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閑話・怪しいワンボックスカー

 「櫻森が動いた」その和泉の言葉に、隣にいた青葉が反応した。


「櫻森くんは学園の車を使う予定だから、いつ配車がされるのか確認すればいいんじゃない?」


 ここは生徒会室。空席の生徒会長席を挟むように左右一列に並んだ机。各自、所定の席に座り、本日も三人は櫻森と柳橋の動きに注視していた。


「いや、福田の言い分を聞き入れて他のルートを使う可能性もある。学園の車はデカいし、目立つから拒否すると思うが」


 向かい側の席に座っている金澤が青葉の見解に異を唱えた。青葉、金澤の二人の意見に和泉が考える。


「……なら、自前の車か?」


「自前?」


 金澤の疑問に青葉が答えた。


「櫻森家の車を使うとなれば、こちらは情報収集しづらい。しかも一般的な小型車を選べば福田くんも納得するはず。それに僕らをまくために、カモフラージュで公共交通機関を利用するとは考えにくい」


 なるほど、と金澤が頷く。和泉も無言だが青葉の意見に賛成のようだ。


「そもそも僕たちは、車での移動が日常だから当然、櫻森くんも車を選択するはず。確か櫻森家の車は公には六台、その中で小さめの車は二台あったはずだ」


「……櫻森家の警護課に在籍しているのは十五人。その内の一人が元警ら隊で運転手をしている。櫻森のお祖父様が直々にスカウトした人物だ。警護能力、守秘義務、どちらも完璧だ」


 二人の話に金澤も加わる。


「ならば、その人物の出勤日を探ればよかろう。おそらく福田の安全のために、その人を使うだろうからな。柳橋が同乗するのなら尚更だ」


「お前にしては、珍しく勘が冴えているな」


 和泉の言葉に金澤が反論しようとしたが、その前に生徒会室の扉が開いた。


「よぉ、今日も作戦会議か?」


 現れたのは瀬谷だった。後ろには、もう一人。一年の学級委員、渋谷だ。


「先輩方。福田くんたちは、来週の日曜日に出発するそうです」


「な、何っ? なぜ君が、それを?」


 慌てる金澤をしり目に、渋谷は瀬谷と共に部屋に入ると入り口横のソファに座った。


「なぜって、二日前に学食に向かっていたら福田くんと出会いまして。直接本人から聞いたんです。『今度の日曜日に久々に家に帰るんだ!』って。一人だったから気が緩んでいたのかも。櫻森と柳橋の苦労が台無しですよね」


 そう言ってクスクス笑う渋谷を見て、役員三人の顔から緊張がほぐれていく。


「……まさかの展開。だが彼らしい」


「よっぽど家に帰れるのが嬉しかったんだね。櫻森くんが、どれだけ周到に計画を立てていたのか、彼には想像もつかなかったんだろうなぁ」


「福田は、初めての一人暮らしと言っていたからな。ゲルで色々と話を聞いたが、大変そうだった」


 三者三様の言葉に福田に対する悪意はない。むしろ、労るような優しさを感じるくらいだ。


「どうします? 福田くんの住んでいるところ、見てみたいと思いませんか? 僕は見たいんです!」


「俺は別に、どっちでもいいぞ。ビン底の迷惑にならなければな」


「だからビン底を止めろと、何度言えば分かるのだ! なぜ「福田」と呼ばない?」


「瀬谷くんのソレは、福田くんへの「愛あるあだ名」だから。金澤くんだって、初等部の時に「ふみこ」って、呼ばれていたでしょう?」


「……確か「金沢文庫」から「ぶんこ」になり「ふみこ」に変わったんだよな」


 しみじみと語る和泉に金澤が噛みつく。


「昔のことは、今は関係なかろう! それよりも日曜の出発だとしたら、こちらも準備をせねばなるまい!」


 そうして福田家訪問の作戦会議が始まり、櫻森たちの車を追いかけるために、こちらも車で追尾することになった。金澤が車を手配することに立候補し、あとは目立たないようにするには、どうしたらいいのか話し合う。すると渋谷のスマホが鳴り、相手と話し始める。どうやら柳橋の相方である立川からのようだ。


 渋谷が事情を説明して、彼もオンフックで会議に参加することになった。


『作業員を装うのはどうでしょう?』


 立川からの提案に一同、唖然となる。その考えは、彼らでは思いつくこともなかったからだ。


「……でも、この歳の作業員なんていないのでは?」


 ある意味、世間を知らない青葉の疑問に立川が答える。


『家庭の事情で十代から働く者もいますから、その点は大丈夫かと。それにコンサートやイベントの設営だと思わせて、作業に向かう車だと偽装すれば長く追尾しても気づかれないのでは?』


 立川の、この一言で車はワンボックスカーに決まり、念のために会社のロゴを入れることになった。


「せっかくだから「金沢文庫」って入れたら? 面白くねぇ?」


 瀬谷が余計なことを言ったために、当日の朝、車を見た金澤以外の役員たちは、黒い車体に白い文字の「それ」に遠い目をしていたことに、金澤は気づくことはなかった。

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