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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
最終章:帰還
97/100

97.神様、ちょっと久しぶりの運転です



 椅子を下げて、前に引く。ミラー調整して、後ろを見る。全員シートベルトを締めたのを確認して鍵を回す。ぶろろろんとエンジンが唸る。

「じゃあ、行くよー」

『大丈夫か!? カズキ、お前が本当に操縦できるのか!?』

「これでも免許持ってるんですけどね。仮免の時はこのワゴンで練習してたし、多分大丈夫ー。でも久々だから、あんま驚かさないでください」

『駄目だ! こいつこっちの言葉話す余裕がない! イツキ様、下りてください!』

「免許か……いいなぁ」

 いろんな思いが篭ったイツキさんの言葉にきゅっとなりながら、私はアクセルを踏んだ。オートマ最高。ミッションだったら危なかった気がする。ギア忘れた。

 昨日実家に戻ったけど、今日は、家の車を借りてイツキさんの実家に行くのだ。イツキさんはまだ迷っているみたいだけど、満月まで時間がないことと、お母さんとお父さんが、会うにせよ会わないにせよ帰ってあげてと頼み込み、彼は頷いた。


 学生の内に取っとくと後々楽だからとのアドバイスで、免許取っといてよかった。最初は大きい車で練習したほうが後々楽だからとのアドバイスで、お父さんのワゴン乗り回していて良かった。普段は乗らないからと、免許書携帯していなくて本当に良かった。携帯してたら今頃向こうだ。無免許運転は御免被る。

 お母さんはワゴンの運転苦手だし、お父さんもお姉ちゃん達も皆仕事だ。別に電車使ってもいいんだけど、せっかく車があって皆纏めて移動できるんだから、車で行こうということになった。皆も電車に乗るより気が楽だと思う。そして私も楽だ。

『イツキさん、何処か寄りたい場所があるならば、進言致してください』

『カズキ! 俺、ぺんぎゅん見たい!』

 北極は難しい! ……いや、南極!?


 あの頃は、とにかく何かに打ち込みたかったのが功を奏した。幸いだったとは言いたくないし、忘れたかった訳でも振り払いたかった訳でもないけど、とにかく何かを目指したかったときに、目標が出来たのは助かった。おかげさまで免許も取れたし、気晴らしにあちこち出掛けることも出来た。別にこんな事態を想定していたわけじゃないけども!




 皆、外の景色に夢中になっている。イツキさんはそれらへの説明と自らの葛藤で忙しそうだ。そして私は寂しい。運転手って孤独だ。

 方向指示器を出して右折待機に入る。かっこんかっこんと鳴る音に、皆はようやく慣れたらしくもう身を強張らせはしなかった。

『ルーナ、昨夜は両親と、何事をお喋りしていたよ?』

 車の切れ目を見つけられず、結局矢印出てからの右折となる。のんびり右折して、車を走らせる。

『話しかけてよかったのか?』

『別段平気よ? 視線は不可能だけども』

 何だ。ルーナも外に夢中で、酷いわ、皆、私の運転が目当てだったのね! とか心の中で遊んでたけど、単に話しかけていいのか分からなかっただけのようだ。

 助手席に座るルーナは、黙々と読んでいた車の説明書を閉じた。酔わないのかな。

『カズキは、凄く愛されて育ったんだなと、改めて思い知らされたよ』

『……何事を話したの?』

『娘さんを俺にくださいを』

『本人抜き打ちで!?』

 ちょっと待って。道理で昨日イツキさんが何かを言おうとしては何度も躊躇っていた訳だ! 今日の遠出の事だと思ってたのに、あの気まずそうな視線の逸らし方、絶対に話したかった要件はこっちだ!

『え!? 皆、なんと!?』

『早まるな人生投げるにはまだ若いぞ気は確かか眼鏡要るか大丈夫かしっかりしろ傷は深いぞもう駄目だ、もってけどろぼー、と』

 一息で言ってのけたルーナは凄い。でも、その光景が目に浮かぶ。

 結婚の挨拶を私の家族に話すのに、私が抜かされる悲しみ。混ぜて! 寂しい!






 イツキさんの実家は、私の実家から車で一時間半くらいの所だった。結構近くて驚いた。流石に高速は怖いので、下の道をのんびり進む。途中で道の駅にも寄った。お昼もそこでとったけど、外国人観光客と間違われたルーナ達は、英語で話しかけられて盛大に困っていた。流石のルーナも知らない言語は喋れない。私とイツキさんは通訳さんと思われたようで、翻訳してあげてという視線が集められるも、勿論、二人揃って視線を逸らした。英語分かりません。

 私はきつねうどん、ルーナとアリスちゃんもきつねうどん、ユアンもきつねうどんの食券を買う。イツキさんはわかめうどん、ツバキもわかめうどん。

 皆、自分の好きなの選んでいいんですよ……?

 ユアンの為にも肉うどんにしたほうがよかったかなと悔やんだ。



 のどかな住宅街から、都会に比べたらのどかだけど田舎の中ではそれなりに混み合った街中を抜けてまたのどか。景色の中にぱらぱらと田んぼや畑が混ざり、学校などの大きな建物が増えていく。コンビニの駐車場が大型トラック用に凄まじく広いほどでもなく、普通に広いくらいの田舎度の場所に、ででーんと現れるショッピングセンター。

 かっこんかっこんと指示器を出して駐車場に入る。平日だけど他に集まる場所がないからそれなりに混んでいて、立体駐車場に上がっていく。

 イツキさんの実家はこの近所だそうだ。本当はそのまま行こうと思っていたけど、どうにもイツキさんの心の準備が整わないので、ワンクッション置くことにした。幸いエレベーター付近の場所が開いていて、そろーりそろーりとバックでいれる。

「ついた――!」

 久しぶりに使った神経から、どっと疲労が湧いてくる。筋肉痛にはならないけど、神経が疲れた。

「お疲れ様です、カズキさん。あの……何から何まで、本当にすみません」

「大丈夫ですよ!」

 何が大丈夫か分かんないですけど、なんか大丈夫ですよ!

 さあさあエレベーターと待っていたら、扉が開いた瞬間四人が飛びのいた。中に誰も載っていなくてよかった。載ってたら、何もない腰に手を当てて体勢を低くした四人は、完全にアウトだ。

 いや、イケメンだったら許される。そんな気がする。忍者に憧れる外国人観光客ですで通そう。そうしよう。別に誰かに説明する予定もないけど、私とイツキさんは無言で頷き合った。




 適当に店の中を見て回る。

『何事か、購入したいものがあらば申し出てね』

 そう言ったはいいものの、女性服のお店がセールワゴンを出していてふらふらと寄ってしまう。特に他に目的がないからか、皆も集まってしまった。

 せっかくだからルーナの好みを探ってみよう。

『ルーナ、こちらどう思われる?』

『可愛い』

『こちらは?』

『可愛い』

『……そちらは?』

『可愛い』

 駄目だ、何にも分からない。

『アリスちゃん、アリスちゃん。こちらは?』

『分からん』

『こちらは?』

『分からん』

『……そちらは?』

『分からん』

 駄目だ。分からん。切ない!

 紳士服もあるお店だから、ツバキは楽しそうにイツキさんに服を合わせている。イツキさんもツバキに似合う服を探していた。

 どうぞ、ルーナ達も自分の服を探しに行ってください……。

 やっぱり女の買い物に付き合わせるのは悪女だったかと反省していると、ユアンが横でそわそわしていた。

『ユアン?』

『カズキは二番目の服が一番似合ってた』

『ユアーン!』

 いい子! 大好き!


 持ち帰れるかは分からないけど、厄落としも兼ねて存分に使ってこい! というお母さんからのお達しで、お金に糸目はつけない買い物楽しい! 超楽しい! 

 うきうきの私の手には袋が二つぶら下がっていた。ユアンが可愛いと言ってくれた服と、本屋で買った雑誌だ! ……どうやら私には、セレブ買いのハードルが高かったようだ。皆も何か買ってほしい。何も欲しがらないのに、荷物は持とうとしてくれて丁重に断った。




 フードコートでおやつを食べる。食べ物には使っているから良しとしよう。

 もぐもぐドーナツを頬張っていると、聞き覚えのある声が響いた。

「須山さん!?」

 くるりと振り向くと、健君がいた。小さい子をぞろぞろ連れている。

「あれぇ? 一樹じゃん」

「美代? あれ? 親戚のお家この辺なの?」

「そそそ。っていっても、もうちょっと山のほう。母さん達はお酒とか果物とか色々買ってるから、チビちゃん達の世話頼まれちゃって。私達は一番上だからねぇ」

 そりゃ大変だ。健君は、子ども達にドーナツをせがまれている。

「おばさん達がいいって言ったらな」

 けちの大合唱。

「頑張れ、健! 私と一樹が応援しています!」

「須山さんはともかく、姉貴は頑張れよ!」

 同感である。

 ぶぅぶぅ文句を言う子ども達を、林檎ジュースでなんとか椅子に収めた美代と健君は、ぐったりと背凭れに体重を預けた。

「で、一樹は何してんの?」

「ちょっと知り合いの家に行ってるところ」

「……あんた、外人に知り合いいたんだね。大丈夫? 言葉通じる? アルファベット書ける?」

「いやぁ、難しいですなぁ」

「やっぱり?」

 同じタイミングで噴き出す。

「やだ、もう!」

「美代が言ったんじゃん! 事実を!」

「もう、馬鹿!」

 箸が転がっても楽しい年頃は終わったはずなのに、偶に蘇ってくる年頃に付き合ってくれる良い友達を持ったものだ。

 けらけら笑う視界の端で、イツキさんが通り過ぎる学生の集団を見ていた。ぎゅっと噛み締められた唇で、もしかすると、彼が通っていた学校の生徒なのかなと気づく。そして、切なげに細められた視線が時計を見て、はっと私の視線に気づいて逸らした。

 行こうか、イツキさん。

 私は、買い揃えた雑誌を美代に渡す。中身を確かめた美代は、ぐっと不機嫌になった。

「何、これ。要らないって言ったじゃん」

「うん、言ってくれたけど、私もう何も返せないから、せめて雑誌くらいね」

「え?」

「美代、あのさ、私ね、あの中の紺色の髪の人と結婚するんだ」

「んぶふ!」

 美代がウーロン茶を噴き出した。健君はコーラを噴き出す。

「それで、大学、辞めるんだ」

「え、ちょ、冗談、でしょ?」

「ほんと」

 健君が口元を押さえて叫んだ。

「あ、あんな信号機みたいな奴らなのに!?」

 信号機!

 赤、黄色、緑に紺色。確かに!

 やめて、次から並んでるところ見たら信号機にしか見えない。地毛なのに。



「だから、もう、会えるの最後だと思う。もう一回、会えてよかった、皆にごめんねって伝えてくれると嬉しい。美代、友達になってくれてありがとう。友達でいてくれてありがとう!」

 二人がぽかんとしている間に距離を取る。イツキさんが押してくれていたエレベーターに乗りこんで振り向くと、呆然と腰を浮かせた二人がいた。目が合った美代は、ぐっと何かを飲み込んで、唇を開く。

「一樹! 一つだけ聞かせて! 何か嫌なことあったの!? だから、辞めるの!?」

「違うよ、美代! 私、ここや皆が嫌で逃げたいんじゃない! この人達と生きたいだけなの! そしたら、日本が遠くなっちゃっただけー!」

「そっか! 分かったー!」

 美代は片手を上げて、握り拳を突き出す。

「大好きだよ、頑張れ親友!」

「私も!」

 大好きだよと言い切る前に扉は閉まってしまった。でも、伝わった。そう、思う。



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