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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
最終章:帰還
99/100

99.神様、小さな涙は許してください

 イツキさんのご家族を連れて、連絡しておいた家に帰ると、夕飯はお節だった。お正月! お餅にお汁粉におはぎ。でも、何故か節分もやった。

 いろんな話をした。主に皆が私達に質問して、私達が答えるという感じだ。でも、楽しかった。みんな笑ってて、驚いて、面白がって。凄く楽しかったのに、私は運転で疲れたのかいつの間にか眠ってしまっていた。

 起きたらお姉ちゃん達と一緒に寝ていてびっくりした。



 欠伸しながら、昨日は入れなかったお風呂に入る。適当に髪を拭いてリビングに顔を出すと、皆もう起きていた。というか、出勤登校組はとっくに出ている。時計を見ると十時に近い。お母さんとイツキさんのお母さん誠子さんが洗濯物を干している。お母さんは、私が起きてきたのに気付いて、籠を持って家に入ってきた。

「あんた、今日はどうするつもり?」

「家にいようかなって」

「馬鹿ね、出かけてきなさい」

「え? でも」

 一緒に、いようよ。

 私の勝手でいなくなることをもう決めていて、誰の説得も聞くつもりがない私の我儘だけど、出来るだけ長く一緒にいたかった。

 だけど、お母さんは私の背中をぱしんと叩く。

「夜に幾らでもみんな一緒にいるでしょ。それより、少しでも沢山の物を見てもらいなさい。同じ世界にいたって、環境なんて同じじゃなくて擦れ違うのよ。出来るだけ沢山、あなたを育てて、あなたが置いていかなきゃいけないこの世界を、これからあなたと生きる人達に見てもらいなさい。それは、凄く大事なことよ。あなたを支えてくれる人が、あなたを理解してくれるものをうんと増やしていきなさい」

「お母さん……」

「ほら、ユアン君がペンギン見たいって言うし、水族館行ってきなさい。あそこ遊園地もあったでしょ? ほらほら、スタートダッシュに出遅れたんだから、急ぐ!」

「は、はいぃ!」

 つんつく背中を突っつかれて、身を捩りながら朝ごはんを詰め込む。慌てて出かける服に着替えてキーを持つ間、ユアンとツバキはテレビに齧り付いていたけど、ルーナとアリスはパソコン見ながらメモってた。順応って凄い。全然違和感ないのも凄いけど、生まれた時から使ってましたみたいな顔でマウスクリックしてるルーナに惚れそうだ……いや、惚れてた! ルーナ大好き!



 水族館行って、ユアンはペンギンのぬいぐるみとペンギンのステンドグラスみたいな栞を買って、ツバキはタカアシガニのぬいぐるみをイツキさんに買ってもらっていた。凄く嬉しそうだ。あんな顔初めて見た。

 アリスとルーナも何か買おうよと誘うと、アリスは散々迷って鯨のストラップを手に取ってくれた。ルーナもルーナもと引っ張るとちゅーされた。違う。そうじゃない。

 ルーナはちょっと考えて、鰐のストラップを選んだ。……気に入ったの? 色々思う所はあったけど、せっかくなのでお揃いにした。ルーナとお揃いだと思うと可愛いような気がする。大事にしよう。

 遊園地でも散々遊び倒した。くじ引きでもらった頭飾りも付ける。ルーナの頭に狼、アリスの頭に兎、ユアンの頭に猫、イツキさんの頭に鼠と、それぞれ動物の耳が生えた。可愛い。ツバキはヤギの角だった。そう来たかと思っていたら、私は触覚だった。一番外れた気がしてならない。



 家に帰ったら、今日は手巻き寿司だった。誰の誕生日でもないけど誕生日ケーキもある。イツキさんのご家族も集合していて、皆でいろんなものを巻きまくった。

 ユアンが納豆気に入って、納豆巻きばかり食べている。美味しい? よかったね。糸引いてるよ。

 ケーキまで食べ終わって一息ついた頃、お父さんがいないなぁと思っていたら、二階から大きな音がした。戦闘職四人が跳ね起きる中、大量のアルバムを持ってよろよろとお父さんが降りてくる。見るからに危ないその動きに、私は絶叫した。

「やめてぇええええ!」

 そんな、恥の塊を持ってこなくてもいいじゃないか!

 私の絶叫もなんのその。お父さんはほくほくとした顔でルーナを手招きした。

「ルーナ君ルーナ君! 君に僕の宝物を見せてあげよう!」

「やめて、ルーナ! ねえ、ルーナ! わ、私と遊ぼう! ね!? し、しりとりとか! おすしね! 手巻き寿司! しからだよ!」

「しおん」

「ん――!」

 しりとり終了! わずか一秒の命でした!


「これが、カズキが生まれた時の写真でぇ」

「ふ……可愛いですね」

「だろ!? だろ!? この、どこ見てるか分からない眼がまた可愛くってさぁ!」

「そこから!? やめてぇ、見ないでぇ……」

 お姉ちゃん達に阻まれて回収しに行けない私は、消え入りそうな声で懇願した。なのに、いつの間にかアリスもユアンもツバキも、イツキさんまで混ざっている。酷い! 鬼! 悪魔! お父さんの馬! 鹿!

「いいじゃない、私達も一緒に写ってて、一緒に恥かいてあげてるんだから」

「基本、落ちて、こけて、転がって、消えていってるの私じゃない――!」

「そうね。後、満面の笑顔でピースした頭に鳥の糞」

「いやぁああああ」

 両手を顔を覆って身悶えていると、救いの声が降ってきた。

「あなた達、あんまり一樹苛めちゃ駄目よ」

「千紗姉!」

「あ、ルーナさん。ビデオもありますよ」

「千紗姉――!?」

 裏切りは、慈母の顔をしていた。





【お誕生日おめでとー!】

【はぁい!】

 ケーキを前に、二歳の私がご機嫌だ。お父さんとお母さんから貰った兎のぬいぐるみに、千紗姉から貰ったキーホルダーのクマさんをつけて、美紗姉と亜紗姉から貰った折り紙と似顔絵を握ってにっこにこだ。

 でも、なんかもじもじしてる。

「……私、なんでもじもじしてるの?」

「見て! みんな見て! これ、お父さんメロメロの秘蔵映像だから!」

 凄く嫌な予感しかしない。そもそも、ビデオ鑑賞って自体嫌な予感しかしない。今でさえ碌なことしてないのに、子どもの頃の映像なんてもっと碌なことしてないに決まってる。お姉ちゃん達も、昔の見るの恥ずかしいと、今まで上映されなかったら内容知らなくて余計に不安だ。

【おとーさん! おとーさん、あのね、もいっこほしい!】

【なに? なぁに? なにがほしいんでちゅかー?】

 お父さん、でれでれすぎである。どうしよう。自分じゃないのに恥ずかしい。自分じゃないけど自分のことなので非常に恥ずかしい。好きな人に昔の自分の阿呆を見られるのって、こんなに恥ずかしいことだったのか。

 画面の中の私は、ぱっと阿呆面になって両手を広げた。

【だっこ!】

 馬鹿だった――!

 両手を離したことにより、ぬいぐるみと手紙と折り紙が全部落ちたことに衝撃を受けた画面の中の私は、どうやったら全部抱きしめたまま抱っこをねだれるのか、泣きべそをかきながら考えていた。

 最終的には、全部握りしめたまま【だっごぉ】と大泣きしながら部屋中を彷徨っている。

 もうやめて! 私の羞恥心に耐えうる気力は空っぽです!

 顔を覆って震えるルーナさん。いいんですよ。正直に馬鹿って言っていいんですよ! 分かってるから! 寧ろ言って! 中途半端な優しさなんていらない! いっそ馬鹿だと罵って!


 ちなみに、三歳の私は、ぬいぐるみを服の中に押し込んで、手紙と折り紙を口にくわえてだっこをせがんでいた。ただ、だっこと言えないことに泣きべそをかき、二歳の時と同じ結末を辿ったのである。







 四日目の朝、全員休みが取れたと聞かされた。じゃあ、皆でいける場所を探そうと言うと、着物を着たお母さんと誠子さんが微笑んだまま首を振った。

「今日は、私達に付き合いなさい。全員よ」

「宜しく、カズキさん」

 はあ、と、間の抜けた声で答えた私に、お母さん二人は顔を合わせて笑う。お父さんはそわそわしていて、イツキさんのお父さん和樹さんに宥められていた。お父さんのほうが年上なんだけど、どう見ても和樹さんのほうが大人である。

 何故か着飾ったお姉ちゃん達も、顔を合わせて肩を竦めた。

 知らぬは、私とルーナとアリスとユアンとイツキさんとツバキだけである。

 ……結構知らなかった!




 辿りついた場所に首を傾げる。お姉ちゃん達の格好といい、出席するのかなと思ったけど、それにしては私はジーンズだ。なんだろうと思っていつもは縁のないお城みたいな内装の建物を眺める。イツキさんも首を傾げていた。ここ、イツキさんのお家で経営されているそうだ。凄い。きょろきょろと色々見回していると、気が付いたらルーナ達がいなくなっていた。え、ちょ、寂しい!

 慌てる私を、お母さん達は慌てず騒がず強制的に連行した。

 その先でずらりと並べられたものに目を丸くする。それらとお母さん達の顔を何度も交互に見た。

「勝手に決めてごめんね。でも、この先のあんたを全部渡すんだから、せめて、思い出を私達に残してちょうだい」

 微笑むお母さんの声が震えていて、胸が締め付けられる。ごめんなさい、お母さん、本当にごめんなさい。噴き出した想いは胸の中には留まりきらず、自然と口から飛び出した。

「ごめんなさいっ」

「……何言ってるの。あんたは本当に馬鹿ねぇ。お嫁に行くときは、今までありがとうが定番でしょう?」

 ウインクしたお母さんの眼にも涙が滲んでいたけど、皆、知らないふりをした。



 亜紗姉が髪とメイクをやってくれる。

「誰もが惚れる可愛い子にしてあげる」

「亜紗姉!」

「私の美容師生命を懸けて」

「そこまで懸けないと無理な感じ!?」

 プロである亜紗姉は、鏡越しに視線を逸らした。絶望である。

 私の着ているドレスの裾をつついて、美紗姉が笑う。

「お父さんがさ、貸衣装じゃなくて世界に一着だけの衣装を! って言ってたんだけどさ。ね、千紗姉」

 千紗姉が手を握ってくれる。

「そうね。けどね、お母さんが、これまで沢山の花嫁さんを幸せにしてきた衣装なんだから、あやかりましょうって。素敵よ、一樹。とっても似合ってる」

「千紗姉」

「亜紗の腕は最高ね!」

「千紗姉!?」

 亜紗姉の腕がいいのはそんなの常識だけども!

 問い詰めようとしたら、動くなずれるの厳命が入ってしまった。唇がずれたら、口裂けの黒曜かな!





 締め切られた扉の前で、お父さんの腕を鷲掴みにして立つ。

 普通、控室に新郎が来てくれるらしいけど、号泣するお父さんが立ちはだかりルーナ達に会えることなくいきなり入場になった。

「まさか、一樹が一番に奪われるとはっ……!」

「奪われる」

「一樹は一生家にいてくれるものだとっ……!」

「お父さん!?」

 おいおいと号泣するお父さんの腕を掴む力を籠める。そんな私達に、無情にも入場の合図が送られてしまった。

 私は、ぎゅうっとお父さんの腕を握り、開かれていく扉の先に歩き出す。もふぁと広がるスカートに、履き慣れない靴。がくがく震えておいおい号泣する支えのお父さん。転ぶ。絶対転ぶ。

「…………なんつーへっぴり腰の花嫁」

 美紗姉のぽつりとした声に、亜紗姉と千紗姉が噴き出した。

 待って、笑いごとじゃないですよ。だって、お父さんがくがくだよ。ぶるぶるだよ。なんかずっと小刻みに揺れてるのに大きくも揺れてるんだよ。

 寧ろ一人で歩いたほうがいいんじゃないかなと思いながら顔を上げたら、左右に並ぶベンチには、スーツに着替えたアリスちゃん達もいた。ユアンかっこいいよ、素敵だよ!

 そして、その先、壇上に立つのはルーナだ。

 あ、眩しい。眩しすぎて見えない。ルーナ大好き。凄くかっこいい。ルーナ大好き。

 あまりにかっこよかったから、思わず回れ右しそうになった。その瞬間、ルーナの眼孔が鋭くなった。ベール越しでも何故か表情を読まれたようだ。ルーナ凄い。



 なんとかそこまで辿りついた私の手がルーナに渡され、ない。お父さん、手を離してもらえると嬉しい。転ぶよ。凄く転ぶよ。

 号泣しながらお母さんに回収されたお父さんは、号泣しながら列に並んだ。つまり、ちっとも泣きやまない。お父さん、そろそろ泣き止んでくれないと、もらい泣きしそうなんですけども。泣いちゃったら、亜紗姉の美容師生命が懸けられた特殊メイクが剥がれ落ちてしまうから堪える。実はぬらりひょんの顔を作ってたと言われても納得できるくらい、顔面の皮膚が増えた。ミルフィーユ肌と呼ぼう。

 泣きださないようそんなことをつらつらと考えていたら、誓いの所になっていた。新婦はなんちゃらと聞こえて、慌てて誓いますと言おうとしたら、沈黙をもって答えろだったので慌てて黙る。あやうく元気よく宣誓する所だった。

 指輪も用意してもらったので、ルーナはちょっと、いやかなり複雑そうだったけど、苦笑してベールを上げた。

『最後まで締まらないな』

「違うよ、ルーナ。最初だよ!」

『……そうだな』

「ルーナ大好き!」

『俺も、愛してる』

 誓いのキスは、しょっぱかった。

 ごめん、亜紗姉。耐え切れませんでした。



 化粧を直してもらって、たくさん写真を撮った。本当にたくさん、溢れんばかりの写真を撮った。

 その時撮った写真は流石に間に合わなかったけれど、デジカメで撮った分をラミネートして、アルバムを作って渡してくれた。

 結婚式の後は、近くでやっていた夏祭りにも行った。貸衣装で全員浴衣を着せてもらって、花火も、見た。私もイツキさんも涙が止まらなかったけれど、花火は、やっぱりとても美しかった。








「ハンカチ持った? ティッシュは?」

 学校行く前みたいに忘れ物チェックが入る。でも、私が行こうとしているのは学校でも遠足でもない。

 今生の、別れだ。


 水を入れたバケツに、そっと石を入れる。石は静かに底へと沈んでいき。プラスチックの水底にぽこりと弾かれた。

 私達はリビングの中心で、お互いに触れたまま塊で集まっている。お母さん達には、台所まで下がってもらった。万が一でも巻き込んでしまうのが恐ろしいからだ。

 固唾を飲んで見守る中、石は、ふわりふわりと光を増していく。

 それを確認して顔を上げると、私のお父さんとお母さん、イツキさんのお父さんお母さんが前に出てきていた。慌てて下がってもらおうとしたら、四人は深々と頭を下げた。

「私達は、子ども達に生きていく知恵を教えてきたつもりです。裏ワザから知恵袋、生きていく道が少しでも余裕を持って生きられるように、知っていることを、自らの経験から得たちょっとした近道を、この子達に教えてきました。ですが、それらはすべてこの世界でのことです。私達には、あなた方の世界で生きていく知恵を教えてやることはできません。ですから、お願いします。この子達を宜しくお願いします。守ってやってください。私達がもう守ってやれないこの子達を、どうか、生涯変わらず愛してやってください」

「僕達の娘が、彼らの息子が、この決断を生涯後悔することないよう、僕達は祈ることしかできない。結末を知ることすら叶わない。だけど、僕達を安心させるために労力を使うのなら、どうか、全て二人の為に割いてほしい。君達に幸あれ、僕達の宝に幸あれと、僕達が死ぬまで願い続けていることを、どうか、忘れないでくれ」

 お姉ちゃん達も伸ばした背はそのままに、深く、深く頭を下げていた。誠二君は下げない。ただ、ずっとイツキさんを見つめ続けていた。

 ルーナと繋いだ手の力が強くなる。

「承知しました」

 誰よりも深く頭を下げたルーナの横で、私も頭を下げる。リビングの床に止めどなく雫が落ちていく。

「今までありがとうございました! 大好きです! 愛してます! 私、この家族の一員で幸せでした! 今でも、幸せです!」

 何かを伝えたかった。でも、もう、何も伝えるべき言葉はないようにも思う。

 お父さん、お母さん、千紗姉、美紗姉、亜紗姉。

 大好き。愛してる。ずっと、一緒にいたかった。

 ありがとう、ありがとう、ごめんね、ありがとう、ありがとう。

 でも、そして、だから、ずっと。



「元気で!」



 顔を上げたと同時に、世界は、ぶつりと途切れる。

 意識が途切れるその瞬間、大好きな彼らの、泣き叫ぶ絶叫が聞こえた気がした。




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