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悪魔が憐れんだ男  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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14/22

暴力の日

 智也たち三人は不良たちに引きずられ、ひとけの無い路地裏へと連れて行かれる。


「おい、てめえらハマコウ《浜川高校》だろうが! 何ここまで遠征してきてんだよ! 調子こいてんじゃねえぞコラァ!」

 リーゼントの少年が喚きながら、智也に迫って来ている。宮崎と安原もまた、似たような目に遭っていた。学校の部室では、大きな態度だった宮崎だが……今では、不良たちを前に青くなって震えているのだ。

「おい、てめえら、何とか言えやぁ!」

 声と同時に、肉を打つような音が聞こえた。見ると、安原が顔を押さえうずくまっている。可哀想に、不良に殴られたのだ。

「ちょっ、ちょっと待ってください! 本当に、僕たちは何も知らないんですよ! 勘弁してください!」

 そう言うと、智也はその場で土下座した。こうなった以上、なりふり構ってなどいられないのだ。放っておいたら、何をされるか分からない。

 だが、不良たちの勢いは止まらない。智也の髪を掴み、強引に立たせる。

「おい、それで済むと思ってるのか!? てめえら、ここが何だか分かってんのかよ!?」

 怯える智也に顔を近づけ、聞いてくる不良たち。だが、ここが何であるかと問われても……智也には、知るはずもなかった。

 さらに、グシャリと何かが壊れたような音がした。見ると、宮崎のメガネが踏みつけられ、壊されている……。

「メ、メガネ!」

 悲鳴のような声を上げる宮崎。だが、不良たちはお構い無しだ。宮崎の体を蹴飛ばしながら、口汚く罵り続ける。


 その時だった……彼が現れたのは。

 不良たちの前に突然、パーカーを着てフードを目深に被った男が現れる。男は無言で、じっと不良たちを見つめていた。

 不良たちも男に気付き、彼を睨みつける。暴力が不良たちを興奮させ、警戒心を麻痺させていた。

「ああン! 何だてめえは! 何か用か!」

 言いながら、パーカーの男を威嚇する不良たち。だが、男は無言のままであった。

「何とか言えやぁ! 殺すぞ!」

 言いながら、男に顔を近づけて行く不良。だが、直後に不良は倒れた。腹を押さえ、前屈みにうずくまっている……。

 その場にいた者たちは、何が起きたのが理解できずに唖然となっていた。

 一方、男の行動には躊躇がない。唖然となっている不良たちに、野獣のごとき速さで襲いかかって行った――


 それは、あまりにも一方的な闘いであった。その場にいた不良たちは皆、それなりに喧嘩慣れしている。少なくとも、地元ではチンピラが避けて通るくらいの連中なのだ。

 しかし、そんな不良たちが男の一撃を食らうと、まるで銃で撃たれたかのように倒れていく。まるでアクション映画を観ているかのように、不良たちが次々と倒れるのだ……。

 智也ら三人は自身の置かれた状況も忘れ、その光景に見とれていた。


 その時、新たな者がそこに登場する。

「おい! 何なんだ、てめえは!」

 ちょうど店から出てきたばかりの黒岩が、男を睨み付けた。一瞬にして、状況を察したらしい……直後、彼は動いた。カバンを男に投げつけると同時に、一気に間合いを詰める――

 黒岩の蹴りが、ビュンと飛んだ。しかし男は、その蹴り足を簡単に捌く。と同時に間合いを詰め、首投げを食らわした。

 黒岩の大きな体が一回転し、地面に叩きつけられる。彼の口から、うめき声が洩れた。

 男は、ちらりと黒岩を見下ろす。黒岩は苦痛のあまり、顔を歪め呻いていた。もはや戦闘不能だろう。次いで男は、呆然としている宮崎と安原の手を掴み、強く引いた。

「今のうちです。早く!」

 その声を聞いた瞬間、智也は男が誰であるのかを理解する。男は、ペドロだったのだ。

「浦田さん、あなたも早く!」

 声に従い、智也たちは素早くその場を離れた。




 そして……彼らは今、駅近くの喫茶店に来ていた。

「どうも、申し訳ありませんでした。僕があの場を離れている間に、皆さんがあんな目に遭うなんて……」

 そう言って、三人に深々と頭を下げるペドロ。

「いや、ペドロのせいじゃないよ。何なんだ、あいつらは……俺たちが何をしたっていうんだよ」

 吐き捨てるような口調で言ったのは宮崎だ。メガネを壊され、暴力を振るわれ……宮崎の顔は、屈辱で歪んでいた。

「本当だよ。何なんだ、あいつらは!」

 安原も険しい表情で吠える。直後、顔を上げペドロをじっと見つめた。

「ねえペドロ、君はあいつらをぶっ飛ばしたよね?」

「はい」

「どうやったら、あんなに強くなれるの?」

 真剣な表情で尋ねる安原に、ペドロは笑みを浮かべてみせる。

「強くなる方法ですか? ごく簡単なことです」

「か、簡単?」

 聞き返したのは宮崎だ。すると、ペドロは自信たっぷりの表情で頷く。

「ええ。要は、やるかやらないか……ただ、それだけですから」

「えっ、どういうこと?」

 聞き返す安原。智也もまた、興味津々という表情で彼らの話に聞き耳を立てている。

 しかし、ペドロの口から出た言葉は想定外のものだった。

「つまり、本気で勝つ気になれば、あんな連中には誰でも勝てるということですよ。例えば、拳銃があれば拳銃を撃つ。ナイフがあればナイフで刺す。それだけです」

「で、でもそれは、喧嘩じゃないよ……」

 蚊の鳴くような声で、智也が言った。すると、ペドロは彼を見つめる。

「では、どんなのがあなたの考える喧嘩なんです? 奴らは、いきなり仕掛けて来たんですよ。しかも、こちらより人数も多かったですよね。つまり、最初から不公平な状態での闘いを強いられていた訳です。そんな連中を撃退するのに、あなたは公平さにこだわるのですか?」

 ペドロの言葉に、智也は黙ったまま下を向いた。確かにその通りなのだ。奴らは、智也たちが弱いと分かっていて暴力を振るっていた。しかも、大人数で……。

 あれは喧嘩ではない。単なる暴力だ。


「クソ、あいつら殺してやりてえよ。人のメガネ壊しやがって……」

 宮崎は下を向きながら、一人でぶつぶつ呟いている。物騒なことを言ってはいるが、先ほどは抵抗もせず、されるがままになっていた。

 しかも、元はと言えば宮崎が口火を切ったのである。宮崎が余計なことさえ口にしなければ、状況はだいぶ違っていたのかもしれない。

 智也はそんなことを考えたが、さすがに口にはしなかった。それよりも、さっさとこの場を離れたい。

 その時、ペドロがとんでもないことを口にした。

「僕のせいで、皆さんには大変な迷惑をかけてしまいました。お詫びに、皆さんの思いを叶える手伝いをしましょう」

 そう言うと、ペドロは安原に視線を向ける。

「安原さん……あなたはさっき僕に、どうやったら強くなれるか聞きましたね。もし、やる気があるのでしたら……僕が、皆さんの手伝いをします」

「て、手伝い?」

 驚いた表情で、安原は聞き返した。

「ええ、手伝いです。あなた方は、このような理不尽な暴力を受けました。このまま、黙って引き下がるつもりはないのでしょう?」

 ペドロのその言葉で、場の空気が一変した。宮崎と安原は、じっとペドロの顔を見つめている。何かを決意したかのような表情で。


 しかし智也だけは、強烈な違和感を覚えていた。

 浜川高校と東邦工業高校……この二校の仲が悪いのは、周知の事実である。

 そんな時に、東邦工業の最寄り駅でもある小杉駅近辺の店に行った自分たち。これは、責められても仕方ないのではないか。

 しかも、ペドロはあの店で何をするつもりだったのだろうか。ご馳走、などと言ってはいたが……あんな怪しげな店に行く必要があったのだろうか?

 しかも、今この時期に……。

 智也はペドロを見つめ、おもむろに口を開いた。

「ねえペドロ、あの店はいったい何だったの?」

 その言葉を聞いた途端、ペドロの表情が変わった。

「浦田さん、あなたは何が言いたいんです?」

「えっ……」

 ペドロの表情はにこやかなものだ。しかし、目は笑っていない。瞳の奥には、不気味な光が宿っている。智也はたじたじとなり、何も言えずうつむいた。

 そこに、宮崎が追い討ちをかける。

「おい智也、あの店のことなんかどうでもいいんだ! 俺はな、奴らにメガネ壊されたんだ! あいつら許せねえんだよ!」

 宮崎の怒りは収まっていない。このままでは、その怒りの矛先は智也に向きそうだ。智也は仕方なく黙りこむ。しかし、彼の中の違和感は消えることが無かった。

 いったい、あの店はなんだったのだろう?


 智也の思いをよそに、ペドロは語り始めた。

「いいですか、あの不良たちと皆さんとの間には、大した差はありません。皆さんが勝てないと思っているから勝てないんです」

 淡々とした口調ではあるが、ペドロの表情からは熱が感じられる。その熱は、宮崎と安原に少しずつ伝染していった。

 端で見ている智也には、その変化がありありと見てとれた……。


「彼らは格闘家でもなければ軍人でもない。日々、強くなるために訓練しているわけではないのです。つまり身体能力だけで見れば、あなた方とさして代わりない。では、なぜ勝てないのか……それは、あなた方が勝てないと思っているからです」

 ペドロの言葉もまた、次第に熱を帯びてきた。彼は今や、身振り手振りまで用いて宮崎と安原に語りかけている。

「いいですか、あなた方も不良たちも同じ人間なんですよ。しかも、大義はあなた方にあります。奴らは、社会の害虫なんですよ。正しい生き方をしているあなた方が、なぜ引かなくてはならないのです?」

 そこで、ペドロは言葉を止めた。宮崎と安原の顔を、交互に見つめる。俺の言っていることが分かったか? とでも言いたげな様子だ。


「明日、僕は皆さんのために時間を作ります。ですから、皆さんにここで確認しておきたいんですよ……果たして、皆さんの決意が本物なのかを」

「えっ?」

 困惑したような表情の安原に、ペドロは射るような強烈な視線を向けた。

「僕は、皆さんのためなら大抵のことはします。僕は常に真剣なんですよ。ですから、皆さんにも真剣に取り組んで欲しいんです」

「な、何を?」

 尋ねる宮崎。すると、ペドロは三人の顔を見回していく。その表情は穏やかなものだった。しかし智也は目が合った瞬間、なぜか目を逸らし下を向いていたが……。

 ややあって、ペドロは口を開く。

「僕はね、皆さんに気づかせてあげたいんですよ。人間の持つ、本当の力を」

「力?」

 聞き返す宮崎に、ペドロは力強く頷いた。

「そうです。皆さんには、あんな不良どもを潰せるくらいの力はあるんです。ところが、その力は見えない鎖によって縛られているんです。まず僕は、その鎖を断ち切ってあげたい」

 落ち着いた態度で話すペドロ。先ほどの、熱を帯びた口調とはうって変わっている。その表情は冷静そのものだ。

 だが、ペドロの言葉は……ゆっくりと、しかし確実に彼らの心に染み入っていった。


「古来、我々は獣だったんです。それを何世紀もかけて、人間と呼ばれる生き物へと変化していきました。しかし、人間の持つ原初の本能は未だに消えていません。まずは、その原初の本能を目覚めさせるんです」

「それは……一体どうやるの?」

 尋ねる智也に、ペドロは真剣な眼差しを向けた。

「ですから、僕は皆さんに聞いているんです。本気でやる気があるのかを、ね。途中で嫌になったからやめる、というのは無しにしてください」

 ペドロはいったん言葉を止め、皆の顔を順番に見回す。

「さあ、どうしますか?」


 ・・・


「おい、こいつぁどういう訳だ?」

 地面に倒れている黒岩に尋ねているのは、東邦工業高校のナンバー2である村上隆太ムラカミ リュウタだ。身長はさほど高くないが、肩幅が広くがっちりした体格である。かつて柔道をやっていたが、喧嘩で相手を半殺しにしてしまい辞めさせられた。餃子のような形の耳は、その名残である。

「わ、分からねえんだ……大三元に行ったら、ハマコウ《浜川高校》の奴らがいたんだよ。だからコイツらに、外に連れ出してシメさせたんだ――」

「ちょっと待てや。おい黒岩、そいつらはハマコウで間違いないんだな?」

 尋ねる村上に、黒岩はしかめっ面で答える。

「ああ。ただ、俺たちをやった奴は分からねえ。パーカーを着てたのは分かってるが……」

「パーカーだと?」

 村上の表情が、一気に険しくなる。

 そもそも、この大三元という店は……表向きは雀荘だが、裏ではトルエンを扱っている。東邦工業の中でも、将来の就職先がヤクザ以外に無いような連中が……小遣い稼ぎのためにここでトルエンを買い、後輩らに売り付けるのだ。

 そんな店に、浜川高校の生徒が訪れるとは。しかも、東邦工業の人間を叩きのめして去って行ったのである。

「黒岩、おめえはしばらく休んどけ。こうなりゃ、俺が行くしかねえらしいなあ……」







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[良い点] 首投げ! 一瞬、夜の首投げを連想してしまいました!
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