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プロローグ "出会う"は英雄

『"Z"から"Y"へ。敵性勢力がそちらへ向かった。迎撃しろ』

「"Y"了解」


 全面を覆う面当ての耳元から機械的な音声が無理難題を囁いた。

 所属する傭兵団に舞い降りた今回の依頼、それは内容を加味する限り比較的"普通"な依頼だった。


 対象はケンサヴィネ市立美術館。大陸(せかい)七番目の歴史を誇る美術館という触れ込みの、つまるところ顕示欲だけが強い古い美術館に収められている目標をかっぱらうのが今回の依頼だ。

 人であれ物であれ、こういう依頼はそれほど珍しくない。

 一等変わった所と言えば、依頼人が直接依頼に同行することと、その依頼人が極めて怪しい人物であったことだろう。誘拐強盗殺人、金さえ積めばなんでもこなす俺たち傭兵に怪しいなどと評されるあたり、その人物の不審具合は察していただきたい。


 突然だが、あなたが夢を抱いていたのはいつまでだろうか。

 夢と言うのは寝ている間に見ているアレではなく、憧れだとか目標だとか言うなればキラキラ輝く心の神殿に仕舞ってある大切で壮大な憧れだ。

 意識が定まった2歳の時から俺にはそういうものがない。夢というのは最低限満たされた日常を送る人間だけに許されたある種の余分だ。南部戦場程近くに生まれ、気付いた時には母親がくたばっていた俺にはそういう諸々の最低限が用意されていなかった。


 世界一の剣豪、世界を変える大発明家、天変地異を操る大魔術師、魔法のような装置を作る科学者、航空機のパイロット、素敵な旦那さん、企業の社長、俺はどれにも憧れなかった。

 それよりも、暖かい滋養に溢れた食事が食べたい。安心して眠れる安全な寝床が欲しい。つまるところ、俺の人生とはそのようなモノが連続する即物的な代物だった。


 過去の自分に一つ助言をするならば、俺はこう言うだろう。


『学をつけろ。仕事は選べ』


 それが出来れば苦労しない立場ではあったが、それでも言わずにいられない。でないと、こういう引くに引けないロクでもない場面に追い込まれてしまうから。


「お客人、お急ぎを」


 報告によれば敵対者は3人。2人は階下の足止めに残り、1人が突破しこちらへ向かってきている。

 銃器で武装した24人を3人でぶち抜いてくる奴等だ。どう考えても実力者であ

る。こういう荒事に現れる実力者など同業者か狩人協会員(ハンターギルドいん)だ。少数で現れた事から恐らく後者。

 そんな奴の足止めを俺と相方の2人でしなくてはならない。無学者が仕事を選べない典型だろう。


 背後の扉越しに「はーい」と中性的な声がややくぐもって返された。部屋の中は美術品が管理されている倉庫で、お客人は目標物を漁っている。得てしてこういう美術品を盗もうという輩はいざ盗む段になって目移りし始めるので本当に分かってるのか心配だ。命が掛っているのは奴ではなく、直接戦う俺だから。


 耳を澄ませる。遠くから徐々に近づく足音。足音の間隔からして身長180cm以上体重は80kgより重い。鞘の鳴る音が無い事から剣士ではない。もう10秒とかからず現れるだろう。


「"C"合図と共に撃て。俺が前に出て時間を稼ぐ。お前は御客人を事前計画通りにご案内さしあげろ。初撃以外は"フリ"だけでいい」

『了解』


 傍らの同僚に伝える。普段はおしゃれで気のいい彼も、仕事中は濃紅の革鎧に頭全面をすっぽり覆う黒い面当てだ。鏡を見れば俺も全く同じ格好をしているだろう。

 当たり前だが一応法に触れる行いをしている自覚があるので、身元が割れないよう身体的特徴を消した記号的で統一された装備をしている。AからZまでのごつい26人が全く同じ格好をしてぞろぞろ歩く様はさぞかし不気味で威圧的であろう。


 さておき協会員の排除だ。幸い目標の部屋は通路の突き当たりにあり、曲がり角まで遮蔽物が無い。隔離されたような部屋割りが実に怪しい部屋だ。

 間もなく現れる。3、2、1――


「撃て」


 右腕に抱えた魔動小銃が弾丸を吐き出す。ほぼ同時にCも引き金を引いた。

 MK-47ライバン。使用者の魔力補助により毎秒10数発の実弾を打ち出す箱型弾倉のライフルだ。片手でも扱える反動の少なさ、とにかく丈夫な設計、緊急手段として弾切れを魔力で充填し非実弾銃として継続使用可能にする取り回しの良さが特徴。大型の魔獣を殺すには火力不足だが、人間相手には十分機能する。


 対象は俺の声より早くこちらに気付き、体前に魔術障壁を展開した。半透明の光壁は飛来する火線の集中を物ともせず、無力化した弾丸を床に弾き散らかす。

 堅い。信じられない耐久性だ。

 当たるとも思っていなかったがまさか前進を止める事すら出来ないとは考えていなかった。防壁の展開速度といい、対象の脅威度が上がったと見ていいだろう。

 ライフルの連射は続け、こちらからも距離を詰める。


 その間に敵を観察する。武装は金属製の棍。男の身長より一回り長い事から得物の長さは2m強。魔術の補助具である魔導器は左手の甲に装着され鈍い白光を放っている。棍は右の腰だめ。接近次第攻撃する構えだ。


 いくら堅かろうとも魔術障壁の展開される方向は固定だ。一度出現させた障壁は再展開しない限り設定した指向性を変更できない。不変であることで攻撃を防いでいるためだ。左手に魔導機がある以上指向性は左手の先に限定され、恐らく身長以上を覆い隠す盾の様に扱われているはずだ。故に迂回し接近戦に切り替える。


 腰にぶら下げた折り畳み式ハルバードを男の右手側に叩きつける。振り回す動作の途中で組みあがるハルバードに目を丸くしつつ、男は手に持った棍でそれをいなした。

 いなされた質量で体が泳ぐ。男からの追撃はない。Cの銃撃を警戒してのことだろう。しかしCの銃撃はもう止まっている。当然だ。誤射が怖い。

 そうして僅かに稼いだ時間の中、もう一度得物を振るう。回転を加え速度を増した一撃は男が膝を抜いて地面に転がる事でかわされた。


「……!」


 寝転がった勢いも技の一部だったのか、思わぬ速度で繰り出された水面蹴りを飛んでかわす。やり過ごし着地した頃には男は立ち上がり棍を突き出す直前だった。

 速過ぎ。


 腕


 伸びて


 棍――




 空気が焦げ付くような鋭い突き。身を反らしたがぎりぎり鼻先を掠め面当ての端が小さく削られた気配がした。

 棍はすぐ引かれ、間を置かず二撃目が放たれる。

 遠近感の狂う動作から突き出された棍を後ろへ倒れこむようにかわし、右手で抱えたライフルの引き金ををロクに狙いを付けずに放つ。反動が小さいライバンであるから出来る芸当だ。


 雑な狙いで放たれた弾丸は命中こそしないまでも、相手に回避行動を取らせる程度の脅威にはなったらしい。都合、そのまま背中から倒れ後転して距離が離れる。


 視界が切れることが不安だったが、先に体勢を整える事ができたらしい。

 攻守交替。

 銃を相手に向かって放り投げる。


 銃そのものが飛んで来るとは思っていなかったらしい。よく整えられた眉がピクリと動いたのが見て取れる。

 続いてハルバードを投擲、そして間をおかず俺自身も飛び込む。

 そんなことは出来ない? いやできる。誰もやらないだけで訓練すれば。

 さすがに驚いたらしい。そうでなくてはやり甲斐がない。僅かに目を見開き身を硬くした相手は、刹那の逡巡の後、銃の次に飛来したハルバードを叩き落した。次

いで飛び込む俺に棍を合わせようとするがそれは流石にやらせない。相手の鍛えられた胸筋に飛び込む。

 ぶつかった衝撃で襟元に隙間でも出来たのか、一瞬鼻をつくコロンの香り。勢いで倒れるとも考えていなかったが、微動だにしないとは思いもよらなかった。


 が、とにかく組み付く事はできた。そのまま首を絞めにかかる。正面からだと両手で気管を握りつぶすような技術の感じられないみっともない格好になるが、握力がそこそこあれば十分有効な攻撃足りうる。

 伸ばした手は払われた。想定内。そのまま背中に手を回して組み付く。


「C、俺ごと撃て」

「ム……ッ!」


 障壁は翳した手の先に平面展開していた。

 なので脇の下から手を回し、身体と腕で肩を抑えてしまえば正面に手を翳す事は出来なくなる。

 高速展開についても魔導器の補助を前提とした性能なのであろうとの予想だが、それほど大きく外れてはいないはずだ。

 このままCが俺ごと撃てばこいつと俺はお陀仏な訳だが、


「ハァァッ!」


 その前に相手が動いた。足元に力の奔流――恐らく内燃気孔か何かで脚力を強化しているのだろう。

 気孔は呪い染みた逸話の多い力だが、その正体は特定性質へ特化した魔術と捉える事が出来る。この場合は筋力増強と熱量への変換。

 魔術に棒術そして気孔。実に芸達者な協会員だ。そしてその正体も知れた。

 熱量を増した脚部が起こした小爆発で拘束が緩み、その隙を突いて相手は大きく後退した。


 睨み合いの距離。無手でやりあうには一歩踏み込まなくてはならない。相手方は様子見している。

 下がり際にぶち込まれた膝で腹が結構痛い。チラリと確認すると鳩尾の辺りがべっこり凹んでいた。生身で受けたら立てなかったかもしれない。


 そして、俺は転がっている自分のハルバードと相手の得物を拾い、見せ付けるように悠々と距離を取った。

 その様子を見て、相手の表情に怒りが浮かぶ。


「回りくどい事をッ!」


 Cには初撃以外撃つなと伝えてある。銃撃を気にした相手は迂闊に動けず、だからこそ俺は悠々と武器を回収できた。相手は無手、こちらは銃を失ったが予備の短銃はいつでも取り出せる。相手がどうあれ優位に立ったと言えるだろう。


 と、場を持ち直した所で、背後で扉の開く音。

 布を被せた何かを片手に抱えた紫色のお客人が姿を見せた。


「……おやおや、こんなところで奇遇だね"鉄壁"のモーデウス君」


 半笑いの声が呼んだ名を聞き、色々と納得できた。

 世界で10人しかいない(S)級協会員、その内の一人"鉄壁"のモーデウス。

 割とあっさり捌かれてしまったが、普通、単身生身の人間は銃撃をいなせるように出来てない。魔術の力を借りようともだ。

 しかし彼は人体を貫通する威力を持った銃弾を防ぐ魔術防壁を1秒未満で展開することが可能であり、銃弾を防ぎながら別の攻撃を捌くだけの身のこなしも身に着けている。普段から大型の魔獣を狩ることを生業としているだけあり、その頑健さはなるほど確かに"鉄壁"の二つ名も大仰ではないのだろう。


「貴様は……ッ! そうか、この騒ぎはお前達"組織"の仕業か!」

「フフフ、さて、ね。それより君こそ大丈夫かい? ただの兵士にしてやられいるみたいだけれど? 僕とやりあった頃より腕が鈍っているんじゃないかい?」


 本人目の前にしてただの兵士ってのは、もうちょっと言葉を選んで欲しいもんである。例えそれが事実だったとしても。


「ふっ、貴様こそ迂闊になったな道化師。その物言いから察するに、そこの兵隊共とは付き合いが浅いらしいな? ただの兵士と言うには行き過ぎた練度だ」

「へえ?」


 客人が意外そうな目で俺を見る。実際に視線を確認したわけじゃないから、そんな雰囲気を感じているだけだが。


「君、強いんだ?」

「お客人」


 階下の戦闘音が消えた。言外に時間が無い事を告げる。


「ふっ、自由業の人間が時間に追われるっていうのは、何とも皮肉だね?」

「逃がすと思っているのか」

「むしろ、その状態で追えると思っている事に驚愕するよ。そうだ。ここで後の禍根を絶っておくのも悪くないね?」

「むっ……」


 何やらやる気になり始めたお客人。後背から気配が膨れ上がるのを感じる。


「お客人。これ以上は契約外です」


 水を差しておく。俺達の任務は案内と護衛並びに脱出。避けられる戦闘は当然避ける。目の前の徒手空拳の特級協会員は始末できるかもしれない。だがその後続はどうか。階下にはまだヤバそうなのが2人残っている。

 それと戦っているうちに逃げる機会を逸する可能性が高いのではないか?

 事前計画というのは安全に脱出できるように成り立っている。働く以上は時間と約束を守ってもらわねばならない。


「…………ははっ、そうかい? そう言われちゃ仕方ないな。案内頼むよ」


 その間は何だと言いたい。


「殿は私が。"C"行動開始だ」

「アイサー」


 背後でガラスの割れる音と床を蹴る音。事前の打ち合わせ通り窓からの脱出。二階から落ちて怪我するタマじゃないだろうという前提なあたり、実に親切な脱出計画だ。


「クッ!」


 武器は無くとも追わずに居られなかったのか、"鉄壁"殿がこちらに突っかかってくる。

 この協会員は優秀だ。縛りが無い状態で戦えばまず勝てない。もしCの銃撃の支援が無ければ、初撃で泳いだ身体を二合目で打ち付けられ、俺は行動不能になっていただろう。

 今のように俺が万全の状態で、相手が何らか問題のある状態だったとしても、恐らく倒せはしない。ただの俺とただのアイツじゃ圧倒的な差がある。


 が。それでも相手は人間だ。銃弾を撃ち込めば死ぬ。ちょっとした衝撃で行動不能になる。未知なる攻撃には無防備だ。

 素早く手を翳し、起動の言葉を告げる。ぽちっとな。


「うっ!? がぁぁぁッ!?」


 瞬間、"鉄壁"のモーデウスの身体が雷光に包まれる。激しい電熱がモーデウスの身体を焼き、辺りに焦げた臭いを充満させた。

 雷光や電撃系の魔術は、扱う力の性質から回避が難しい。大体の場合、術式の構成を見てから対抗魔術で迎撃することになる。が、俺は術式らしい術式を展開しなかった。よしんば高速詠唱で術を放ったとして、飛来する雷光の視認くらいは出来たはずである。相手も何が起こったか分からなかった事だろう。

 勿論、種も仕掛けもある。非常に単純明快な。

 武器を投げつけて組み付いたとき、その背中に術式スタンボムを貼り付けておいたのだ。

 大きさは肩こりに効く磁石内臓シールのような物で非常に小型。並びに服越しだと装着感が無いほど薄く軽い。しかし威力は大型の魔獣を一時的に行動不能に陥らせる程に高い。

 小型化によって費用がかかる代物な上脆弱で射出に耐え得らない。故に接触時に装着しなければならない等の危険を考えると、実はそれ程強力な道具という訳でもない。

 しかも余りに電撃が強すぎるため近くにいると巻き込まれる。どちらかと言えば足元に設置する罠としての利用価値の方がが高いと思われる。

 起動は非常に早い。何せ単一工程以下の意識――例えば『起動しろ』のようなモノ――を相手に漠然と向ければ起動する。

 その結果が、この奇術の種だ。


 棍を投げ捨て素早く銃を拾い崩れ落ちたモーデウスの顔面に蹴りを一発入れる。

 跳ね上がった身体を魔導弾で撃つ、撃つ、撃つ――ギリギリ腕や足を盾にして防がれる。気孔で身体組織を強化しているのか銃弾が抜けた気配が無い。だが満身創痍だ。今なら確実に殺れるが、


「モーデウス、無事かッ!」


 階下の敵方が追いついた。時間切れだな。

 閃光弾を叩きつけ窓から飛び降り、脱出路に向かう。

 疲れる仕事だった。







「おや、そちらも無事だったようだね」


 帰還途中の車両内。俺を見たピエッタが声をかけてきた。面当てしているのによく俺だと分かったな。


「ああ何で分かったのかって? 僕、なんとなく人のオーラとか分かっちゃうんだよね。君のオーラは独特でね、すぐに判別できたよ」

「左様で」

「もうっ素っ気無いなぁ。同じ戦場を潜り抜けた、言わば仲間だろう? 僕達は」

「そう仰るのでしたら光栄です」

「んもうっ」


 仲良くするつもりが在るなら、まずその気色悪い話し方を止めて欲しい。なまじ中性的だから違和感なさすぎて不気味だ。というか、男だよな?

 拗ねた顔はそのまま、腕組みをしてピエッタは続ける。


「けどさ、モーデウス君は勿体無い事をしたよ。彼には今まで何度も邪魔されているからさ、本当はちょっと痛めつけてあげたかったんだよ。契約外とか言うからちょっと考えちゃったけどさー、あそこは我儘言っておくべきだったかなーって」

「それでしたら」

「ん?」

「顔面に蹴りを一発と手足に銃弾を数発。いくらS級協会員とは言え数ヶ月は動けないでしょう」


 言うと、ピエッタは目どころか口までまんまるくした後――妖艶な、と形容するに相応しい笑みを浮かべた。


「へぇ。やるじゃない」


 背筋を走った悪寒。すぐに気のせいだと忘れてしまったその感覚。

 後にして思えば、余計な事言わなきゃよかったと思う、そんな一幕。



----



「しかし手酷くやられたものだな、モーデウス」


 突然現れた仮面の集団、そして"組織"の道化師。あの日から2週間が経過した。

 幸か不幸か、私は怪我には慣れている。例えそれが両手足を弾丸で撃ち抜かれ、常人であれば全治10ヶ月の怪我だったとしてもだ。

 大型の魔獣を相手にしていればこのような怪我はそれなりに負う。それでも私が現役で居られるのも、他ならぬ私自身の鍛えた肉体と狩人協会が誇る治療魔術の恩恵だろう。

 備え付けのソファーでニヤニヤしながら……その実かなり心配してくれた仲間のカーミュとて怪我と無縁ではない。

 とはいえ今の私は治りかけだ。まだ動ける程ではないが、もう2、3日あれば歩ける程度にはなるだろう。


「ほらよ、果物剥いてやったぜ」

「礼を言う。しかしあれだな、お前にそんな甲斐甲斐しさがあったとは意外だぞ、グレンデル」


 もう一人の仲間、グレンデルが思いの外綺麗に皮が剥かれた果物を差し出す。皮は綺麗に剥いてあるが切られていないあたり、慣れない事をしているのだとよく分かる。本人も自覚があるのか、拗ねたように顔を窓の外へ向けていた。


「俺がもう少し速く追いついていれば、お前がいらん怪我を負うことも無かった。未知の相手には二対一(ツーマンセル)。基本のルールすら守れなかった」


 要するに、コイツは気に病んでいたのだ。


「それを言うならお前達の相手だって未知の相手だ。それに数も多かったな。あの判断は適切だった。ただ私が油断しヘマをした、それだけのことだ」

「モーデウス。お前の所に居た"あの"仮面はそんなに強かったのか?」


 カーミュが言うと、グレンデルも視線を戻して言葉を重ねた。


「俺たちが相手取ったのは、言っちゃなんだが平の兵隊だったぜ。相手の正体が何なのかは知らねぇが、ただ質の高い傭兵かなにかと戦っている感じだった」

「そうだな……妙な相手、と言うべきだろうな。武術の冴えでは負ける気がしなかった。だがとにかく戦いが巧い。恐らく道具を使って戦う事に精通している手合いだろう。例えばグレンデル、突破力の高いお前が戦ったとしたら一刀で制圧できる、そんな相手ではあると思う。しかし――」


 理屈で追えばそのように収まる。だがどうにも、実際にそんなにあっさりと片がつく相手であるように思えない。私の言葉に2人は沈黙した。そんな相手に思い当たるフシがある。そう"組織"の――


「フフフ、僕の事でも考えている、そんな顔だ」

「ッ!?」


 艶のある声。

 瞬間、カーミュが武器を取り立ち上がり、グレンデルは得物を抜いて入り口へ向き直る。いや、私が視線を向けた時、既に声の主に身体を向けていた。

 病室の扉に背中を預け、気障ったらしく額に指を当てた姿勢でそいつは居た。紫の特徴的な紳士服に、今日は気分が違うとでもいうのか、黄色いシャツ。一度見ればそうそう忘れない中性的な妖しい顔立ち。正に今思い浮かべていた人物"組織"の道化師(ピエッタ)を名乗る男。


「そういきり立たないでよ。今日は戦いに来たわけじゃないんだ」


 そう言って気のない様子でスタスタと部屋の中に入り、私のベッドの正面やや距離を取った場所で後ろ手に腕を組んだ。その顔は何故かご満悦だ。


「グレンデル、カーミュ。奴が仕掛けてくるつもりなら声をかける前に出来たはずだ。警戒を解く必要は無いが、こちらから仕掛ける必要も無い」

「だが、モーデウス。コイツは危険だ」


 カーミュの言う事は最もである。だが万全でない状態で戦う気のない相手と無理に戦う必要は無い。例えそれが顔面に一発拳を見舞いたい相手であってもだ。

 カーミュは動けない私を庇うように腕を広げつつ前に出た。グレンデルは既に黙して臨戦態勢だ。奴が妙な動きをした瞬間に攻撃に移るだろう。

 遠くの物音が消えている。恐らく既に何かしらの方法で人払いが行われているのだろう。そこまでして戦いに来たわけではないと言う。その目的は一体なんだ?


「フフフフフ……いやぁ、いい格好だねモーデウス君。"彼"が君をやっつけたというから、今日は本当かどうか確かめに来たんだ。フフッ、本当に顔面に蹴り痣が残ってるや。一段と男前になったねぇ?」

「そんな事のために態々お前自身が足を運んだのか? 私の容態などお前達"組織"の諜報力ならすぐに把握できたのではないか?」

「百聞は一見にしかずとも言うね? それに、おいしいケーキがあったとして、その写真を見ただけで君は満足するとでも言うのかな?」

「フン、何を企んでいるのかは知らないが、お前と、お前の所属する"組織"とやらの企ても、全て私達が阻止してやる。いつかのソールディールのようにな」

「フフフ、"僕"と"組織"の企て……ね。はてさて、君に止められるかな? "彼"にも敗れた君に」

「……遅れを取ったことは認めよう。だが二度は無い。それが大陸最高戦力(Sランク)としての矜持だ。お前とあの傭兵共がどういった関係なのかは知らないが、逃げるなら今のうちだとでも伝えておくのだな」

「うふふふ……いいよモーデウス君。手負いの君は実にいい。ベッドの上からでもそんな強そうな言葉を吐けるなんて。

 さてと、君の無様な姿も見れたことだし、怖いお仲間が本格的に怒り出す前に退散しようかな?」

「ヘッ、さっさと帰れ道化野郎。でなきゃ俺がてめぇを焼き殺す」


 好きなだけ煽って満足したのか帰還を仄めかすピエッタに、グレンデルが吐き捨てた。するとピエッタは指を一本立て、意味深に微笑んだ。


「"灯台"だよ。"組織"は"灯台"を求めている。もしも君達が灯台に気付けたのならまた会う事もあるかもしれないね? フフフ――……」


 癇に障る笑い声を残し、ピエッタの身体は煙が溶けるように薄らぎ、やがて消えた。周囲に音が戻る。何某かの人払いは解けたらしい。人の形をした嵐のような奴だ、どっと疲れた。

 奴の残した情報は多い。仮面の兵隊共は傭兵。恐らくその契約はまだ続いている。"組織"の目的は"灯台"と呼称される何か。そして何より"灯台"のある場所へ私達を誘導している。本命が別にあるのか、それとも――。


「不気味な奴だ。モーデウス。悪いがあまりゆっくりはしていられなくなったぞ」

「ああ。そうだな」


 破滅の予言の噂といい、近頃は大陸中が騒がしい。怪我の休養ついでにゆっくりしていたが、そうも言っていられなくなってきたようだ。

 怪我を治す。早急にだ。そして対人戦の勘を取り戻す。

 最近は魔獣の討伐が主で、厳しい対人戦とは縁が無かった。それこそ"組織"と戦り合った、あのソールディール以来だ。或いはそこまでヤツラの手の内なのか? いや、考えたところでキリが無い。


「グレンデル。久しぶりに稽古といこうか」

「その言葉を待っていたぜ。俺も身体を動かしたくて仕方がねぇんだ」

「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困る。俺たちはチームだろう?」

「いや、カーミュ。お前には別にやってもらいたい事がある」

「……"灯台"だろ? 仕方が無い。余り物は独り寂しく調べ物と洒落込みますか」

「悪ぃなカーミュ。頼りにしてる」

「すまん。俺も身体の錆を落としたらすぐに手伝う」

「その前に怪我の回復、するんだろ? 必要なものを買ってくるぞ」

「ああ。"あれ"は身体に負担がかかるからなるべく使わないようにしていたんだがそうも言っていられない状況になった。肉と果物、それから少しのパンを頼む。"あれ"を使ってる間はひたすら腹が減るからな、質より量を重視してくれ」

「承った。それじゃあ出るぞ」

「恩に着る」

「カーミュ。道化野郎が出た後だ、周囲には気をつけろよ」

「言われずとも」


 後ろ手に手を振ったカーミュを見送り、私は再び横になった。本質的に身動きが取れない怪我人であることは変えようが無い。

 ソールディールの戦い、破滅の予言、組織、道化師、灯台、そして仮面の男。

 30過ぎて落ち着いた、などと周囲は言う。だが根元の部分で私は大人しい方ではない。真実そんな人間ならば狩人協会員になどならないのだから。

 道化師が"彼"と呼ぶあの仮面の男。


「次に会ったときは容赦しない。顔面にくれた蹴りと手足の礼。たっぷり弾ませてもらうぞ、仮面の男……!」




たぶんはじめましてこんにちは。

以前はアクションの方で競馬の話を書いていました。本編完結してて競馬しらなくても雰囲気で超絶面白いので纏めて読みたい方は是非読んでくださいウマ○が待ちきれない人にもオススメです(露骨で強気な宣伝)


本作も色々かっこつけつつ笑える話にしたいと思っているので、お付き合いいただければ幸いです。

暫くは昼の12時に更新します。ご飯食べながら読んでください。


10/1 改行がおかしかったので訂正

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