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魔女の刻印  作者: 陽介
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第1話

 魔女という言葉を聞いて、思い浮かぶのは悪魔と契りを結び、超自然的な力で人々に災厄を振りかざす人間であろう。そして、この時代いかに科学が進み、人々の暮らしに利便性をもたらそうとも、自然の力に人間は敵わない。

 だから、生贄が必要だった。

 科学で解明されない不可思議な謎に立ち向かうための生贄。どの国でも、どの地域でも人々は恐怖から逃れるために生贄を欲した。

 その生贄として自分が選ばれたとき、絶望的な気持ちとなった。

 町のあちこちで悪魔の子、魔女と呼ばれる者となり、指を差され、今まで仲良かった人たちですら自分を捕まえようとし、悪魔の形相で近寄ってくる。そして、聞かされる。自分を生んでくれた両親が金のために自分を売ったことを。

 悪魔宿りし心が生贄を差し出した。

 ザジも知っている。幼い頃、魔女と呼ばれた者がどのような末路を辿ったか、魔女狩りの名の下に十字架に貼り付けにされ、身体を焼かれる。そのとき、両親がなぜ自分にそんな光景を目に焼きつかせたか、今となってはわからない。呻き声が辺りに木霊し、処刑されていく魔女と呼ばれる者たち。その光景は今になっても目に焼きついてしまっている。

 そして、今自分がその末路を辿ろうとしている。


 走る。

 とにかく走る。

 一瞬の隙をついて、逃げ出すことに成功した。自分の身一つで、獣道を走る。

 でないと、追いつかれてしまうから。

「はぁ……はぁ……」

 荒い息が、これ以上走ると身体に悪影響を及ぼす、と心に警告する。だが、だからと言って止まるわけにもいかなかった。

 止まれば、確実に追いつかれる。そして、その先に待つ運命はロクでもないことだとわかっていた。

 だから走る。目的地は決まっていない。とにかく匿ってくれそうな場所ならどこでも良かった。例えそこが地獄であっても。

 しかし逃亡者のそんな精神をあざ笑い、もっと早く走れと言わんばかりに、攻撃が飛んできた。

「矢を射ろ!」

「はっ!」

「きゃぁ!」

 かろうじて避けるが、その攻撃のせいでひざが笑い始め、走るのが難しくなってきた。

「嫌や! 誰か助けて!」

 怒号が後ろから聞こえる。限界を完全に超えた今、目がかすんでどこがどこだかさっぱり分からない。

「誰か、誰か……」

 そのとき、一筋の希望が見える。

 暗闇から見える一点の光。明かりがついており、中に誰かいるのは明白だった。なぜ、こんな森の中に家が建っているのか、誰が住んでいるのかそんな疑問を考える余裕もない。

 ザジは迷うことなく、ドアノブに手をやりドアを勢いよく開けた。




 とある物音で目が覚めた。

 何か大きな物を投げ出したかのような大音。

「何なんだよ、一体……」

 目を何度もこすりながら、おぼつかない足取りで階段を下りる。丑三つ時である今、手すりがないとすぐに階段から落ちてしまうかもしれなかった。

 寝ぼけて階段から落ちて骨折、なんて間抜けた事故は極力避けたい。

 一段一段丁寧に降りていくと、やがて見慣れた一階に一つの違和感を見つけた。

 一階ドア付近に、何かがある。

「んー……?」

 寝ぼけていてロクに見えないが、それは何となく人のように見えた。

「えぇ!?」

 頭に溜まっていた眠気が一気に吹き飛んだ。足元に注意しながら、急いで駆け下りると、確かに人間だった。まずは様子を見るために明かりをつける。

 顔や体格から見るに、自分と同世代の女の子。腰の辺りまで伸びるピンク髪を、結ばずにそのまま流している。ほぼ布切れのような服に、卑猥な考えも浮かんでしまったが、それをすぐに打ち消す。

 顔の近くに耳を近づけると、多少息は荒いが確かに呼吸音が聞こえる。死んでいないのは確かであるが、それでもこのままだとどうなるかわからない。

 急いで二階から毛布を持ってくると、それを意識のない少女に掛けて、僕は家の外へと飛び出した。


「ただの疲労だ。このままゆっくり寝かせておけばすぐに元気になる」

 サバ兄が少女の容態を見て、そう断言する。そして、自分が持ってきた袋から処方する薬をそろえる。

 少女を手当てするため、僕は村で診療所をやっていて、何より一番信頼のおけるサバ兄を叩き起こした。こんな深夜に叩き起こされたはずのサバ兄は、嫌な顔一つせずに少女の容態を診てくれた。

「サバ兄、ありがとう。助かったよ」

 僕はそんなサバ兄に深く頭を下げた。サバ兄はそんな僕の頭を撫でて、別に構わないと優しく声を掛けてくれた。そして、二人掛りで少女を二階のベットまで運ぶ。

 ようやく安静な場所で寝かしつけ、用の終わったサバ兄は帰っていく。僕はサバ兄にもう一度頭を下げて、落ち着いた寝顔で眠る少女を改めで見た。

 どこの子なんだろう。

 少なくとも、僕の住むこの村では見たことがない子だ。

 だとすれば、冒険者だろうか。とはいえ、この子の所持品は無いに等しい。その身一つで、しかも、女の子が冒険をするなんて自殺に等しい行為だ。武器も持っていなさそう。

 もっとも、誰かに追われているというのであるなら、話は別だ。

 次から次へと疑問が湧いてくる。

 そんなことを考えていると、大あくびが一つ出た。そういえば、今は深夜。普通なら寝ている時間だ。

 とりあえず朝になって彼女が目を覚ましたら聞こうと決め、僕は自分の部屋に戻って眠った。




 朝。

 正直あまり眠った気がせず、僕の機嫌は心底悪かった。元々朝は苦手であるが、今日は特に酷い。

 そのイライラする気持ちを料理にもぶつけてしまい、朝食の味はとてもじゃないが美味しいとはいえないものとなってしまった。そのせいでますます僕の不機嫌度は上がる。

 マナー悪く、がっつくような感じで朝食を摂っていると、とんとんと誰かが二階から降りてきた。

 思わずイスから立ち上がってしまうと、声の主は「え?」と聞き覚えのない声で返された。

 その声で昨晩の出来事が決して、夢ではなくて現実であることを僕に思い出させる。イラだった気持ちはもう消えている。

「おはよう。具合はどうだい?」

 警戒心を抱かせないようにできるだけ明るく聞くと、彼女は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに「お蔭様で、久しぶりにいい朝迎えたわ」と明るく答えてくれた。

 何も食べていなさそうなので、食事を勧めようと思ったが、今日の朝食の出来の悪さを思い出して、ためらってしまった。いくらなんでも不味い料理を食べさせるのは少し遠慮してしまう。

 かと言って、目の前でお腹をすかしているかもしれない人を前にして、片付けてしまうのは独り占めしているように思われてしまうだろう。

 僕は少し悩んでから、「腹、減ってない?」と食事を勧めた。彼女は僕の食事を勧めるタイミングに間があったことに少し首を傾げたように見えたが、自分の正直な腹に負けたのだろう、食べると言った。

 すぐに残っている食事を、彼女の前に置く。多少、見た目は悪いがこの際仕方ないだろう。

 フォークとスプーンを手渡すと、彼女はすぐに目の前の料理に手を伸ばした。勢いよく食べるそのさまを見て、よっぽどお腹がすいていたんだろうなと僕は思った。

「味はどう? 不味いんだったら残してもいいよ」

「んー、食べれるもんみたいやからこの際、全部食べておくわ」

「……はい?」

 全く予期しない答えが返ってきた。ここはお世辞でも美味しいとか言うものではないだろうか?

 いや、きっと聞き間違いだ。もう一回、彼女に尋ねてみよう。

「美味しい? それとも、不味い?」

「普通や」

「あ、そうっすか……」

 聞き間違いではなかった。

 ……普段はよっぽどいい物食べているのかな。

 だったら、何故こんな辺鄙なところに、逃げ込んできたんだ?

 そんな僕の疑問をよそに彼女は箸を進める。結局、彼女は僕が残した分も全部平らげてしまった。何だかんだ言いながら全部食べるんだ。イライラに任せて、朝食を作りすぎてしまった僕にとってはとても喜ばしいことだった。

 食後のお茶をすすり、僕は彼女に一番聞きたかったことを聞こうと思った。だが、その前に彼女の方から質問を投げかけられた。

「なぁ、あんた、ここで一人で住んでるん?」

「そうだよ」

「家族はおらへんの? 親は?」

「親ねぇ……」

 思わずイスから立ち上がって、カーテン越しから外の景色を眺める。しばらく外の景色を眺めていると、「ゴメン、聞いたらアカンことやった?」と後ろから声が聞こえる。振り向くと彼女がものすごく申し訳なさそうな顔をしていたので、「大丈夫だよ」と首を振り答えた。

「行方不明なんだ、僕の親……」

「行方不明……?」

「狩りに出掛けた父さんが帰ってこなくて、母さんが探しに行った。で、そのまま母さんも帰ってこず。かれこれ、二年前の話になるかな」

 あのおしどり夫婦が、たった一人の息子を残して蒸発。

 僕ももちろん、付近を捜索したけれど何の手掛かりもつかめず。生きているのやら死んでるのやら、わからずじまい。元々駆け落ちしたんだよな、あのおしどり夫婦。

 駆け落ちの駆け落ち、笑えないよな、本当に。

「ウチも一緒や……」

「一緒……?」

 彼女の唇が震え、次の言葉がなかなか出てこなさそうだった。「言いづらいんだったら、言わなくていいよ」と優しく声を掛けるも、ぼそりと彼女の口がわずかに動く。

「ウチ、親に売られたんや……」

「売られた……?」

 僕の反復した質問に、彼女は首を縦に振った。

「売られて、魔女に仕立て上げられた……」

「魔女……」

 その言葉を聞いて、僕は一つの言葉を連想する。

「魔女狩り……」

 噂で聞いたことはあるけれど、本当に行なわれているとは思ってもいなかった。少なくとも、僕が住む辺鄙なこの村ではあくまで噂でしかなかった。

「その魔女狩りや、ウチは……、ウチは……」

 そこまで彼女が言うと、ついに自分の身に起きた現実に耐え切れなくなったのか、大粒の涙が彼女の頬をつたう。驚いた僕は、彼女の肩を優しく叩くしかなかった。僕のボキャブラリーではなかなか彼女を慰める言葉が出てこない。

 困っていると、逆に彼女の方から言葉を投げ掛けられる。

「ウチ、もう逃げ回るの疲れた。もし、また王宮の兵士たちに捕まったら、今度こそ殺される。やから、しばらくの間ウチを匿ってくれへん? 一生のお願いや!」

 頭を下げられ、手を合わせ、必死に頼み込んでくる女の子。もう、すでに巻き込まれているとはいえ、事情が事情なだけに厄介事は面倒だ。ここで追い返すことももちろんできる。

 けれども、親の身勝手で振り回されているという境遇。

 そして、こうして必死に頼み込んでいるということは信じられるということ。「頭を上げて」と彼女に優しく声を掛けた。

「お互い、ロクでもない親を持つと苦労するよな。いいよ。何日でも……とまではいかないけれど、しばらくの間ここに寝泊りしなよ」

「おおきに!」

 僕がそう答えると、彼女は諸手を挙げて喜んだ。その晴れやかな顔を見ていると、言って良かったなと僕は思った。


 ……もっとも、これが僕の奴隷生活の始まりであるとは、このときの僕は露とも思ってはいなかった。


「そう言えば、名前を聞いていなかったよな。僕はマーティス。君は?」

「ウチはザジゆうねん」

「ザジねぇ……」

「何や?」

 思わず僕はあることを思ってしまう。そんな僕を見て、ザジは怪訝そうな顔をする。

「言いたいことあるなら、言いや」

「普通男に付ける名前じゃないかな?って思って」

 鈍い音がしたのはこの刹那であった。ザジの見事な手刀が僕の脳天を直撃する。

「何するんだよ!」

「それはこっちのセリフや! あんた、デリカシーってもんを知らへんのか! ウチの大事な乙女心が傷ついたらどうしてくれるねん!」

「自分で乙女とか言うな! 自分のことかわいいって思ってるのか!」

「当たり前やん! むしろ、感謝して欲しいぐらいやわ! ウチみたいなかわいい女の子があんたみたいな冴えない男と一つ屋根の下で暮らしてあげるって言うんやで!」

「何なんだよ、ザジは! 僕は君の命の恩人じゃないのか!」

「ふーん、そないなこと言うんや」

 ザジは意地悪く笑った。

「こんなかわいい女の子を追い出すっていうんか? お礼やったら、いくらでもしてあげるで」

 そう言って、ザジは胸元のシャツを少しめくりあげた。ちらりと見える胸元。

 思わず見てしまいそうになるし、見えてしまう。

「なっ……!」

「照れてるん? なぁ、どうしたん? 照れてるん?」

「い、いや、それはその……」

「なんやったら、触ってもええんやで、ほれ」

「ちょ、ちょっと……」

 顔を赤面し、戸惑っているとザジの指が僕の額の目の前にある。

「バーカ」

 ザジは僕の額に軽くデコピンする。軽くぺちっと音がした。

「あんたみたいなお子ちゃまにはまだ早い、にゃはははははっ!」

 膨れっ面した僕を見て、ザジは大きく笑った。

 ……やばい、不覚にもかわいいと思ってしまった。

 笑っている顔も、僕をからかっている顔も。

 このとき、すでに勝敗は決した。

 ザジはびっと人差し指を僕に向けて、言い放った。

「あんたがウチの乙女心を傷つけた罰や。あんたはこれからウチの言うこと、すべてに従ってもらうで。ウチが喉が渇いたら、すぐに何か飲み物持ってくる。ウチが腹減ったら、すぐに何かを作る。ウチが何かへこんでいたら、面白いことをして笑かすんやで」

「な、何で……? そんな無茶苦茶な」

「返事は!」

「は、はい!」

 彼女の剣幕に負け、思わず首を縦に振ってしまった。

 勝ち誇った顔をするザジ。

 このようにして僕の奴隷生活は始まったのであった。

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