その3
僕の(脳内での)作家デビュー作の執筆を終えようとした直後、数人の声が聞こえてきた。どうやら階段近くでワイワイと騒いでいるようだ。
(誰だよ!? もうすぐエンディングを書き上げようとしていたのに!)
BL思考が徐々に現実へと切り替わる。そして目の前のあり得ない光景に目を見張った。
「ちょっと二人とも何してるんだよ! 勝手にクローゼットを開けるな! そして着れないジャケットを羽織るな!」
いつの間にか櫻森くんと柳橋くんによる僕の服でファッションショーが開催されていた。そもそも体格が違うのに、なんで着ようと思ったのか、理解に苦しむ。櫻森くん、だから中学の制服のジャケットを羽織るな! 入りきらずに肩が上がっているし、今にも破けそうになっているんですが!
「やはり小さかったか。残念だ」
「うわぁ、これには中学の名前が入っている! これが学校指定の体育着というやつか。実際に手にとったのは初めてだよ……ふーん、質は悪くないな?」
柳橋くん。一応そのジャージは、日本の名のあるスポーツメーカーが手掛けております。ほら、そこにメーカーのタグがありますよね? 見えてますか?
(こっちも気になるけど、階段の下も気になる。一体、今、ここの家で何が起こっているんだ?)
櫻森くんと柳橋くんから中学の思い出を奪い返し、無造作にクローゼットへ投げ入れる。そしてそのまま下の様子を見ようと部屋のドアを開けたその時だった。
「うわっ!? え、金澤先輩? それに渋谷くん、青葉先輩に和泉先輩まで!」
「コラ、ビン底っ。俺を忘れるな! 早く中に入れろ」
「あ、瀬谷先輩もいたんですね。これで金沢文庫社員は全員ですか? ところで、どうしてここに? 何しに来たんですか?」
ただでさえ狭いのに、さらに五人も増えてしまい、八畳ほどの広さがあるのに、座るどころの騒ぎではない。
「ここが福田の部屋か……狭いな」
やはりというか、金澤先輩からの一言に、もう怒る気も失せた。
「庶民なんで、これで十分なんです! ところで皆様、なにしにここへ?」
再度訊ねると、いつものように青葉先輩が率先して説明してくれた。
「君たちが部屋に入ったのを追いかけたけど、間に合わなくて『ドローンが排除された!』と金澤くんが車内で騒ぎだしてね。もう君たちには尾行していることはバレているし、だったらいっそのこと、全員で家に行こうとなったんだよね。ご家族にも歓迎してもらえたし、このまま夕食もご相伴に預かることになったから、よろしくね」
一緒に食べることを「ご相伴に預かる」って言うんだ。勉強になります……って、違う、違う、そうじゃない! 何で夕飯まで、この大勢と過ごさなければならないんだよ! それに明日は授業がある月曜日だよ? そんなことしてたら寮に着くの、夜中を回るかもしれないでしょう!
「あ、時間なら気にするな。すでに学園には連絡済みだ。休んでも支障はない」
さすが和泉先輩。仕事が早いですね。でも奨学制度を利用している僕は、授業を受けないと非常にマズイ。教科別の確認テストもまだ受けていないから、成績が落ちる要因は避けなければならない。なので初っぱなから、つまづくワケにはいかないのだ。
「あのですね、先輩方。僕は奨学生なので試験前の欠席は避けたいのですが……」
至極まっとうなことを言ったつもりだったが、ここでも金澤先輩の自己中が始まった。
「そんなもの、気にするな。学園長の息子も休むのだから文句も言えまい。それと奨学制度のことで心配ならば、いっそのこと我が金澤家の養子となり一緒に暮らそうではないか!」
「な、何を言っているんですか! 福田くんは僕の伴侶になってもらうんです! 邪魔しないでください!」
「いや、柳橋。いくら嫡男ではなくても、ここで勝手に決めては親御さんに迷惑がかかるぞ?」
「櫻森くん、いいこと言ってくれたね。そうだよ、福田くんは渋谷家が面倒を見るから金銭的なことは気にしなくていいよ!」
「ビン底、良かったな。パトロンがこんなにいるぞ。選びたい放題だな!」
(……どうしてこうなった?)
このカオスな空間に、雷鳴が轟く。
「うるせえっ、静かにしろ! 隣にいるこっちの部屋まで聞こえてきやがる! 騒ぐなら下でしろ!」
血走った瞳をギラギラと輝かせて姉さんが怒鳴りこんできた。おそらく櫻森くんと柳橋くんをネタに執筆していたんでしょう。そこへエキストラが五人も増えてしまい、ワイワイと騒ぎ始めたものだから構想妨害になり、怒りのあまり僕の部屋にやってきた、ということだろう。
「姉さん。『大和撫子』の仮面は、どこに置いてきたの?」
お客様の前でも通常運行の姉さんに、ため息と共に思わず肩を落としてしまったのは、弟として当然のことだと思いますが、何か?




