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乙女ゲームの舞台裏

作者: 小林晴幸

こちら思い立って2014年の11月に書いて以来、放置しっぱなしだった作品です。

改めて確認してみると、一応区切りはついているかな……?と。

そう判断したので投稿してみました。

 夕暮れ時の、教室の中。

 窓際後ろから3番目。

 2人以外に誰もいない教室で、勝気そうな赤髪の少年は項垂れていた。

 いつもは強気に張られている肩も、心なしか小さく見える。

 側に寄り添うようにして立っていた少女が、少年の肩に触れる。

 

 --ああ、なんて言えば良いだろう?


 迷いは逡巡となり、幾許かの間を2人の間に横たえた。

 やがて意を決したように、少女が口を開く。


「…大丈夫! 元気出して、きっと何とかなるよ!」


 我ながら空元気そのものの声だな、と。

 言葉を発した次の瞬間には後悔した。

 ああ、こんな言葉じゃ、きっと励ましにもならないのに………


 少女が手をかけていた少年の肩が、震えた。

 最初は細かく、やがてぶるぶると北海に放り出された難民のように…

 激しく大きくなっていく震えに、少女が戸惑いの表情を見せた。


 動きは、突然だった。

 少年が少女の手を払いのけるようにして、大きな動作で立ち上がる。

 反動で椅子は後ろに倒れ、空虚な静寂の中に騒音を響かせる。

 だけどそれは、問題じゃない。

 その音すらも掻き消すほどの大声で、叫んだ者があったから。


「--ちっげぇぇぇえええええよ!! そうじゃないだろう!?」


 それは、先程まで悄然と項垂れていた少年、その人だった。

 いきなり一変した空気に、少女は目を見開いて後ずさった。

 何が起こったのかわからない。

 そんな感情を、面に載せて。


「え、え、え…っ!?」

「なあ、コレ何度目だ!? 違うだろ、違うだろぉぉおおおっ ここは『明るく励ます』じゃなくって『つらいね…』って共感を示しながら慰める場面だろ!? なんでことごとく外すかなぁ、お前は!」

「え、えぇ…? な、なに? どうしたの日和くんっ」

「どうしたのじゃねぇぇええええええっっよ! どうしたのはお前だよ、お・ま・え!!」

「わ、わたし…っなにかしちゃったかなぁ!?」

「しちゃったっつぅか、今まさに選択肢を間違えたけどな、お前! なんなんだよ! なんで毎回毎回、俺の時ばっかりイベント選択肢間違えんの!? マジメに俺のこと攻略する気あるのか、お前!?」

「え゛…っ?」

「そんなんで逆ハー目指そうとか、舐めてんじゃねえぞオイぃ…っ!!」

「え゛ぇ゛っ!?」


 何事か、端から聞くと意味不明間違いなしな台詞を連続して絶叫しながら、赤髪の少年…

 日和(にちかず)は、喧々と少女を責め立てる。

 先程までどん底に落ち込んでいたはずの少年から殺到する批難に、少女の頭は急停止寸前だ。

 その様子に、日和は埒が明かないと悟ったのだろう。

 普段の強引さを取り戻した動作で、少女の腕をぐいっと引っ張り走り出す。


「もういいっ ちょっとこっち来い、お前…っ」

「に、日和くん…っ!? え、と…ちょっと待って、私、なにがなんだか…」

「いいから!!」


 そう言って、日和はぐいぐいと少女を引っ張って行く。

 階段を駆け下り、渡り廊下を走りぬけ。

 少女の息が切れてきたとみるや、ああ、なんと大胆なことだろう。

 少年は舌打ちを溢すと、少女を『お姫様抱っこ』で運び出した。


「きゃ、きゃああっ?」

「み、耳元で叫ぶなよっ」

「いや、え、でもでもだって! だってぇ、この体勢っ!!」

「『この世界』じゃ女子を運ぶ時は姫抱っこって相場が決まってるんだよ!!」

「なにそれぇ少し不自然だよ!? お、おんぶとか、他にもっと! 他にもっと…っ!」

「それが『お約束』ってもんなんだよ!」

「どこの世界の法則!? も、もう何が何だかわかんないぃぃっ」


 哀れ、少女は涙目だ。

 しかし気にすることなく、少年は高校生にしては素晴らしい運動性能を見せる。

 年頃の少女(推定体重42キロ)を抱えて駆け抜けていく姿は、まさに天馬…!

 やがて重々しい扉に封じられた部屋の前へと到着すると、彼はようやく停止した。

 やっと地面と感動の再会を果たした少女は、相次ぐ刺激に腰砕け寸前だ。

 だが日和は、少女が地面に懐く猶予を与えなかった。

 重厚な扉、目に眩しく輝くライト。

 そして立ち入る者を制限し、用なき者を無碍に拒む威圧的な『放送中』の看板。


 放送室だった。


 少年は羨ましくなるような馬鹿力で、すぱーんっと扉を開け放つ。

 まるで障子を一気に開け放つかのような、清々しさ。

 そうして開かれた世界の、向こう側にあったのは――


「――おい、生徒会長! シナリオは完璧に覚えたんだろうな!?」

「うっす! 完璧っす、監督!」

「よし、じゃあB班全員に小テストすんぞ! おい誰か、テスト見てやってくれ!」

「あっ 駄目じゃないか会長! その台本、訂正入って廃棄された分じゃない!」

「え゛!?」

「新しい台本はこっちだよ!?」

「………テストは10分後に変更だな」


「――監督! 僕、自分のキャラにもう付き合い切れないんですけど…っ」

「おいおい、弱音を吐くなよ水波! 大丈夫、最後までお前ならやり通せるさ」

「でも、いつまで自分を騙せるか…っ 僕、僕…次のイベント、自信がないんです…!」

「ああ、おい、泣くなよー…おい、木葉! お前、水波と仲良いだろ? ちょっと悩み聞いてやれ。そんで要点まとめて、レポート用紙3枚くらいで頼む」

「別に俺、仲良しなのはシナリオの中だけっていうかー…」

「う、うぅ…僕、友達すらいないんだ………っ」

「…って、おい! 余計泣かせてんじゃねーよ木葉!! 良いから、話し聞いてやれって!」


「――監督、それをいうのであれば僕も自分のキャラに不満があるんですが」

「っておいおい、副会長までなんだよおいーっ」

「別に、役目を全う出来ないなどと不平を言うつもりはないんですけれどね? 僕のキャラ設定の、『鬼畜ドSの毒舌家』という部分が引っかかっていまして」

「その点なら大丈夫だ、副会長! お前はお前そのままで、いつも通りにやれば良し!」

「だから、その部分ですよ。僕自身は常日頃、敢えて言おうと思っている訳ではないんですよ? ただ愚鈍で無知蒙昧な輩が多すぎる点が問題なだけで」

「やっぱ大丈夫だろ、お前なら」

「いえ、だから……敢えてわざわざ、何を言えば良いんです?」

「………あ?」

「だから、僕は普段意識して言っている訳じゃないんです。それを意識的に言うとなると…ほら、言わなくちゃって考えて意識してしまうと、何と言えば良いのか…」

「……………詰まるのか?」

「アレに似ていますね。スポーツなどでそれまで普通に出来たことを、原理など論理的に考え始めると自分に対する説明が出来なくなって、頭で考えて出来なくなる現象に…」

「おぉい、誰か…! 副会長に『ドS台詞集(CD)』貸してやれ! 確か参考資料にってどっかの馬鹿が買ってきてただろ!? あと難しく考えるな、副会長!!」


 

 そこは、戦場だった。



 然して広くもない、放送室の中。

 学校の放送室と考えると、どちらかといえば広い方だろう。

 それでも学校という時点でたかがしれている。

 しかし僅かな隙間をやりくりして、複数の生徒がばたばたと走り回っていた。

 放送部に所属する部員達が、放送部の名物部長の指示で走り回るのはわかる。

 だがそこには、何故か放送部とは全く関係の無い者達までいた。 

 いたというか、部員と一緒になって何故か放送部長の指示に従っている。

 

 その場を支配し、陣頭指揮を執り、全員から指示を仰がれる。

 学校でも名物とされている、生徒会長にも並ぶカリスマを持つ放送部の部長。

 何故かこの場で、『監督』と呼ばれて居合わせた全員に頼りにされている。

 活き活きと繰り出されるその指示には意味不明のものが多い。

 だが指示を受ける方はそれに疑問を差し挟むこともなく。

 謎の指令にも間を置かず、阿吽の呼吸でこなしていく。

 騒々しく慌しい、放送室の中。

 そこを戦場という以外に、何と表現すれば良いのだろうか。


 呆然と棒立ちになる、少女。

 日和が少女の背を押しながら、放送室の中に押し込んでくる。

 怖気づいたように躊躇う足も、背中をぐいぐい押されては抵抗のし様がない。


「監督!」

「おう、日和戻ったか…って、おい」


 背中から呼びかけられて振り返った、『監督』。

 しかし彼は何故か少女の姿を見た途端、顔を引き攣らせた。


「お、おま…っ 何この場に『ヒロイン』連れ込んでんだよ!?」

「だって埒が明かねーんだもんっ!」

「もんって! お前、どこの子供だ。短気にも程があるだろぉ…?」

「俺はもう匙を投げた! 毎回毎回、俺の時だけイベント選択肢間違えるこの女に、監督! どうか監督の方からも何とか言ってやってくれよ…!!」

「出来るか馬鹿野郎!? 言っとくがな、俺は登場キャラじゃねーんだぞっ!」

「そこを何とか!」

「出てきても精々『隠しキャラの兄』に当たる俺が、なんで『ヒロイン』の攻略状況に説教垂れないとなんねーんだよ! 完璧にカオスじゃねーか!!」

「この状況でもう既にそーだよ! 今更だって、今更!」

「連れ込んだ確信犯が馬鹿言ってんじゃねぇ!!」


 顔を引き攣らせたまま、頭を抱え込んでしまう監督。

 その後ろから顔を覗かせた面々…

 学校の名物生徒達も、少女の顔を見つけて表情を驚愕一色に染めていく。

 露骨にまずそうな顔で、急いで隠れようとする者。

 動揺を押し隠そうとして失敗しながらも、何食わない顔で素知らぬふりを決め込む者。

 その反応は様々だが、顕著に現れているのは少女を歓迎しないムード。

 いきなり連れて来られて訳のわからない状況で。

 その上でこの反応だ。

 すっかり萎縮してしまった少女は半泣きである。

 今にも泣きそうな様子に、監督はがしがしと落ち着かない様子で髪を掻き混ぜる。


「こ、これ何なんですか…なんで私、こんな反応されちゃうの?」

「あー………」


 戸惑い、狼狽える子うさぎのような少女に、監督と呼ばれた少年は告げた。

 それが全ての答えだと、いわんばかりの自然さで。



「………アンタ、乙女ゲームってわかる?」




 監督の言葉に、少女が動きを止める。

 固まったような様子。

 監督は話が通じたかと思ったのだが…

 次に少女が示した反応は、首を傾げるといったもので。


「ゲーム、ですか………?」


 きょとん。

 まさにその言葉がぴったりの、そんな顔で。

 少女は…。


「私、マ●オカートとマリ●テニスなら得意です! 最後に遊んだのは、4年前だけど…」


 その答えに、男達全員が固まった。

 それはそれは見事な、棒立ちの有様であった…。








最後まで読んでくださって有難うございます!


ちなみに作中の人間模様

ヒロイン:やや天然。鋭く鋭角をえぐるような言葉のジョブを時として放つ。

 最後に遊んだゲームはマ●オカート(友人宅にて)。

 ちなみに彼女の家には彼女の父が遊んでいたスーパーファ●コンしかない。

 そしてマ●オ以外のテレビゲームはしたことがない。


攻略対象たち:主人公の攻略次第で己の未来が決まるという不条理。

 ゲームのENDによって進路が決まることを知り、監督の指導の下あえて作為的に逆ハーENDを目指す悩める子羊たち。攻略してもらえないと悲惨な未来。


監督:放送部の部長を務める、学校の名物先輩。カリスマ。

 実は転生者で、前世では姉が乙女ゲーム攻略サイトの管理人をしていたらしい。

 検証の為に様々な乙女ゲームに付き合わされた。

 生徒会長・副会長の幼馴染で隠しキャラの兄。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私もマダオだと思いましたwww もう少し続きが読みたいです!(笑)
[一言] タグの「マ●オ」を「マダオ」と読んで、攻略対象の教師が実は、私生活ではまるでダメな大人だったりするのかしら、と読んだら違った。 確かに個別ルートとか真エンドに入ると輝かしい未来を示唆するエン…
[良い点] 乙女ゲームのある意味、理不尽な所を上手に突いていて、面白かったです。彼等のこれからが気になります。
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