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その4

 サインーーそれは有名人が自分の名を色紙などに書くことである。


「サ、サイン……サイン!? え、サインを貰ってもいいの!?」


 柳橋くんからサインを貰えるなんて! 本当にいいんでしょうか? あ、この場合は当然ペンネームでお願いしたい!


(僕の推し、キミテル先生としてバイブルにサインをして貰えるなんて夢のようです!)


 ブースに行っても毎回「先生は席を外しております」と言われ、なかなかお目にかかることのできなかったキミテル先生。まさか同級生で、姉さんのファンで、僕に一目惚れした柳橋くんとは誰も思うまい。


(ん? そんな人が僕に一目惚れ? いやいや、それはないでしょう。だって、この容姿だよ? ありえません!)


 いまいち柳橋くんの話は信用に欠ける。どちらかというと姉さんのために、あえて僕のことを気にしているパフォーマンスに思える。


(いや、それよりも櫻森くんがイベント会場まで柳橋くんを追いかけた……ということは、櫻森くんが柳橋くんに惚れていて、僕とお友達になるために櫻森学園に編入しようとした柳橋くんを追って一緒に編入してきたのか?)


 そっちの方がよっぽど信用できる! 僕を使って柳橋くんにアタックですか。何それ、嫉妬ラブ、最高です!


「【姫】が百面相している」


「我が弟ながら、ろくなこと考えてないわね」


 それ、姉さんに言われたくない! とにかく櫻森くんが柳橋くんのために行動していることが分かっただけでもラッキーです。さて、どのバイブルにサインしてもらおうかな?


(あれ? ペンネームのキミテルって、もしかして?)


「柳橋くん、ペンネームのキミテルって、もしかして……」


 柳橋くんの名前は公輝と書いて「こうき」と読む。母さんの世代だと「ハムテル」と呼ばれるマンガの主人公がいたが、さすがにそれを使うのはマズイから他の読み方を使ったようだ。この容姿で、しかも財閥の令息。ファビュラスなお姉様たちも参加するイベントだから、いてもおかしくはないかもしれない。


(でもさ、作家としてサークル参加しているなんて、誰も思わないよね? 確かに売り子さんたち、金澤先輩のメイドさんたちのような洗練された動きだった気がする)


 当時のことを思い出していると、またもや姉さんからの追加の爆弾が投下された。


「どうせ自分のお気に入りの同人誌にサインしてもらおうって思っているんでしょう? だったら隆、あんたの部屋まで連れて行けばいいじゃない」


(はぁ? 今、何と?)


「部屋に連れて行けば、本を選ぶ時間と運ぶ手間が短縮できるでしょう? その間に弟思いの優しい姉は、ここを片付けておくわ!」


 確かにリビングテーブルの上には、なんだかんだ言いながらも三人、残さず完食した弁当の箱や湯飲みがございますが、「弟思いの優しい姉」は何の関係もないのではありませんか? それから、気が利くデキる姉アピールを止めてください。


「えっ!? 福田くんの部屋が見られるの!? 今日ここに来た甲斐があったよ! できれば撫子さんの執筆部屋も拝見できたら嬉しいのですが……」


 柳橋くん。貴方、結構図々しいですね。姉さんの執筆部屋は、この空間と同じでプライベートと兼ねているので見ることは叶いません。残念だったね!


「いや、待て! 僕の部屋に連れて行けって、無理でしょう? ここの広さでも狭いって言ってるのに僕の部屋なんか見たら二人とも卒倒しちゃうよ!」


 いや、それだけではない。一応、寮に入る前には片付けたけどクローゼットの中に押し込んだだけだから開けられたら最後、僕は死ぬ。本当に死ぬ。羞恥で死ねる。


「大丈夫だ、気にするな。今さらだろう?」


 爽やかな笑顔で僕の意見を打ち消そうとしている櫻森くん。いや、貴方が一番衝撃を受けると思いますが? そしてその隣で頷くのを止めてもらえますか、柳橋くん!


「ほらほら、グダグダ言って時間を稼ごうとしない! 隆、腹をくくりなさい」


 姉さんの威圧に負けそうな僕は、一縷の望みをかけて両親に目を向けた。


「隆、ファイト!」


「後で骨は拾ってやるからな!」


 母さん、セレブのお友だちができたことを喜びたいのかもしれませんが、今ガッツポーズは必要ありません。そして父さん、その前に助けてください。僕は死にたくありません!


「楽しみだなぁ、福田くんが過ごした部屋が見れるんだね」


 もう、無理かもしれません。ウキウキと姉さんの先導で二階に向かう柳橋くんの後ろを、健気に櫻森くんが追う。僕の部屋なのに、何で姉さんが連れていくんだよ!


「終わった……もう終わりだ」


 真っ白に燃え尽きそうな僕の頭上を飛んでいたドローンが三人の後を追って行ったことで、本当に燃え尽きてしまった僕。ああ、短い人生でした。

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