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その3

 今日は、楽しいドライブ日和。天気も良好。交通渋滞も今のところないようです。


 今回、お弁当は櫻森くんのお父様、つまり学園長行きつけの和食のお店の物になりました。それを途中、店舗に立ち寄って受け取るそうです。え、それって遠回りになりませんか? でも櫻森くん曰く「最高峰の味は、多少の遠回りをしてでも食べる価値はある」だそうです。


(ですよねぇ。庶民には縁のない発想です!)


「さて、そろそろ出掛けようか」


 櫻森くんが恭しく後部座席のドアを開けると僕らを促します。


「どうぞ【姫】。柳橋は反対側から勝手に乗ってくれ」


 こういうところ、付き合いの長い気心の知れた仲って分かるよね。いいな、こういう友達が僕にもできるかな? あ、この二人は友達じゃなかった!


「福田くん。何か今、良からぬことを考えていたでしょう? 背中に悪寒が走ったんだけど」


(うわ、怖っ! 僕の妄想に柳橋くんの鋭い勘が反応したんですか? 凄いですね)


 大丈夫です、柳橋くん。僕は、君の櫻森くんへの熱い想いを本人を差し置いてベラベラ喋る男では、ありませんから!


「いやだなぁ、何をおっしゃっているのやら。僕は、久々に家に帰るから楽しみにしているだけだよ?」


 そうなんです。非常に楽しみなんです。だって久々に僕のバイブルを堪能することができるのですから!


(学園に持っていけなかった同人誌たちと久々に会える。この気持ちを誰かと共有したい!)


 ーーこの後、その気持ちを共有できる友ができるとは、この時の僕は知るよしもなかったのである。


 こうして運転手さんを含めた四人のドライブが始まりました。都心に居を構える櫻森家のお抱えである大和さんは、御年五十二歳のベテラン運転手さんです。元々は自動車警ら隊に所属されていたそうですが、年齢と家族との時間を取りたいということで五年前に退職されたそうです。


 すると、その話を耳にした櫻森くんのお祖父様が「ウチの運転手を是非やってくれないか」と声をかけたとのこと。早くにお孫さんができたこともあり「週二回でもよろしければ」と承諾して今に至るーーと櫻森くんが教えてくれました。


「もうお孫さんがいらっしゃるんですか! お幾つなんですか?」


「今日で、ちょうど二歳になります。男の子と女の子の双子です」


 バックミラーに映る大和さんの瞳が、フンワリと優しく輝いて見えます。双子ちゃんをとても大切に思っているのでしょう。


 ほっこりとした雰囲気だった車内でしたが、高速に入った時に違和感を覚えました。なぜなら前を走るシルバーのスポーツカーに見覚えがあるからです。


(高速に入ってすぐに、この車の前に入ったかと思ったら、周りの車がよけ始めたんだよね)


 思い出そうしたのだが、思い出せない。すると、隣の追い越し車線を猛スピードで駆け抜ける赤い外車が一台。さすがは跳ね馬がロゴの車だなぁ、と感心していたら前を走るスポーツカーが赤色灯を回して追いかけて行くではありませんか!


「えっ、前の車って覆面パトカーだったの!?」


 驚愕の事実に思わず声をあげると、大和さんから説明されました。


「今回、柳橋様と福田様がご乗車されてますので、私の判断で応援を頼みました。おそらく、この先にもう一台、覆面がおりますのでご安心ください」


(大和さん、なぜそんなに落ち着いているんですか! そういえば元警察官でしたね)


 いやいや、「応援」とか「ご安心ください」とかそんなことよりも、この車に警護車輌が付いていたことにビックリです。


 セレブの世界は非日常すぎて疲れます。


「【姫】大丈夫か? 車酔いでもしたか」


(この状態を車酔いと思う櫻森くんの思考を疑います)


 どう見たら車酔いに見えたのでしょうか。吐き気なんぞありませんし、大和さんの快適で滑らかな走行に、思わず眠りそうになるの必死に耐えているだけです。


 まだお弁当の受け取りもしていないのに、眠いのは朝が早かったせいでもあります。なにせ都心から離れた山間にある校舎ですからね。お昼に僕の家に着くには、こちらを最低でも四時間前に出ないといけないのだ。


「福田くん、眠いのなら僕の肩を貸すから寝てもいいよ?」


(柳橋くんの肩を枕にして寝ろ、と!?)


 今、一気に目が覚めました。財閥の令息の肩を枕になんて、そんなことできるワケがない!


「ありがたいお言葉ですが、謹んで辞退申し上げます」


 そんなことをしたら柳橋くんの肩は、僕のヨダレまみれになるのが目に見えているし、そんな状態で家族に会わせるなんてできません!


「……気にしなくてもいいのに」


ちょっと寂しそうな柳橋くんでしたが、僕が気にしますので許してください。

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