とある脇役の生存戦略 2ndGiG
「……うん、いい感じ」
来年、また綺麗に花をつけるようにと、花茎ごとばっさり切った牡丹を、白い陶磁器の花瓶に活け、お茶の用意をしたガーデンテーブルに置く。
枯れてもいないのに捨てるのは、花にも申し訳ないですし。
花瓶は、園芸部顧問のお爺ちゃん先生にお借りしたのだけど……これ、結構高価なものじゃないかな?
本当にお借りしていいんですか? と確認したところ、気にせんでええんじゃよ、と仰って下さったので、内心びくびくしながら使わせていただきました。
牡丹は、園芸部が使っている裏庭の他にも植わっているけれど、そちらは庭師が手入れすることになっているし、あちらに植わっている牡丹は、息苦しいほどに自己主張する鮮やかさがちょっと苦手で、活けてまで傍に置きたくない、かな。
「それにしたって、本当に、何なんだろうかあの人たち」
目下、我が校を散々に引っかき回している台風が、ついに園芸部が管理するこの裏庭にまで被害を出して下さって、わたしを含めた部員一同どころか、海のように広大な懐を持つ部長までもが「とっとと失せろスカタンども」とキレかけたのは、ほんの数時間前のことでした。
もうね。とにかく酷い。
何がって、王太子殿下をはじめ、宰相の息子に宮廷魔術師の息子、近衛騎士団長の息子、次期法王最有力候補の枢機卿の息子、王族級の豪商の息子、留学生の隣国の王子と、盛り過ぎで押し寄せる嘔吐に任せてリバースしそうな濃厚さ(地味っ子同盟の部員談)の生徒を侍らせ、媚を撒き散らすより他に能のないクソアマ(部長談)こと、男爵令嬢が。
男を侍らせ貢がせるなら勝手にすればいいのに、園芸部一同が心血注いで管理している裏庭の、水やりすらしに来たことがないのに、本人が言うには「放っておかれて可哀そうだったから、ここでこっそりお花を育てていた」ことになっている花壇を踏み荒らすとか、本当に何を考えているのか。
その花壇は、部長が配合繰り返してやっといい色が出そうだった四季咲き木立ち性のバラの苗のための花壇なんですけど、そんな愛と努力の結晶を踏み躙られた部長と、守護者の樹精様が、ものすごく怖かった。
樹精様だけじゃあなく、部員の守護者の地精様や地霊様のご助力もあって、どうにかバラが一命を取り留めたあと、ぶつぶつ小声で「ウラミハラサデオクモノカァ~~」と繰り返しながら、守護者の樹精様と一緒に、それはそれは大層イイ笑顔で、デス・カマス(※1)にゲルセミウム・エレガンス(※2)、ローレルジンチョウゲ(※3)、ドクゼリを黙々と花壇に植えてる姿は、本気で怖かった。
幸いわたしの牡丹や他の部員のお姫様たちは被害を免れたけれど、もしあの子たちが被害にあっていたらと思うと、ゾッとする。
件の男爵令嬢は、他にもあちこちでやらかしているらしいけれど、侍らせた御曹司たちには、彼らの婚約者の仕業だと言っているらしい。
そんな見え見えの作り話にまんまと引っ掛かったポンコ――もとい、御曹司たちと婚約者のご令嬢方の仲は、霜が降りるほど冷え切っていて、水面下ではすでに破談の手続きが進んでいるそうだ。
とあるご令嬢など、婚約者の行状を、第三者からの証言まで添えて事細かに実家に報告した上で、“あの程度の作り話に簡単に乗せられるような配慮の欠けた愚物を配偶者に迎えるなど、我が家に凋落を迎え入れるに等しい行為です。我が家の伝統と格式と体面とご先祖様の功績を傷付ける行為は、決してあってはなりません”と言い切ったそうですから。
一体どこからそんな情報引っ張ってくるんでしょうね、地味っ子同盟の皆様方は。
彼女たちが細作やその見習いでも、不思議じゃないですよ。もう、本当に何者なんでしょう。
それはともかくとして、こんな時、騎士爵の娘は気楽でいいです。
婚約者なんていませんし、男爵令嬢が侍らせている御曹司たちのような、鍍金が剥がれて日に日に残念になっていく顔だけ男になんて、これっぽっちも興味ないですから。
何はともあれ、部長とその守護者様には、早急にお鎮まりいただかないと、校内で犯罪であることを立証することが不可能な犯罪が発生しかねません。
懐の広大さは確かに海のようだけど、嵐の海は死にますからね、人が。
《いいじゃねえか別に。あんなガキども、気にかけるほどの価値もねえだろ。つうか、いい加減おれに構え。一日大人しくしててやったろうが》
完全無欠の完璧な密室自殺や死亡事故が続発する未来を思って黄昏ていると、前腕の定位置にいた蛇――守護者様が、するすると腕を上り、首に巻きついてきた。
なにもしないでいてやったから構えとか、それって守護者としてどうなんだろうと思うけど、実際、何もしないでいてくれることが一番有難いのも事実なんですよね。
この守護者様、一睨みで複合合成獣が失禁し、あまつさえお腹出してキュンキュン鳴いて絶対服従したところを丸飲みして、子犬に造りかえるようなトンデモ様ですし……ああ、元気にしてるかなぁキュンちゃん。
《こら、おれに構えと言ったろうが。あの犬ッコロとおれ、どっちが大事だ浮気モン》
あのですね守護者様。いろいろと誤解を招く発言はお控えいただけませんか。
浮気モンって、あの男爵令嬢みたいな言い方やめて下さいよ。本気でイラッとしましたよ今!
《じゃあ構え》
はいはい分りました構えばいいんでしょう構えば。
あ、ちょっと噛まないでください耳を。こそばゆいです。
ガーデンテーブルにつけば、日課の二人(?)のティータイム。
テーブルにしゅるりと着地し、守護者様はコーヒーを注いだカップの前にとぐろを巻く。
実際に飲食はしないけれど、飲み物や食べ物から“本質”を抜き取って吸収されるのだそうですが……深く考えると怖いことになりますよね、これ。
二人(?)仲良くお茶をしながら、お菓子に手を伸ばす。
守護者様のご要望で、お菓子や軽食はわたしが直接作ることになっています。
守護にお降りいただいてからの習慣なので、今ではもう、大概のものなら作れますよ?
「早いところ、平和になってほしいですね」
《まあな。けど、何かあったらおれがどうにかしてやるから安心だろ?》
「うん、どうにかするそのやり方が恐ろし過ぎて、これっぽっちも安心できませんけどね……」
ミントティーと、守護者様との会話を楽しんでいたわたしは、知らなかった。
件の男爵令嬢が、わたしと守護者様を、それはそれは恐ろしい目で睨みつけていたことを。
そのせいで、地味っ子同盟名誉会員のわたしが、男爵令嬢とポンコ、じゃない御曹司連中の三文芝居に付き合わされる羽目になるなんて――思ってもいなかったのです。
※1)少量でも摂取すれば、臓器不全や溶血作用によって急死。やったねすぐ楽になれるよ!
※2)摂取したら、苦しみ抜いてのたうちまわって生き地獄を見ながらゆっくり死んでいってね!
※3)うっかり切ったり摘み取ったりしただけで、水ぶくれや炎症待ったなし。内服したら惨事ーのあーなーたー。
やったね乙女ゲームちゃん! 仲間が増えるよ!