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魔女の刻印  作者: 陽介
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第5話

 厚く張った雲が、時間と共に少量の雨を降らせる。そんな天気の中でもザジの魔女裁判は滞りなく進んでいた。

 もし、大雨になってくれればというザジの淡い期待も虚しく、雨は今にも止んでしまいそうな気配を見せる。

 ……もっとも、たとえこの日が雨だったとしても、判決は変わらない。

 十字架に貼り付けにされ、身を焼かれる。幼い頃に見た想像を絶する魔女と呼ばれる者の最期。

 今、自分がその最も戦慄する場面を迎えようとしている。

 呼吸が荒くなる。胸が苦しい。お腹が痛い。

「くっ……」

 苦痛から逃れようと、身体をよじるも両腕と両足を拘束されている今ではそれすらも敵わない。

 ふと目を下にやると大量の木々が自分を貼り付けにしている十字架の下に置かれている。それに今から火を付けられ、自分は。

「嫌や! お願い、助けて!」

 ザジは必死で群集に助けを求めるも、誰一人として相手にしない。そして、ザジは気付いていないが、その群衆の中にはザジを魔女に仕立て上げた張本人、彼女の両親がいるが彼らもまた意に介さず、彼女の処刑を今か今かと待ち望んでいた。

「罪状!」

 裁判官が大きく手を挙げ、ザジに下された判決文を読み上げる。

「この者は悪魔と契約を交わし、洪水、日照り、地震などの自然災害を引き起こし、我々に災厄をもたらす魔女である! よって、ここに火炙りの刑に処することを明言する!」

 全くと言っていいほど、いわれのない罪。

 それでもこの時代の人々にとっては、それが当たり前であった。

 自分の罪状を聞き、ザジは最後の覚悟を決めた。

 唯一の心残りは、この処刑台に来るまでの一ヶ月間、自分を匿ってくれた少年への贖罪。

 自分の残したあの一言だけで、彼をどれだけ救うことができるのか、全くの救いにもなってはいないかもしれない。

 もしかしたら、自分とあの少年は出会うべきではなかったかもしれない。

 会わなければ良かった。

 そうすれば、叶わない恋をして悲しい思いをすることもなかったのだ、お互いに。

 でも。

「そんなんやない……」

 いよいよザジを処刑しようと、兵士が火をつけようとしたその瞬間。


「決して無駄やなかった! あんたがウチにくれたもの! あんたと出会えたこと! それを想うだけでウチは戦える! たとえ、その戦いが決して勝ち目の無い戦いやったとしても、この想いだけは絶対に壊せへん!」


 そして、ザジは笑って見せた。

 最後は笑って人間らしく死ぬ、最後の最後にザジがこの世に神がいるならと願ったことだった。

「にゃははははは!」

 その場にいた誰もがしんと静まり返った。誰一人として、ザジの宣言に首を傾げるばかりであった。

 いや、違う。

 一人だけいた。

 ザジの宣言に涙を流し、彼女の無事を祈り、助け出すことを信念とした少年が。

 手負いの足から血が流れる。

 人ごみを掻き分け、痛む足に鞭を打って走った。

 でないと、間に合わないから。

「痛い!」

 人のつま先を自分のつま先に掛けてしまい、派手に転んだ。手の皮がひどく擦り剥ける。

 でも、彼はそんなこと気にやまず、再び足をザジのいる処刑台へと進めた。一分一秒でも早く、彼女の元に駆けつけるために。

 行ったところで自分に何もできはしない。

 追い返されて、それで終わり。

 それがどうした。

 好きな人を守るのに理由なんていらない。

 守ろうとする気持ちに理由なんていらない。

 人が人を好きであることに理由なんていらない。

 らしくない言葉がたくさん浮かんで、当たり前の気持ちを言葉にする。

「僕はザジが好きだ! だから、命に代えても絶対に守ってみせる!」

 だから。

 これから彼らに起こることは奇跡という言葉だけでは片付けられない。

 実際にもし、少年が一秒でもザジがいる処刑台に近づいていなければ、間に合わなかっただろう。

 ザジが覚悟を決め、自分の想いを群集に訴えなければ、すでにザジは業火に包まれていただろう。


 眩しい光が処刑台のすぐ横にある大木を包んだかと思うと、その大木はぷすぷすと煙を出し始めた。

 雷が落ちたのだ。

 そして、一陣の風が吹く。その風が大木に宿った火の粉を大きくし、業火となった。


 一瞬の出来事だった。

 その業火に驚き、群衆はもちろん、裁判官や兵士たちもその場から逃げ出した。

 貼り付けにされているザジを除いて。

「熱い!」

 ザジのすぐ横で轟々と唸り声をあげるかのように燃え続ける大木。

 幸いにも風が、ザジを業火から守るかのように吹いている。それでも、もし風が止めばそのまま業火はザジをも包んでしまう。それに業火に包まれた大木は、今にも幹が折れそうだった。

「ああっ! 熱い! 熱い!」

 たとえ業火に焼かれなくても、その熱風がザジに激しい痛みをもたらす。

 熱風から逃れようにも、身体を拘束されているのだ。

 熱すぎる世界の中、ザジは一人の少年の名前を叫ぶ。

「マーティス! 助けて!」

「もちろん!」

 辿りついたときには、本当にギリギリだった。マーティスは予め持参していたナイフを取り出し、ザジを拘束している両腕両足の紐を素早く切った。ザジを助け出すと、その手を引いて一目散にその場から離れた。

 同時に風が止み、大木がついに耐え切れず処刑台目掛けて倒れ、ともに業火へと包まれる。

「良かった。間に合った。死ぬかと思った。いや、死んだと思ったよ」

 マーティスは業火に包まれている処刑台を見ながら呟いた。そして、「本当に良かった」とザジの方を改めて向き、笑顔でそう応えたのだった。

 どうして、彼が。

 別れを告げたはずなのに。

 どうしてここにいる? 

 そして、どうして死の間際に自分はこの少年の名前を叫んだのだろうか?

 様々な思いが交錯し、一つの答えを出す。

「……大好き……」

 その言葉を呟くと、ザジは大きく泣き出した。

 まだ事態は収束していない。轟々と燃え続ける炎も収まる気配を見せず、できればその場から少しでも遠くへ逃げ出したかったが、ザジはそれを嫌々と拒否する。

「ザジ、いつまでもここにいると危ない。立って、早く……」

「……バカ」

「え?」

「助けに来るなら、もっと早く助けに来んかい! バカぁ!」

 マーティスの胸に飛び込み、ザジはさらにわんわんと泣き出してしまった。

 そのザジの頭を撫でるマーティス。

 そんな彼女を見て、彼は思った。ザジは本当に本当にツンデレなんだなっとタイミング的にも空気的にも、場違いで思ってしまった。



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