その2
庶民から出されたお茶を、恐る恐る口をつけた二人。意外と悪くなかったようで、その後は何度かおかわりを貰っていました。
「そういえば柳橋くん。姉さんと顔見知りのようだけど、いつ知り合ったの?」
姉さんは、柳橋くんが僕の推しだという。でもイベント会場では会ったことない気がする。もし会っていたら、これだけの美形を忘れるはずはない。
(ああ、そうか。美形の柳橋くんには目もくれず、自分たちのバイブルを求めて会場内を猛進しているからね!)
自分が導き出した答えに納得したときにダイニングにいる姉さんから追加の爆弾が投入された。
「まあ、あんたは眼鏡がないから見えてなかったかもね。この人、何度もウチのサークルに来てくれて本を買ってくれる、マジで常連客なのよ。あんたとも何度もすれ違っているわよ」
(今、何とおっしゃいましたか? 何度もすれ違っている? 姉さんのサークルの常連客? つまり、柳橋くんは姉さんのファンってこと!?)
恐ろしい事実が判明しました! 柳橋くんは姉さんのファンだそうです。これは由々しき事態です。純粋無垢な僕には受け入れにくいバイブルの内容を、優雅なセレブの彼は好んで読んでいるということですよ!
(書いているのと読んでいるのとでは、年齢層が大きく違うじゃないか! どういうこと!?)
僕の動揺をさらに加速させるワードが柳橋くんから放たれる。
「見たり、読んだりするのは全然問題ないんだ。ただ自分が書くとなると、なかなか表現に苦労してしまってね。ならば、と少女マンガ風に書いたら、売れちゃって正直、困惑しているんだよね」
表現、ですか。それは姉さんが恥じらいもなく書く、二人が絡み合う、あのシーンのことですね。この顔で、そんなことを考えて小説や挿し絵を書いているんですか。言い忘れていましたが、僕の推しは小説と挿し絵、たまにマンガも手掛ける両刀使いの人気作家さんなのです!
(つまり、柳橋くんは中学生の時から小説を書いていた、ということだよね。え、どこで書いていたの?)
「質問です。作品は、どこで書いていたのでしょうか。前の学校も寮生活ですか? もし寮なら、どうやってイベントに参加していたんですか?」
それには、なぜか櫻森くんが答えた。
「前の学校も寮生活で、俺と同じ部屋だった。パソコンと睨めっこしながらブツブツ言ってたな。隠れて何かしてるな、とは思っていたが、土日には外出届を出して朝早くから出掛けるから一度、後をつけたんだ……お察しのとおり着いた場所は、あのイベント会場だった」
櫻森くん、イベントに行ったんだ。でも中に入るには入場券が必須アイテムなんですが、どうしたんだろう?
「追いかけて声をかけたら、俺がいてビックリしてたよな? 確か、あの時の柳橋はサークル参加だったが、本人は買い物に行き、サークルの方は家の使用人数名に任せてたよな。俺も手伝わされた」
(はぁ? 櫻森くんが売り子を!?)
「まさか櫻森がいるとは思わないだろう? びっくりするに決まっているじゃないか。あの時ちょうど欠員が出てね、どうせならとお願いしたんだよ」
あははっ、うふふっ、と二人とも笑ってますけど、それでいいのか? セレブのはずなのに、僕らと同じオタクに見える。あ、一人は間違いなくオタクだった!
「それで、いつものように撫子さんのサークルに行ったら、そこに福田くんが売り子をしていたんだ。あの時の衝撃は、未だに忘れてないよ」
思い出し笑い……もとい天使の微笑みを浮かべる柳橋くん。そりゃそうでしょう。平凡で冴えない僕が、推しのサークル前でボーッと突っ立っているんですから。
「あの日、福田くんは人気作品の主人公の彼女のコスプレをしていたんだよね。ピンクのロングヘアで、左の前髪を大きめな黄色の髪留めで留めていてさ。黒と白を基調とした陣羽織みたいな服装だったよね。確か、その作品の監督さんと名前が同じだよね!?」
ああ、あの時ですか。姉さんの売り子の鶴間さんが作品のファンで、どうしても僕に着せたいから、と泣き落とされて渋々承諾したヤツですね。かなり前の作品ですがオタ女の鶴間さんは、僕が中学生になるまで待っていたんだとか。恐るべし、オタク女子!
「その時、福田くんに一目惚れして見惚れていたら、撫子さんに声をかけられたんだよね」
「そうそう。『ウチの隆に何か用ですか?』ってね」
(見惚れてた? 誰が、誰に? 姉さんまでなんですか、その『ウチの隆』って。いつもは『ウチのバカ(もしくはアホ)』じゃないですか! 今さら猫を被らなくてもいいですから!)
またもや恐ろしい事態に気を失いそうです。柳橋くんが一目惚れ? しかも相手が僕らしい。そんなことってあるの? 誰が嘘だと言ってくれ!




