その4
結局、皆が折れて櫻森くんが理事長の代理として一人で我が福田家に行くことになりました。それでも、庶民の暮らしに興味のつきないセレブな皆様は、あれこれ質問してきます。
「四人家族ならメインの移動とレジャー、それと運転手用のセダンで五台は必須だろう? 駐車場は地下なのかな? 車種は国産?」
「浴槽に足を伸ばして入れないって聞いたけど本当かい? ジャグジーやサウナがないのは知っているけど、足が伸ばせないなんてどれだけ狭い浴槽なんだ!」
「食堂とリビングが一緒なんだって? 食事をする空間と、くつろぐ空間が一緒だなんて、臭いや湿度が気にならないの?」
(……どこから突っ込めばいいんだ?)
最初の質問ですが、我が家は国産の中古車で、維持費の関係で軽自動車という四人乗りの小さな車が一台です。そして地下ではなく、雨ざらしの青空駐車場です。
二番目の質問ですが、確かにジャグジーもサウナもありません。足を少し曲げますが、伸ばすことは可能です。大人が伸び伸びと入る、というには無理かもしれません。
そして三番目ですが、食事をする場所を食堂というのなら正解かもしれません。食事をするテーブルのあるスペースと、寛ぐためのソファのスペースは、間仕切りがありません。臭いは……換気扇を回してますから軽減はされてます、たぶん。
僕の返答に役員たちは皆一様に、困惑と憐れみの混ざったような表情をしていた。このまま続くか、と思われた質問コーナー。ようやく終わりの時を迎えることになりました。保健室の隅で生徒会役員三人と柳橋くんが何やらコソコソと話し合っております。
(何を話しているのかな?)
視線を向けていると、気がついたのか青葉先輩と目が合った。先輩は、ニッコリ笑うと皆の注目を集めるかのように手を叩く。
「皆、そろそろ切り上げて学食に向かおう。福田くんは目覚めたばかりだし、騒動の直後で落ち着かないだろう?」
そこで一息入れると、青葉先輩は話を続ける。
「寮に運んで貰っているので、そちらで食べるように。一人だと何かあったら大変だから、同じクラスの櫻森くんと【姫】の柳橋くんが付き添ってあげて」
一年の役員(特に渋谷くん)は、「何で(同じ【姫】なのに)柳橋なんですか!」と先ほど以上に文句を言っていたが青葉先輩の「僕が決めたことに文句ある?」の一言で撃沈した。
(心配してくれるのは、ありがたいけど、そこまでして貰う人間じゃないんだけどなぁ)
ブーイングの嵐だったが先輩たちに促されて保健室を後にする。残るはベッドの両脇を櫻森くんと柳橋くんの二人に挟まれた僕。保健室は、いつもの静寂が戻ってきた。
(どうすればいいのでしょうか?)
「じゃあ福田くん、寮に戻ろうか。(生徒たちが寮父さんと慕う)寮の管理職員にお願いして第一談話室を押さえてあるから」
(寮父さんとは、寮を管理する年配の職員さんの別称で、「頼れる寮のお父さん」の略だとか。教師よりも生徒たちの信頼が厚い。その人にまで迷惑をかけてしまうなんて)
「そうだね。いつまでも保健室にいては悪いし」
メイド服のままだし、早く寮に戻って落ち着きたい。
「ところで柳橋、さっき先輩たちと何を話していたんだ? 昼食の件だけじゃないだろう?」
櫻森くんは、ジロリと柳橋くんを睨んだ。
「ああ、それね。先輩たちに君の監視をお願いされたんだ。青葉先輩曰く『櫻森は理事長の身内だから第三者が立ちあった方がいい』から一緒に行くように言われたんだよ」
その言葉に憮然とする櫻森くん。けれど柳橋くんは続ける。
「福田くんも櫻森くんに遠慮して来なくてもいい、とか言いそうだから僕が一緒に行くからね。本当は金澤先輩が行くって駄々を捏ねたんだけど、あんまり福田くんばかり構っていたら、瀬谷先輩に嫌われるかもよ? って言ったら諦めてくれたんだ」
おいおい、金澤先輩。何で駄々を捏ねたりするんですか。出会ってから、そんなに時間が経ってませんよね? 確かに体育祭ではお世話になりましたが。
「そういうことで、昼ご飯を食べながら日程を組もうね」
すでに決定事項のようです。柳橋くん、恐るべし。これはきっと、愛する櫻森くんと平民の僕が一緒、しかも二人っきりというのが許せないんだろう。恋する柳橋くん、腐男子の自分としては、かなり美味しい立ち位置です!
「……とか言いながら、本音は俺の邪魔をしたいだけだろう?」
「まさか。僕は君が他家で不手際を起こさないように、と先輩たちに頼まれた監査役を遂行するだけだよ?」
櫻森くんの邪魔ではなく、僕を近づけたくないだけです。恋する男は、じれったいね。だって僕を見てニッコリ笑ったその瞳には、「櫻森の愛を横取りするな!」という熱い闘志がハッキリと見える。
「それに個人的に、福田くんのご家族にご挨拶したいだけだから」
あ、そうだった! この二人が家に来ることになるんだ! やはり予知夢だったんだ。おそらく姉さんが絡んでいるから、あんな夢だったんだろう。どうしよう、困ったことになりそうだ。




