その4
「脳筋。気になるのは分かるが、話を進めろ。時間が惜しい」
黒髪の眼鏡の先輩が瀬谷先輩に苦言を呈しました。知的眼鏡、声が低めで淡々とした口調、かっこいい! さらに、追加で放たれた鋭い視線に瀬谷先輩が怯えています。彼は会計担当なんですね。生徒会役員の席には、役職名が入ったプレートがあるので、名前は分からなくても役職は分かるんです。
「どうした脳筋。早くしろ」
「脳筋、脳筋と連呼するなっ!」
「筋肉脳を脳筋と言って何が悪い。早く筋肉脳を卒業するんだな」
そう言って会計さんが額に手を当てて深くため息をつきました。対する瀬谷先輩は、不満げに会計さんを睨んでます。その態度に会計さんは小さく首を振ると呆れたように瀬谷先輩に視線を向けました。黒髪眼鏡の会計さんの気持ち、分かります。
「もしもし? 君がそれを言うの? 君は一年生の彼に同じことを言っていたのに……ねぇ、福田くん」
会議前、僕の眼鏡を心配してくれた先輩が、こちらに話を振ってきました。同じことって、もしや、僕をビン底呼ばわりしたことですか?
そういえば自己紹介していないのに、どうして僕の名前が、と思ったら参加者名簿を見ていたんですね。あれ? 話を振ってきた小柄な先輩の机には、書記のプレートが置いてあります。
ちょっと待て。王道学園なら『どっちが兄で、どっちが弟?』という遊びをして、周りを困らせる双子の兄弟が、だいたい書記を担当しているはずですよね? というか、ここにいるってことは、その双子の片割れってことじゃないですか! はぁ~、まさかあの伝説の双子が僕と同じ学園にいたとは! 僕のBL観察ノートに最重要人物として赤線引いてメモしておかないと!
しかし、なんで司会をやっていたんですか? 会長不在だから司会は別の人がやるのは分かりますけど、副会長の席に座っている人がいますよね?
それに黒髪の人は会計って……普段は軽薄な遊び人に見せかけて、実は孤独な側面を抱えている、深淵なるミステリアスな人なんじゃないんですか? そういうギャップ、最高に萌えます!
雨の中、彼が一人で佇んでいるところに、偶然通りかかった誰かがそっと傘を差し出す。そして、さりげない優しさに彼はーーみたいなシチュエーションとか、めちゃくちゃ美味しいんですけど! 僕の認識、間違っていますか? もう一度、僕のバイブルで確認しておかないと!
「金澤、お前は副会長なんだ。お前が進行しろ」
会計さんが隣に座る副会長に声をかけました。当たり前ですけど、ど真ん中に位置する会長席は、当然ながら空席です。こちらから見て左側に座る副会長。彼は、参加しているのに、ずっと目をつむり、腕組みをしています。国会中継で見られる、ごく一部の人がしている、あの光景を再現してくれています。会長は仕事しないし、副会長は寝て……もとい、参加していても意味がない。大丈夫ですか、今年の生徒会!
副会長からの返事はないので、諦めたのか、書記さんが話を続けます。
「金澤副会長、愛しの運動部長がメインの会議なんだから助けてあげなよ。和泉にいじめられてるけど?」
僕たち腐の道界隈では、現実世界の王道学園と崇められている櫻森学園ですが。なのに生徒会副会長が、脳筋運動部長に恋しているとは! 小説やゲームなどのハーレム作りに勤しむ主人公に恋する青年ではなかったんですね! いやあ、新たな発見ですよ、これは!
「……止めてくれ、虫酸が走るから。こいつのせいで、どれだけ迷惑を被ったか」
瀬谷先輩、一気に脱力してます。ああ、金澤副会長の一方通行な恋なのですね。いや、もしかすると、そう見せかけた瀬谷先輩のツンデレ説を僕は希望します!
「……ごめんね、話が脱線して。体育祭については僕が補足していくから」
結局、司会という主役の座は書記の先輩が務めることになりました。
「色別は各学年12人選抜の400メートルの徒競走、綱引き、騎馬戦。学年別は200メートル×6のリレー、二人三脚、借り物競争だから」
なるほど、早目に終わらせるために玉入れとか片付けるのが面倒……もとい、準備が少ない競技をチョイスしたんですね。走る競技が色別、学年別ともに入っているのは、なかなか良いではありませんか。
僕としては騎馬戦と二人三脚は、ぜひとも最前列で観戦させていただきたい! しっかりと肩を組み、仲間を支え、勝負に挑む男同士の熱き戦い。そこで芽生える禁断の恋。その青春の1ページを僕の腐脳に焼き付けたい!
「そして毎年のことだけど競技中【若】と【姫】は、コスプレして応援してもらうから」
え、コスプレですか? コスプレって、オタクの祭典で行われる、あのコスプレですよね? そ、そんなっ! 僕にコスプレって、姉さんに脅されて売り子として参加させられる時の格好ではないですか!
そうなると眼鏡を外さなければならなくなる。観戦ができない。つまり観察もできない……それって僕に死ねと言っているのも同然なんですが!
お読みいただき、ありがとうございました。




