0.利用規約に同意しますか?
いつもと変わらない日常。それを繰り返す日々が「普通」で「一般的」な人間の世界。
壱掛 征也は、少なくともそう思っていた。テストに喜び悲しみ、勉強に明け暮れめんどくさがり、部活を坦々とこなし、そして家に帰り飯を食べテレビを見て寝る。そしてまた朝が来て、飯を食べ、学校に行く準備をして、幼馴染たちと他愛もない会話をして。
すくなくとも、今回のような事態が起きるまでは。
「ようこそ。ヘル・ホールの世界へ」
電子機器のような、一定の声音が壱掛の鼓膜をくすぐった。体は動かない。けれど目だけは動く。
ゆっくりと瞼を開ければ、飛び込んできたのは真っ白な光たちだった。思わず眩しさに目を細める。
「……ここは」
細めであたりを見渡すも、そこには何もないように思えた。真っ白い部屋、だろうか。そこには壱掛以外の人も見えなければ、なにか無機物があるようにも見えない。
しかし、先程虚ろな記憶の中に聞こえた声だけは、鮮明に残っている。機械のような動かない声のトーンでありながら、どこか優しさに溢れていたような声。
「お目覚めですか?」
「…っ!」
同じ様な声が、壱掛の耳を擽った。驚いたように目を見開き、声の主を探そうと視線を動かすも、何の姿も見えない。だが声だけは聞こえる。
「おはようございます。壱掛 征也 さん。ようこそ、ヘル・ホール の 世界 へ」
「へるほーる…?」
ようやく眩しさに目が慣れた。声のする方へと視線を動かせば、首を小さく傾げた。聞いたことの無い単語。でもどこかで聞いたことのあるような言葉だと思った。
”Hell Holl”
「表示された利用規約をよく読み、よろしければ同意を押してください」
また壱掛の耳を擽る声が、今度はすぐ横で聞こえてきた。思わず顔を動かそうとするも、やはり動かない。だが、右手だけは動くようになっていた。
不思議に思いながら自分の顔の上へと手を動かしてみる。細い指でありながらも大きい手。開いたり閉じたりしてみれば、しっかりと手は動く。感覚に鈍りはないようだった。
(…利用規約?)
その言葉に少々疑問を抱いていると、携帯のポップアップ表示のように、壱掛の目の前に画面が表示された。そこにはずらりと書かれた利用規約がある…のかと思いきや、そうではなかった。
たった一文。
「ここはゲームの世界でも、現実の世界でもありません」
同意するなら同意ボタンを押せとは言われたものの、あるボタンは”同意”だけ。同意する以外に道はないようだ。壱掛は利用規約が他にないのかとその画面に触れてみるものの、どうやら続きはないようで、小さく息を吐いた。
「…断ることは出来なさそうだな」
声がホールのように反響している音を聞きながらも、丸いボタンへと手を伸ばした。
「どうせ、戻れねーんなら、やってやんよ」
初めましての方は初めまして。黒咲 猫架です。
書きたくなり書き始めたものですので、良く分かんないという方もいるでしょう。大丈夫、私もです。
次話からじわじわと説明を含めていくつもりですので、よろしくお願いします。