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悪魔が憐れんだ男  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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12/22

すれ違いの日

「はあ? 洗脳だと?」

 小沼秀樹が思わず聞き返すと、浦田智也はこくんと頷いた。その顔には、冗談だとは書いていない。しごく真面目なものである。

 秀樹は呆れ返った表情で、智也の顔を見つめる。

 もう少し、頭の切れる少年かと思っていたのだが……自分は、とんだ勘違いをしていたのかもしれない。秀樹は口元を歪めながら、天井を見上げた。




 智也は今、秀樹に呼び出されて家の近所のゲームセンターにいた。周囲には、不良少年が大勢たむろしている。さらには、仕事帰りのサラリーマンらしき者の姿も見える。

 有線放送から流れる音楽と、ゲーム機から流れる効果音が騒がしく、会話には不向きな場所のはずだが……秀樹は気にも止めていないらしい。

 二人は店の隅に設置されたゲーム機の備え付けの椅子に、向かい合うような形で座っていた。

 見るからに地味な雰囲気の智也と、こちらも真面目そうな格好の秀樹。一見すると、場違いな二人である。だが、この二人の置かれている立場は……不良のたむろするゲームセンターなど比較にならないくらい危険な位置にいた。




 そんな中で、智也は恐る恐る語り始めた。

「そうです……ペドロは、宮崎秀人と安原則之を完全に支配してます。奴が何を考えているのかは分かりませんが、宮崎と安原はペドロの言いなりです。あの二人は、ペドロの命令とあらば何でもしそうです……」

「何だよ、そりゃあ」

 言ったきり、秀樹は黙りこんだ。ペドロは何を考えているのだろうか。そもそも、宮崎と安原とは何者だろうか。聞いたこともない人物だ。

「その宮崎と安原ってのは、何なんだ?」

「いや、何なんだと言われても……普通の奴です」

「普通? そんな奴に、何をさせる気なんだよ」

 言いながら、秀樹は首を捻った。ペドロという男は、いったい何を考えているのだろうか。

 智也から聞いた話によれば、ペドロは喧嘩が恐ろしく強いらしい。多少は大げさに語っている部分があるのかもしれないが、少なくとも雑魚ではないはず。

 そんな男が、宮崎や安原のような普通の生徒たちを集めてボスを気取っているというのだろうか。だとしたら、あまりにも小さい人間だ。


「なあ、ペドロは何をやらかそうとしてんだ? お前の予想を聞かせてくれ」

 秀樹が尋ねると、智也は首を横に振った。

「ぼ、僕にはわからないんです。ただ昨日は、人はいつか必ず死ぬと言ってました。だから死を恐れてはいけない、とも言ってたような……」

「おいおい、お前ら純文学サークルなのかよ」

 呆れた口調で言った後、秀樹は思わずため息をつく。これは、自分の見込み違いだったのかもしれない。人はいつか死ぬ、当たり前のことだ。そんな哲学じみたセリフを弱い人間の前で意気揚々と語り、偉そうにしているペドロ。仕切りたがりのチンピラにありがちな行動である。

 考えてみれば、自分の仮説は非現実的だ。高校一年生の少年が三人の人間を殺し、さらに二つの学校に戦争を起こさせようとしているなど……。

 しかも、智也はスパイとしてはどうにも頼りない。果たして、自分の考えをきちんと理解してくれているのかどうなのか、それすら分からないのだ。


「なあ、智也。お前は本気でやる気あんのか――」

 言いかけて、秀樹は口をつぐんだ。ふと気がつくと、周囲を数人の少年たちに囲まれている。

「あのさ、ここは俺らの場所なんだよ」

 リーゼントの少年が、タバコを咥えながら因縁をつけてきた。うっとおしい連中だ……。

「そうか、悪いな。じゃあ、場所を変える」

 落ち着いた口調で言うと、秀樹はスッと立ち上がった。こんなバカを相手にしている場合ではない。見たところ、中学の一年生だろう。不良に憧れた少年がタバコを覚え、髪型や服装をそれらしくした。

 だが、不良としてデビューするためには、それだけでは不十分である。学校で自慢できる武勇伝が必要なのだ。

 そんな時、彼らは弱い者に目を付け、因縁を吹っ掛ける。場合によっては暴力を振るう。そうすることで、自分たちが弱者でないことを確認したいのだ。

 秀樹もまた、かつてはこんな時期を通り抜けて来た。目の前の少年たちを見ていると、自身の黒歴史を見せつけられている気がした。

 秀樹が最低のクズだった時代、そして最悪のチンピラだった頃。あの当時にしてきたことを思い出す度に、秀樹は後悔の念に苛まれる。


 だが、そんなことはどうでもいい。今は、この場を離れるのが先だ。秀樹はすぐに立ち上がり、歩き出した。

 しかし、秀樹はもう一人の存在を忘れていた。その少年は、こういう場でどう動けばいいのかを知らなかったのだ。


「おいてめえ! 今、足踏んだろ!」

 後ろから、怒鳴る声が聞こえた。振り向くと、智也が襟首を掴まれている。中学生に囲まれ脅され、震え上がっているのだ。

 何と間抜けな奴なのか…秀樹は舌打ちし、そちらに歩いて行く。こうなった以上、助けないわけにもいかない。

「お前ら、悪かったな。俺も謝るから、こいつを勘弁してやってくれねえかな」

 言いながら、秀樹は少年たちの囲みの中に入っていく。智也の腕を掴み、さっさと連れ出そうとした。

 だが、こういった少年たちは……相手が弱いと見るや、嵩にかかる傾向がある。今の場合も、まさにそうであった。

「はあ? こいつ、俺の足を踏んだんだよ。お陰で靴が汚れちまった。綺麗にしてくんねえかな」

 そう言うと、リーゼントの少年はゲラゲラ笑った。その顔と笑い声は、秀樹を心底から不快な気分にさせた。今の彼には、争いを避ける気などない。

 次の瞬間、秀樹の右足が走る。リーゼントの少年の左太ももに、秀樹のローキックが炸裂した――

 その、たった一発のローキックで少年は崩れ落ちた。これまでの人生で、体験したことのない種類の痛みであろう。真っ青な表情で、秀樹を見上げている。彼の強さを、今になって理解したのだ。

 取り巻きの少年たちも唖然となり、倒れている自分たちの仲間を見ている。かといって、仇を討とうという気はないらしい。

 一方、秀樹は平然としていた。この程度のきゃしゃな体格の相手ならば、ローキック一発でケリが着く。これまでの膨大な格闘経験から割り出した答えだ。

 さらに、この手の不良になりたての少年は……威勢のいいリーダー格をぶっ倒せば、後の連中は怯んでしまう。これまた、喧嘩で学んだ鉄則だ。

 弱い者に先に手を出すと、強い者が他の連中を煽り、集団で襲いかかって来る可能性がある。集団と一人の闘いではなく、リーダー格と自分との一対一の闘いという形にしてしまう……これは鉄則である。

「お前ら、まだ文句があるのか?」

 言いながら、秀樹は取り巻きの少年たちを見回す。だが、少年たちは怯えた表情で目を逸らした。彼らには、暴力を振るう気はある。だが、反撃の意思を持った者との喧嘩をする気はない。

 秀樹は舌打ちし、智也に視線を移す。智也は、真っ青な顔で震えている。その姿は、ひどく無様なものであった。

 秀樹は、思わずため息を吐いた。


 こんな奴を、当てにしていいのだろうか。


 この浦田智也という少年は、頭は悪くないだろう。しかし秀樹から見れば、今一つ頼りない。この少年に任せておいても、埒があかないように思えてきた。

 さらに言うと、智也と会うのも時間の無駄ではないだろうか。自分で、直接確かめた方が早い。少なくとも、智也が不良相手に上手く立ち回ることすら出来ないのは、今の件ではっきりした。

「おい浦田、今日はもういいよ。嫌な気分にさせちまって悪かったな。また明日、話を聞かせてくれ」

 一応はフォローするような言葉をかけたものの、秀樹は向きを変えて去っていく。

 振り返ろうともせずに。




 秀樹は、肉体のみならず精神面も強い。また、頭も決して悪くはない。しかし、残念ながらまだ十七歳である。若さゆえ、判断力に欠ける部分があった。 その上、秀樹がスパイに任命した智也は観察力に優れた少年だ。頭も悪くない。しかし、説明する能力には乏しい。

 智也は友人が少なく、また引っ込み思案な少年である。したがって、話し下手なのだ。話し下手ということは、自分の見たものや聞いたものを、相手に正確に伝えることが上手くない……ということでもある。

 さらに言うと、ペドロと接していて感じるものは、言葉で伝えることなど出来はしないのだ。そんなことは、プロの作家もしくはベテランのアナウンサーでもない限り不可能だろう。

 智也本人もまた、そのことに気づいている。だが、彼は秀樹にそのことを伝えようとはしなかった。上手く伝えられるかどうか分からなかったし、秀樹の暴力的な雰囲気にも慣れていない。

 そのため、根気強く説明することを放棄していた。自分のような口下手な人間が、長々と説明したところで分かってもらえるとは限らない。むしろ、相手を怒らせてしまう可能性の方が高いのではないか……。

 その恐れが智也を萎縮させ、結果として相互理解の不足という事態を招いていたのだ。


 秀樹は確かに、他の不良たちとは違う。だが、彼もまた数年前までは手の付けられない不良であった。しかも、彼は基本的に他人を当てにはしないタイプだ。

 それゆえ、秀樹は智也との良好な人間関係を築けていなかった。無論、本人にそのつもりはない。だが結果的に、智也の中の秀樹という人間のイメージを変えられていなかった。




 秀樹の若さゆえの思慮の浅さ、そして智也の話下手……この二つが無ければ、この事件はもう少しマシな結末を迎えられたのかもしれない。

 事実、秀樹はペドロの恐ろしさに、漠然とではあるが気づいていた。さらに、智也はペドロと接していながらも……奇跡的に彼に支配されていなかった。ペドロに惹き付けられるものを感じながらも、智也の理性は最後の一線を越えなかったのだ。

 しかも、秀樹に命じられたスパイの役割を、忠実に果たそうとしていた。無論、そこには秀樹に対する気持ちもある。だが、それ以上にペドロという怪物への畏怖の念だ。

 ペドロという、自分のこれまでの常識を遥かに超えるモンスター……その彼に対し、智也は興味と恐怖という二つの感情を抱いている。


 歴史に残るような事件には、ほんのちょっとした偶然が関係しているものがほとんどだ。一つの石ころ、誰かの一言、風の流れなど……些細な出来事が、歴史を動かすような事件の鍵を握っていることは珍しくない。

 もし、この時点で二人が上手く立ち回ることが出来ていたなら、あるいはちょっとした偶然が味方していれば、最悪の事態を避けられのかもしれない。

 しかし、秀樹は答えを焦ってしまった。また宮崎や安原といったオカルト研究会の面々を、甘く見ていたのも確かである。

 どんな弱者でも、包丁を手にすれば人は殺せる。要は、殺す気になれるかどうか……肝心なのは、その一点なのだ。

 しかも秀樹は、普段から肉体を鍛え上げている。格闘技をやっていたり、体を鍛えている人間は……時として、肉体の持つ力を過大評価してしまう傾向がある。さらに言うと、肉体的にひ弱な者を甘く見てしまう部分もあるのだ。

 この時の秀樹は、完全に間違えていた。彼には刑事の知り合いもいたし、智也というスパイもいた。持ち駒を上手く使えば、後の悲劇を避けられたかもしれない。

 しかし、秀樹にはそれが出来なかった。智也を始めとするオカルト研究会の面々を完全に軽視し、さらにはペドロという男を誤解してしまった。智也の言うことを深く理解しようとせず、うわべだけで判断してしまったのだ。

 結果、後に秀樹は自らペドロとの接触を試みる。

 それは過ちという一言では済ませることが出来ない、あまりにも愚かな選択であった。







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