その2
渋谷くんの気持ちは分からなくはないけど、後で二人は外出するし、二階から下りてきてからでも大丈夫な気がした。
「渋谷くん、謝るのなら二人が二階から下りてきてからでも大丈夫だと思うよ。今日は外で夕飯を食べるようだから、その時に声をかければいいよ」
「……分かった。そうするね」
少し迷っていたようだけど納得してくれたみたいだ。その後、僕から離れるとリビングの入り口付近で二階の二人が下りてくるのを待つことにした渋谷くん。自分の非を認めて謝れるって、すごくイイ子だよね。
「隆、てっちゃんは外で食事するって?」
その感動をぶち壊す母さんの声が背後から聞こえてきた。もしかして買い物を頼まれるのか? 本当にセレブの皆様に鍋を提供するつもりなら、むしろ買い物に行かせてもらいますよ! たとえお値引き品であろうとも、この家にあるものに比べたら遥かに良いものだと思うから!
「さっき、そう言ってたよ。今、二階にいるけど確認してこようか?」
「別にいいわよ。じゃあ十人分の食材でオッケーね!」
そして母さんは、おもむろに冷蔵庫を開けた。すると中から使いかけの食材が出るわ出るわ。白菜、人参、椎茸、しめじ、えのき。この辺はまだ大丈夫そう(ある意味、お値引き品)だが長ネギ、豆腐、豚肉にいたっては、ちょっと色が変色していませんか?
「ま……まさか母さん、この三つを使うなんて言わないよね?」
僕の問いに母さんは、なんでもないかのように笑って答えた。
「大丈夫よ! 火にかけるから細菌は死滅するから! あと何を入れようかしら? あ、白菜足りないからキムチを入れて……」
「母さん! この鍋つゆ、味噌仕立てだよね!? しかも賞味期限が三ヶ月以上前のものですけど! 止めたほうがいいんじゃないの?」
「どちらも同じ発酵食品だからいけるわよ! あ、発酵食品だから、ついでに納豆もどうかしら? あとヨーグルトを入れたら、まろやかになったりして?」
もうダメだ。どんどん闇鍋化していくのを僕は黙って立ち尽くすことしかできなかった。神様、どうかウチの両親ーー特に母親の暴走を止める何か知恵をお授けください!
「それと……あ、はんぺんがある! 昆布もあるし、がんもと大根も入れておこうかな?」
ーー母さん。それは、おでんの具材ではないでしょうか。基本は、鰹や昆布のだしで煮るんですけどね。
「母さん、ナイスアイデアだ! おでんと鍋を両方楽しめる画期的な料理になるな!」
ーーそして父さん。味噌仕立てのつゆに、おでんの具材を入れても鍋は鍋です。おでんは鍋物です。さっき、ネットで検索しました。
「……あ、お姉さんと鶴間さん! 先ほどは失礼な態度で、すみませんでした!」
渋谷くんが慌てて廊下に出たので、もしかしてと思ったら、どうやら下りてきた二人を捕まえることに成功したようです。二言三言話して、そのまま出かけるのかと思いきや、渋谷くんと一緒に二人がリビングにやって来た。
「……母さん、鍋パーティーするんだって?」
冷蔵庫から出された食材を見て、苦虫を噛み潰したような顔で母に訊ねる姉、哲子。確かに貴女は母さんの暴走を分かっていました。そして僕に止めるように忠告してくれましたね。でも、僕には母さんの暴走を止める手立てが浮かびませんでした。
(頼む、姉さん! 姉さんが止めてくれ!)
しかし母さんを止めたのは、姉さんではなく鶴間さんでした。
「お義母さん、この時期に鍋は止めたほうがいいんじゃないですか? 鍋は冬でしょう? これから夏へと向かうのに、それはないと思いますよ。それに、おでんはおでんとして食べないと! 何、ごった煮を作ろうとしているんですか?」
(鶴間さんってば笑顔で、えげつねぇー! まだ両親とは数回会っただけなのに、ここまで言うか? しかも今の鶴間さんは女の子モードだから、煽っているとしか思えない!)
でも、だからこそ母さんを止められるのかもしれません。面食らった母さんは、しばらく考えていたようですが、何かを思いついたようです。鶴間さんにニッコリと微笑むと母さんが言いました。
「ツッキー、私ごった煮を作るわ! それならこの食材を無駄にしないわ!」
「そうですね。それなら問題ないかと思います!」
(結局、これを使うのかよ!? 鶴間さん、貴方も納得しないでください!)
ケーキの件では天使だと思った鶴間さんは、姉さんと過ごしたことで悪魔に変身したようです。
「ちょっと、ツッキー! 母さんを焚きつけないでよ! 余ったら私も食べさせられるのよ! まだ死にたくないわ!」
「そうか、じゃあ余らないように作ってもらえばいいんじゃないの?」
「……まあ、それはそうかも」
「姉さん! もし、ここでセレブたちに何かあったら、僕たちでは賠償できないよ! さっき姉さんだって言ったでしょうが。阻止しろって!」
鶴間さんに絆されようとしていた姉さんを説得しなければ、僕ら(福田姉弟とセレブたち)の明日は、ないかもしれません!




