表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

再会の日

 その日……智也たちは、いつも通りにオカルト研究会に集まっていた。ただし普段とは違う点もある。昨日、新しく入会したペドロという少年が輪の中に加わっていることだ。


「そういえば、あの事件はどうなったっけ? うちの学校の不良が、川原で殺されたじゃない」

 何気なく切り出した智也の言葉に、マンガを読んでいた安原が顔を上げる。

「ああ、あったね。あれ、どうなったんだろ」

「確か、まだ犯人は捕まってないはずだよ。にしても、あれにはビビったよ。パトカーが何台も止まってたしな。また、うちの不良が何かやらかしたのかと思ったよ」

 言いながら、顔をしかめる宮崎。すると、ペドロが口を開いた。

「事件というと、何かあったんですか?」

「ああ、ペドロが入学する前の話だったね、あれは。学校の前に、でかい川が流れてるだろ。あの川原で、うちの生徒が二人殺されてたんだよ」

 答えたのは智也だ。すると、ペドロは驚きの表情を浮かべた。

「殺人事件、ですか。まさか、そんなことがあったとは……」

「うん。一時期は大変だったみたいだよ。川の周辺は立ち入り禁止になってたし、学校にも刑事が来てたしね」

 安原の言葉に、皆はうんうんと頷いた。今でこそ、事件の記憶は風化しつつあるが、当時は大騒ぎになっていたのだ。校長が全校集会を開き、皆に落ち着くように言っていたのを今も覚えている。


「誰が殺されたんです?」

 ペドロが皆に尋ねる。

「ああ、同じクラスだった金子博と伊藤信雄だよ。どっちも、悪さばっかりしてた不良だった」

 大滝が答えた。すると、ペドロの顔に奇妙な表情が浮かぶ。不思議だ、とでも言わんばかりの。

「では、その二人は周りの人間にとって迷惑な存在だった、という訳ですか?」

「まあ、はっきり言うとそうだったね」

 困ったような顔つきで、大滝は答える。二人のやり取りを見ている智也は、軽い違和感を覚えた。ペドロは、死者に鞭打つことに何のためらいもないらしい。あるいは、メキシコで育ってきたせいで、日本人とは価値観が違うのだろうか。


「確かに、あの二人は迷惑な奴らだったよ。俺は入学早々、金子にいきなり因縁付けられたもん」

 宮崎が、吐き捨てるような口調で言った。続けて、安原もうんうんと頷く。

「あの二人は、あちこちで弱い者いじめしてたらしいよね」

 その言葉に、智也も顔をしかめる。かつて下校中、金子に後ろから蹴られたのを思い出したのだ。

 この浜川高校は、生徒の八割が不良生徒である。だが同じ不良でも、金子と伊藤は弱い者に対するいじめが酷かった。そのため、周囲からは良く思われていなかったのは確かである。もっとも、さすがに死んだ後にまて悪口を言われることはなかったが。

 しかし次の瞬間、ペドロが発したセリフは皆を凍りついた。


「では、その二人は死んで良かった……ということになりますね」


「い、いや、そこまではいかないかな……」

 思わず口ごもる智也。すると、宮崎が身を乗り出して来た。

「ああ。あいつらは死んで良かったよ。俺は、そう思うぜ」

「お、おい、宮崎……」

「智也、お前だって奴らは嫌いだったろ。ヤッちゃんだってさ、そう思うだろう?」

 いきなり立ち上がると、宮崎は皆に熱く語りかけた。振られた安原は、目が点になっている。

「ま、まあまあ。宮崎の気持ちも分かるけどさ、もういいじゃん」

 どうにか、宮崎をなだめようとする智也。彼には分かっている。宮崎は小心者なのだ。暴力的なものに対する憧れと、不良になりきれない気の弱さとが同居している。結果、不良に対し心の奥では憧れつつも……表面上はバカにするような言動をしているのだ。

 宮崎にとって、弱い者いじめを繰り返す不良だった金子と伊藤の存在は、さぞかし不快なものだったのだろう。その思いを、今になって吐き出しているのだ。


 不快そうな表情で、なおも喋り続けようとする宮崎。だが、ペドロが口を挟んだ。

「僕は思うんですよ。法律がなぜ、人を罰するか……結局のところは他人の迷惑になるから、ですよね。今のお話を聞く限りでは、死んだ金子さんと伊藤さんは、皆さんにとって迷惑な存在であったようです。となると、彼らは当然の罰を受けたように思えますね」

「えっ……」

 智也は言葉を返せなかった。言われてみれば、その通りなのだ。法律には、他人にとって迷惑となる存在を取り締まる……という一面もある。金子と伊藤は、迷惑以外の何者でもなかった。

 しかし、その迷惑の報いとして殺されるというのは、あまりにも酷い気もするが……。


「いや、確かにそうだけど……でもさ、あいつらは殺されるほどのことはやってないよ」

 智也の気持ちを代弁するかのように、大滝が言った。すると、宮崎が食ってかかった。

「何言ってるんですか? あいつらは本当に――」

「でも、死刑にされるようなことはしてないだろ」

 冷静に言葉を返す大滝。この男は本来なら、浜川にいるようなタイプではない。本人の話によれば、長く不登校になっていた時期があったため、結果として浜川高校しか入れなかったのだという。

 もっとも、事情があるのは大滝だけではない。このオカルト研究会のメンバーは、それぞれ事情があって浜川に来ている。いじめや鬱が原因の不登校により、最悪の成績になった挙げ句……浜川しか行ける場所が無かったのだ。


「それはどうでしょうね。あの二人が、死刑に値するようなことをしていない……あなたは、そう言い切れますか?」

 ペドロの発した一言は、会長である大滝をも困惑させた。

「いや、奴らはただの不良だし――」

「本当に、ただの不良だったのでしょうか? 彼らは、夜な夜な人を殺していたかもしれません。あるいは、女の子をさらってレイプしていたかもしれません。金子さんと伊藤さん、彼らがどんな人間で何をしていたかなんて、あなたは完全に理解していた訳ではないですよね?」

 そう言うと、ペドロはじっと大滝を見つめる。大滝は異様なものを感じ、思わず目を逸らした。

「い、いや、それは極端すぎるよ」

 横から、智也が口を挟む。すると、ペドロは智也の方を向いた。

「そうですね、確かに極論かもしれません。しかし、彼らが陰でボランティアをやっていたと言われるより、女の子を襲っていたという話の方が信憑性はあるでしょう」

 ペドロの声は、自信に溢れていた。自分の言っていることこそが真実だ、とでも言わんばかりである。

 智也は、ペドロの言葉に反論できなかった。確かに、金子と伊藤が学校帰りに老人ホームでボランティアをしている……などと聞かされても、にわかには信じないだろう。だがレイプ魔だと聞かされたとしたら、智也はすぐに信じたはずだ。奴らは、その程度のことはやりかねない。


「いいですか、皆さん。彼らは確実に善人ではありません。これまでの人生で何をしてきたか、正確には分かりません。ただ一つ確かなのは、出会った人間に迷惑をかける方が圧倒的に多かった、という事実です。彼らにいじめられ、自殺した人間がいたかもしれない。彼らのせいで、一生残るような怪我をした人間がいたかもしれないんです」

 演説でもしているかのように、語り続けるペドロ。この部屋の中では、彼がもっとも年下である。だが、その年下のはずのペドロが、部屋の空気を完全に支配していた。


「金子さんと伊藤さんは、この先もろくなことはしなかったでしょう。彼らが社会にとって有益な人間となるか、害毒を垂れ流す人間となるか……それは、考えるまでもない話ですよね。つまり、彼らは死んだ方が世の中のためになった、ということです」

 言い終えると、ペドロは彼らを見渡す。だが、皆は何も言えなかった。黙ったまま、下を向いている。

 これがもし、ペドロ以外の人間から発せられた言葉であったなら、彼らは笑いながら反論できただろう。だが、彼らの前にいるペドロという少年は普通ではなかった。ペドロから漂う何かと彼の言葉が、部屋の中にいる全員の心を侵食している。ゆっくりと、しかし確実に。


「実際、金子さんと伊藤が死んだことにより困っている人は……この部屋にはいません。となると、二人を殺した犯人の目的が何であれ、結果として犯人はいいことをしたのかもしれませんね」


 ・・・


 小沼秀樹コヌマ ヒデキは冷めた表情で、不良たちのたむろする廊下を歩いている。彼は標準的な制服に身を包んでいるが、だからといって秀樹をバカにするような者などいない。浜川高校では、秀樹は一目置かれる存在なのだから。


 その後、秀樹はカバンを片手に校庭を歩いていく。既に授業は終わっている。彼はこれから、アルバイトに行かなくてはならない。さらに、その後は空手の道場にも顔を出す。本当に、忙しい毎日だ――

「おい秀樹、久しぶりだな。元気でやってるか」

 不意に、後ろから声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。秀樹は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 角刈りの厳つい顔。背はさほど高くないが、がっちりした体つき。そんな見た目の中年男が、ニヤニヤ笑いながら秀樹を見ている。

「誰かと思えば、大下さんじゃないですか。あんた何しに来たんです? 俺は忙しいんですが」

 言葉を返す秀樹。不快そうな表情を隠そうともしない。もっとも、彼の立場からすれば無理からぬことではあるが。

 この大下は刑事である。かつては少年課に所属しており、秀樹とは顔見知りであった。


「久しぶりだな。にしても、お前も随分おとなしくなったもんだ。中学の時、一人で八人を半殺しにしたお前がなあ」

 言いながら、大下は馴れ馴れしい態度で肩を叩く。秀樹は、露骨に嫌そうな顔をした。

「俺も、いつまでもバカやってられないですからね。それより何の用です? 金子と伊藤を殺した犯人は見つかったんですか?」

「いいや、まだだよ。それよりも昨日、ちょいと気になる話を聞いたんでな。東邦工業は知ってるな?」

「はあ? まあ知ってますけど」

「そこの生徒たちが夕べ、どっかのバカに襲われ病院送りにされたんだよ。ちょうど八人が、病院で寝てるらしいぜ」

「で? 俺はやってないですけど?」

 低い声で言いながら、秀樹は大下を睨み付ける。だが、大下は笑いながら首を振った。

「違う違う。お前は、ンなことはしねえのは分かってる。問題なのは、その現場に浜川高校のボタンが落ちてたってことだ」

「はあ?」

「東邦工業のアホどもは、カッカきてるらしいぜ。浜川を潰す、ってイキまいてる奴もいるらしい。困ったことになったなあ」

 そう言うと、大下はタバコの箱を取り出した。一本抜き取り、口に咥える。

 ライターで火を点け、美味そうに煙を吐き出した。

「そういう話なら、藤井にしてくださいよ。この学校のアタマは、藤井なんですから」

 煙に顔をしかめながら、秀樹は言った。藤井とは、浜川高校の不良たちを束ねるリーダー格の男である。百キロを超える大柄な体格と凶暴さとで、皆から恐れられていたのだ。

 しかし、大下は苦笑しながら首を振る。

「おいおい、お前は何も分かってねえなあ。何のために、お前に相談したと思ってんだよ。藤井はアホだ。東邦工業の連中は、浜川を潰す気になってる。このままだと、二つの学校で戦争が起きるぞ」

「だから何ですか? 俺の知ったことじゃないですね。仮に、トウコウとハマコウが揉めたとしても……最後は藤井が出ていって、東邦のアタマとタイマンでケリつけるんじゃないですかね。どっちが勝っても、それで終わりです」

「お前、本気でそう思ってるのか?」

 言いながら、大下はタバコの煙を吐き出した。その顔には、小馬鹿にしたような表情が浮かんでいる。

「いいか、少し前に金子と伊藤が殺された。そして今度は、東邦工業の奴らが病院送りにされ……犯人は浜川の奴らだと言われてる。俺は、これは偶然じゃねえと見てる」

「どういうことです?」

 目を細める秀樹。その表情は、先ほどまでとは一変している。

「これは、あくまで俺の勘だがな……この先、さらにとんでもねえことが起きるだろうよ。俺は金子と伊藤の死体を見たが、あれは人間の仕業じゃねえ。あれをやったのは、化け物だ」

「化け物?」

「ああ。あんなに手際よく、素手で人を殺せる奴なんかいやしねえよ。そんな奴が、この辺りで蠢いてるんだぜ。この先、俺なんかにゃ想像もつかねえことが起きる……そんな気がするんだよ」

「大下さん、あんたは俺にどうしろと?」

「何もするな」

「えっ?」

 困惑し、眉間に皺を寄せる秀樹。すると、大下は口元を歪めて笑った。

「お前は、おとなしくしてろ。東邦工業の連中はアホばかりだからな……このままだと、間違いなく浜川に殴り込んでくるぞ。だがな、そんなのは始まりの始まりだ。お前はただ、関わらないようにしておけ。お前は俺の見てきたガキ共の中で、唯一ちゃんと更生できそうな男なんだ。それなのに、今さらおかしな事件に巻き込まれて欲しくないんだよ」

「お、大下さん……」

「だから頭を低くして、見ざる聞かざる言わざるに徹しろ。もう一度言うがな、この事件は単なるガキの喧嘩じゃ終わらねえ。もっと恐ろしいことになる」







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ