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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マッチ売りの放火魔法少女

作者: 佐藤 涼希

 昔々の出来事です。

 少女は、自分が無限にマッチを生み出す能力を持っている事に気が付きました。


 雪の降りしきる大晦日の晩、みすぼらしい服を着たマッチ売りの少女が、寒さに震えながら、道行く人々に必死に語りかけていました。


「マッチ……マッチはいかがですか。誰か、マッチを買ってください……」


 人々は大晦日の忙しさからか、あるいは、少女の相手をするのを嫌ってか、少女に見向きもせずにその場を通り過ぎてしまいます。


「お願いです、誰か、マッチを買ってください。一本だけでいいんです、誰か」


 少女はめげずに人々に声をかけ続けましたが、誰一人として、少女の声を聞き入れる者はいませんでした。


 少女が「無限にマッチを生み出す能力」に目覚めてから、それを父親に知られてから、少女は父親の命令で、こうして毎日遅くまで、冷える夜風に吹かれながら、マッチを売っていました。


 そんな少女の目の前を、一台の馬車が通り過ぎました。


「キャッ!」


 少女は馬車を間一髪のところで避けましたが、その反動で雪の積もる地面に倒れ、マッチを入れていた籠を落とし、さらには不幸な事に、優しかった母親が唯一自分に残してくれた靴を片方飛ばしてしまいました。


 あぁ、お母さんの作ってくれた靴が、と、少女が手を伸ばしたところ、手が届く一歩手前で、さらに後ろから走ってきた馬車に靴が踏み潰されてしまいました。


 少女は見るも無残な姿になってしまった靴を抱き寄せて、シクシクと泣き出してしまいました。

 そんな少女の元に、いかにも浮浪者といった様子の柄の悪い男が一人近づいてきました。


「へっへっへ、おいおい嬢ちゃんこんな所で座り込んでどうしちまったんだ? おじさんが手を貸してやろうか?」


「い、いいえ、大丈夫です。立てますから…………」


「いいからいいから、遠慮すんなよ…………なっ!」


「キャッ! 痛い、離して!」


「おいおいそんなに邪険にする事ないだろ? ちょっとこっちで付き合ってくれよ…………な?」


「いやっ! やめて! 誰か助けて…………っ!」


 柄の悪い男に無理やり引っ張られていく少女を助ける人はいませんでした。少女の必死の訴えも、大晦日で忙しい人々には聞こえなかったようです。


 暗がりに引き込まれた少女は、男に乱暴に投げ出され、冷たい地面に尻餅をついてしまいました。痛がる少女を尻目に、柄の悪い男は「へへっ、身なりはボロっちいがよく見ると上玉じゃねぇか。こいつは楽しめそうだぜ」と言いながら、ズボンを下ろし、その汚い逸物を露出させます。


「キャーーっ!」


 少女はそのあまりのグロテスクさに、思わず悲鳴をあげました。そして、今までで一番大きな声で「助けて! 助けて!」と、力の限り連呼しました。


 それでも助けはやってきませんでした。

 いよいよ柄の悪い男は、少女の体に覆いかぶさり、無理やり事を進めようと試みます。


 この時少女は、今までの自分の人生を、その理不尽な数々の出来事を思い出していました。



 母親が家庭内暴力に耐えきれず、自分を置いて家を出ていってしまった事。


 母親がいなくなってますます荒れ、いつも暴力を振るってくる父親の事。


 マッチを売って金を稼いでくるまで家に入れてもらえず、稼ぎが少なかった時は「この役立たずめ!」とぶたれた事。


 助けを求めても誰も振り向いてくれなかった事。


 そして、今こうして暴漢から理不尽な仕置を受けそうになっている事。


 それらの出来事と、そしてそこから助けてくれなかった沢山の人々、その両方を、少女は恨みました。


「どうしてわたしばかりこんな目に」


 と、頭の中で怨沙の声が響き渡ります。



 そしてその瞬間、少女は…………ハジけました。


「…………ぞ」


「あん? なんだって?」


「……………………すぞ」


「は? 聞こえねぇよ!」


「殺すぞっつってんだよこのクソ野郎が!」


「うべらっ!」


 なんという事でしょう、少女は目の前に近づいてきた男の顔面を思いっきり殴り飛ばしたではありませんか。


「い、いでぇ…………ひっ!」


 突然襲った痛みに耐えきれず、涙をこぼして苦しむ男の頭に、何かがぶつかりました。


 そう、マッチです。


 瞳から光を失った少女が、掌からマッチを次々と生み出し、無表情で男にかけ続けているのです。

 その異様な光景に、男は思わず悲鳴をあげました。


 大量のマッチ棒に埋もれた男の目の前で、少女が一本のマッチに火をつけました。

 たまらず男は少女に問いかけました。


「お、おい…………そのマッチをどうするつもりなんだ…………教えてくれよぉ!」


「マッチはいりませんか?」


「えっ?」


「今火をつけたこのマッチ棒、買ってくれませんか? 値段は貴方にお任せします」


「そ、それはどういう」


「火をつけてしまったこのマッチは、その火が消えてしまえば、もう売り物になりません。そうなるなら、わたしはこのマッチを直ぐにでも捨ててしまいそうです。その前にこのマッチに値段をつけてください、この火が消える前に…………さぁ!!」


 それは事実上の脅迫でした。少女はこう言っているのです、「お前がマッチになりたくなかったら、さっさと金を出せ」と。


 その少女の本気度を悟った男は、直ぐに命乞いをします。


「わ、分かった! 買う、買うよ! いくらだ? いくら出せばいい?」


「それは貴方が決める事です…………そうですね、貴方の周りに落ちているマッチも全て付けましょう。貴方は幾ら出せますか?」


 少女はこう言っているのです、「お前の命に値段をつけろ」と。


「ひ、ひいいいい。許してくれ、許してくれーー!!」


 男は懐から財布を取り出すと、目の前の少女に投げつけました。


 少女は財布を受け取り、「ひぃ、ふぅ、みぃ」と中身を数えると、笑顔を浮かべました。


 それは思わず男が見惚れてしまうほど綺麗な笑顔で、だからこそ、男は命を落とすことになりました。


「それでは、お買い上げありがとうございまーす♪」


 少女はお礼の言葉と共に、燃えたままのマッチ棒を男へと投げ出します。


「…………っぁ」


 少女の顔に見惚れていたのは、命取りでした。男が反応する前に、火のついたマッチは男の目の前に落ち、「少女の特別なマッチ棒」に瞬く間に引火し、男を炎の柱に閉じ込めました。


「あづぃ! あぢぃよぉ! だずげでぐれぇ!」


「貴方はわたしが『助けて』といって、見逃してくれましたか? しませんでしたよね? 自分だけ許してもらおうなんて、随分と身勝手な話だと思いません? そう思いませんか…………? わたしは、そう思います」


 少女の怨念がこれでもかと込められたマッチは轟々と燃え盛り、男を飲み込み、火花を散らしました。


 未だにうわごとのように助けを求める男に背を向け、少女は歩き出しました。

 父親、馬車、そして自分を見捨てた町の人々。少女が燃やす相手は、まだまだ沢山いるのです。


 少女は途中、何かを思い出したかのように足を止め、振り返ると、もう生きているかも定かではない男に向けて、こう言いました。


「貴方のマッチ棒、とても貧相なのね」


 火事だ火事だと集まる人々を尻目に、今度こそ少女は夜の町へと消えていきました。



 マッチ売りの少女が火をつけると、炎の中には少女が手にすることの出来なかった、暖かな家庭が見えました。

 一つの家族の悲鳴を聴きながら、少女がもう一度マッチに火をつけると、今度は炎の中に豪華な部屋が飲み込まれていきます。


 自分が作り上げた地獄を目にしながら、少女はこう言いました。


「なんて、暖かい…………なんて、なんて綺麗なの!!」


 マッチ売りの少女は、今や不特定多数への恨みと憎しみで動いていました。


 一番殺してやりたかった父親は、彼の欲しがっていた札束と共に炎の中に消えていってしまいました。

 しかし、全てを燃やし、炎が消え去っても、彼女の心の闇は消えませんでした。

 それどころか、その負の感情は益々燃え上がり、溢れて仕方がありません。


 そして少女は、こう思いました。


「もっと沢山のマッチを燃やしたい。マッチを燃やしている間だけは、幸せな光景を見ていられる」と。


 なんという事でしょう。少女の心は壊れてしまったのです。


 少女は人知れず夜の闇に紛れては、幸せな家庭を見つけ、マッチに炎を灯す放火魔になっていました。放火魔女、いいえ、少女なので放火魔法少女です。


 今日も裕福な家庭をマッチの炎の中に閉じ込めた少女が、達成感と多幸感に包まれていると、燃え上がる家屋から一筋の光が空へと登り、星となり、長い尾を引いて落ちていきました。


「あっ、今誰かが死んだわ。かわいそうに」


 少女は、死んだおばあさんの言葉を覚えていました。


『星が一つ落ちる時、一つの魂が神様のところへ登っていくんだよ』


 少女は、自分に優しかったおばあさんの事を思い出し、堪えていたものが溢れていくのを感じました。そしてこの瞬間、少女が失った筈の正気が、僅かな間だけでも、戻ってきました。


「わ、わたしはなんて事を…………こんなんじゃおばあさんに顔向けできない……もう二度と、おばあさんに会えないわ…………だって私、きっと地獄におちるもの…………」


 空へと燃え上がる一軒家を背景に、少女は涙を流します。それはある意味感動的な光景にも見えました。そう、放火したのが少女じゃなければ、の話ですが。


「おばあさんに会いたい…………」


 そう言って少女はマッチに炎をつけました。自分に火をかけ、自ら命を落とすつもりです。


 しかし、そんな少女は不思議な光景を目撃しました。死の間際の幻覚でしょうか。

 マッチの火が独りでに大きくなり、やがて少女より二周りほど大きな炎になると、段々と人の形に変わっていくではありませんか。


 少女はその炎を見て、更に涙を溢れさせました。


「おばあさん…………」


 そう、その炎は紛れもなく、死んだはずのおばあさんの姿そのものだったのです。


「おばあさん…………わたしも連れて行って…………火が消えたら居なくなってしまうなんて、嫌よ! わたし、わたしを一人にしないで!」


 そう言って少女は、炎でできたおばあさんに抱きつきました。しかし、少女はすぐに異変に気が付きました。

 熱くないのです、炎が、それも全く。

 そしてその代わり、少女は長らく感じていなかった「人の温もり」を感じました。


「おばあさん、暖かい…………」


 おばあさんは少女をそっと抱き上げました。そして、話しかけてきます。


『可愛い可愛い、私の孫や。私は炎の魔女として恐れられた魔法使い。貴方はその才能を受け継いだ子孫なのよ。死にたいなんて、悲しい事を言わないで…………』


「おばあさんが…………魔女…………」


 少女は驚きました。そして、同時に納得しました。

 少女は不思議に思っていました。自分の力、「無限にマッチを生み出す能力」は、一体どこからやってきたのかと。その答えが、これでした。


 少女はおばあさんに感謝しました。だって少女が今こうして無事に生きていられるのは、おばあさんのくれた力のお陰だからです。


 おばあさんは更に言いました。


『貴方の力は…………未だ《覚醒》に至っていません。今は力を磨き、私と同じように、一流の炎の使い手になるのです。そして、他の魔女候補六人を殺害し、今代の魔女として名を残すのです。私は、それを願っています』


「うん! おばあさん、ありがとう! 私がんばる!」


『困った時は私のことを思いながらマッチに火を灯すのです。《炎の魔女、ファイロンキシア》が、貴方を導きましょう』



 こうしてこの夜、人知れず一組の魔女候補が誕生した。やがて世界中から《マッチ売りの放火魔法少女》として恐れられる一人の少女と、嘗てその名を世界に轟かせた《炎の魔女》。二人の魔女を目指すための闘いは、ここから始まったのである。



《マッチ売りの放火魔法少女》〜序章より〜


放火魔+魔法+少女=放火魔法少女

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[一言] 心温まるお話でした。
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