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悪魔が憐れんだ男  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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19/22

啓蒙の日

 宮崎茂人は、これまで味わったことの無い解放感を覚えていた。それは、彼が初めて味わった自由……そして万能感。

 もはや、自分は何も恐れなくていい。今の自分は無敵なのだ。

 あの人のいう通りにしていれば、全てに間違いはない。




 今までの宮崎は、ずっと何かに怯えていた。

 幼い頃から、体格には恵まれていた。背は高く、ガッチリした体型である。小学生の時は、その体格だけで大半の者が怯えてくれる……結果、宮崎はガキ大将となったのだ。ほとんどの少年は、戦う前から彼に怯えてくれたのである。

 ずっと御山の大将でいられた小学生時代……ある意味では、宮崎にとってもっとも幸せな時代であっただろう。同級生をアゴで使い、欲しい物は簡単に手に入る。まさに、至福の時であった。

 だが、それをぶち壊す者が現れる。

 ある日、一人の少年が転校してきた。彼は体は小さいが、根性があり腕力も強い。その転校生は、臆することなく横暴な宮崎に立ち向かって来たのだ。さらには、みんなの前で宮崎を叩きのめしてしまったのである。

 それ以来、宮崎への評価は変わった。図体はデカイが、実は見かけ倒しのヘタレ……ガキ大将の座は転校生に奪われ、宮崎はいじめられっ子へと転落した。それまで宮崎の横暴な振る舞いに耐えていた者たちは、一気に反撃に転ずる。その状態は、小学校卒業後も続く。

 それからの宮崎は、中学卒業までの間を、大きな体を縮めて目立たないように過ごす。しかし、他の者たちは彼を放っておいてくれなかった。

 大きな体ゆえに、宮崎は否応なしに目立ち……しかも、かつてガキ大将として横暴な振る舞いをしていた事実も知られている。宮崎はずっと、いじめの標的となっていた。


 宮崎が浜川高校に入った理由は、かつての彼を知っている者が一人もいなかったからだ。宮崎はこの学校で、やり直そうと考えた。昔のように、同級生を顎で使う生活でなくてもいい。せめて、普通の高校生として日々を過ごしたかったのだ。

 しかし、当然ながら上手くいかなかった。周りにいるのは不良ばかりである。そもそも宮崎は、不良としての立ち振舞いを知らない。また、不良になりきることも出来ない。

 さらに不運だったのは、入学直後に伊藤信雄と金子博に絡まれたことだった。


 入学して間もない時のこと。宮崎はいきなり、何者かに後ろから蹴られたのだ。憤然とした表情で振り向く宮崎。すると、金子と伊藤がニヤニヤしながら立っていた。

 宮崎は内心で怯えながらも、必死の形相で睨み付ける。ここで引いたら、またしても中学時代と同じだ。

 すると、金子と伊藤は顔を見合わせた。

「おいおい、こいつ一年のくせにやる気かよ」

 ヘラヘラ笑いながらも、威嚇するような視線を浴びせてくる二人。体の大きな宮崎に対し、怯む気配がない。

 宮崎の中の不安が、さらに大きくなる。この二人、体格的には普通だ。しかし、実は恐ろしく強いのかもしれない。しかも一対二という状況は不利だ。

 そんな宮崎の心の変化を、二人は見逃さなかった。「おいゴラァ! やんのかやんねえのかはっきりしろや!」

 喚きながら、宮崎の襟首を掴む金子。金子は喧嘩そのものは、さほど強くはない。だが喧嘩慣れしており、勝つためのセオリーを知っている。大声で相手を怯ませ、襟首を掴み威圧する。そう、彼らの喧嘩は心理戦なのだ。

 一方の宮崎は、その心理戦で負けていた。肉体的な強さなら、金子よりは上のはずだった。しかし、その前の段階で敗北していた。

「おい、ちょっと来いや」

 二人に脅され、宮崎は川原へと連れていかれる。そこで二人から殴る蹴るの暴行を受け、さらに土下座をさせられ、有り金を全て奪われた。


 結局、ここでも宮崎の立場は変わらなかった。オカルト研究会のお陰で、中学生の時より少しばかりマシ……といった程度の境遇であった。




 しかし、ペドロとの出会いが宮崎を変えた。

 もう、学校の不良ごときを恐れる必要などない。様々な経験を積み、自分は強くなったのだ。奴らよりも、遥かに。

 その上、人も殺した。


 ペドロは、自分たちに言ったのだ。

「浦田さんは人を殺せませんでした。しかし、あなた方は人を殺せた……これが何を意味するか、分かりますか?」

 もちろん分かっている。自分と安原は、智也よりも上なのだ。そう、自分は凡人とは違う。凡人の定めし法や道徳など、踏み越えても構わないのだ。

 ペドロは、こうも言っていた。

「法や道徳といった概念は、無能な凡人の最後の拠り所です。あなた方は、そんなものに従う必要などありません」

 その通りだ。

 自分が従うのは、法律でも道徳でもない。


 さらに、ペドロはこうも言った。

「あなた方は未成年です。何人殺そうが、死刑にはなりません。それどころか、十年ほどで出て来られるはずです。そうすれば、あなた方はヒーローですよ。一人殺せば、ただの殺人犯です。しかし、戦争で千人殺せば英雄です。まして、あなた方が殺すのは……将来はヤクザくらいしかない、人間のクズですからね。これが終わった時、あなた方の人生は劇的に変わることでしょう」


 ・・・


 浦田智也は、久しぶりに登校した。体調もようやく元に戻り、動けるようにはなっている。

 登校するに際し、二つの矛盾した思いが彼の中にあった。

 一つは、ペドロに対する恐怖だ。ペドロは、智也の目の前でホームレスの死体を解体してみせた。その手並みは鮮やかとしか言いようがない。

 つまり、ペドロは死体の解体に慣れているのだ。

 死体の解体に長けており、智也の常識の外にいる怪物……にもかかわらず、智也はペドロに対し、奇妙な感情を抱いている。

 それは、友情とも似て非なる感情であった。ある種の仲間意識とでも言おうか、尊敬の念と親しみと畏敬の思いとが入り混じった、不思議な気持ちを抱いている。

 一時、仲間であったはずの小沼秀樹に対しては、抱くことが出来なかった気持ちだ……。




 そんなことを考えながら、智也は登校した。しかし学校では、想定外の事態が待ち受けていたのである。


「おい浦田、大変なことが起きたぞ。とにかく、何とかしてくれ」

 登校するなり、教師の滝沢にいきなり呼び出された智也。そのまま、オカルト研究会の部室に連れて行かれたのだ。

 そこで、予想外の話を聞かされる。

「ペドロ工藤が、学校を辞めちまったんだよ。しかも、宮崎と安原は行方不明だし……家族が今、警察に捜索願いを出してる。大滝はまだ入院中だし、頼りになるのはお前しかいないんだ。悪いけど、当分はお前と俺で仁平の面倒を見よう」

 智也は困惑しながらも、滝沢の言う通りにした。仁平のご機嫌を取り、彼の相手をし続ける……とは言っても、仁平はもともとおとなしい生徒だ。特に問題はない。

 問題なのは、智也の方であった。


 ペドロが、学校を辞めてしまった……しかも、宮崎と安原までもが行方不明になっている。

 智也は知っている……彼ら二人が、人を殺してしまったことを。さらにペドロが、その死体を始末したことも知っている。

 その三人が、今は行方不明なのだ……いったい、何をするつもりなのだろう。

 智也は不安を覚えた。最後に会った日に、ペドロの言っていた言葉を思い出してみる。


(浦田さん、僕たちはしばしの間お別れとなります。やらなくてはならないことがありますので)


 また、こうも言っていた……。


(恐らく、終業式の日には会えますよ。そうそう、宮崎さんと安原さんも、しばらく学校を休むことになると思います。彼らには、してもらうことがありますので……彼らは、自身の願望を叶える機会を与えてあげますよ)


 何を言っているのか、全く意味不明だ。しかし、現に三人は消えてしまった。彼らは、何をするつもりなのだろうか。

 不安を覚えながらも、智也は学校に通い続ける。

 何事もなく時は過ぎていった。誰からも注目もされず、動物園のように騒がしい学校の中で、目立たないよう生活する毎日……だが今の智也には、それが苦痛ではなかった。

 むしろ、ペドロと共に過ごした日々を考えると……今の平穏な時間は、とても心地よい。たまに不良たちから、理不尽な目に遭わされることもある。だが、昔ほど気にはならなかった。

 そう、不良たちから受ける仕打ちなど……あの時、見たものに比べれば大したことはないのだ。


 智也は今も時おり、あの光景を思い出すことがある。皮と肉を切り開かれ、内臓が剥き出しになった人体……。

 そんな中、ペドロはリンゴを剥くかのように、鮮やかな手つきで頭の皮を剥いでいった。顔の皮膚を器用に削ぎおとしていき、肉を丁寧に切り取り、最後に頭蓋骨だけになっていったのだ。そこまでの工程を、智也は吐き続けながら見つめていた。

 あの時、智也はこう思っていた……地獄だ、と。

 しかし今となっては、その記憶も違った形で頭の片隅に残っている。決して忘れることの出来ない、血と肉と内臓にまみれた思い出。一生、忘れることが出来ないだろう……智也は、そう思っている。


 その後は、何事もなく時は過ぎていった。河原で起きた三件の殺人事件は解決しないままであり、さらに行方不明になった生徒たちも少なくない。人づてに聞いた話だが、小沼秀樹という生徒も行方不明なのだという。

 智也は、その名前に聞き覚えがあった。かつて、智也に接触してきた上級生だ。ペドロの危険性にいち早く気付き、そのことで何度か話し合った。

 もっとも、途中から横暴さに嫌気がさし、連絡をとらなくなっていたが。


 ひょっとしたら、彼もペドロに消されてしまったのだろうか。


 もっとも学校の生徒や教師たちは、行方不明になった者のことなど忘れかけていた。宮崎も安原もペドロも、もはや話題に上がらなくなっている。

 秀樹の存在も、いつの間にか忘れられていた。

 そして、穏やかな日々が過ぎていった。


 ・・・


 安原則之には、秘密があった。

 幼い頃から童顔で、華奢な体つきをしていた安原。他の少年たちのように、暴力的なものに惹かれたりはしなかった。

 安原はむしろ、童話などに登場するお姫さまに惹かれていたのだ。囚われの身になっているお姫さま。そこに颯爽と現れる白馬の王子。強く優しく美しい王子は、お姫さまを魔王の城から救いだしてくれる。 そんな想像をするうちに……安原は密かに、女性の格好をすることに憧れるようになっていた。

 成長するにつれ、その思いは一段と強まっていく。やがて性に目覚めると、安原は他の生徒たちとは違う欲望を抱くようになる。


 女として、男に愛されたい。


 もちろん、その気持ちが普通ではないことは理解している。安原はその気持ちを隠し、表面的にはノーマルな男として生活していた……だが内心では、同級生たちの下品な言動に辟易していたのである。

 それと同時に、安原は自身の性癖について悩んでいた。自分はいったい何なのだろうか……肉体的には、紛れもなく男である。しかし、内面は女だ。

 これは、他人に相談できない悩みである。その影響は、学業にも表れた……もともと悪くはなかったはずの成績は、どんどん落ちていった。

 さらに運の悪いことに、第一志望の高校に落ち、二次志望の高校は風邪で試験を受けられなかった。

 結果、安原は浜川高校の二次募集の試験を受け、合格した。もっとも彼の本来の学力レベルからすれば、あまりにも低すぎる場所ではあったが。

 そして入学した浜川高校は、あまりにも酷い学校であった。周囲にいるのは、下品な声で騒ぐ愚かな不良ばかりである。安原は、野獣の檻に放りこまれた子羊の気分だった。




 今は違う。

 彼は今、宮崎と共にペドロの家で寝泊まりしている。どこかの田舎町にある、廃屋の一室だ。二人はそこで毎日、戦闘訓練のようなことをさせられている。何のためか、それすらも明かされずに。

 こんな状況でなければ、二人は逃げ出していただろうが……今の宮崎と安原は、ペドロに逆らうことは出来ないのだ。人を殺してしまったから、という理由ももちろんある。だが、それ以上に……今のペドロに逆らう気持ちすら起きなかった。

 特に安原は、ペドロを神聖視していたのである。


 ここに来たおかげで……安原は、ようやく自分という人間を他人に晒け出すことが出来たのだ。

 ペドロは二人きりになった時、安原に言った。

「あなたが何に悩んでいるか、僕には分かっています。でも、それは何ら恥じることではありません。あなたは、悩むことなどないのです」

 そう言うと、ペドロは安原を抱き寄せる。

 安原は驚愕した。しかし、、ペドロを相手に抵抗など出来るはずもない。安原はされるがままになっていた。

 ペドロの体温が、安原の体に伝わってくる。安原にとって初めての体験だ。彼の鼓動は高まり、緊張のあまり震え出す……。

 そんな安原の耳元で、ペドロはそっと囁いた。

「素直になることです。あなたは、本来なら女性として生まれるはずの人でした。しかし、運命を司る神の手違いにより、男として生まれてしまったのですよ」

 そう言って、ペドロはにっこりと微笑む。その時、安原は理解した。ペドロこそが、自分を幽閉から解き放つ存在なのた。

「僕の前で、自分を偽る必要などないのですよ」

 その声からは、少年とは思えない落ち着きと知性とが感じられた。聞いている者を安心させる深みがある。安原は目をつぶり、ペドロに全てを委ねた。


「あなたは、生まれ変わることが出来ます。僕の言う通りにしてください……あなたには、やってもらいたいことがあります」








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