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魔女の刻印  作者: 陽介
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プロローグ

前に投稿した『魔女と呼ばれる者たち』のリメイクです。よろしくお願いします。

 僕が十歳だったとき、夕飯の食卓でいつものように父親と母親が口喧嘩していた。まぁいつものことである。父親の帰りが遅く、さらには食卓に並ぶはずの食べ物、狩りでの成果が出ず、今日も菜園で取れたほんの僅かな野菜と玄米だけになってしまった。

 男なのにみっともない、私とマーティスを飢え死にさせるつもりなの、村のあそこの家のご主人はもっと立派なのよ、とかそんな母親の言葉が食卓を賑やかにさせる。

 そして、父親の方といえば、そんな母親の言葉に反論することもなく、ただうんうんと頷いて聞いているだけだった。男の威厳なんてあったものじゃない。でも、母親が言いたいことを言うだけ言ったら、最後には「ごめんなさいね、あなた。言いすぎちゃった。私」とお決まりのように言い放ち、父親も「そんなことないよ、マイハニー」なんて返し、二人して互いを抱きしめ合うのだった。

 何だ、このおしどり夫婦は。

 子ども心ながら、そのとき僕は思った。

「ご馳走様」

 僕は食卓に並べられていた自分の分を食べ終えると、終始愛の形を確かめ合っている自分の親を尻目に食器を片付ける。

 立ち上がると父親に声を掛けられた。

「おまえもいつか父さんや母さんのような立派な家庭を持つんだぞ」

 はいはい、心の中でそう呟いた。

 説得力のかけらもない。

 都市部からかけ離れた小さな農村、都市部では文明開化とともに電気やらランプが開発され、いつも人がごった返している。王族なんかは派手な衣装に身に纏い、豪華絢爛な宮殿に住み、優雅な生活を送っているという。それに対して僕達は、利権争いなど起きもしなければ、文明開化で花びらかな都市部と違い、質素な生活を送っている。生計を立てるのなんて、未だに狩猟や農業、漁業だ。明らかに時代に乗り遅れている。

 そんな生活を強いておいて、何が立派な家庭を持てだ。

「人間の価値はお金や物で決まらない。父さんは幸せだぞ。母さんのような立派な人に出会えて。いいか、父さんと母さんはな……」

「もう、それも聞き飽きたよ……」

 それはそれは大恋愛だったそうだ。もう、耳にタコができるんじゃないかってぐらい聞かされた話だった。

 父さんと母さんは駆け落ちしたそうだ。

 農村部で平民だった父さんは、王族だった母さんに一目ぼれしてしまった。それで、何度か王宮に忍び込んで事あるごとに用事をつけては、母さんの下を訪れてはアプローチしていた。初めは全く相手にしなかった母さんであるが命を賭けて、――当時今もそうであるが、王宮に忍ぶことがばれては最悪死罪になる――、自分の元に来ては自分のために熱烈なアプローチをしていく父さんに惹かれていったそうだ。しかし、平民と王族の身分の差、さらに当時母さんは将来を約束した許婚がいた。だから、母さんは王宮を抜け出し、父さんは母さんを連れてこの偏狭な地までやってきたということだ。

 まとめるとそんな感じ。

 僕にとってはどうでもいい話だけれども、僕の親にとってはとても大層で、世界をひっくり返したような壮大なスケールの物語だそうだ。

「愛があれば何でもできる。愛があればどんな障害にも立ち向かっていく力となる」

 これが父親の口癖だった。

 そんな話を十歳だった僕は何にもわからなかった。

 でも、十四歳になった今の僕には少しだけわかる気がする。

 父親は続けざまに言った。

「恋愛は惚れた方が負けだ。でも、裏を返せば惚れさせたら勝ちなんだ。マーティス、いつかおまえにも自分の命を投げ打ってでも守りたい女ができるはずだ。なんたって、おまえは父さんの子なんだから」

 だから、十歳の子どもにそんな話をしたって無駄なんだって。説得力というか、心に響くことはなかった。でも、今にして思えばきっと父親なりの本心だったと思う。本気の目をしていた。年老いたせいですっかり薄汚れてしまった目であったが、その目にはやけにキラキラしたものが宿っていた。

 どこかの本で読んだことがある。

『賢者は知識から学び、愚者は経験から学ぶ』

 まさしくその通りであると思った。

 父親の言ったことを当時、真摯に受け止めていれば十四歳になった僕は迷わずにすんだかもしれない。それでも、十歳の子どもに何をわかれって言うんだ。

 僕は愚者でもかまわない。

 賢者になんかならなくてもいい。

 愚か者であるからこそ、わかることだってあるはずだ。そこらへんに転がっている石ころにだって役割があるように。

 父親の言葉は間違いではない。

 今だったら、それがわかる。

 経験してわかった。

 だから、多少ひどい目にあってもどうということはない。

 ちなみに多少ひどい目というのはこういうことだ。




「ウチ、お腹すいた。あんた、早よ、何か作ってや」

 まるで奴隷である。いや、実際にそうなんだけれども。カッコ悪い。恋愛は惚れた方が負け、全く持ってその通りである。いや、それでも目の前にいる女の子、――ザジという名で、ピンク髪が印象的、そのピンク髪を二つに結い上げてツインテールにしている――、僕は命の恩人であるはずなのである。それなのになぜ、こんな仕打ちが……。どうやったら、立場が逆転したんだ。

「早よ、作らんかい!」

 ザジは僕の顔を目掛けて、テーブルに置いてあるミカンを投げつけた。……あぁ、それ大事な食糧なんだけど。

 一個、二個、三個と続けざまに投げられ、なんとか三個目までは受け止めていたけど、四個目は僕の額に命中。

「ぐはぁ!」

 僕は衝撃で思わず後ろに倒れてしまう。

 そんな僕に構うことなく、ザジはさらに五個、六個とミカンを投げつける。見事なコントロールで僕の額に二個とも命中。ぐぇっと蛙が潰れたようなうめき声を上げる。

「どや、思い知ったか!」

 ザジは面白そうにケラケラと口をあけて笑っている。

 あるものが目に付いた。

「あ……」

「なんやねん、人の顔ジロジロ見て」

「ザジ……」

「なんや?」

「……のどちんこ、見えた」

 ガスっ、鈍い音が僕の脳天に響いたのはその刹那だった。顔を真っ赤にしたザジが僕の脳天に見事なチョップを決めていた。

 痛い……。

「乙女に対して、何てこと言うんや! あんた、ホンマにデリカシーってものを知らへんな!」

 顔をトマトのように真っ赤にしたザジがさらに僕の頭を殴る。

「ウチ、お腹減ったんやから、早よ何か作ってって言うてるやろ!」

「はいはい、わかりましたよ、お姫様」

 ちょっとした皮肉とともに僕は台所へと向かう。

 その際、ザジの唇が微かに動いて、一つの言葉を紡ぐ。

「……ありがとな」

 その言葉に思わず僕は目を丸めてしまう。

「ウチ、今までこんな風に誰かとはしゃぎあったり、バカな会話をしたりして盛り上がったことないんや。こういう会話をするのがウチの憧れやった。願いやった。長年の祈りが叶った気分でウチ、とっても幸せやで」

 ザジはひまわりのようなぱっと開く花のように笑って見せた。

 つられて僕も笑う。間違いなく、僕は彼女のことが好きだった。好きにさせられた。魔女の魔法にかかって。カッコ悪いよな、本当に。

 やはり、僕は愚者のようだ。

「何を作って欲しい? リクエスト募集中だ」

「美味しい物や」

「……すごいこと言うな」

「当たり前や。不味かったら、針千本飲ますで」

「何だ、その物騒な取り決めは!」

「東にある日本という国は、約束破ったら飲ますんやって」

「無茶言うなよ……」

「早よ、せんかい! この奴隷が!」

「はぁ、ふざけんな! だれがいつ奴隷になった!」

 仮にも命の恩人であるはずだろ!

「ケツの穴、小さい奴やな……。なら、飼い犬に昇格したるわ」

「いや、何の慰めにもなってないし、大して変わってないから!」

「あぁ、確かに失礼やったな、犬に」

「…………」

 ザジは意地悪く笑った。

 どだい、この子を僕の頭で理解しようとすることが愚かなのかもしれない。

「なぁ、ザジは僕がかわいそうになってくると思わないのか?」

「全然」

 はっきりと言われた。

「言葉の暴力って知ってる?」

「知っとるに決まっとるやん。ウチ、賢いもん」

「自分の言動を見直してみようか」

「あんたに対する正当な評価や」

「僕は人間だ! 人権侵害で訴えてやる!」

「はいはい、無理無理。ウチに口で勝てると思っとるんか? このゴミが」

 ザジは腐敗したゴミを見るような目で僕を見下した。

 違う。

 見るような目ではなくて、ゴミを見る目だった。

「ひ、ひどい女だ……。命の恩人になんてこと言うんだ!」

「ウチは助けてやなんて、あんたに言うた覚えないで」

「それでも、感謝ぐらいしろよ!」

「あんたやなかったら、してるかもな」

「素直じゃないとモテないぞ」

「カッコええ男がこの場におったら、ウチも考えるんやけどなぁ」

「……僕は違うのかよ」

「当たり前やん! 自分の顔を鏡でよく見てみぃ」

 そう言って、ザジは僕に手鏡を手渡した。

 鏡に映る僕の顔。

「ブッサイクな顔やろ! 色々諦めた方がええんちゃう?」

「何を諦めるんですか!?」

「どうせ、あんたなんて今この瞬間にも映す価値なしのキャラやろが!」

「主人公がいなくなったら、物語が成り立たなくなるじゃん!」

「代わりにウチがなったるわ! この世界一の美貌を持つザジ様がな」

 誇らしげに胸を張るザジ。

 この子、自己評価高すぎだろ……。

 「ほぼ内容が暴言だけになっちゃうじゃん」ってアドバイスしたら、手刀が飛んできたよ。

 寸でのところで避けることに成功した。

「イチイチ細かい奴やなぁ。いい加減にせぇへんと、あんたのニックネームを虫にするで!」

「ひっどいニックネームだな、本当に!」

「あんたみたいな薄っぺらい虫みたいな奴、ウチが踏み潰したる!」

「はいはい、やってみろよ」

 頭にザジの肘打ちが炸裂した。

「本当にやる奴があるか!」

「やってみろよって言うたのは、あんたやないか!」

「少しは加減しろよ!」

「嫌や。ウチはどんなときでも全力や!」

「カッコいいセリフを、カッコ悪いタイミングで使うな!」

「ところで」

「何だよ」

「ウチ、お腹減ったんやけど」

「あぁ、そういえばそうだったな。ザジのせいですっかり忘れてたよ」

「なんでウチのせいやねん。奴隷であって、飼い犬であって、虫であるあんたはテキパキ動く!」

「…………」

 虫と言われただけに、無視しといた。

 金的を喰らわされた。

「だぉぉぉぉ!!!!」

「何で返事せぇへんねん!」

「それだけで男の急所を狙うな!」

「これはウチの愛の鞭や!」

「悪意しかねぇだろうが、どうみても!」

「しゃぁないやん。顔とか殴って痣になってしまったら、ウチの気分が悪いやん!」

「何の愛情も優しさもこもってねぇよ!」

 むしろ、悪意の塊をぶつけられている。

 あぁ、女って怖い。

「ウチ、お腹減ったって言うてるやろ! 早よせんかい! 何回同じこと言わすんや!」

 また、ミカンを投げられた。……だから、大事な食料ですから。

 やっぱり、恋愛は惚れた方が負けだ。




 僕の初恋の女の子はこんな子だ。

 もうちょっといい恋愛がしたかったよ。

 でも、こんなことがあっても僕はめげない。諦めない。立ち止まらない。足掻いてやる、精一杯に。

 あの子を守るために。あの子が失ったものを取り戻すために。腹が立つこともあるし、悲しいこともある。けれども、たった一つの希望に向かって足を歩めたい。

 父親の、あの言葉を思い出すのはそういうときである。




 一つ断っておく。

 これは何でもない、ごく普通の話だ。

 男の子と女の子が出会う、ただそれだけの話だ。

 付け加えることも何にもない。

 もちろん、それなりに色々なことがあったわけだが、そういうのは多分世界中で起こっている戦争やら、内紛、利権争いに比べれば大したことではないだろう。歴史上に決して名を残さない、普通の物語だ。

 もちろん、僕たちにとっては、それは特別なことだったけど。

 いや、ちょっと違うな……。

 僕たちにとっては本当に本当に特別なことであったけど。


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