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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
89/100

89.神様、少々しょっぱいこれが私の全力戦争です

 私の顔を見たディナストは、思いっきり噴き出した。噴き出される顔である自覚はある為、特に感想はない。自分の反射神経を褒め称えるにとどめた。


「顔を背けたり、気の強い女は頬を張ろうとしてきたが、唇のみ逃げられたのは初めてだぞ」

 声を上げて楽しそうに笑う顔が、やっぱりエマさんに似ていて、思わず目を逸らす。逸らした先にいる今まで見た中で一番身体の大きい男に、やっぱりクマゴロウだ、クマそっくりだと思った。

 ヌアブロウは何も変わっていない。ブルドゥスにいた頃から、いや十年前砦にいた頃から変わらぬ姿でそこにいる。大人の見た目の変化なんて、子どもに比べたら微々たるものなのかもしれない。でも、国を裏切り、海を渡り、大陸全てを敵に回した人とエルサムに立て籠もって。そんな過程を得て尚、雰囲気すら変わっていない気がする。

 世界は変わった。けれど、彼は変わらない。それがいいことか悪いことかは、分からなかった。まあ、見た目以外を変わった変わっていないと判断するほど知らないのだけど。



 私が見ていることにヌアブロウも気づいた。視線が合う。お前はあの時殺しておくべきだった。あの時、そう断じた人の瞳は、すぐに門を向く。ああ、彼は既に、私になど興味はないのだと気づく。じりっとした熱が彼を取り巻いている。横顔で分かるほどの壮絶な歓喜が、その顔には浮かんでいた。その視線が向く先は、扉の向こうの戦場の気配か、ルーナか、アリスか。

 もうブルドゥスに見切りをつけたのか。だから私へのあのどろりとした憎悪は失せたのか。

 それとも、今から始まる戦いが嬉しすぎて、どうでもいいのか。



 ぐいっと腕を引かれてたたらを踏む。ディナストはぐいぐいと私を引っ張り、馬に引きずり上げた。

「全員、ここまでご苦労」

 敬礼をした人もいた。頷くだけの人もいた。何の反応も返さない人もいた。酷くばらばらの兵士達は、それでも誰一人違えることなくディナストを見上げる。変な軍隊だ。軍隊と呼んでいいのかも分からない、服装すらばらばらの人達は、奇妙なほど違和感がなかった。

 ディナストは鋭い声で馬のお尻を叩く。乗っている人間に何の遠慮もなく馬が跳ね、凄まじい速度で走り出す。落ちたら死ぬ。でもディナストにしがみついてなるものかと、暴れ回る馬の鬣を渾身の力で握りしめ、太腿に力を入れる。

「ではな諸君! 後は好きに遊んで、好きに死ね!」

 なんだ、それ。世界中を混乱に巻き込んだトップに立つ人が締める言葉にしては、やけに簡単ではないだろうか。

 そう思ったけど、馬はもう走り出していて、全てはあっという間に消えていった。




 同乗者の事を考えていない人が繰る馬に乗ると、こんなにも世界が回るのだと初めて知ったかもしれない。今までいろんな人の馬に乗せてもらったけど、荷物みたいに担がれた時でさえ一応気にかけてもらっていたんだなぁと、今更知る。

 上下に揺れているのか左右に揺れているのか、それとも同じところをぐるぐる回っているのか。全く分からない!

 うげろっぱするぞ、してやるぞ、覚悟しろ! そう唱えながら目を回していると、突然馬が止まった。息をするのも忘れていて、ようやく呼吸を思い出す。

「見ろ、黒曜。あれが俺を殺す軍勢だ!」

 何が楽しいんですかね。

 ぐったりとしながら顔を上げる。いつの間にか地面がずいぶん遠くなっていた。どうやら、モンブランの半分くらいを駆け上がっていたようだ。

 視界いっぱいに人がいる。残りの人質が解放されているようで、ぞろぞろと波が移動して外に混ざっていく。あの人達が出たら門が閉まって、攻城戦が始まる。



 ルーナはどこにいるんだろう。望遠鏡欲しい。

「ヌアブロウが楽しそうで何よりだったなぁ」

 あ、やっぱりあれは楽しそうだったんですね。

 楽しそうというには、壮絶な歓喜だったけど。

「あれは戦場でしか生きられん男だからなぁ。戦場を奪われ、戦場以外の場所で腐り死ぬのは我慢ならなかったのだろうな。あれは、死に様にはこだわらんが、死に場所にはうるさい部類の男だ。俺の下についている奴のほとんどはそういう一風変わっていると呼ばれる奴らばかりでな。御しづらく退屈させん奴らだった。しかし見事に、他にいてもつまらんからとついてきた奴ばかりが残ったな」

「そして、集めて、貴方は何事を行いたかったの」

「遊んだだけだが?」

 何を分かり切ったことをと返されて、ぽかんとすると同時に、やけに納得した。こんな状況になって尚、彼らの中には悲痛さも悔しさも見つけられない。願いが既に叶ったのか。それとも、目指したわけではなかったからか。

「ヌアブロウは死に場所を望んだが、他の奴らは基本的にその過程を存分に楽しんできたぞ。俺も含めてな。だってなぁ、つまらんだろう。せこせこ金を溜めても使えるのはせいぜい数十年。ちまちま権力を手に入れても、これまた使えるのは数十年。維持する労力を考えると、全くわりに合わん」

 馬が動き出す。今度はかっぽかっぽとのんびりしたものだ。ようやくまともに街の形状を見ることができる。上から見た感じだけど、店は下のほうにあるみたいだ。この辺りでもぽつぽつお店はあるけれど、どちらかというと凝った装飾の家のほうが多い。上に上がるほど貴族の人の家になっていくようだ。でも、不便さは増すような気もする。

「清く正しく生きようが、欲のみで生きようが、どちらにせよ死で終わる。王族として生まれたのなら、他国民は虐げても自国民は守れとぬかす奴らもいたが、そうして生きた結果を奴らが背負ってくれるのか? 誰の言葉で選択しようが、どうせ背負うのは俺だ。こうしろああしろ、理想だ摂理だ正義だの言う奴らは、自らが掲げる正義とやらの責任は負わんからなぁ。なら、やりたいようにやるのもまた手だろう? 我慢するのも馬鹿らしい。だが、見ろ、黒曜」

 指がぐるりと街を撫でていく。ディナストを討つために集まった大陸中の人々がこっちを見上げている。

「好き勝手やっても、人はこれだけのことができるというわけだ」

「……それは、楽しい事態か?」

「さあてな。だが、清く正しく生きる奴らには決して見ることが叶わぬ景色だ。平坦に生きていては見れぬ景色、得られる記憶もまた尊いではないか」

 分からない。何を言っているのか、全く分からない。一応言葉は聞こえているのに、単語としての意味は分かるけど、文章の意味が全く分からない。

「得難いものにこそ人は価値を与える。ならば、何より価値あるものは、誰も到達した事のない史上最悪の人災ではないか?」

「貴方は、価値ある人と成りたかった?」

「いや? 退屈こそが悪であるとは思っているが、人が与える価値になど興味はないな」

 分からない。今まで散々何やってんだこの馬鹿と言われてきたけど、今の私の気持ちはそれである。まさかこの感想を自分以外の人に持つ日がこようとは思わなかった。

 何言ってるのこの人。

 私が馬鹿だから分からないのか、それとも誰も分からないのかすら分からない。お願いですから日本語でお願いします。いや、日本語でも分からない気がする。

「だが、面白いではないか。人は感謝より憎悪を覚える生き物だ。どれだけ感謝を覚えても、次の些細な不満に塗り替える。正しさを尊いといい、有難がるくせに、記憶に残るのは些細な不満だ。ならば憎悪ばかり覚えればどうなるかと思えば、自分より弱い者を探し出す。復讐に来るかと思っていたんだがなぁ。だが、その弱き者の身内に復讐されて、ひいこら泣き喚くさまは面白かったな! 自分は手を出してこなかったのに、そいつに向かって、元凶は俺だと泣き喚く! いやぁ、最高だった! つまり、元凶はこの俺だと分かっていながら、手が届く範囲に八つ当たりしていると分かっていて、弱き者を殺したんだぞ!? 身勝手ここに極まり! だが、俺の身勝手のみが悪であると断じる様は面白くも不思議でなぁ。民草にとっては、上に立つ者の犯すは罪で、己が犯すは仕様のないことだそうだ。同じ罪であるなら同罪であると思うのだが、大多数にとってそうではないらしい。全く異なことだと思わんか?」

 何言ってるのか本格的に分からなくなったけど、とりあえず、よく喋る人だということは分かった。……これ、あれだったら嫌だな。ちゃんちゃんちゃーん。ちゃんちゃんちゃーん。まあ、ここまできて知られたからには死んでもらうなんて理由では殺されないだろう、と、思いたい。



「なあ、黒曜」

「はあ」

 呼ばれたのは分かったから返事は返す。

「俺はな、生まれた頃から色が分からん」

「え?」

「濃淡は分かるが色の識別はつかん。だが、人が発露した時に目に映る炎の色が判じられる。誰に言っても理解されんがな」

 驚いて振り返った先で、ディナストの顔がえげつない笑顔に変わった。笑顔がここまで凶暴な人はそうはいない。

「いろいろ試したが、喪失からの憎悪が一番美しい色をしていた。この世で一番醜いものは決められんが、美しいものならあれが一番だと断言できる。だが」

 不自然に言葉が途切れる。

 いつの間にか馬も止まっていた。頂上に辿りついたのだ。

 どこかギリシャを思い浮かべる宮殿があった。ここまで柱運んでくるの大変だろうなとかどうでもいいことがちらりと頭を過るのは、現実逃避かもしれない。

「異界人のものは、まだ断じられるほど知らなくてな」

 小脇に抱えられて馬から飛び降りる。下についてからぱっと手を離されて尻もちをつく。痛みに呻く暇もなく、転がるように距離を取る。あまり、近くにいたくない。あまりじゃなくてもいたくない。



「イツキ・ムラカミのほうは、興味が尽きずに少々急かし過ぎた。あっという間に壊してしまった事を今でも悔いているんだ。せめてあいつの世話をしていたやつをバクダンで吹き飛ばすのは最後にすべきだったなとは思っている」

 ディナストのどこかうっとりとした瞳が、憂いで伏せられる。

「一応一人ずつにはしたんだが、飛んできた掌が顔に当たって以来壊れてなぁ。一応それまでは感情を返してはいたんだぞ? 恐怖、屈辱、羞恥、痛み、激怒、それらは大体見たが、どうにも憎悪がうまくいかなかったから吹き飛ばしてみたんだが、あれは失策だった」

 しょんぼりとした顔と、言っている内容がうまく結びつかない。セミ、逃げちゃったとがっかりした子どもみたいな顔で、何を言っているのだろう。

「この世に二人しかいないからな、お前を滝に落としたのも勿体なかったとは思っていたんだ。どうせもうすぐ終わるからといいかとは思っていたが、機会は廻ってくるものだなぁ」

 ぱんっとディナストが手を打ち鳴らす。

「さあ、逃げろ黒曜。捕まえたら一枚ずつ剥いでいく。お前の仲間の手が届くまでその身を守り切ってみせるがいい」

「は?」

「安心しろ。中に残っている奴らは手を出してこない。追うのは俺だけだ」

 何を言っているのか分からない分からないと思っていたら、単語もうまく分からなくなった。楽しそうに笑う男の後ろで轟音と共に爆炎が上がる。始まった。

「この遊戯は今まで何度かしてきたが、結構いいんだぞ? 恐怖に怒りに羞恥に絶望。大抵の感情が見られる。大体見終わったなら、死の恐怖はまだイツキでは見ていないから試してみよう。だから、それまで飽きさせることなく逃げ惑うことだな」

 一歩近づいてきたディナストから、反発する磁石のように身体が押されて駆け出す。何も理解できないまま宮殿に飛び込む。走りながら必死に考える。ルーナ達が此処まで来てくれるのにどれくらいかかるのだろう。三日? 四日? 七日? 十日?

 ……よく分からないけど、とにかく逃げよう。

 全く分からないディナストを少しでも理解できないかと話を聞いてみたけど、驕っていたようだ。馬鹿でも分かるように話をしてくれていた人達に囲まれていたから忘れていた。馬鹿に難しい話は分からない!

 理解できたところで、説得も納得も、できるとは最初から思っていないけれど。


 構造も広さも全く分からない、異世界の、異国の、初めてきた宮殿を走り回る。広さに比べて、人の気配は驚くほど薄い。嘗てはなんか高そうなものが飾っていたんだろうと思う場所は空っぽで、絵は傾いていて埃が積もっている。

 とにかく距離を取ろうと走り、脇腹が痛くなった辺りで目に付いた部屋に飛び込む。窓と扉の中間で立ち止まり、じっと扉を見つめて耳を澄ませる。足音がしたら逃げ出そうと耳を澄ませるけど、自分の息と心臓の音がうるさい。座り込みたいけど、それだと走るのが遅れてしまう。


 足を止めてようやく思考に回せる。

 …………とにかく逃げればいいのだろうか。ルーナ達が助けに来てくれるまで、逃げて、逃げて、逃げまくれば。


 爆音が響いている。外壁から落としているのか、それとも地面に埋められている分に火がついたのか。その音を聞きながら、ぎゅっと手を握り締める。

 色々独り歩きした黒曜という名の私が、この大決戦に置いて与えられた役割。それは、ディナストの個人的な興味の鬼ごっこの追われ役。

「…………なにそれー」

 世界全然関係ない! ガリザザ関係ない! エルサムすら関係ない!

 そもそも黒曜っていうのは、ここから海を渡った向こう、航海二か月。グラースとブルドゥスの国境線にあるミガンダ砦の男風呂に落下した馬鹿の事だ。それが、思えば遠くに来たものだ。



 この世界に来ていろんなことがあった。いろんなことに巻き込まれて、いろんな人を巻き込んだ。ここでぱぁっと不思議な力に目覚めて世界を救ったり、天使様が現れて願いを叶えてくれないだろうか。頭良くなって、華麗に窮地を脱して、どうだこれが異界人の力だと高笑い。

 あり得ない。私は私でしかない。

 そんな私に与えられた役が、バクダンを世界に振り撒き、世界で遊んだガリザザの狂皇子ディナストの鬼ごっこの相手。しかも、黒曜は関係ない。異世界人であることは重要だけど、知識や技術を求められるわけではなく、ただただ感情を見せろという興味。

 ここまで散々、黒曜だから黒曜がと言われてきたのに、最後の最後でこれときた。

 そんな場合じゃないし、別に楽観的になれる要素はないのに、ちょっと拍子抜けてしまう。


 では、私とは何か。

 ナイフで作っているスプーンは途中だし、まだルーナに見ていてもらわないと指落としそうになる。ちょっと教えてもらった剣の持ち方でも指が攣って、自分の足を貫きそうになる体たらく。言葉だって、未だにへんてこで、思考は馬鹿一直線。

 ちょっとこの世界のことが分かって、ちょっと友達が増えて、ちょっと髪が伸びて切られてまた伸びた。

 そんな感じの私の名前は、須山一樹。

 須山一樹は、ちょっと名前が男の子っぽいだけで花も恥らう普通の女子大学生だ。そう、普通だ。少々、十か月前に異世界に行っていただけだ。

 その世界で私は恋をした。

 一生に一度の恋だ。


 そんな私の出来ること。

 逃げること。

 変わらないこと。

 団子の入った野菜スープを作ること。

 約束をすること。



 約束を、守ること。



 ゆっくりとした足音が聞こえてくる。そろりと重心を移動して窓を掴んでぎょっとした。固定されていて開かない。慌てて椅子を掴んで息を吸う。足音を殺して扉の後ろに回り、椅子を持ち上げて止める。

 扉が静かに開いていく。思いっきり振り下ろした椅子は剣の鞘で受け止められ、横に弾き飛ばされる。ディナストの横をすり抜けようとした腕を掴まれ、部屋の中に放り投げられ、背中を打ち付けた。

 ディナストは、呼吸が詰まった私のお腹の上にどっかりと座り、顔の横に剣を突き立てた。

「まずは一勝、と」

 楽しそうに覗き込んでくる顔を睨み返し、押しのける。意外にもあっさり離れていく。外套を渡すと寒いから、ズボンを脱いで叩きつける。動きにくかったからちょうどいい。

『もってけどろぼ――!』

 相手がぽかんとした隙に部屋を駆けだす。

「うわああああああああああああああ!」

 どうせ見つかった直後だし、叫んでも叫ばなくても関係ないやと思いっきり声を張り上げる。何が何でも逃げてやる。何が何でも元気に笑って帰ってやる。

 これは、私に取ったら命がけだけど、あっちにとったら好奇心と遊戯の一環。でも、決めたルールは守るらしいディナストだから、守ってもらおうじゃないか。

 いろいろ考えた私の渾身の策。とにかく相手がその気にならなければいいんだ。やる気を削ぎ、気持ちを萎えさせればいいんだと、考えて考え抜いた大作戦。

 韋駄天走りで荘厳な建物内を駆け抜けていく私の足には、もこもこと重なったズボンが波打っている。

 ズボンだけでも後六枚! パンツだけでも十二枚!

 上も含めたらまだまだあるよ!

『命まで剥ぎ取れるなら剥ぎ取ってみろ、ばかぁあああああああああああ!』

 外で起こっている、恐らく歴史の中に名を残す大きな戦い。

 それに比べたら、頂上にいるのに何としょんぼりな戦いのことか。決死の覚悟でこの悪夢を終わらせようと戦っている人達が見たら、遊んでるのかこのやろうと思われそうな、なんとも小規模な戦いだろう。

 戦いの理由は、ディナストが個人的興味を晴らそうとしているだけ。

 私はそれから逃げているだけ。

 世界を決める戦いの上で行われるにはしては、なんともしょっぱい戦いである。


 だが、どれだけ盛り上がりに欠ける残念な戦いでも、私の世界を決める戦いだ。

 しょせん私などこの程度。黒曜黒曜といわれても、中身が須山一樹では、どう足掻いても二度見の黒曜の域から抜け出せない。大局を見ることなんてできない。私は、私が見てきた世界すら端っこしか知らないのだ。世界の行く末を決める決断なんてできないし、そんな案も浮かんでこないし、輝かしい剣術を披露することも出来ない。

 分かるのは、元気に馬鹿やってると大切な人達が笑ってくれること。元気なく馬鹿やってると大好きな人達が心配してくれること。

 黒曜黒曜言っている人達、どうか今の私を見てください! 自分で着込んだ服が邪魔で汗かいてきました! これが黒曜と呼ばれている須山一樹です!

 黒曜は自分達とは違う異世界人と思っている人達の前に躍り出て、転がり回りながら叫びたい。肩上げづらいと!




 絶対帰る。

 絶対笑ってルーナに抱きつく。

 皆を傷つけるだけ傷つけて自分だけ楽になる死を拒んだ。

 ならば、絶対生きて帰ろう。ルーナに、アリスに、あの時殺してやればよかったと思わせるなんて、婚約者として、親友として、失格だ。


 それに、幾らなんでもこんな理由で殺されるなんて我慢ならない。

 否。

『どんな理由でだって殺されるなんて嫌だっ――!』

 ほとんどノンストップで曲がった曲がり角でディナストに足払いされてすっ転ぶ。

 私は、瞳を覗き込んできたお綺麗なその顔に、全力でズボンをもう一枚叩きつけた。




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