後編
おじいちゃんのハロウィン限定カボチャ大福
天川さく
「う」と声が出る。
「か、かわゆい……」
大福はオレンジ色に着色され、カボチャを模した切れ込みがあり、そこから粒あんが見えていた。オレンジ色の大福生地に黒い粒あんが大福に絶妙な表情をつけている。北海道民は粒あんが大好きだ。こしあんでは商品として成り立たないからだろう。
ひとつではない。
小ぶりな四個セット。
笑ったり泣いたり怒ったり驚いた、そんな表情をしたハロウィン大福だった。しかも頬に当たる部分がほんのり赤く染まっている。
「──あたし?」
ぽろりと涙がこぼれる。
これ、あたし?
ぜんぶ、あたし?
──おじいちゃんに『ハロウィン商品を作ろう』と提案したのは中学のとき。ネットやテレビでハロウィンハロウィンと騒いでいるので『ウチも是非とも便乗すべきだ』と主張した。
そのとき返された言葉がさっきのアレだ。
高齢化の進んだこの地区でイモやカボチャを喜ぶ客がどこにいるってんだ、というものだ。
それでも子どもがゼロではない。中学だけでなく高校もある。
「学生はイベントに弱い。絶対売れるよ」
と祥子は言い張り、
「はんかくさい(アホくさい)」
とおじいちゃんはそっぽを向いた。
それでも祥子はあきらめず、ねえねえねえ、とねだり続けた。
祥子がずば抜けたおじいちゃん子だった理由、それは三歳のとき両親とおばあちゃんが交通事故で他界したからだ。大福の配達途中、雪道でスリップした大型トラックに正面から激突された。
それからおじいちゃんは愚痴ひとつ言わず祥子を育ててくれた。
中学、高校だけでなく、地区で一番の秀才となってしまった祥子を東大にまで入れてくれた。東京へ行ってからも毎日のようにおじいちゃんに電話を入れた。
けれど、おじいちゃんの言うとおりだ。
寿命というのは、どうしてもあるらしい。
朝まで元気だったおじいちゃんが、昼すぎに店先で倒れていた。そのときにはもう、息がなかったという。
ううん……違う。
涙があふれてとまらない。
「……具合が悪いの、わたしに隠してたんだ。だから、こういうことがあるって思って手紙を書いたんだ」
まったくもう。意地っ張りにもほどがある。病気を隠すのも、ハロウィンの大福を納得がいくまで十年も隠れて毎年作っていたことも。
……それに気づかないわたし。嶋太郎を笑えない。どれだけ鈍感なのか。
怒った顔の大福を手に取り、かぶりつく。
目を見張る。
「う……わ。え? 何コレ。粒あんじゃない。カボチャあん? それにホイップクリーム?」
驚いた顔の大福も口へ入れた。
「え、ええ? こっちはカスタードクリームが入ってる。……まさか、全部違う味?」
箱の裏を見る。
デカデカと文字が印字されていた。
──地産地消。
もち米は黒松内産の『はくちょう米』、カボチャは真狩村産『くりゆたか』、乳製品は倉島乳業の製品、砂糖はもちろんサトウダイコン、共和町産『ビート』だ。
そりゃ、と思わず祥子は笑顔になる。
「十年かかるわ。味にうるさい嶋太郎が褒めるわけだわ」
最後に残った笑顔の大福を手のひらに乗せる。
これが、最後。
おじいちゃんからの──最後の贈り物。
そっと頬張る。祥子が大好きなクリームチーズと粒あんがたっぷり入っていた。
鼻先が熱くなる。目の前がぼやけて見えなくなる。おじいちゃんの満面の笑顔が浮かんだ。両手を腰に当てて、どうだこのやろう、といっているみたいで。
「……おいしい」
ああ? 聞こえなねえな。
だから、と祥子は顔を上げる。
「おいしいよっ」
おじいちゃんが笑う。
嬉しそうに笑う。
ありがとう、おじいちゃん。
大好き。
(了)
本作は、来年春に配信予定の連作短編ミステリ小説『(仮)岩井クンの祥子センセ事件簿』の1年前のエピソードとなります。祥子センセがどうして北海道にこだわるのか、どうして凄まじいおじいちゃん子なのか、おそらく本編では語られない貴重な出来事になる。はずです。
まだ、ネタ集めだけでプロットもできてないのですがね(えばり)。
配信または刊行したあかつきには、どうぞ、よろしくお願いいたします。