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閑話その2

 それは体育の授業の時だった。2人ペアで行う柔軟体操。いつも金澤は先生と組んでいたが、今日は1人体調不良で学校を休んでいるため、生徒が1人残っていた。


「……金澤くんとは、一緒にやりたくない」


 以前、金澤が「友達になれ」「ならない」で喧嘩した子だった。強制されてなるものじゃないと言われ、カッとなって突き飛ばしてしまったのだ。幸い怪我はなく、大事にはいたらなかったが、その様子を見ていたクラスメイトから距離を置かれることに。実は瀬谷との喧嘩は、この後に起きたものだった。


「でも1人ではできないからペアを組んで欲しいんだけど……ダメかな?」


 今年初めて担任を持つことになった先生は困惑しつつ、もう一度その子にお願いする。金澤は、その様子を拳を震わせながらジッとして見つめていた。怒りに満ちていたが、自分が変わらないといけないと思ったからだ。ただ、お願いするという気持ちにはまだ届かず、グッと唇を噛みしめた。


「先生ぇ、俺が金澤と組みます」


 そう言って瀬谷が金澤の側にやってきた。驚いて自分を凝視する金澤に瀬谷は、ぶっきらぼうに言った。


「授業が遅れるだろう。それに誰も組んでくれないようだから……仕方ないから俺が組んでやる」


 お前の言うことは聞かない、と言っていた瀬谷が金澤のためにペアになるというのだ。あり得ないと思った金澤は、つい確認してしまう。


「言うことを……聞かない、じゃないのか?」


「お前の言うことを聞かないだけだ。先生もアイツも困っていたから仕方なくだよっ」


 その顔は、本当に渋々といった感じであったが、困っている先生やあの子、変わろうとしている金澤の気持ちを考えて行動したのだろう。その優しさが、ようやく金澤に伝わった。いつもならここで「ふざけるな!」と言うはずだったが今日は違った。


「あ、ありが……とう……ござい、ます」


 嫌々ではなく、本当に感謝を述べようとしている金澤に、今度は瀬谷が驚いた。


「え、お前……どうした?」


「……この僕が、わざわざ礼を言ったのだ。文句でもあるのか」


 金澤の次の言葉は、いつもどおりだったが顔を真っ赤にして睨み付けるその姿は、怒っているのではなく、羞恥心によるものであった。そのことを正しく理解した瀬谷は、ニヤリと笑うと「別にぃ」と一言だけ返した。


 そのやり取りはクラスメイトも一部始終見ていた。金澤の礼を言った態度に驚き、また瀬谷の行動に納得して、その場の空気が穏やかなものに変わる。


「じ、じゃあ君は瀬谷くんとペアだった子とペアになって。金澤くんは瀬谷くんとペアで始めるよ」


 丸く収まりそうな雰囲気に胸を撫で下ろした先生は笛を吹く。その号令に合わせて生徒たちは体操を始めた。その後、そのまま2人でダンスをすることになるのだが、運動が大好きな瀬谷と負けず嫌いの金澤の2人が一番上手だと先生に褒められることになろうとは、この時の2人はまだ知るよしもなかったーー。



 そんな恥ずかしい昔話になったのは、後輩である福田が孤立するかも、と金澤が心配したからだ。外部生の福田は、まだこの学園の異様な風習を知らないはずだ。だからこそ金澤は彼を気にかけるのかもしれない。


「な、何を今さら昔のことなど!」


 真っ赤な顔で慌てる金澤に瀬谷が腹を抱えて笑う。


「そうそうっ! そんなこともあったよなぁ。ちっさいクセに態度がやたら大きくて、親の権力を自分のものと勘違いしていたあの金澤が、心も身体も器も大きくなって。お兄ちゃんは嬉しいぞぉ!」


「何がお兄ちゃんだ! 1週間違うだけではないか!」


 2人のやり取りに青葉は苦笑した。和泉は相変わらず興味のなさそうな顔で、声をかけることなく静かにその様子を眺めている。


 金澤が後輩の福田の素顔を見た時、おそらく過去の自分が横柄な態度で他人から距離を置かれ孤立したことと、その素顔のせいで眼鏡で隠さなければならない後輩の気持ちがシンクロしてしまったのかもしれない。


(だから守らなければ、なんて思ったんだろうな。金澤くん、本当に成長したんだね。瀬谷くんのおかげかな?)


 まだまだ続きそうな瀬谷と金澤との夫婦漫才を止めるべく、青葉が数回手を叩く。


「ハイハイ、そこまでにしてくれる? 早く弁当を食べて『バカ』に説教しないといけないからね」


 実は、その『バカ』は今、3人のいるこの部屋に身体を縄でグルグル巻きにされ芋虫状態で床に転がされている。しかも五月蝿いからと猿轡もされている徹底ぶり。ちなみに、そうしろと言ったのは和泉である。


「こいつって、昔の金澤に性欲プラスした感じなんだよなぁ。やっぱり同族嫌悪?」


「ひ、酷いぞ真琴っ! こんなのが僕に似ているとは……こんなのと、一緒……そんなこと……」


 そう言いながら涙目になる金澤に、言った張本人の瀬谷が慌ててフォローする。


「昔のお前って言っただろう! 今のお前は違うから! 同族にして悪かった!」


 宥めようと必死な瀬谷の様子に、和泉が呆れた顔で呟く。


「早く食え。話が進まない」


 またそこで金澤と瀬谷の2人で和泉を咎めて話が進まなくなるのだが、そんな光景を青葉は好ましく思った。

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