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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
9/100

9.神様、ちょっと心の準備について小一時間語りましょう

 ガルディグアルディア。

 それは、ここブルドゥスの城下街、正確には王都エールムの裏を統べる御三家の一つ、らしい。娼館経営が主ではあるものの、流通、飲食店、建築など手広く商売をしている、らしい。本業である娼館も、貴族や豪族を相手とした高級店だ。過去には王族が利用したこともある、らしい。

 王都エールムの住人でこの名を知らない人はもぐり、らしい。


 らしい、らしいとなるのは、今まさに聞いたばかりのフレッシュな情報ばかりだからだ。フレッシュすぎて、自分でも咀嚼できていないくらいフレッシュだ。いうならば、捕れたてぴちぴちの烏賊を噛み切ろうとしているようなものだ。


「リリィは凄まじい御方であるだにょろー」

 目の前で揺れるおさげを見て、しみじみ呟けば、くるりと振り向いたリリィがこてりと首を傾げる。

「カズキがそれ言う?」

「うっ」

「知名度考えると断然カズキだよ?」

「摩訶不思議にょろり…………」

 何がどうしてこうなった?

 人目を隠れて娼館に戻っても、私の頭の中はその一言に尽きる。


 十年前は、とにかく毎日のことで精一杯だった。元の世界に戻れるのかという不安も、日本を恋しがって泣く暇も夜しかなく、毎日毎日奔走の繰り返しだ。

 言葉が分からないのに、周りは屈強で結構下品で荒っぽい軍人ばかり。騎士だって男ばかりなわけで、そんな中で服の着方から教えてくれたのはルーナだ。ルーナがいてくれたから、味付けの違うご飯にだって慣れた。ルーナがいてくれたから、お爺ちゃん軍医さんに女の子の日の対処法だって聞きに行けた。

 ボタン一つ、蛇口一つで何でも出来た世界は遥か遠く、水の用意一つ儘ならない私にルーナは根気よく付き合ってくれものだ。

 朝起きて顔を洗う一動作だって、慣れない身には難しいことだった。

 顔を洗うためには水がいる。水を使うためには水を汲まなければならない。水を汲むためには井戸を使えなければならない。井戸とは、そのまま桶を放り込んで引き上げればいいわけじゃない。桶を落としたら紐を揺すって中に水を入れなければならないけど、入れすぎると重くて私じゃ上げられない。一度水を入れてしまうと傾けて水を出すわけにもいかず、途方に暮れる。


 そんな日々を、ルーナと越えた。

 その内、洗濯だって料理だって、何とか様になるようになった。掃除するに至っても、箒で軍人達を叩きながらこなせるようになる。

 毎日毎日が忙しくて、毎日毎日が大変で。

 毎日が大切だった。


 毎日を一所懸命生きた。言葉は色々危うかったけれど、一年という歳月は時間という名の非常に得難いものをくれた。一年で、朝起きてから夜眠るまで、一連の生きるための行為を一人でもこなせるようになったのだ。

 軍人達の下卑た野次にも軽口を返せるようになり、身体はごつくても意味なく暴力を振るわない彼らを急かして部屋を片付けさせ、食事を共にした。

 私がこの世界でしたことといえば、それだけだ。ミガンダ砦という限りある世界で、そこにいる人達を中心としたこじんまりとした生活。

 それがどうだ。十年の間で、国規模の知名度って何故に?

 やってたことは、掃除と料理とルーナに恋するくらいなのに、それの何をどうやったら停戦の女神になるのだろう。

 ………………ルーナ。

「うああああああああああああああああ!」

 突然頭を抱えてしゃがみこんだ私に、リリィは首を傾げて頭をぽんぽんしてくれた。やだ、惚れる。

「リリィ、どうするが宜しくお願いします!? 私、私、あれほどまでにルーナに迷惑かけてくれやがってしやがってであるに、顔面発見するにあたって敵前逃亡なるなどと、どのような悪行か!?」

 どの面下げてルーナに会えるというのだ。

 この世界では十年前、散々、自分でも分かるほどルーナに迷惑かけて面倒見てもらった分際で、顔が怖かったくらいで全力で逃げるとか酷い仕打ちだ。何という極悪人!

 しかも恋人なのに!

 いや、今でもルーナがそのつもりでいてくれるかは分からないけど!


「あの話聞いた後で悩むところがそこなカズキ、私は好きよ?」

「ありがとう、リリィっ……。私も、リリィ好き! 大好物!」

「凄く惜しかったね」

 何か間違えたみたいだけど、リリィが頭をポンポンしてくれるからまあいいや。


 あの話とは、今はいったん帰った兎パンツ……アリスリョー………………アリスが説明していったことだろう。

 いつの間にか政治的意味合いの強くなった『黒曜』という存在は、ついにあり得ない領域にまで担ぎ上げられている。

 停戦の女神が平和の象徴の天女の祝福、とか、なんだかよく分からない二つ名だか三つ名だか知らない単語がつらつら並び、最終的に恐ろしい規模の権利を託されようとしていた。



 グラースとブルドゥスが組んだ停戦条約は、今年十年を迎えた。十年目の今年、停戦は正式に同盟となる。

 それを機に、二度と過去の過ち、この場合は長くにわたる戦争、を犯さないように特別な機関を設けるという。この機関は、どちらの国にも口を出す権限を持ち、国王に直接意見を述べる権利すら持つという。

 そんな重要な機関に所属する人間がどうやって選抜されるかというとだ。

 まず、グラース、ブルドゥスから各三名選抜。

 次に、グラースからブルドゥスに、ブルドゥスからグラースに、指名選抜各二名。

 最後に、今年選ばれた『黒曜』が指名選抜一名。

 合計十一名。


 泣けるね!



 他にも泣けるポイントはいくつかある。逆に泣けないポイントってあるのだろうか。

 アリスは、この件は自分だけの手に負えないと、上司に報告して指示を仰ぐと言う。その上司、クマゴロウには嫌な思い出しかなかったりする。

 そもそも、十年前に私がブルドゥス軍に捕らえられたのは、このクマゴロウの所為だ。

ルーナ達本隊が出ている隙に、いつの間にか訪れていた援軍で数を増やしてミガンダ砦を急襲したのがクマゴロウ将軍だった。人手が足りなくて、壁に張り付く兵士に物を投げつける役割を手伝っていた私を、あの混乱の中目敏く見つけだし、壁から引きずり落としたのだ。

 先端に錘がついた鎖に身体を巻き取られ、砦から引きずり落とされた恐怖は日本に戻っても夢に見るほどだった。下が堀だったから助かったけど、深い堀に落とされた上に鰹の一本釣りみたいに引き抜かれた恨みは忘れてない。

 まあ、その後、助けてくれたルーナといちゃついたがな!

 そういえば、クマゴロウにとっ捕まったと話したら、ルーナは噴き出していた。

 …………クマゴロウじゃなかったのかな。


「リリィ、質疑応答宜しいぞろ?」

「いいけど、カズキの語尾って、幾つかの語尾が混ざってるよね」

 質問したら逆にこっちが考えることになった。……確かに、「~~だぞ」とか「~~だろ」みたいなことを言っているのを聞いて覚えた気がする。

 そこまで考えて、私ははっとなった。

「私、語尾面妖にょろ!? 少々面妖ではなくにして、それほどまでに!?」

「うん。特ににょろは、何が元になったのか見当もつかない」

 あ、それは言いやすいからです。


 結局、私はリリィにクマゴロウの本名を聞き直せなかった。リリィが、渡り廊下の向こうからぱたぱた走ってきた人に呼ばれたからだ。リリィはいろいろ忙しいし、そこに更に私の厄介な事情が転がり込んできた。どうしたって対処に追われてしまう。

 申し訳ない。

 リリィは、彼女を呼んだ人の手元の書類を覗き込み、何か色々指示を出している。しょんぼりした私に気付いたのか、とことこ戻ってきた。

 そして、いつものようにこてんと首を傾ける。

「あのね、カズキ」

「うん」

「私ね、人って廻るものだと思ってるの」

「うにょ?」

 私より幾つも年下に見えるリリィだけど、淡々とした口調は随分大人っぽく見える。

 この世界の人は、私にとって外国の人みたいに年齢が判別しづらい。逆にこの世界の人に取ったら私は実年齢より子どもに見えるらしいが。

 そういえば、私、リリィが何歳か知らないや。


「私ね、昔、親切にしてもらったの。それでね? 私、困った貴女に優しくしたいの。それで、貴女がいつか、誰か困った人に優しくしてくれるなら、世界って少しは優しい気がするんだよ」

 情けは人の為ならず、だ。

 リリィは、それを実践している。気張っているわけでも、無理をしているわけでもなく、まるで普通のことみたいに。

「あのね、カズキ。カズキはいま、自分じゃちょっとどうしようもないことで困ってて、私はそれを手助けできる場所にいる。だからね、カズキは気に病まなくていいの。いつか、カズキが手助けできる場所で、困ってる人を手伝ってあげたらいいんだよ。そうしたらいつか、私みたいにただ泣いてるような子どもが、誰かに助けてもらえるかもしれない。そうだったらいいなって、思うの」

 可愛いリリィ。優しいリリィ。まだ子どもなのに、ただ年を取っただけの人間より余程大人なリリィ。 勿論、私なんて比べ物にならない。


「えと……リリィ。あの、にょね?」

「うん」

「私、居住いたしとる場所ぞで、リリィ申した発言同様なる語彙……言葉、存在するにょ」

「うん」

「えっと…………情け容赦は人の為ならぬ!」

「うん?」

「ならず!」

「多分、訂正すべきはそこじゃないと思う」

 どうやらまた何か間違えたようだ。

 だけど、リリィは得心したというよりにこくりと頷き、笑った。


 ふわりと、まるで花が綻ぶように。




 ああ、嬉しいな。いいな、嬉しいな。

 ルーナが初めて笑ってくれたときと同じくらい、嬉しい。

 人が笑うっていいな。それが大切な人なら尚更、それが自分の言動でなら更に倍率どん!


 どこの世界でだって営みがある。文化が違えば考え方だって違う。でも、どこでだって人は泣くし、怒るし、笑う。どこでだって人は優しい、優しくできる。

 ああ、いいな。こういうの、いいな。


 笑ってくれたことが嬉しいと、私も笑う。するとリリィはもっと笑ってくれた。

 ああ、嬉しいな、素敵だな。

 人が笑えば、どこでだって生きていけると思えてしまう。仮令どれだけ困難でも。

 そして、私は違う場所で生きる苦痛を知っている。

 知っていても思うのだ。

 ああ、嬉しいな、と。


 そうして思い出すのはやっぱりルーナで。

 ルーナ。

 逃げてごめん。ちょっと物凄く、いやいや少々だけど……否、ものごっつ怖かったけど、あれはルーナだ。じゃあ、大丈夫。たぶん。

 ルーナと会おう。

 ……違う、ルーナに、会いたいんだ。

 まだ私はルーナの恋人だろうか。もう私は彼の過去だろうか。聞きたいことは沢山ある。婚約の噂は本当なのか。どっちの王女がタイプですか。両方とか言われたらどうしよう。女好きって本当かな。女嫌いって本当かな。…………男色が本当だったらどうしよう。


 まあ、全部会ってみないと分からないことだ。

 全部そこからだ。で、どういうことに転がろうと、私は笑おう。

 嘗て、ルーナがそう望んでくれたように。今、リリィが笑ってくれたように。

 笑おう。

 言葉が違おうが、住む場所が変わろうが、変わらないものは変わらないでいいんだから。



 リリィが笑うと私が笑って、私が笑うとリリィが笑う。

「楽しい」

「私、同感なるよ」

 くすくす額を合わせて笑っていると、苦笑したネイさんが足早に近寄ってくる。

「はいはい、花が揃って大変眼福ですが、そろそろお客さん達が見え始めましたよ。いつも通り忙しい夜がきますよ」

 ネイさんは、いつもの動きやすそうな服の腕に腕章をしていた。従業員の腕章である。これをつけているということは、本当にすぐにでも仕事を開始しなければならない時間ということだ。

 娼館は暗黙の了解で日暮れから開店だが、中には真っ昼間から顔を出す人もいる。そういう人はこれから遊ぶぞ! って人に比べて顔つきが厳しかったりするから、たぶん商談とかそれ系の裏の話をこっそりしに来てるんじゃないかって思ってる。

「私、花なる批評を受けるしたが、お初でござるじょ!」

「俺も、女の子花扱いして、ござるじょって返されたの初めてです」

 どうやらまた何かやっちゃったらしいと首を傾げる。あ、これリリィっぽくない!?

 嬉々として反対側に傾けると、びきりと筋が悲鳴を上げた。どうやら勢いをつけすぎたようだ。可愛い仕草は可愛い子がするべき。分相応に生きろと、そういうことか、私の首よ。

「あ、そうだ。カズキ、カルーラがごめんって言ってたよ。今日のお客さん長いから、空き時間の特訓できないって。何の特訓してるの?」

 そういやそんなことを言っていた。でも、カルーラさん、お色気作戦失敗しました。

 がくりとうなだれた私の背中を、リリィはポンポンしてくれる。やだ、惚れる、とか言わない。もう惚れた。

「私、才能なき人柄やもしれぬわ…………。アリスちゃんを相手取り、お色直し気配作戦決行したが、見事撤退を余儀なくの事態ぞろ……」

「うん、何の特訓してたのか分かった」

「きちりと、カルーラさん直訴でありにける、『うはん、あほん、うほっ』も実戦にて使用したじょろ」

「うん、撤退を余儀なくされた理由も分かった」

 リリィはこくりと頷いた。

 可愛い。



 本格的に娼館が稼働を始めると、それまでの緩やかな空気は一変する。表では優雅で非日常な空間が演出されるが、裏では生活感溢れる現実がてんやわんやで展開されているのだ。

 併設された飲食店に出す料理が次から次へと運ばれていき、呼ばれた女の子は乱れた髪を直しつつ、器用に紅を塗り直して走り去る。飲食店に出る女の子と、娼館に出る女の子は予約が入らない限りシフト制だが、シフト間違えた女の子達がきゃーきゃー叫びながら前を通過していく。


 女性の舞台準備は、いつだって戦争だ。当然私も走り回っている。

「カズキ――! 締めて! コルセット締めて――――!」

「待機――! 少々待機――!」

「待てない――!」

 目の前の女の子の背中に足を置き、ぎりぎり紐を締めていく。

「いまあたしがしてもらってるんだから、順番よ!」

「あんたはそれ以上締まらないわよ!」

「締まるわよ!」

「喧嘩上等いいぞもっとやれするなじょろ――!」

「「どっちよ」」

 娼館に出る女性陣は、コルセットを締めない。まあ、お客様の『嗜好』でつける人もいるけど、大抵は男女差である身体の柔らかさを売りにしてるのに、コルセットつけちゃうと外すのも押し付けるのも面倒だからと外していることが多い。

 いまコルセットつけの流れ作業をしているのは、飲食店に出るシフトの女の子達だ。ちょっとでも細くくびれを作りたいのは、どこの世界でもいつの時代でも同じのようだ。

 だけど、気の所為だろうか。

「もっと――!」

「ふんだばぁああああああああ!」

 コルセットを締めつけられてる女の子達より、コルセットを締めている私のほうが痩せてきた気がする。世の中って無情だな、ありがとう!


「カズキ――! ネックレス知らない!? 赤いの!」

「徹頭徹尾赤いにょろ――!」

 目の前にはずらりと並ぶ赤い宝石達。結局どれでもいいから「赤いの!」という結論に落ち着いた。

「あ―、歌いつかれて喉乾いた……。カズキごめぇん、お水取ってぇ――!」

「了解! お水取ってぇにょろ――!」

「取ってほしいのあたしなんだけど」

 ありがとうと受け取った女の子は「……お水だけってどうやって教えるのかな? 井戸! 井戸の水を手にかけて、これがお水だって教えれば!」と言っている。

 どこかで聞いたことがある「ウォーター作戦」に、私が返事しようとすると喧嘩が勃発した。

「あんた! それあたしの! ちょっとカズキ! あいつから取り戻して!」

「それなるパンツの所有権を訴えざる者の存在あるじょろ――!」

「パンツじゃないわよ!」

「パンツ異なるじょろ――!」


 忙しい。何はともあれ忙しい。

 てんてこ舞い検定とかあれば、きっと一発合格余裕だ。

 リリィもネイさんも早足で歩き回っているから、姿は結構見る。話は出来ないけれど、いつもてこてこ歩いているリリィが、てってってっと歩いている姿を見るのは結構好きだ。可愛い。

 目が回るほど忙しいけど、リリィも頑張ってるし、皆も仕事なんだ。私も頑張ろう!

 抱えていた桶から水を流し、腰に手を当てて気合を入れる。そして、甲高い声が飛び交う薫り高き戦場に再び舞い戻った。

 きぃきぃ喧嘩する声に「じょろ――!」、ねぇねぇ問いかける声に「にょろ――!?」と飛び回っていると、間髪入れずまた呼ばれる。

「カズキ」

「待機! 少々待機――!」

「カズキ」

「待機懇願にょろ――! ふん――!」

 今の私は、お客さんから貰った靴が、男の夢が入りまくりで小さすぎて履けないと叫ぶ女の子の為に、靴のサイズを広げている最中なのだ。少々型崩れしても部屋の灯りを絞れば見えないというアドバイスを元に、とにかく幅を広げる。これでEEサイズもEEEサイズくらいにはなったはず!

 縦も、彼女より足の大きいお姉さんにお願いして足を詰め込んでもらって少しは広がっているはず。お姉さんは「わたしも昔あったわ」と笑い、無理やり足を詰め込んで走ってくれた。お姉さん素敵!

「如何にょり!?」

「う、ん、いける! 同伴とか言われなきゃ、いける!」

「しばし待機! このような軟膏塗布しからば宜しくお願いします!」

「うん! ありがとうカズキ!」

 お色直しを済ませた女の子は、靴擦れを起こさないようにそろそろとお客さんの待つ部屋に戻っていく。

 心の中でエールを送りながら見送って、次なる要件に立ち向かうことにした。

「カズキ」

「次代は何ぞろ――!」

 もう何でもこい。どんとこい。皆様のお仕事が順調に回るよう、不肖ながらこの一樹、縁の下の力持ちに全力を尽くさせて頂きますとも!

 さあ、次の戦場は何だと勢いよく振り向いた私に、さっきから続いていた静かな声が振る。



「カズキ」



 濃紺の髪に、水色の瞳、の下にべったり隈。

 あの頃も決して体格がいいとはいえなかったけど、余分なものがなくなってシャープになった顎と頬、の途中の唇はむっつり引き結ばれていて。

「ル…………ーナ」

「カズキ」

 ルーナがそこにいた。

 女の戦場できゃーきゃー叫んでいた声が段々鎮まっていく。

 お姉さんの唇から盛大にはみ出た紅が、明かりに照らされる。艶やかな赤がやけに目についた。

[なん、で…………]

[話が、したい]

 私がこっちの言葉を覚えるより余程早く、余程完璧に覚えた日本語が耳に心地いい。

 記憶にあるより幾分も低い声が、私を呼ぶ。




「カズキ」





 日は完全に落ち、灯りが増やされた室内。

 ゆらゆら揺れる炎は、影を揺らめかせてルーナの顔を照らす。

 炎より熱い何かを滾らせて私を見つめるルーナは。





 超絶に怖かった。

 顔が。


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