慌状態にある彼女には意味のある言葉として認識できないだろうが、人の五感に刺激を与える事は恐怖を和らげる助けとなる。匂い、人の声、手触り、なんでもいい。

 暫く続けていると、肩の強張りが解け、息が和らぎ落ち着きを見せ始めた。


 シーリィ女史が落ち着き始めたところで周囲の様子を窺う。

 強盗達が押し入ってきてから4、5分経過したが未だ救出側の突入はない。

 連絡が行っていない可能性は考えられないので、制圧の手段を検討しているのか、或いは既に取り掛かり準備しているかだろう。


 救出側としては面倒な作戦になる。

 なにせ潜在的な人質があまりにも多い。

 犯人からすればその辺の人間を適当に掴めばいくらでも人質に出来てしまう。また、会場内に散らばっているため同時制圧が困難だ。一人でも動けてしまえばすぐに人質を取られてしまう。

 加えて劇場はすり鉢状の構造であるため、必然的にホールの入り口が目立つ点もいただけない。

 こうして考えると逃げる事を考えなければ押し入り強盗するのに適した環境であると言えなくもない……のか?


 入り口に注目していると突然扉が開いた。しかし人影は無い――いや、何かいる。

 犯人側も一斉に開いた扉に何事かと動揺が見られる。

 と、その内の一人が重たい衝突音と共に見えない何かに突然弾き飛ばされた。

 銃声に会場中から悲鳴が上がる。

 事ここに至り、犯人側は警察機構の突入が行われたことを理解したようだ。

 犯人の一人が手近な人間を盾にしようと手を伸ばすが、次の瞬間には同じように身体ごと弾き飛ばされる。

 吹き飛んだ方向から逆算して反対側に視線を向ける。居た。二階席の手すりに銃身を預けた狙撃手だ。そうと分かると、重い衝突音は制圧用衝撃弾の着弾音だと知れる。

 狙撃手は入り口から遠い犯人を狙い撃ちしている様子だ。

 ではそれ以外はどうなのか。犯人達はそれぞれ見えない何かと格闘している。というより見えない何かに対して銃を撃つことも忘れてバタバタと慌てている。


 会場のそこかしこに水面を覗き込んだような歪みの円が確認できる。なるほど実に至近な魔術だ。恐らく光学迷彩系の魔術を使って姿を隠している突入班が複数いるのだろう。

 空間の歪みという形で位置は判別できるが、対象の武装、姿勢などが視認できないため、対抗魔術を用意していない人間にとって光学迷彩が持つ優位性は圧倒的なものだ。それだけに、あのブルーマンスーツが持つ完全迷彩は強烈であると知れるだろう。二度とはごめんだが。


 どうやら光学迷彩による突入班は同数以上で事に当たっているらしく、犯人達は突入から瞬く間に取り押さえられた。実に鮮やかな手並みだ。


「皆さん! ご安心ください! サンベイル市警察です!」


 舞台上で床に寝かされ制圧された犯人の背上から、滲み出すように若い男の姿が現れた。

 暴力の影を感じさせない、爽やかな印象の茶髪の青年だ。どこか見覚えのある顔だ。雑誌か何かで協会員特集でもされていてその時見たのだろうか。

 本人は警察を名乗ったが、市警察職員の制服やスーツを身に纏っていないので、協会員であることは疑いようが無い。


 青年の凛々しい声で館内に安堵の声が広がる。

 遅ればせながら警察職員達が大勢雪崩込んできて、犯人達を連行している。


「……助かったの?」


 シーリィ女史が腕の中で半信半疑な掠れた声を上げた。


「ああ。もう大丈夫だ」


 俺の言葉を聞くや否や、シーリィ女史はほうっと息を吐いた。

 もたれかかった身体の柔らかな感触が心地よい。


「……あっ。いつまでも触らないで」


 女性は下心に敏感というが、あれは本当のことらしい。目敏く気取られ、押しやられた。


『観客の皆様は順次会場の外へご退出下さい。盗難品につきましては、後日サンベイル市警察署にてご本人様ご確認と共にご返却いたします。ご協力下さい。つきましては――』


 被害者の誘導も始まったようだ。流れにあわせて一度場所を変えるとしよう。


「悪い悪い。さぁ一度出よう。いつまでもこんなところにいても仕方が無い」


 さりげなく回そうとした腕は、あえなく交わされてしまった。




たくさんのご評価、ブクマありがとうございます。

いやーローファンは見てる人おおいんだなーって思いました(こなみ)


宣伝用?にtwitter始めました。「野井ぷら」で出ると思います。

更新予定とかそのへんのことはそちらでお知らせしていこうかなと思っています。

次回でストックが切れるのでその後の更新時間は不安定になりそうですが、きりのいいところ(mission1完結)までは連日更新していきたいです。

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