日々是放送部!
リスナーさま、いらっしゃいませ!
音無奏は放送部員である。
性別は女、日々是学園の二年生。
特技は早口言葉。あとは何でも美味しく食べられること。
背丈は155cm。体重は内緒だ。
顔も性格も平均的で、運動も成績も並。技能分野も普通である。
最近のコンプレックスといえば胸のサイズが貧層なこと。
しかし、そこまで気にしているわけでもない。
繰り返すが、音無響は放送部員である。
そして今、響がいる場所は──職員室に備え付けてある放送室。
お昼休み限定で、そこは響だけの世界になっていた。
パチリ、とスイッチをひとつONにした。
それは──はじまりの合図である。
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はい、こんにちは。
毎度おなじみ、お昼の放送部タイムです。
お送りするのは──この私、日々是学園放送部、二年生の音無響です。
いい加減、誰かもうひとりくらい放送部員がほしいんですけどねー。
いないですか?
放送部に入ってもいいという、奇特なひと。
いないですか。そうですか。残念無念ナリ。
──あ、いかん。最初から話がそれちゃった。
毎度おなじみと言いましたが、新入生は初めましてですね。
初めましてこんにちは、放送部の音無響です。
昼休憩のまんなか15分間は、放送部タイムとなっております、ご了承ください。
──そうですね、簡単に説明だけしておきましょうか。
前半と後半の5分ずつが、私のトークとメールがあればそちらの紹介です。
学園からのおしらせなどもありますので、興味があれば聞き耳立ててくださいな。
で、真ん中の5分は音楽コーナーですね。
リクエストがあればそちらを優先して流します。
リクエストがない場合は、私の独断と偏見でおすすめ楽曲をお送りしますよ。
まあタイムスケジュールは適当なので、けっこうズレこんだりします。
そのかわりに、きっちり15分以内で終わらないといけません。
顧問の先生に怒られちゃいますからね。
ホント、大変なんですよー。
──あ、いかん。また話がそれた。
コホン、
ではではこのコーナーから行きましょう。
"学園の、この人について!"
ジャジャーン!
はい、このコーナー。
うちの学園にいる、誰かひとりにスポットライトをあてよう、という企画です。
気になるあの人や、負けられないアイツ。
はたまた、えーそんな人いたんだ、なんてコーナーです。
今回は、先生の紹介をすることになっています。
みんな、うちの学園には先生が何人いるでしょうか。
きちんと知っていますか?
あ、ちなみに私は知りませんでした。
さあみなさん、ざっと計算してみましょう。
いいですか、制限時間は30秒──と言いたいところですが。
時間がないので10秒です。
いきますよ?
10。
9。
8。
7。
6。
5。
4。
3。
2。
1。
──ゼロ!
いかがですか、正確に数字は出せましたか?
だいたいでもオッケーですよ。
では、答えの発表です。
答えは──60人ジャスト!
意外と多いと思った人がたくさんいるんじゃないでしょうか。
私もはじめは40人くらいだと思ったんですけどね。
よくよく考えてみてください。
教科の数と学年の数を乗算すると、けっこうな数になるんですよ。
加えて、ウチはクラス数もそこそこ多いですからね。
他にも職員の方は、事務員さんや用務員さんがいます。
なので、全体ではさらに多くなりますね。
公立校は、生徒数で職員数も変わるそうです。
生徒が減ってクラス数が減れば、自然と1クラスごとの人数が増えますよね。
でもクラス数が減ったぶん、指導する先生も減ってしまいます。
少ない職員数の割に、生徒が多い──そうなると学校の運営は大変なのだそうです。
大変ですねー。
私も先生たちに迷惑をかけないように、赤点だけは回避せねば。
えっ、そういう話じゃないですか?
ソウデスカ。
はい、ではここから紹介コーナー本番です。
今日、ご紹介するのは、我が学び舎の頂点に君臨しております学園長です。
みなさんは、学園長先生のことをどれだけ知っていますか?
私は名前以外、まったく何も知りませんでした。
きっとみなさんも同じようなものではないでしょうか。
なのでご紹介いたします。
できればトークに参加してもらいたかったのですけどね。
さすがにそこまで無理は言えないので、私が直接、お話をうかがってまいりました。
なので、そちらをもとにしてに、私が説明しますね。
はい、ではいきまーす。
今回、紹介するのは青木昇学園長先生です。
年齢は56。性別は男。身長と体重はヒミツだそうです。
あはは、オトメですねー。
もともとの受け持ちは英語科、趣味は登山、特技は剣道で段持ちだそうですよ。
そういえば朝礼のときも、姿勢がピシッとしてますよね。
文武両道を地で行く学園長です。
……実は、ここだけの話ですが。
普段はニコリともしないイメージがあるんですけどね。
お話をうかがったときは、けっこうお茶目なところも見せてくれました。
なんか、学園でいちばんエライのは理事長だとか言ってましたよ。
話してみたら、とても気さくな方でしたね。
園長室で待ってたら、お茶まで出てきました。
あれはさすがにビックリしましたね。
そんな先生の座右の銘は"為せば成る、成さねばならぬ何事も"だそうです。
もともとは上杉鷹山の"為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり"や武田信玄の"為せば成る、為さねば成らぬ。成る業を成らぬと捨つる人の儚さ"という歌で、強い意志をもって己の願いを成就させよ、ということだそうです。
これは、やる気の大切さを説いた言葉ですね。
さすがは人間の根本を教えてくれます、目の付け所が違いますよね。
──あ。
まだまだご紹介する情報はたくさんあるのですが、ここで前半戦のタイムアップです。
ここからは音楽を聴いてもらうコーナーですね。
今年度最初の音楽ということで、できれば校歌を流そうと思ってたのですけど。
我が放送部の顧問から命令が飛んできました。
"──お前の好きな歌を流せ!"
だそうです。男前ですねー。
ちなみに我が放送部の顧問は、皆川愛美先生。31歳独身です。
オトコマエな性格が災いして──。
ギャー!!
……なんて嘘です。
皆川先生がかっこいい女性であることは間違いないですけどね。
──あ、いかん。またしても話がそれた。
ではでは、お聞きください。
私のおすすめコレクション第一曲──"日の名残り"をどうぞ。
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パチリ、とスイッチを切り替える。
校内を流れる大好きな音楽に耳を傾けながら、響は手作りの弁当を開いた。
制限時間は、約3分。
曲はフルコーラスで4分強あるが、終了と同時にトークが始まる。
もぐもぐしながら話していたら放送事故である。
長く続いた放送部の歴史に泥を塗るわけにはいかなかった。
立て板に水を流すような喋りのあとでも、響は静かに箸を進めていく。
機械の不調や何らかのトラブルで、放送室内の物音が流れ出さないとは限らない。
放送室は──常在戦場、臨戦態勢。
食事を取りながら、後半戦に備えてトーク内容を確認する。
それが響の世界だった。
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はい、いかがでしたでしょうか。
ナンバーは"日の名残り"です。
スタイリッシュな曲調ですが、リズムががっちり組まれていて、私の大好きな一曲ですね。
歌詞はシンプルで普遍的な内容ですが、これも通に言わせると裏があるそうですよ。
同じ言葉でも別の意味があったり、韻を踏んで違う読ませ方をしたり、と。
日本語の奥深さと不思議さが混じってますね。
ここだけの話──実は、訛りのある英語にも聞こえるそうです。
私は英語の成績が人並みなので、そこまで深く突っ込めてないのですけどねー。
目下、勉強中の毎日ですよ。
ではでは後半戦、おたよりコーナーです。
が、しかーし、です。
年度始まりということで、当然ながらメールも何もありません。
はい、困りましたねー。
ほんとどうしましょうねー。
なーんてウソです。
そんなことにはなっておりませんよ。
デキる放送部員、音無響です。
ある方にお願いしてですね、メールを一通、手に入れてあります。
これは昨年度、3月に卒業された前3年生からの激励メールですね。
では、マジメに読みたいと思います。
コホン。
"日々是学園の生徒の皆様、元気でお過ごしでしょうか"
"新入生の皆様は、まだ緊張も解けていないと思います"
いいですねー。知的な大人の文章ですねー。
"前略、中略、後略、とだけ書いて締めくくりたいところですが"
"本当にそう書いて提出したところ、放送部員に激怒されたのできちんと書きます"
……いや、そういうのイラナイし。ゲホゲホ。
"学園での生活を3年間送って、自分が気付いたことはふたつです"
"それは──目標を見つけること、そして、仲間をつくること"
"3年間は、短いです。あっという間に過ぎ去ります。"
"このふたつさえあれば、そこにたくさんの思い出を残すことができます"
"このふたつは、どちらが欠けてもうまくいきません"
"目指すものが違う仲間は、いずれ離れることになったときに、何も残りません"
"そして、仲間がいなければ、いつか人知れず力尽きるでしょう"
"目標と、仲間"
"そのふたつをこの学園生活でさがしてみてはいかがでしょうか""
……以上が、メール内容のすべてです。
2年生、3年生はピンとくる人も多いのではないでしょうか。
はい、そうです。
昨年度の前期生徒会長を務め、卒業生代表として答辞を読んだ、あの方ですね。
新入生は興味があれば、名前を調べてみるのもいいと思います。
名生徒会長でしたからね。
私も当時は1年生でしたけど、あの人の演説はすごかったですよ。
──おっといけない、また話がそれてしまうところでした。
以上、私たちの先輩からのメールでした。
上級生はしんみりしていると思いますが、次のコーナーへ行きますね。
元気よくいきますよ。
生徒会長も、草葉の影からじっと見守ってくれているはずです!
……え。違う? いいのいいの、気にしないで行きましょう!
はい"学園からのおたより"です。
このコーナーはタイトルの通り、学校からのおしらせをお送りします。
今回は"部活動の体験入部について"です。
部活動、みなさんはどこに入るか決めていますか?
うちは運動部も文化部も、かなりたくさんありますからねー。
片っ端からご紹介したいところですが、それはまた別の機会に。
というか部活動紹介の時間がちゃんとありますからね。
それはそちらにお任せします。
今回、お知らせするのは"体験入部の期間"についてです。
先生に話を聞いたところ、部活動の入退部はいつでも構わないそうです。
ただし体験入部は期間が決められています。
なので、なるべくそのあいだに最終決定をしてほしい、とのことでした。
人数の把握や予算の配分などが絡んできますからねー。
そのへんはオトナの世界なのでシビアですよ。
子供の特権を振りかざして、あちこちに迷惑かける生徒になるのか。
それとも大人の世界に足を踏み入れて、年齢相応の振る舞いを見せるか。
これは私たち、個人の判断次第なのでしょうね。
まあ──私たちも、もう義務教育ではない世界で生きています。
軽率な行動は、慎みましょう。
はい、体験入部の期間は二週間です。
来週の月曜日に部活動紹介があって、そこから半月の間ですね。
その間であれば、誰に憚ることなく興味のある部活動に、自由に参加できます。
お客様でいい思いをするもよし、骨を埋める覚悟で頑張るもよし。
ちなみに私は、初日に放送部に入部しましたよ。
仮入部じゃなくて本入部がいい、と言ったら「まだそれはない」と言われました。
そうですよねー。体験期間ですからね。
皆さんも、部活動を選ぶ際は後悔のないように!
以上が"学園からのおしらせ"のコーナーでした!
──はい、名残惜しいですが、終わりの時間が近付いてまいりました。
もうちょっとお喋りしたいのですけどね。
時間を1分どころか1秒でもオーバーすると、顧問の先生の頭に角が生えます。
こわいですねー。おそろしいですねー。
日々是学園放送部では、皆様からのおたよりや要望のメールなどを募集しております。
公開してもいい秘密の相談から、恥ずかしい過去の独白まで、なんでもOKですよ。
いつでもお待ちしております。
ではではまた明日、またこの時間にお聞きください。
日々是学園放送部、二年の音無響でしたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マイクのボリュームを少しずつさげていく。
ゼロになったのを確認してから、スイッチをそっとOFFにした。
ぷつり。
ほんの小さな音が、響の胸をうつ。
終わってしまった。
今日の戦いが、ようやく終わった。
まだまだ、やりたい。喋りたい。
よし、明日もまた頑張ろう。
いくつもの思いが、胸の中でぐるぐると渦を巻いている。
それらを吹っ切るように、響は虚空へと向けた視線に力を込めた。
声には出せない。息吹も吐けない。物音を出すことは許されない。
万が一、放送室内の実情が外へ漏れ出たらどうなるか。
たぶん、どうにもならない。
ただ──それでも響は自分の世界を守る。
伝統ある放送部。
お昼の放送がいつから始まったのか。
何をきっかけにして、何を目的にして、放送が流されているのか。
放送部員の響ですら知らないことだった。
それでも響は放送を続ける。
それらが見つかる日があると信じて。
最後になるが──音無響は放送部である。
また明日、またこの時間に。
追記:このおはなしは、読んでくれた方の「あーしてほしい、こーしてほしい」や「こういう題材を取り上げて欲しい、こういったメール内容を読み上げて欲しい」などを随時募集しております。感想欄にでもてきとーに書き込んでくださいな。ないと自分ではなくて響が寂しがります。思うことがあったり、書き込むかどうか迷ったら、ぜひとも書きこんでください!
(新手の感想欲しいマン誕生の瞬間であった)