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第1話 嘆きの灯台-1 命令

 傭兵なんてヤクザな商売に身を置いているからこそ言える事だが、傭兵稼業は思いの外休みが多い。土方や会社員等よりよっぽど悠々自適な生活を送れる。その上賃金もそれらと比較してべらぼうに高く、時間単価で計算すれば他業種とはそれこそ桁の違う金額を頂戴できるオイシイお仕事だ。

 専門特殊技能必須である事と業務内容が命がけである事を気にしなければだが。



 一つの大陸と五つの島。この星を地図に描くとそのような絵になるらしい。人の住まう地はその一つの大陸で、島の方には俺からすれば魔獣とどう違うのかよく分からない竜種だとか翼人だったりとか、獣の耳が生えた人間なんかが暮らしているらしい。らしい、というのは人類とそれらは公式の記録の中では1000年近く接触していないからだ。


 バーラトと呼ばれる一つの大陸、そんな大陸南西部の山岳地帯。我らが傭兵団"大鷲の一座"の基地はその地肌の露出した乾いた山裾にぽつんと存在する。


 時折現れる乾燥に強いミミズのような魔獣以外は何も無い。最寄の町まで荒野を車で飛ばして30分。荒涼とした大地にぽつんと浮かぶその町も文明化の波に取り残されたかのような寂れた空気が漂う。


 唯一の特徴は町の面積に不釣合いな、大きな空港だ。

 周辺都市との接続空港として建設されるも、空港完成と同時期により長距離飛行が可能な旅客機が発表され存在理由がほぼほぼ無くなった。寂れた町と閑古鳥の鳴く空港の様子から分かるように、町の発展にも寄与しない無用の長物となりつつある。だからこそ俺たちのようなヤクザ者に物資補給だ拠点だ取引だとせせこましく利用されるのだが。


 限界まで弁護するならば静かな落ち着いた土地。飾らずに言えば娯楽のないクソ田舎、そんな地域だ。

 故に休暇中にやる事と言えば昼間から酒でも飲むか、或いは個人個人の趣味に興じるか、こうして俺のように訓練所のグラウンドで傘を日陰にビーチチェアを広げてぐーたらするかだ。西海岸製の一品は身体が痛くならず快適である。



 例の美術館襲撃から3週間。ここのところ仕事で詰まっていたため、団全体に一ヶ月の休養が申し伝えられた。降って湧いた休暇に一座の男共は飛び上がって喜び各々の思う休養先へ向かって行った。

 俺はモーデウスにやられた腹が思いの外重症だったので基地で留守番だ。痛い痛いと思って調べてみると、あばらに数本ヒビが入っていた。あのレベルの強者相手にこの程度の怪我で済んだ事を喜ぼうと思う。俺は前向きなのだ。


「ヤカ先輩。例の美術館の記事、新聞に載ってますよ」


 隣で俺と同じように寛いでいた"C"ことクラインがガサガサ音を立てながら新聞を広げて見せた。人でなしの自覚がある我々傭兵であるが、それでも人間であるのだ。そして人間としてのクライン君はとても陽気な、のんびりした好青年だ。


「そうかい」

「興味なさそうですね……」


 別に見たくもなかったので目もくれずにいると諦めたのか広げた記事を畳んだ。


「連中、俺達の事"頭文字の集団(イニシャルズ)"とか呼んでるみたいですよ。

 なんか、こう、恥ずかしいですね」

「それは同意だな」


 無論、"頭文字の集団(イニシャルズ)"なんて恥ずかしい名乗りは上げていない。

 俺たちは顔を出して仕事をするときは"大鷲の一座"として働き、依頼人の事情により顔を出せない時は、例の全面覆われる怪しさ全開の統一戦闘服を装備する。

 普段からあんなごっこ遊びみたいな呼び名で呼び合っている訳じゃない。


「おい、ヤカ。お前に客だ」


 訓練場の砂を踏む音に顔を向ければ、そこには厳つい顔をした隊長の姿。別に怒っているわけではなく、普段から顰め面なだけだ。

 腹から下にかけて身体が分厚くなる傭兵稼業が長い者によくある筋肉のつき方。基地の中だというのに油断ないその双眸、立ち振る舞いには消えることない硝煙の臭いが染み付いているように感じる。

 それにしても客とは妙な話だ。

 生きている知り合いなんぞそう多くは無いのだが。


「客って、俺にですか」

「だからそう言っている。付いて来い」


 思わず訊ね返した俺に隊長は言葉短くそう告げ、さっさと背を向けて歩き出してしまった。状況がつかめないが身体を起こして黙って付いて行く。





「お待たせしました」


 隊長の後に続いて応接間へ入った瞬間、止めときゃよかったと後悔した。

 いいつけを無視できる筈もないので無駄な思考であることは分かっているが、罵らずにはいられない。


「フフフ……やあ、待っていたよ。仮面の下はそんな顔だったんだね」


 ヒラヒラと手を振り胡散臭い笑みを浮かべる紫の紳士服に今日は白いシャツ。

 過日の美術館以来の道化師殿だ。絶対ロクでもない話だ。コイツの顔見て確信したね。クラインの奴の命を賭けてもいい。

 とくに返す言葉も無いので、椅子には座らず入り口近くに直立して待機する。


「……あれ? 彼っていつもあんな調子なの?」

「客人の前ではそうするように訓練してあります。ヤカ、楽にしていい。さっきも言ったが、お客人はお前に話があるそうだ」

「はっ」


 話。

 この道化野郎(暫定)から話。全力で帰りたい。てか何だ、俺何かしたか?

 顔面は勤めて冷静に保ちながら勧められるままに着席。ピエッタは座る俺をニコニコしながら見つめている。


「先日以来ですが、私に何の御用でしょうか。ご依頼の件で何か不手際でも御座いましたか?」

「いいや、今日はそういう話に来たんじゃないんだ。

 あぁ、依頼の件は満足しているよ。あの後モーデウス君の様子を伺う機会があってね、見に行ってみたんだけどあの顔ったらホントに傑作だったよ」


 口元に手を当て笑いを堪えながらピエッタがそう告げた。

 見に行った? 双眼鏡でも使って覗いたんだろうか。


「あ、そうじゃなくてね。今日は君を"組織"に勧誘しに来たんだ」


 勧誘。勧誘。組織に勧誘。


「勧誘ですか」

「そ。勧誘」


 ピエッタから視線を横に向け、隊長を見る。隊長は我関せずと腕組みをして虚空を睨んでいる。ここで口を挟んでこないってことは、根回し済みか。

 勧誘ということは、その"組織"とやらで少なくともこの胡散臭い奴より下で働くと。冗談ではないぞ嫌過ぎる。


「私はただの一兵卒でしかないのですが、何故私を?」


 無駄だと知りつつこの逆境から逃れるために自分は無能であるという主張を行う。


「ふふっ、ただの兵士じゃ、S級協会員の顔をぼこぼこに出来ないよ?」

「運がよかっただけです」

「腕が立つ上運がいいなんてよりいいじゃない」


 何を言っても前向きに返される。引き抜く事は確定であるらしい。仕方がない。


「私はそちらの、その……"組織"? ではどのような立場になるのでしょうか。

 業務的なお話であれば出向のような形で?」

「ああ、うん。まず"組織"内での僕の立場からかな。

 "組織"は"会長"を頂点として最大12人の"執行部"がそれぞれの目的のために動いている。僕も執行部の1人さ。これでも結構古株でね、色々と融通が利くよ?

 君にやってもらうこと自体は雇用主と被雇用者の関係と同じかな。直接の上司として僕がついて、色んなところへ行ってもらおうかと思ってる。まぁ"組織"的には"委員"って呼ばれる立場だね」


 委員が執行部より下なのか。名前の付け方に問題があるのではないだろうか。

 恐らく設立時の慣習を引き継いでそうなったのだろうが……まあいい。やる事が派遣出向であり、隊長が同意している以上俺に否はない。


「分かりました。それで、具体的に私は何をやるのでしょう」

「うん。よろしくね。それでお願いする仕事だけど……うーん、まあ簡単に言うとハニートラップかな」


 簡単に言わないで貰いたい。というかハニートラップ? つまるところ女を騙してなんらか利益を得ようっていう事か?

 俺の疑問を察知したのかピエッタは一枚の写真を取り出し、それをテーブル越しに俺の手元へ滑らせた。


「君はサンベイル市を知っているかな?」


 サンベイル。大陸東南東に位置する栄えた都市の名だ。

 理解が及んでいると判断したのかピエッタが言葉を続ける。


「"組織"はこの場所に眠る古代人の遺産を狙っているんだ。その鍵を握るのが、その写真の女性。シーリィ・サンベイル女史」

「この女性を誘惑すると。誘拐など物理的な手段は執れないのですか?」

「そこがこの仕事のやっかいな点さ。詳細はまた後で説明するけれど、彼女が"任意"である事こそが最重要なんだ。だからさ」


 ――メロメロにしちゃってよ。


 悪い顔でそうのたまうピエッタから手元の写真に視線を落とす。

 写真に映るのはどこか神経質そうに眦を上げた美貌の女性。彼女の何が鍵となるのかは知らないが、難儀な連中に目を付けられて哀れだな。


「期日は半年。それまでに――そうだなぁ、君の言うことなら多少の無茶でも聞いてしまうようにして欲しい」

「出来る限りの事はしますが、何分男女の機微です。失敗する可能性も高いと思われますが」

「それは大丈夫さ」


 ピエッタは妙に自信満々な態度で言い切った。


「この作戦は"委員長"のお墨付きさ。僕としても、今日君の素顔を見て必ず成功すると確信したよ。やり方は任せる。だけど、機会を逃さない程度には積極的にやってほしいかな」

「勿論、全力を尽くします」


 女を口説くのに全力を尽くすというのも妙な話だ。

 こうして俺は奇妙な命令(オーダー)を受け、大陸東部の都市サンベイルへ向かうのであった。



----



 比較的早い時間の狩人協会詰め所(ハンターズギルド)は窓口で職員とやりとりしている協会員の話し声と疎らな人影とか作り出す微かな喧騒にある。

 無音ではないが煩くも無い。そんな空間が嫌いではない私は、用事がない時でも朝方の詰め所へやってくる事がある。

 戦闘者が殆どの狩人協会員に対する世間が持つ印象は野蛮で粗野につきると思う。従って詰め所も酒瓶や食いカスが散らばる汚らしい建物が想像されるも、実体は全くそんな事は無い。

 地方によってはそういう所もあるのかもしれない。けれど少なくともサンベイル市の詰め所は清潔で落ち着いた雰囲気だ。役所が持つ雰囲気となんら変わるところが無い。

 私が腰掛けているロビーのソファーもそんな演出をする品の一部だ。簡単な相談であったり、待ち合わせにこの場所を使う協会員も多い。お茶でも飲みながら過ごす分には十分安らげる場所なのだけれど、私は今少し機嫌が悪い。それと言うのも今読んでいる週刊誌の内容が原因だ。


「おはようマリアベル。何を読んでいるんだ?」


 声に顔を上げると、チームの仲間、アース・アクライトだった。

 協会員にしては珍しい、暴力の影を感じさせない爽やかな人柄で、協会員でなければ学習塾の講師か学校の教師にでもなっていそうな人物。

 年齢が近く、難関資格である一種警察権を目指している同志でもあったため行動を共にしたのがチームを組むきっかけだったと思う。


「今日は早いのねアース。これ? 下世話な週刊誌よ」


 着崩した服で扇情的なポーズを取る女性が表紙の雑誌を振ってやる。


「へえ? 君がそんなもの読むなんて珍しいね」

「私自身もそう思わないでもないけれど……ちょっと記事の内容が気になって」

「何が書いてあるんだ?」

「芸能人と政治家のスキャンダルよ。男の方がクズの政治家で、女の人を言いなりにしていたそうよ。まあ、男女の関係だから"そういうの"も、べ、別に否定はしないけど? でもこれはダメ。男の方が妻帯者だもの。

 でもね妻帯者が不倫をしている以上不潔なのは勿論なのだけど、女の方も女の方よ。相手が結婚しているって知らないわけがないのに"そういう"関係になったっていうのもヒドイ話だし、取材によれば自分から進んでこんな男の言いなりになっていたって言うじゃない。どうしてこんなクズ男の言いなりになんてなるの」


 怒りのあまり早口になってしまったかもしれない。普段この手の雑誌は不快になるだけだから買わないのだけど、あまりにあまりな内容が目に付いてつい買ってしまったのだ。編集者のニヤける顔が思い浮かぶようで、尚の事腹が立つ。


「ま、まあまあ。お怒りはごもっともだけれど、君が今ここで怒っても仕方がないよ。それにマリアベル。君はそういう罪や問題を解決するため、警察ではなく狩人協会で一種警察権を目指して実績を積んでいるんじゃないか?」

「……そうだけど」


 警察機構では動けない事件や問題は数多く存在する。警察官である両親とは別の道からそうした問題を解決するため、私は協会員の道を選んだ。


「なら、既に起こってしまった問題について感情を波立てるのは建設的じゃないと思うんだ。それよりも、ほら。最近多い市内での窃盗事件の調査依頼。一緒にやらないか?」


 私は自分で言うのも変だけど、割と激しやすい性格をしていると思っている。

 こうしてアースに窘められる事も一度や二度ではない。その度に怒りが引いた後恥ずかしい思いをしている。

 やり込められているようで面白くないと思う自分が居ないでもないけど、私ももう子供ではないのだ。助言や忠告を聞き入れられないようでは成長できない。

 カップの紅茶を一気に煽って大きく息を吐く。


「そうね。まずは目の前の事からやっていく事にする。それにもしもそんな男が目の前にいたら、ちんこ撃ち抜いてやればいいだけの事だわ」

「……頼もしい発言だとは思うんだけど、下品だから人前で言うのは止めようね」




「不純な男のちんこもぐ」

あっ、ふ~ん(察し

ワイ君に勝手に積もっていくヘイト

だいたいこういう感じで話が進みます

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