そして日曜日
お久しぶりです!
とりあえず投稿しましたが後日、修正が入りますことをお許しください(泣)
櫻森学園の歴史を紐解くと、古くは江戸時代末期にまで遡る。
花見の名所であった山間の里に五代前の櫻森家頭首が身分を問わず、学問を学ぶための私塾として開いたのが始まりで、当時としては珍しく塾生のために賄い付きの宿舎を設けていた。それ故、遠方から多くの若者が集い、白熱した論戦を繰り広げる姿を昼夜を問わず里の至るところで目にすることができたという。
幕末の動乱、明治維新、二度の大戦を経て、現在は国内有数の大企業、良家の子女等が通う幼稚舎から大学までのエスカレーター式名門進学校として今もなお、その名を世に馳せている――。
櫻森学園の幼稚舎と初等部、大学は男女共学で交通の便が良い都心部にあるが、中等部と高等部は全寮制で多感な思春期を同性と――男子は人里離れた広大な敷地の中で――長い者で六年間、学園内で過ごすこととなる。
目まぐるしい都会の喧騒から外れ、一時間に一本の人気のないバスの停留所から歩いて三十分弱。小高い丘を登り、清閑な緑の森を抜けると目の前に堅牢な白亜の校舎が現れる。春ともなれば枝垂桜、ソメイヨシノ、山桜などといった数多くの桜が咲き誇り校舎を彩る。その白や薄桃色の花弁が舞い散るなか、男子学生たちは新しい門出を迎えるのであった。
それから三週間後の授業のない、日曜日の午前十時。高等部の生徒会役員、および各委員会の長と副長が一堂に会する、月に一度の高等部定例会議が別館の三階にある生徒会専用の会議室で行われようとしていた。そして、その会議には今回、各クラスの学級委員である【若】と【姫】に選出された者も参加することになっていた。
「やっぱり今年も芸能人顔負けの美形揃いだね。でもさ、いくら見た目が良くても実際、使えなきゃ意味ないよね……ねぇ、そう思わない?」
今期の生徒会会計で中性的な容貌を持つ三年の青葉 要は、生徒会室では上座となる己の席に着くと見た者を必ず堕とすといわれている蠱惑的な笑みを浮かべ、始まる十五分前のざわつく室内を一瞥した。案の定、下級生の何人かが真っ赤な顔をして彼に見惚れている。
「……だから今年度は、使えるヤツを揃えたつもりだ。顔だけの昨年とは違うから安心しろ」
一足早く会場入りして会議資料に目を通していた同じく三年で、神経質そうな雰囲気を持つ書記の和泉 千早は青葉同様、顔は合わせず自分たちにしか聞こえない声音でそれに答えると、資料を机の上に置き、知己的な印象を与えるリムレスの眼鏡を外して曇り一つないレンズを拭き始める。
「おいおい、聞いたかぁ? 今年は理事長の一人息子と、あの財閥の次男坊の超絶イケメンコンビが高等部に入ったもんだから、彼らを狙う輩が絶賛増殖中だってさぁ~」
生徒会直属となる運動部統括長の同じく三年の瀬谷 真琴が、利き手で頭を掻きながらウンザリした表情で二人に近づいてくる。ちなみにこの三人は、幼稚舎以前からの腐れ縁であるため、青葉は笑みを崩さず後から来た幼馴染みに顔を向けると――
「瀬谷くん、ソレ今更だから。僕たち新生徒会役員は、学園長から急遽いただいた情報から今後、加熱するであろう玉の輿争奪戦を素早く鎮圧するため、短い春休みをフル活用して昼夜を問わず、それこそ寝る間も惜しんで策を講じていたんだけど……君、部活動を理由に一度も会議に参加してないよね?」
と、約一ヶ月におよぶ艱難辛苦の日々を――無駄だと分かっているのだが、ムカついていたので――瀬谷に伝える。
ある意味、閉ざされた学園で思春期を過ごす男子生徒たちが同性同士の恋愛に嵌ってしまうのは、致し方ないことだと青葉も理解している。そして今回のような優良物件を狙う輩が存在することも。過去には、自分こそが相手に相応しいと自負する者たちがライバルを減らすために奸計を巡らし、傷害事件寸前にまで発展したこともあった。
以来、生徒会と風紀委員会は学園の安寧秩序のため、あらゆる情報を共有し日々対応に追われているのだ。
「えっ、そうなの? 春休み、そんな会議してたんだ。偉いじゃないかぁ~。あ、でもオレ関係ないじゃん? 生徒会の役員じゃねぇ~し」
「はぁ、やっぱり……そんなことだと思ったよ」
青葉はガックリと肩を落とすと両の掌で額を押さえつつ頭を左右に振った。すると会話を黙って聞いていた和泉がヤレヤレと肩を竦め、再び眼鏡を掛けると資料に目をやりながら溜息混じりに呟いた。
「……これだから脳筋運動バカは困る」
「おい、和泉。ちょっと待て今、何て言った?」
馬鹿にされた瀬谷は当然のことながら、こめかみに青筋を立てて不機嫌オーラを放つ。だが和泉は臆せず話を続ける。
「そのくせ自分の事になると地獄耳になるとは……ホント、使えない奴。さすが体育会系」
「もしかしてお前、ケンカ売ってるのか?」
毎度おなじみの光景に呆れつつ、いつものように青葉は二人を宥めた。
「まあまあ、瀬谷くんも和泉くんも落ち着いて。あ、噂をすれば……」
室内が緊張に包まれる。入口に目を向けると、今まさに話題の人物が会議室に足を踏み入れるところだった。彼らに見惚れた人数の多さに青葉は苦笑する。この二人ならば仕方がないか、と。
育ちの良い、見目麗しい子息たちが多く通うこの学園であっても彼らは別格だ。生まれながらにして全ての頂点に立つことを許された選ばれし者――漂うオーラが全く違う。伝統や血筋だけで作られた紛いものとは雲泥の差がある。
おそらく彼らが昨年まで通っていた学び舎は今頃、暗然とした重苦しい空気が漂っているに違いない。こちらが引き抜いたわけではないが、これでは恨まれても仕方がないかもしれない。後で理事長に探りをいれておこう、と思った青葉だった。
「……俺さぁ、あの二人を間近で見るの初めてだけど、神々しいっての? なんか近寄りがたい雰囲気だよなぁ~。しかし何で今更櫻森学園に来たのかね?」
彼らの登場で不機嫌だったことを忘れた瀬谷の疑問に、青葉も頷いた。
「そうなんだよね。彼らが通っていた私学も、大学までエスカレーターなのに、どうして櫻森に鞍替えしたんだろう? 以前『櫻森だと公私混同の恐れ』があるため、それを回避し『視野を広げるため』他校に入れたって理事長が言っていたけど……」
なのに、どうして高等部から櫻森に入れたのだろう? そしてもう一人も、その理由を語ろうとしないため、突然の転入は未だ謎とされている。
「おい、あれ。二人の後ろにいる、ちっさいの。ここに来たってことは、関係者ってことだよなぁ?」
瀬谷が指差したその先には、小柄な少年が二人の間から周りの様子を窺うように顔を覗かせていた。
「ヤバくないか、あれ」
渋面を作った和泉を見て、青葉もそちらに目を遣る。その容姿に思わず仰け反ってしまった。
「……あの眼鏡、何?」
和泉と同じ眼鏡男子でも視線の先にいる彼の場合、昭和のガリ勉が掛けているような太い黒フレームにビン底レンズで周りの人間も、いけないと思いつつ場違いの少年から目が離せない。ただ軽くウェーブのかかった明るい栗色の髪は思いのほか艶があり、シミ一つない透き通るような白い肌と華奢な体躯から、おそらく【姫】に選ばれたのだろう。だが高い審美眼を持つこの学園の生徒が、わざわざ彼を【姫】に選んだ理由が分からない。
「彼は【姫】に選ばれた、のかな? 見たことないし、二人の間から出てきたってことは……一年生?」
その時だった。ビン底眼鏡少年が段差につまずいて前につんのめり、その勢いで眼鏡が床に落ちてしまった。
「「「っ!」」」
役員三人が同時に息を飲む。言わずもがな、その場にいた者たちも同様の反応であった。そう、少年の素顔は櫻森学園では一部の生徒を除き、絶対に晒してはいけないものだったのだ。
ちなみにこの時、当の本人は周りの状況などおかまいなく眼鏡を拾おうと慌てて屈み、ひと昔前のお笑いコントのごとく「メガネ、メガネっ!」と言いながら見当違いな場所を四つん這いになって必死になって探していた。
ちなみに落ちた眼鏡の行方だが、実は持ち主の足元近くにあり、踏みつけてしまわないかと皆、ハラハラしていたのだが、すぐに理事長の息子が拾って手渡したのでホッと胸を撫で下ろしたのは、ここだけの話。
「……あの眼鏡は、彼の必須アイテムとして認めるしかあるまい。眼鏡を外しては、非常に危険だ」
再び和泉が苦渋の表情を浮かべ、青葉は苦笑した。
「そうだね。あれを外したら美味しそうな子羊ちゃんだもんね。あれじゃあ、狼さんに見つかったら即、食べられちゃうよ」
「そういやぁ、狼のひとりは今、ドコに?」
瀬谷が額に手を翳してキョロキョロと辺りを見渡す。
「彼は今、別室でお食事真っ最中です。おそらく会議には間に合わないかもしれません」
つい今しがた会議室に到着したばかりの生徒会副会長――瀬谷にしか興味を持たない――同じく三年の金澤 佳貴が満面の笑みで答えた。
お読みいただき、ありがとうございました!