閑話・イベント会場にて
「アイツ、どこに行きやがった? 当日分は完売したから撤収するっていうのに!」
今日も柳橋に連れられ、櫻森はオタクのイベントで売り子として(強制)参加させられていた。
「アイツの想い人をこの目で見るまでは、このイベントに参加し続けるからな!」
なんだかんだと売り子業務を気に入っている櫻森は(柳橋を探すついでに)グルグルと会場内を散策する。すると、ある一角に長蛇の列ができている。そこで買い物を終えた人たちの手には見知った同人誌の表紙が見える。
「……もしかして、ここにいたりして?」
買うわけではないので、並んでいる列を横から眺めると先頭付近に伊達メガネをした柳橋を発見した。
「やっぱりここか。ん? ここでコスプレしている子がいる」
イベントに参加することで徐々にオタクの空気に染まりつつある櫻森。エリート街道を突き進んでいる令息には、てんで必要のない言葉を口にしながら、相方の元に近づいた。
「えっ? 柳橋?」
こちらに気づいていない相方の目が一点に集中している。その先にいるのは、コスプレをした謎の人物。女の子だと思っていたら呼び込みの声で男だと分かった。歳は自分たちと同じくらいだろうか。(ちなみに何のコスプレかは櫻森は分からない)
どうやら柳橋は、その人物に釘付けのようだった。後ろに並んでいる人たちから急かされて、慌てて前に進んだ姿に櫻森は確信した。あのコスプレイヤーが柳橋の想い人なのだと。その後、いろいろあって柳橋が例のコスプレイヤーと手をつないで会場を後にしたのを見て、当初の予定を忘れ櫻森は彼らの後を追った。
たしかに櫻森のそれは間違いではない。しかし、それは今現在のことであって、櫻森が想い人として探していた人物は(想い人というには語弊があるが)「大和撫子」というペンネームで活動している同人作家のことであった。そのことを櫻森は知らないまま、彼らと友として長く付き合うことになる。
それから数ヶ月後のこと。またもや柳橋捜索で会場内を見渡していた櫻森の視線の先に、あのサークルのブース前で見知らぬ男性と会話している柳橋を発見した。
(アイツ、またここに来ていたのか。ところで一緒にいる男は、誰なんだ?)
すると柳橋がいきなり泣き出し、その男性はあやすように柳橋を抱き締めた。
(おいおい、何やってんだ? お前の好きな人が見たらどうすんだよ!)
慌てて柳橋の元に駆けつけた櫻森。それに気づいた男性が柳橋に耳元で何かを囁いた。すると柳橋は思い切り櫻森の方に振り向き、慌てて男性との距離をとった。
「あ、櫻森……ご、ごめん。探しに来てくれたんだ」
「ああ。完売したから、たぶん撤収作業をしているはずだ。それを伝えにきたんだが……そちらは?」
チラリと男性に視線を向けた櫻森に柳橋は、滲んだ涙を拭うと男性を櫻森に紹介した。
「彼は、僕が尊敬して止まない撫子先生のサークルで売り子をしている鶴間さん。さっき、その撫子先生から鶴間さんとお付き合いすることになったって聞いて、嬉しくて泣いちゃってさ……色々、撫子さんの弟さん(先日のコスプレイヤー)とのことで相談させてもらっていたこともあって……身近な人の幸せって、いいものだね……ううっ」
思い出して歓喜極まったのか、またもや涙が溢れ泣き出す柳橋。その柳橋の言葉に戸惑う表情を浮かべる男性、鶴間。そしてその二人の様子を暖かい目で見つめる櫻森。柳橋の推しと、その相手の幸せを祝う、なんとも微笑ましい情景であった。しかし、周りはそれを許さない。なぜなら、鶴間の彼女である撫子はBLサークルの看板作家である。当然、彼女の同人誌を買いにくる腐女子、腐男子は腐る(他意はない)ほどいるワケで、三人のことも、そういう目で見るのは、もはや当たり前のことであった。
「ねえ、あそこにいる三人ってもしかして今、修羅場かしら? 一人は撫子先生のところの売り子さんだよね……それとあの二人、どっかで見たことあるんだけど、どこだったかなぁ」
「綺麗な顔の子が泣いてるよね? もしかして別れ話を切り出されたのかな? それとも告白してフラれた、とか」
「後から来たモデルみたいな男の子、当て馬かしら? それとも新しい彼氏? どっちにしても三人とも美形よね。男の子たち、高校生なのかしら? え、まさか中学生?」
「男性が学校の先生で、美少年二人が生徒の禁断の学園BLなんて良くない? 先生に恋する生徒A。その生徒Aに恋する生徒B。先生は生徒Bのことを想っている三角関係なの。恋敵に想いを寄せられるBだけど、それに気づかない、でもAは気づいていてBのことが嫌いなの!」
ーーなどなど。腐女子、腐男子たちから勝手に妄想の糧とされ、興奮させていることに三人は気づくことはなかった。そしてしばらくの間、撫子のサークルは、三人を見ようとたくさんの人が押し寄せることになる。




