そして運命の扉は開かれた
ここにいるすべての人間は、扉の先に広がる景色に、ただただ呆然としていたーー。
部屋を案内した姉は仕事は終えたとばかりに、その場を足早に離れていった。レースのカーテン越しに暖かな陽射しが差し込む明るい室内。整理された机の上に少しだけ埃が積もっているのは、しばらくの間誰も訪れていなかったことを物語っていた。壁に沿うように置かれたシングルベッドは、純白のリネンで統一されており一瞬、保健室にいるかのような錯覚に陥る。
「……ここ、部屋、だよな?」
だから櫻森くん、階段を上りながら僕が言ったでしょう? 貴方が一番驚くって。その階段だって「ここを人が通るのか?」なんて言ってましたよね? 柳橋くんも固まって微動だにしない。そんな二人に、僕は迷わず声をかけた。
「櫻森くんに柳橋くん。よく聞いて」
ギギギッと錆び付いた機械のような動きで、ゆっくりと振り返るセレブな二人。そんな彼らに僕は敵に挑む小型犬のようにキャンキャンと吠えまくる。
「さっきも言いましたが、誰が何と言おうと、ここは部屋です。庶民では一般的な子供部屋です! 更衣室でも、犬小屋でも、物置小屋でもありません! 僕の部屋で間違いありません! 分かったら早く部屋の中に入ってください!」
櫻森くんが前に進むと、しみじみと柳橋くんが僕の部屋の感想を述べた。
「……すごいね。この広さでも人は生きていけるんだね」
柳橋くん。いくら推しであろうとも、今のは聞き捨てなりません。
「当たり前です! 逆に僕は寮の部屋が広すぎて落ち着きません! 2人で使うにしても広すぎです!」
「なんだと!? 【姫】が一人で使っているのは知っているが、あれで広いと言うのか?」
(おいおい。お前の部屋、どれだけ広いんだよ!)
櫻森くんは、もう「お前」呼びでいいかもしれない。とにかく部屋に入ってもらわねば。
「早く奥に行ってくれないかな? サインしてもらう本を選べないじゃん!」
またもや恐る恐るといった様子で僕の部屋に入る二人。中学の友だちは空いている床にダイレクトで座っていたけど、この二人には絶対に無理だ。そういう考えは微塵もないから動けないのだろう。
「そこのベッドの上掛けをどけて、椅子の代わりに座ってくれる?」
僕がそう言うと櫻森くんが、ぎこちない動きでベッドに近づく。そして上掛け布団を壁際に寄せて枕側に腰かけた。そしてその隣のスペースをポンポンと叩いて柳橋くんを呼ぶ。
(何それ!? しかも呼ばれて躊躇なく隣に座る柳橋くんも流涎ものですね! ああ、ここでお互い手を重ねて、戸惑いながら見つめ合ってくれたら興奮マックスな展開になるのに!)
仲睦まじい様子に、拳を握り締めて悔しそうな僕の姿が異様に映ったのか、怪訝そうな眼差しを向けてきた。
「福田くん……自宅にいるせいか、段々と素が出ているよね」
(オタクのイベントに参加している二人には、もう隠すものは何もないからね! いや、まだまだ隠したいものはあるから前言撤回します!)
「うるさいよ。さて、どれにサイン書いてもらおうかなぁ。全部にほしいけど、そうなると柳橋くんの手が疲れちゃうだろうから厳選して五冊……いや、七冊……切りよく十冊?」
「おいおい。段々と増えているぞ」
櫻森くんのツッコミは当然無視です。
(う~ん、迷う。お気に入りの本だからこそ慎重に選びたい。どうしよう、全然決められない!)
本棚には、百均で買った突っ張り棒に暖簾をつけて隠しているが、バイブル以外の本は乱雑に置かれている。片付け下手なイメージを持たれては困るので、さりげなく整えながらバイブルを厳選する。
(これは去年の夏に買ったヤツだ。こっちと同時発売で、対になっているんだよね。表紙が白一色が【受け】視点で、黒一色が【攻め】視点。一冊だけでも全然問題なく読めるけど、同じシーンでも視点が違うとこんな風になるんだ、って思ったんだ。面白かったなぁ。あ、この場合は二つで一つの扱いでいいのかな?)
そんな僕の背中側では、セレブたちがコソコソと会話をしていた。
「柳橋、俺たちは本当に恵まれているんだな。この広さが一般的ならば、そこに住んでいる人たちは賞賛に値するな」
「そうだね。僕たちはこれから先、こうした生活を送ることはないけれど、知ることができて良かったと思うよ」
すみません。コソコソ話しているつもりかもしれませんが全部、僕の耳に筒抜けですよ。それと柳橋くん、庶民の生活を送ることはないと断言しましたね! 僕も、君たちのような生活は送れそうにありません!




