第一話:不穏な空気
暗い。俺は真っ暗闇に落ちた。
そこはただ暗く、空にはイルミネーションの様に輝く星の光が見える。
俺が目が覚ましたときには、土に囲まれた穴の中にいた。高さは3メートルくらい……。
服装はジャージにTシャツ、ポケットの中には何も入って無い。
(駄目だ……何があったのか思い出せない。)
俺は確か会社で残業をしていた……そのはずだ。
なぜ、こんな場所にいるんだ?
そもそも、ここはどこなんだ? と自問自答を繰り返す。
が、いくら考えても答えが出ない。その時、穴の外から話し声が聞こえてきた。
誰かそこにいるのかッ!?
「ぉ……お、おーーい! 」
遠くで物音が聞こえる……。人がいる、間違いない!
ガヤガヤッと多人数の声、大人数の足音。それがこっちに近づいてくる。
そして…………俺だけ、穴の中……。
(あれ? これってヤバくね? )
第一声、「アイツが目を覚ましたぞ!! 」
明かりに映る影には、人影と槍の様な物が……。
人が穴の外から顔を出す。他の人達も穴を囲うかの様にして俺を見てくる。
まるで、動物園の動物にでもなった感覚だ。
しばらくすると、リーダーらしき男が顔を出した。
ゴリラの様な顔つきで、ショートモヒカンが印象的でよく似合っている。
その男は、俺の今置かれている状況について簡単に教えてくれた。
「お前は二日前の昼、砂浜で意識不明の状態で見つかった。みんなでお前を助けたが、お前はオレ達とは決定的なものが違う。それを全員で話し合った結果、脅威である可能性があるとして、ここに隔離することにした。」
ふむ、なるほど。つまり"俺はヤバい"って事が分かった。
ただ『決定的なもの』が気になったから、少し聞いてみよう。
「決定的なものってなんだ? 」
「レベルと職だ。」……は? 今、なんて?? レベルと職"って言ったよな?
(…………駄目だ、意味が分からない。あの男の顔より俺の顔の"レベル"が高いとして、"職"って身分証明書で把握てきるものじゃないよな。)
「そのレベルとか職って何の事なんだ? 」と聞くが、
「とぼけても無駄だ。お前は分かっているはずだ。」と返された。
怒っているのか話にならない。
「そうだ、まだ名前を聞いてなかったな。俺は田原、お前の名前は? 」
「俺は……、あれ? 俺の名前は…………?? 」なんだっけ? 忘れたのか??
田原は呆れた顔で俺を見ている。謎の疑いの霧が更に濃くなった気がした。
「もういい、明日お前から直接話しを聞く。」と言い田原はこの場を去った。
周りの人達からは、舌打ちや小声が聞こえてくる。
(俺は何か悪いことでもしたのか? )
まぁ、考えていても仕方の無いことだ。
眠りから覚めたばかりだし眠くはないが、黙って明日を待つ事にしよう。
明日になれば何かが分かるかもしれない。そう信じよう。
――――――――
朝、頭に冷たい水を掛けられ目を覚ます。最悪の目覚めだ。
「起きろクソ野郎。」と見張りが言い、
俺は言われるがままに体を起こしその場に立った。
ツタの様な物が上から垂れて来る。
登れという事か……? 見張りは特に何も言わない。
俺は手を掛けツタを登り始めたが、ツタが切れ、俺は盛大に尻餅をついた。
「いってぇッ! 」と反射的に声が出る。
穴の外では見張りがクスクスと笑っていた。
切れた部分を見ると刃物で切断した後。わざとやったのか。
新しいツタが垂れ、見張りが「登れ」と言った。まるで囚人の様な扱いだな。
渋々ツタを登り穴の外に出ることができ、
ふと外を見渡すと、そこには広大な草原が広がっていた。
深く広い青空に、遠くにはアルプスを連想させる滑らかな山が見える。
日本では見たことのない景色だ。
後ろを振り向くと小さな小屋が数十軒はある。10人は入りそうな小屋だ。
と見渡していると、見張りが俺の背中を蹴り、近くのテーブルまで歩けと命令。
(少しくらい景色を見たって良いじゃないか……。)
テーブルは至って普通の木製で、家具店でよく見かけるタイプの物だった。
草原しかないここには凄く似合わない。シュール過ぎて笑いが込み上げそうだ。
テーブルに着き、そこでしばらく待つと向こうから田原が歩いてきた。
服装はタンクトップでパンツは……ステテコパンツ、
――ッ!? 腰には木製のバット!?
田原が口を開き、話が始まる。
「さて、話してもらおうか。」と簡単に言ったが何を話せと……。
田原はイライラしている様子だ。とりあえず今すぐ何か言わないとヤバそうだ。
「俺はついこの間まで、会社で残業をしていた。なぜここにいるのか分からないし、名前も何でか思い出せない。」今分かる所だけで自己紹介をタンタンと済ませた。
バンッ! と田原がテーブルを叩き、「ふざけるな! そんな都合の良い記憶喪失が通ってたまるか!! 」とキレ始め、田原がバットを取り出し振りかざした時、眼鏡を掛けた知的な男がそれを止め、「やめなよ、本当に記憶喪失かもしれないじゃないか。」と言った。田原は舌打ちをし、ドカッと机を蹴りこの場を去っていった。
どうしようもなくなるとどこかに行くらしい。
眼鏡の男は静かに口を開く、
「僕は工藤、昨日の話は聞いたよ、手短に話そう。」
やっと話が分かってくれそうな人が……ッ!
「僕達は魔法が使える。」駄目だ話が通じなさそうだ。
「分からない? じゃあ……」と言い、中二心がくすぐられる、
魔道書の様な本を取り出し、これを読んでみてと渡された。
その本を手に取り開いてみる。ページ数は30くらい、
中にはよく分からない文字の羅列があるが、なぜか読める。
日本語でも英語でもないのに……奇妙な感覚だ。
まぁ据え膳食わぬは何とかって言うし、魔道書の様なものを読んでみよう。
本には…、
この世界に降り立った者は、
共に共存する事を学び教え、古代龍を撃破する為に召喚された。
手に入れたこの魔道書は、魔技 魔法を使う為のもの。
それを使いここに王国を築き、365日後ここに襲来する古代龍に備えよ。
古代龍を撃破し宝玉を得た者には、地球への帰還を約束しよう。
また、土地の為、人の為この世界に存続することも認めよう。
古代龍の撃破に失敗した時、この世とあの世は滅ぶであろう。
と、書いてあった。
魔技? 魔法? 古代龍…? 宝玉? 何だコレ…(笑)
理解力が追いつかないわけではないが、
これがもし本当なら俺は魔法が使えるのか……?
それに『地球への帰還』『この世界に存続する』って事は、
ここは地球じゃない別の場所、つまり異世界って事か!?
本はまだ20ページくらいは残っている。
もしかしたら魔法とか呪文とかの類だろう。
次のページには『レベル30 戦士』と書いてあった。これが例のヤツか……?
さらにページを進めようとすると、眼鏡の男工藤が本を取り上げた。
「えぇ! 読ませてくれないの!? 」
「はい、今は自分自身の置かれている状況を理解して貰う為だけですから。ちなみに、この本はあなたの物ですが、悪用する可能性があるのでこっちで"保管"します。」
あれって俺の本だったのかよ。
(……でも待てよ? )
「俺のレベルが30って事は工藤とかゴリ……田原はレベルいくらなんだ?」
「僕達はレベル10だったよ、他のみんなもね。」
(なるほど、つまり俺だけレベルが高くて、みんなに怖がられたって事か。)
しかしまだ足りない、
「職って? 」と短く聞く、
「オンラインゲームとかでよくあるヤツだよ。最初から選べるもの。僕達には、剣士と魔法使いと狩人が選べたんだけど、君が成った戦士職は無かったよ。」
(ということは、どういう力があるか分からないって事か……。)
「ようやく分かってくれたみたいだね。」と工藤は俺の顔を見て言う。
そういえば……「俺やお前を含め、みんながここに来てから何日目なんだ? 」
「みんなが来たのは5日前だよ。」
……魔道書には365日って書いてあったな。ということは残り360日か。
その日までに『ここに王国を』って無理だろ!
と考えていると俺の腹が鳴った。
「そういえば、何も食べてないんだよね。」といい、
乾パンと炭酸のジュースを渡してきた。栄養がなさそうだな……。
俺が乾パンを貪っている間に、工藤があの見張りの人と何か話している。
短い会話を終えた後、工藤がこっちに来て、
「本題に入ろう、今僕達は食糧問題を抱えている。」と言い出した。
(人が飯食ってるときに言うかよ……。)
しかし、それを気にせず話を続ける。
「君にはこれから、他の人達と一緒に東の方の森に遠征に行ってもらう。」
「な、なんで? 」と困惑。(病み上がりみたいなもんだぞこっちは……。)
「君が今食べた乾パンで最後なんだ。他には現地にあった木の実だけ。」
「マジかよ……。他の人は――? 」と言いかけた時、
「ここに残っているほとんどの人は非戦闘員だけだよ。」即答で返してきた。
――――――――
身支度は特にしてない、いや出来なかったが、今は森まで歩かされている。
森に向かっているのは、俺と田原と見張りと女子……。
頼りなさそうだな、主に俺が。
見張りは太陽の位置と方角を確認し、田原にそれを伝え、先導させる形だ。
田原はバットを持っていて、
見張りは槍(ナイフを括り付けた棒)で、女子は木の棒。
そして俺は素手。
なんせ、その辺の木の棒を拾おうをすると、見張りが蹴りを入れ罵倒してくる。
怪しいってだけで武器を持たせてもらえない状況なのだ。
30分くらい歩くとすぐ森が見えて、さらにそこから20分くらいで森付近に到着。
田原達は「今日は現れなかったな。」
「だな。」と軽く会話を済ませ先行していた。
森の中に入ると、虫や鳥の泣き声が響き渡っていた。
そこで見張りが
「ここから西に行けば近道で木の実が取れる場所に着きます。」と田原に伝え、
田原は軽くうなずき、見張りの案内に従って進んだ。
その間、俺が田原達に何か聞いても、何一つ答えてくれない。
それどころか完全無視である。まさにハブられている様な感じだ。
つか、何も現れないし、武器を持つ必要はあるのか……?と考えていると、
女子が「来た! 」と叫んだ。
その次の瞬間、見張りが俺の脚を槍で斬り付け、俺はその場に転ばされた。
「お、おい! お前何してん――! 」前の方から激しい息遣いが聞こえる。
「え? 」顔を上げると、そこには2~3メートルくらいの巨体の、
二足歩行の棍棒を持った豚がこっちに向かって走って来る。
「ちょ、お前ら助け――――!? 」そこには誰もいないッ! 逃げたのかッ!?
「う、うあぁーーーーッ! 」何か、この状況を切り抜ける方法はッ――!?
とか言ってるうちに、
巨体の豚が棍棒を振りかざし来たッ!! 残り10メートルも無い!
(どうしようもない……。)と思ったその時、
手元にあの本が落ちていた。『レベル30 戦士』。
俺はすかさず魔技魔法のページを開く!
巨体の豚はすぐそこ、棍棒を勢いよく振り落とす。
(ま、間に合えッ!!)
「『ブラストボム』ッ!! 」
――――ボオオォォォッ!!
巨大な爆音と共に、豚の体液が俺と森を赤く染めた。
俺はどうやら生きているらしい。
ズリズリと、傷の付いた足を引きずって、すぐにその場から離れる。
もし、同じようなヤツがもう一度現れたら……。
いや、止めよう。ネガティブになってしまったら次は無い。
魔道書を再び開き、書かれてある回復魔法を唱える。
「『プチヒール』。」
体が緑色の光に包まれ、脚の傷がみるみる内に回復していく。
回復から約 1分で脚の傷が完治した。遅いな。
……俺はただ呆然と立ち尽くしている。
この世界に来て、体感時間 1日で同じ人間に裏切られたからだ。
もともと、田原や見張りのヤツは俺をよく思っていなかったし……。
これからどうすれば…………。
ん……?
足元に何かある、被り物か?
それは小さな兜で、生地は動物の皮で出来ていた。
さしずめ皮の兜と言ったところか。
今まで実感が無かったけど、豚といい兜といい、
この世界って本当に異世界なんだな……。
と感心していると。
――キュッーーン!と何かが飛ぶ音が聞こえ、
瞬く間に手にしていた兜が撥ね飛んだ。