史上最強の敵
部屋に入った瞬間理解した。こいつはヤバい。
数十秒前、俺はリビングでスマホをいじっていた。ソシャゲのガチャで最高レアのキャラが引けて喜んでいたところに、台所からいい匂いがしてきた。姉ちゃんが麻婆豆腐を作っているのだろう。麻婆豆腐は俺の大好物だ。
待ちきれなくなった俺は、スマホを机に置いて台所に向かった。そこで見たものは--。
--禍々しくも鮮やかな緑色、鱗が連なったような規則的で不規則な形、悪魔の尻尾のように先端からちょびっとはみ出たヘタ。グリーンペッパー、ピーマン。俺の天敵だ。
その緑色の悪魔に姉ちゃんは包丁を振りかざそうとしている。何故なんだ……! 姉ちゃんはピーマンが大嫌いなはずだ……!
振り下ろされた包丁により、ピーマンが切断される。その勢いのまま、悪魔は細かく、より細かく刻まれていく。
どうしたっていうんだ、姉ちゃん! それは食卓にピーマンを出すという最悪の決断だぞ!
恐怖と絶望に支配されている俺に気づいたのか、姉ちゃんが手を止めて振り向く。そして、ニコッと眩しい笑顔を見せた。……なんで……なんで笑ってるんだよ……! ピーマンだぞ! 俺たちでは絶対にかなわない悪魔の食材だぞ……!
--まさか、こいつは私に任せておけってことなのか? 大丈夫だ、問題ないってことなのか? それともアイルビーバックってことなのか? 全部BADじゃないか!
姉ちゃんはピーマンに挑もうとしている。なすすべなんてないって分かってるはずなのに。
俺は台所を出て、リビングに戻った。
椅子に座り、頭を抱える。
このままだと絶対にピーマンは現れる。しかし、俺にはどうすることも出来ない。
姉ちゃんはあいつをどうする気なのだろうか。
時間はどんどん進んでいく。麻婆豆腐は香ばしい匂いを強め、恐怖は大きくなる。そして、
「できたぞー」
麻婆丼がやってきた。
……? あれ? 緑の悪魔が見当たらないぞ? どういうことだ?
「どうした? 食べないのか?」
「いや、食べる……いただきます」
戸惑った俺を訝しんだのか、姉ちゃんが聞いてくる。少し気まずくなったので、スプーンを使い、麻婆丼を食す。
「……っ! これはっ!」
口に入れた瞬間に伝わってきたのは中華特有のピリ辛。数秒遅れて淡い苦味。それにより、いつもより旨みが強い。すぐに理解した。姉ちゃんはピーマンを刻んで麻婆に混ぜることにより、調味料のような役割を果たさせたのだ。
美味い! いつも姉ちゃんの麻婆は美味しいが、これは格別だ! 気づいた頃には俺は既に麻婆丼を完食していた。
「……ご馳走様でした」
「へへっ、今回美味かったろ? 友達に聞いた方法を試してみたんだ」
聞いたものをすぐに実行できる行動力と実力、やっぱり姉ちゃんはすごいや!
麻婆にピーマンって合いそうですよね。やったことないんで知りませんが。