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第11話 嘆きの灯台-11 告白

ブクマ、ご評価いただきありがとうございます。めっちゃ嬉しいです

本当はこれ後書きなのですが今回はこっちに書いたほうがいいかなと

この回はショパンの舟歌をききながら書いていました。

 女の買い物は長い。

 男に生まれた以上真相は永遠に分からないが、何故そうなるのかを想像することは出来る。

 つまり、女にとって買い物とは遊びなのだ。

 男に置き換えてみよう。例えば、ダーツで遊んでいたとする。スコアも縮まり、いよいよ最終ゲーム……というところで早く投げろと言われたらどうだろう。せっかく楽しんでいた気持ちが急速に萎え、不愉快な気持ちになるのではないか。女性にとって、買い物を急かす男とはそのような存在なのではないか。そんな推測を俺は立てている。初めに言った様に、真実はどうだか分からないが。


 俺が男性であることが当然であるように、シーリィ女史が女性である事も揺らぎの無い事実だ。然るに、彼女の買い物は長く、俺の退屈は大きいということだ。例えそれが俺の服を選ぶ物だとしても。



 サンベイル市北地区は商業施設を中心に栄えた場所だ。食料品などはそれぞれ地域の商店街で揃えられるが、気取った服や貴金属、趣向品の類を求めようとするならばここを訪れる事になる。


「んー……この色の服は貴方の赤い髪には似合わないわね」


 市庁舎での事件より一月が経った。食事に誘って誘われて。そんな事を何度かするうち、俺とシーリィ女史は週末に二人で出かける事が定番となった。

 そんな何度目かのお出かけ。今日は俺の私服の種類が少ない事を看破したシーリィ女史による服選びだ。男に勇者ごっこがあるように、女に人形遊びがある。着せ替え人形で遊ぶ彼女は実に楽しそうだ。

 代わりに、と押し付けられた暗緑のジャケットに試着室の中で袖を通しつつこっそり溜息を吐く。


 俺も無抵抗でこのような立場に甘んじているわけではない。彼女の服も選ぼうかと申し出たのだが「私の服は……その、こんな身体ですし。どれも特注で市販の物は買えないの」とのお答えを頂いた。確かに彼女の胸囲に合わせて服を選んだら、どんな服でもポンチョかマントになるだろう。苦し紛れにストールやハンカチ、身の回りの物を見て回ったがいくらも時間は稼げない。結局俺は服選びの人形に徹するより他無かったのだ。

 かれこれ二時間。そろそろ辛くなってきた。


「今度はこれを」

「なぁサンベイルさん。そろそろ腹が減ってきちまったよ」

「名前。外で苗字で呼ばれると、周りの人に変な気を遣われるから嫌って言ったじゃない」

「悪かった悪かった。シーリィ。腹が減った、そろそろ食事に行こう。時間もいい頃合だし」

「よ、呼び捨てにしていいとも言っては……そ、そうね。意外と時間も過ぎていた事だし、後二着だけ」

「りょーかい」


 終わりが見えただけまだマシと言い聞かせ、手渡されたラインの入ったジャケットに着替える。尚、後二着との宣言の後四度着替えた。




----




「おっ、西部の白か。すっきりしていて好きなんだ」


 杯の半透明の液体をするりと喉へ傾け、彼がおどけた調子で言った。


「味や香りだけで分かるものなのね」

「いや、さっきメニューに書いてあったからそれっぽく言ってみただけだ」

「……感心して損した」


 今日の夕食は西部料理のお店。これまでより騒がしい雰囲気のお店で、会食のような賑やかさのある明るくて少し気安い場所。座席もテーブルで向かい合うような形ではなく隣同士に並ぶ形。隣の彼……ヤカの雰囲気もどこか軽いように思う。本人は気にしていないと言っていたけど、やっぱり無理させていたかな?


 初めて顔を合わしてから……四ヶ月、になる。

 職員同士の噂話で元傭兵が清掃員になった、なんて聞こえてきた時、私はその話題について無関心だった。私とは関わりの無い話だ、なんて考えていたのだけれど、こうして二人で食事をするような仲になると当時の私に伝えたとして、信じるだろうか。信じないんだろうなぁ。


 出会い頭でいきなり口説かれた時は閉口した。またこの手合いか、とも。自分で言うのもおかしな話だけど、私の身体は男性から見ると随分魅力的に映るらしい。女同士だと乳お化けだとかデブだとか陰口にしかならないのだけどね。

 率直に言って彼は顔がいい。線の細い優男ではなく、野生的な魅力に溢れた狼のような男性だ。正直なところ、そんな顔のいい男に言い寄られ、私自身舞い上がらなかったと言えば嘘になる。自室のベッドではバタバタ身悶えたりもした。口説かれて靡くなんて軽い女みたいに思われそうだから絶対に態度になんて出さなかったけれど。


 言葉の弾みで野蛮なんて言ってしまった事がある。しかしこうして実際に接してみるとその印象は間違いであると知れた。

 彼は意外なほど気が利く。そして失礼ながら意外なほど教養に富んでいる。風土、芸術、政治、噂話、話題も豊富で話していて飽きない。それでいて身のこなしが洗練されていて、隣を歩いていても恥ずかしくない。

 何度か父から男性の紹介をされたことがある。それはたぶん孫見たさからのおせっかいだったのだけれど、紹介された男性は大体これらの要素を満たしていなかった。

 話が自分本位であったり、所作が下卑ていたり、そもそもなよなよしていたり。自分の意思が伝えられない男が私は大嫌いだ。


 ふいに備え付けられているテレビに市議会議員のクラウン・ゴールドスが映ったのが目に入る。夕食中にテレビを見るなんてはしたないけれど、なんだか新鮮だ。


「ゴールドス議員だったか。お父さんの誼で知り合いだったりするのか?」


 彼が目敏く気付き訊ねてくる。


「小さい頃に会った事があるって程度かしら。歳も一回りほど離れていたし、あまり印象には残っていないわ」


 逞しい体つきや刺激的な政治思想から今でこそ"鷹"なんて渾名でもてはやされているけれど、昔はどこにでもいる普通の大人だったように思う。まあ政治家であるのだし、必要に応じて振る舞いを変えているのだろうけど。


「そうなのか。こう、いい所の家ってのはそういう所同士でベタベタ付き合っている印象があった」

「当事者でなければ親戚付き合いみたいなものよ。少なくとも私はそう感じているわ」

「ふーん。なら、彼の思想……えー、中央集権の強化だったか。それは生粋のサンベイル市民たるシーリィとしてはどう感じるんだ?」

「今一腑に落ちないわね。というよりは、必要性を感じない、かしら。それに父の政敵でもあるし、あまり印象は良くないわ」

「支持基盤は低産階級だし、主張も彼らに有利な物が多い。シーリィが反感を抱くのも当然か」

「そういう貴方はどう考えるの?」

「その前にシーリィ。自分だけ名前で呼ばせておいて、俺の名前は呼んでくれないのか?」

「っ……」


 言葉に詰まる。実は意図して名前を呼んでいなかったのだ。

 その、これまで男性の名前を気安く呼んだ経験がないから。


「ヤ…………ヤカ」

「はいヤカです」


 嬉しそうに笑う彼。

 姓はないただのヤカ。それが彼の名前。


「からかわないで」

「悪い悪い。さて、政治の話だったか。そうだな、恐らく彼の言う事が実現した場合俺は恩恵を受ける側なのだと思う。実現すれば今日のワインももう一段良い物を飲めただろうね。それならば政を託してみたいとならないでもないが……彼の試みは成功しないだろう」

「何故そう思うの?」


 恥ずかし紛れに少し早口になってしまった。ヤカは少しだけ頬を歪めつつ知らない顔をしてくれた。


「単純な前例主義さ。彼の試みは所謂帝国主義に基づく。"大崩壊"後の大陸で帝国主義は一度たりとも成立していないのさ。こうして口にしてみると不思議だな、帝国は無いのに帝国主義なんて言葉だけは残っているなんて。

 帝国主義といえば歌劇でよく登場するヴェロニカ帝国なんかは――」






 楽しい時間はあっという間に過ぎる。気付けば『送っていくよ』の言葉に誘われ、家へ帰る道の途中だった。

 街灯がぽつぽつと照らす夜道を二人並んでふわふわと歩く。このまま永遠に散歩でもしていたい気分。少し酔っているのかもしれない。


「なあシーリィ。俺は進むか退くかならば進む方を選ぶ性質なんだ」

「突然なに?」


 もう少しで自宅の区画というところで、ヤカが私の肩を支えるように掴み、正面から向き合わせた。


「曖昧なままで居たくない。俺と付き合ってくれ」


 ぼんやりしていた意識が急速に冴える。

 えっ、これって、その、えっ?


「嫌か?」

「いや、その……えっと……あの……」


 どうしよう。どうすればいいんだろう。確かにそういう関係になってもいいかもしれないと考えていた。だけど実際こうして面と向かって言われると、どう答えれば良いのか全く思い浮かばない。


 あっぷあっぷしている私をヤカは辛抱強く待ってくれた。けれどその待つ時間が余計に私を焦らせる。

 いや簡単なことのはず。はいと一言いえばいい。それだけ。たったそれだけのこと。呼吸を整えて喉から声を出そうとするも彼の赤銅色の瞳に見つめられると上手くいかない。んもう――!


「おっと。これは了承、ということでいいのかな?」


 私は彼の胸に飛び込んだ。はしたないかもしれない。けれどどうしても顔を見ていられなかった。厚い胸板、ほんの少し香るのは強盗から助けてもらった時につけていた香水。自分でも笑ってしまうくらいビクビクと背中に手を回して答える。


「……………………はい」




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