再会の日
その日……智也たちは、いつも通りにオカルト研究会に集まっていた。ただし普段とは違う点もある。昨日、新しく入会したペドロという少年が輪の中に加わっていることだ。
「そういえば、あの事件はどうなったっけ? うちの学校の不良が、川原で殺されたじゃない」
何気なく切り出した智也の言葉に、マンガを読んでいた安原が顔を上げる。
「ああ、あったね。あれ、どうなったんだろ」
「確か、まだ犯人は捕まってないはずだよ。にしても、あれにはビビったよ。パトカーが何台も止まってたしな。また、うちの不良が何かやらかしたのかと思ったよ」
言いながら、顔をしかめる宮崎。すると、ペドロが口を開いた。
「事件というと、何かあったんですか?」
「ああ、ペドロが入学する前の話だったね、あれは。学校の前に、でかい川が流れてるだろ。あの川原で、うちの生徒が二人殺されてたんだよ」
答えたのは智也だ。すると、ペドロは驚きの表情を浮かべた。
「殺人事件、ですか。まさか、そんなことがあったとは……」
「うん。一時期は大変だったみたいだよ。川の周辺は立ち入り禁止になってたし、学校にも刑事が来てたしね」
安原の言葉に、皆はうんうんと頷いた。今でこそ、事件の記憶は風化しつつあるが、当時は大騒ぎになっていたのだ。校長が全校集会を開き、皆に落ち着くように言っていたのを今も覚えている。
「誰が殺されたんです?」
ペドロが皆に尋ねる。
「ああ、同じクラスだった金子博と伊藤信雄だよ。どっちも、悪さばっかりしてた不良だった」
大滝が答えた。すると、ペドロの顔に奇妙な表情が浮かぶ。不思議だ、とでも言わんばかりの。
「では、その二人は周りの人間にとって迷惑な存在だった、という訳ですか?」
「まあ、はっきり言うとそうだったね」
困ったような顔つきで、大滝は答える。二人のやり取りを見ている智也は、軽い違和感を覚えた。ペドロは、死者に鞭打つことに何のためらいもないらしい。あるいは、メキシコで育ってきたせいで、日本人とは価値観が違うのだろうか。
「確かに、あの二人は迷惑な奴らだったよ。俺は入学早々、金子にいきなり因縁付けられたもん」
宮崎が、吐き捨てるような口調で言った。続けて、安原もうんうんと頷く。
「あの二人は、あちこちで弱い者いじめしてたらしいよね」
その言葉に、智也も顔をしかめる。かつて下校中、金子に後ろから蹴られたのを思い出したのだ。
この浜川高校は、生徒の八割が不良生徒である。だが同じ不良でも、金子と伊藤は弱い者に対するいじめが酷かった。そのため、周囲からは良く思われていなかったのは確かである。もっとも、さすがに死んだ後にまて悪口を言われることはなかったが。
しかし次の瞬間、ペドロが発したセリフは皆を凍りついた。
「では、その二人は死んで良かった……ということになりますね」
「い、いや、そこまではいかないかな……」
思わず口ごもる智也。すると、宮崎が身を乗り出して来た。
「ああ。あいつらは死んで良かったよ。俺は、そう思うぜ」
「お、おい、宮崎……」
「智也、お前だって奴らは嫌いだったろ。ヤッちゃんだってさ、そう思うだろう?」
いきなり立ち上がると、宮崎は皆に熱く語りかけた。振られた安原は、目が点になっている。
「ま、まあまあ。宮崎の気持ちも分かるけどさ、もういいじゃん」
どうにか、宮崎をなだめようとする智也。彼には分かっている。宮崎は小心者なのだ。暴力的なものに対する憧れと、不良になりきれない気の弱さとが同居している。結果、不良に対し心の奥では憧れつつも……表面上はバカにするような言動をしているのだ。
宮崎にとって、弱い者いじめを繰り返す不良だった金子と伊藤の存在は、さぞかし不快なものだったのだろう。その思いを、今になって吐き出しているのだ。
不快そうな表情で、なおも喋り続けようとする宮崎。だが、ペドロが口を挟んだ。
「僕は思うんですよ。法律がなぜ、人を罰するか……結局のところは他人の迷惑になるから、ですよね。今のお話を聞く限りでは、死んだ金子さんと伊藤さんは、皆さんにとって迷惑な存在であったようです。となると、彼らは当然の罰を受けたように思えますね」
「えっ……」
智也は言葉を返せなかった。言われてみれば、その通りなのだ。法律には、他人にとって迷惑となる存在を取り締まる……という一面もある。金子と伊藤は、迷惑以外の何者でもなかった。
しかし、その迷惑の報いとして殺されるというのは、あまりにも酷い気もするが……。
「いや、確かにそうだけど……でもさ、あいつらは殺されるほどのことはやってないよ」
智也の気持ちを代弁するかのように、大滝が言った。すると、宮崎が食ってかかった。
「何言ってるんですか? あいつらは本当に――」
「でも、死刑にされるようなことはしてないだろ」
冷静に言葉を返す大滝。この男は本来なら、浜川にいるようなタイプではない。本人の話によれば、長く不登校になっていた時期があったため、結果として浜川高校しか入れなかったのだという。
もっとも、事情があるのは大滝だけではない。このオカルト研究会のメンバーは、それぞれ事情があって浜川に来ている。いじめや鬱が原因の不登校により、最悪の成績になった挙げ句……浜川しか行ける場所が無かったのだ。
「それはどうでしょうね。あの二人が、死刑に値するようなことをしていない……あなたは、そう言い切れますか?」
ペドロの発した一言は、会長である大滝をも困惑させた。
「いや、奴らはただの不良だし――」
「本当に、ただの不良だったのでしょうか? 彼らは、夜な夜な人を殺していたかもしれません。あるいは、女の子をさらってレイプしていたかもしれません。金子さんと伊藤さん、彼らがどんな人間で何をしていたかなんて、あなたは完全に理解していた訳ではないですよね?」
そう言うと、ペドロはじっと大滝を見つめる。大滝は異様なものを感じ、思わず目を逸らした。
「い、いや、それは極端すぎるよ」
横から、智也が口を挟む。すると、ペドロは智也の方を向いた。
「そうですね、確かに極論かもしれません。しかし、彼らが陰でボランティアをやっていたと言われるより、女の子を襲っていたという話の方が信憑性はあるでしょう」
ペドロの声は、自信に溢れていた。自分の言っていることこそが真実だ、とでも言わんばかりである。
智也は、ペドロの言葉に反論できなかった。確かに、金子と伊藤が学校帰りに老人ホームでボランティアをしている……などと聞かされても、にわかには信じないだろう。だがレイプ魔だと聞かされたとしたら、智也はすぐに信じたはずだ。奴らは、その程度のことはやりかねない。
「いいですか、皆さん。彼らは確実に善人ではありません。これまでの人生で何をしてきたか、正確には分かりません。ただ一つ確かなのは、出会った人間に迷惑をかける方が圧倒的に多かった、という事実です。彼らにいじめられ、自殺した人間がいたかもしれない。彼らのせいで、一生残るような怪我をした人間がいたかもしれないんです」
演説でもしているかのように、語り続けるペドロ。この部屋の中では、彼がもっとも年下である。だが、その年下のはずのペドロが、部屋の空気を完全に支配していた。
「金子さんと伊藤さんは、この先もろくなことはしなかったでしょう。彼らが社会にとって有益な人間となるか、害毒を垂れ流す人間となるか……それは、考えるまでもない話ですよね。つまり、彼らは死んだ方が世の中のためになった、ということです」
言い終えると、ペドロは彼らを見渡す。だが、皆は何も言えなかった。黙ったまま、下を向いている。
これがもし、ペドロ以外の人間から発せられた言葉であったなら、彼らは笑いながら反論できただろう。だが、彼らの前にいるペドロという少年は普通ではなかった。ペドロから漂う何かと彼の言葉が、部屋の中にいる全員の心を侵食している。ゆっくりと、しかし確実に。
「実際、金子さんと伊藤が死んだことにより困っている人は……この部屋にはいません。となると、二人を殺した犯人の目的が何であれ、結果として犯人はいいことをしたのかもしれませんね」
・・・
小沼秀樹は冷めた表情で、不良たちのたむろする廊下を歩いている。彼は標準的な制服に身を包んでいるが、だからといって秀樹をバカにするような者などいない。浜川高校では、秀樹は一目置かれる存在なのだから。
その後、秀樹はカバンを片手に校庭を歩いていく。既に授業は終わっている。彼はこれから、アルバイトに行かなくてはならない。さらに、その後は空手の道場にも顔を出す。本当に、忙しい毎日だ――
「おい秀樹、久しぶりだな。元気でやってるか」
不意に、後ろから声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。秀樹は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
角刈りの厳つい顔。背はさほど高くないが、がっちりした体つき。そんな見た目の中年男が、ニヤニヤ笑いながら秀樹を見ている。
「誰かと思えば、大下さんじゃないですか。あんた何しに来たんです? 俺は忙しいんですが」
言葉を返す秀樹。不快そうな表情を隠そうともしない。もっとも、彼の立場からすれば無理からぬことではあるが。
この大下は刑事である。かつては少年課に所属しており、秀樹とは顔見知りであった。
「久しぶりだな。にしても、お前も随分おとなしくなったもんだ。中学の時、一人で八人を半殺しにしたお前がなあ」
言いながら、大下は馴れ馴れしい態度で肩を叩く。秀樹は、露骨に嫌そうな顔をした。
「俺も、いつまでもバカやってられないですからね。それより何の用です? 金子と伊藤を殺した犯人は見つかったんですか?」
「いいや、まだだよ。それよりも昨日、ちょいと気になる話を聞いたんでな。東邦工業は知ってるな?」
「はあ? まあ知ってますけど」
「そこの生徒たちが夕べ、どっかのバカに襲われ病院送りにされたんだよ。ちょうど八人が、病院で寝てるらしいぜ」
「で? 俺はやってないですけど?」
低い声で言いながら、秀樹は大下を睨み付ける。だが、大下は笑いながら首を振った。
「違う違う。お前は、ンなことはしねえのは分かってる。問題なのは、その現場に浜川高校のボタンが落ちてたってことだ」
「はあ?」
「東邦工業のアホどもは、カッカきてるらしいぜ。浜川を潰す、ってイキまいてる奴もいるらしい。困ったことになったなあ」
そう言うと、大下はタバコの箱を取り出した。一本抜き取り、口に咥える。
ライターで火を点け、美味そうに煙を吐き出した。
「そういう話なら、藤井にしてくださいよ。この学校のアタマは、藤井なんですから」
煙に顔をしかめながら、秀樹は言った。藤井とは、浜川高校の不良たちを束ねるリーダー格の男である。百キロを超える大柄な体格と凶暴さとで、皆から恐れられていたのだ。
しかし、大下は苦笑しながら首を振る。
「おいおい、お前は何も分かってねえなあ。何のために、お前に相談したと思ってんだよ。藤井はアホだ。東邦工業の連中は、浜川を潰す気になってる。このままだと、二つの学校で戦争が起きるぞ」
「だから何ですか? 俺の知ったことじゃないですね。仮に、トウコウとハマコウが揉めたとしても……最後は藤井が出ていって、東邦のアタマとタイマンでケリつけるんじゃないですかね。どっちが勝っても、それで終わりです」
「お前、本気でそう思ってるのか?」
言いながら、大下はタバコの煙を吐き出した。その顔には、小馬鹿にしたような表情が浮かんでいる。
「いいか、少し前に金子と伊藤が殺された。そして今度は、東邦工業の奴らが病院送りにされ……犯人は浜川の奴らだと言われてる。俺は、これは偶然じゃねえと見てる」
「どういうことです?」
目を細める秀樹。その表情は、先ほどまでとは一変している。
「これは、あくまで俺の勘だがな……この先、さらにとんでもねえことが起きるだろうよ。俺は金子と伊藤の死体を見たが、あれは人間の仕業じゃねえ。あれをやったのは、化け物だ」
「化け物?」
「ああ。あんなに手際よく、素手で人を殺せる奴なんかいやしねえよ。そんな奴が、この辺りで蠢いてるんだぜ。この先、俺なんかにゃ想像もつかねえことが起きる……そんな気がするんだよ」
「大下さん、あんたは俺にどうしろと?」
「何もするな」
「えっ?」
困惑し、眉間に皺を寄せる秀樹。すると、大下は口元を歪めて笑った。
「お前は、おとなしくしてろ。東邦工業の連中はアホばかりだからな……このままだと、間違いなく浜川に殴り込んでくるぞ。だがな、そんなのは始まりの始まりだ。お前はただ、関わらないようにしておけ。お前は俺の見てきたガキ共の中で、唯一ちゃんと更生できそうな男なんだ。それなのに、今さらおかしな事件に巻き込まれて欲しくないんだよ」
「お、大下さん……」
「だから頭を低くして、見ざる聞かざる言わざるに徹しろ。もう一度言うがな、この事件は単なるガキの喧嘩じゃ終わらねえ。もっと恐ろしいことになる」