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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
85/100

85.神様、小さな奇跡でよかったんです

 



 野次なのか歓声なのか分からない怒声がわあわあと飛び交う中を、すみません、ちょっと通ります、ほんとすみませんと、チョップの手を前に前に差し出して人ごみを縫う。

 ようやく最前列に辿りついて、がこりと顎が外れる。


「何事――!?」


 ルーナとツバキが殴り合っていた。武器は持ってないようだけど、じゃれ合いとか鍛錬の度合いを超えている。

「来たか、カズキ!」

「エマさん! 何事!? ルーナとツバキ、何事!? て、停止させねば!?」

「殴り合いで済むならそれでいい!」

 腕を組んで豪快に笑ったエマさんは、止めるつもりはないらしい。全然それでいいような形相じゃない気がします。

 顔をぶん殴られたルーナは、口の中のものを吐き出して思いっきり殴り返す。その上蹴るわ投げ飛ばすわの応酬で、口を挟む隙がない。殴った瞬間、殴られた瞬間、蹴った瞬間、蹴られた瞬間、ちょこちょこ出るだけである。

「う、あ、え、な、ちょ、た、ま、る、べ、ぽ、つ」

「…………あんた何言いたいの?」

「シャルンさぁん!」

 何かは言いたいんです! 言うタイミングも言う言葉も見つからないけど、何かは言いたいんです、何かは!

「何事でこのような事態に――!」

「男は並んだ牢屋に入れられてたのよ! そしたら、ツバキがルーナを煽るわ、ルーナも真っ向から受けて立つわ!」

 私や隣に入っていったエマさんは部屋だったけれど、どうやら男性陣は牢屋一直線だったらしい。腕が立つからだろうけど、シャルンさんは完全なるとばっちりである。

「困った門番が制止を求めてあの頭領の親父呼んできたら、私闘準備整えやがったのよ、あの親父――!」

 わあっと泣きだしたシャルンさんの背中を、うきうきした顔のナクタがぱぁんと叩く。

「すっげぇ燃えるじゃん! おれもやりたい!」

「あんたが女の子だったのも衝撃なのよ! 女の子が子分にしてやるとかどこで覚えたのよ!」

「よう、馬鹿娘が世話になったな! しっかし、お前ひょろいなぁ! 俺の子分になりたきゃもうちっと鍛えろよ!」

「こいつよ! この馬鹿親父だわ!」

 一緒に部屋を出たはずなのに、いつの間にか案内してくれた男の人だけになっていた理由が分かった。頭領さんは、大きなジョッキにたっぷりと麦酒を入れて飲み干している。飲み物持参で見学する気満々だ。飲み干したそばからなみなみと注いでいる。腰を据えて飲む気満々だ!



「なあ、先生よ。ここにいる間だけでいいからさ、馬鹿娘の相手してやってくれよ」

「なんであたしが!」

「俺らの拠点はさ、基本的にいつ皆殺しに合ってもいいように、女子供は地方に散らしてるんだけどよ。ナクタは預ける機会を逸したままここでずるずる育ってきちまって、こんなになっちまったんだよ。ちょっくら女らしさでも教えてやってくれよ」

「だから、なんであたしが!」

 きぃっと怒ったシャルンさんは、頭領さんが視線を向けた私達を見てはっとなった。

「何だ?」

「何事よ?」

「あたししかいなかった――!」

 両手で顔を覆って大いに嘆くシャルンさんに、エマさんと顔を見合わせ首を傾げる。

 でも、一際大きな音がして慌てて視線を戻す。クロスカウンターが決まっていた。そこでどちらか、もしくは両方が倒れていたらお開きになっていたのに、あいにくどちらも頑丈だ。殴り合い続行!

「大体、お前ずっと気にくわなかったんだよ!」

「その点だけは同感だ!」

「会えないくらい、なんだよ! 壊れていく様、傍で見せつけられるよりましだろ!」

「比べるものでもないだろうが! それ、より! よくも散々怪我させてくれたな!」

「お前がちゃんと守らないからだろ、ばぁか!」

「カズキに八つ当たりしてるようなガキに言われたくはない!」

 肉が殴りつけられる鈍い音の応酬と共に、口でも喧嘩している。器用だ。凄いけど、全然嬉しくも感動もしない。

「感謝する」

 感動はしないけど感謝はされた。何故。



 飲み会のいい見世物になっている二人の殴り合いを見つめながら、エマさんが言った。

「目に見える派手な騒動で、この地でのツバキへの憎悪が散った。ありがとうとルーナに伝えてくれ」

 そう言われて初めて、二人に野次を飛ばす人達の眼が穏やかだと気づく。ここの人達とどういう関係を築いていたかは知らないけれど、ツバキは彼らを騙し、裏切り、殺そうとしていた。いや、していたどころか実行した。成功しなかっただけで、それは事実だ。事情はどうあれ、事実なのだ。この後も、私やルーナは部屋に戻っていいそうだけど、ツバキは牢に戻される。

 それでも、いまこんな空気の中にツバキがいるのは信じられない事なのだ。

「謝罪は、お前に送らせてくれ」

 エマさんはまるで騎士みたいに膝をついて、私の手を取った。

「本当にすまなかった。……私には、ツバキを許せと言う資格はない。だが、どうか、その怒りは私にくれないだろうか。殴ってもいい、蹴ってもいい、命は……出来ればもう十年ほど待ってほしいが、エマ個人として出来ることは何でもする。だから、頼む。憎しみは、あの子ではなく私に与えてはくれないか」

 彼女の声は、喧噪の中でもよく通る。

 誰にだって大事な人がいる。誰にだって大切なものがある。私にとったら毒のような言葉ばかり吐いて、色々切り裂いてきたツバキにだって大事な人がいて、そのツバキを大事な人がいて。

 触れ合った手の温度と一緒に、そんなことがじんわりと頭の中に染み渡った。


 化粧っ気もないのに、モデルも裸足で逃げだし猛ダッシュで戻ってきて友達になりそうなくらい綺麗な人が、私の手を握って膝をついている。その背景でルーナとツバキが殴り合い。左側では大股開いて坐っているナクタにシャルンさんが涙目でお説教、右では頭領さんが麦酒髭をつけて大笑い。その周りでは、雪が降るのに酒に酔って半裸になる人多数。皆さんこんばんは、今日初めてお会いしたカズキと申します。

 人はこれをカオスと呼ぶ。



 ルーナの回し蹴りをもろに喰らったツバキが吹き飛び、観客の波に弾き戻される。その勢いで飛び蹴り。ほあちゃあ。……なんか、もう、どうでもいい気がしてきた。

「寧ろ、謝罪はルーナへとお願い申し上げますよ」

 元々ツバキに向かっていた感情は、怒りとは何か違った。ルーナや皆にした事は当然許されることではない。でも、彼に感じる感情は、怒りでも、憎悪でもない。

 遣る瀬無さだ。

 許すことは許されないかもしれないけど、許さなくていいと言ってくれたのなら気が楽である。元来、怒り続ける集中力がない馬鹿なのだ。許しはしないし、許されない。けれどそれは、憎み続けることと同義ではない。彼に怒りを向ける人にやめてやってくれと情状酌量を求めることはできない。でも、私にしたことは、もうしないでくださいで終わっては駄目だろうか。幸い、私には国同士のしがらみとか役職関係の面倒とか、そういったもので絡まるものはない。ただただ私個人から、ツバキ個人への感情だけなのだ。この鳥頭に、憎み続けろ、怒り続けろとは難題過ぎる。

 それはエマさんへも同じだ。この鳥頭に、怨恨を移行してくださいといわれても、エラー連発するに決まっている。

「私、エマさんとは、憎しる関係性よりも、友達関係性のほうが、好ましいと思われるのだけれども、如何であろうか! エマさん、好きです、大好きです! 深く好きです! よって、お友達でお願いします!」

 王族であり年上であるエマさんに、公衆の面前で大胆な告白を繰り出す。フラれたら、知り合いからお願いしますと再チャレンジする気満々である。

 どきどきしながら握手を求めて片手を差し出していたら、身体が浮いた。膝をついていたエマさんが私を抱え上げたのだ。その筋肉、私にも付け方教えてください!

 エマさんはくるりと回って、殴り合う二人の前に飛び出した。

「お前達の決着がつかんから、商品は私が頂いた!」

 歓声に負けない通る声で宣言すると同時に私を下ろし、顔をがっしりと固定する。そして、悪戯っ子みたいな顔をして、思いっきりキスをされた。唇の端に。

 酔っぱらった周囲は、よく分からないけど盛り上がっとけという雰囲気でわぁっと盛り上がった。ナクタは真っ赤になった。頭領さんは寝ていた。

 そして、お互いの胸倉を掴み合っていた二人は、糸が切れたかのように倒れ込んだ。



 何故か勝者の座を掻っ攫ったエマさんは、拳を宙に掲げて周囲の歓声を受けている。肩を抱かれて雰囲気に呑まれていた私は、はっとルーナに駆け寄った。未だ嘗てないほどぼろぼろだったけど、どうしてかっこいいんですか。鼻血出ようが頬が腫れようがかっこいいとかどういうことだろう。ルーナはきっと、何時如何なるときでもかっこいい姿以外は見せられない呪いがかけられている。

 この呪い、解く方法を探すべきか否か。人はこれを惚れた欲目というかもしれないけれど、ルーナにおいてはこれに当てはまらないと思う。ちなみに、どんな時でも私を可愛いと言うルーナは完全に当てはまる。後、眼科をお薦めします。



 ちらほら雪が降る中、あの行き止まりでぽつんと動けないガリザザの小隊が哀れである。自らが仕掛けた爆弾を踏んでくれる人達が辿りつかなかった為、動けないのだ。掘り出そうにも上から狙われていては動くに動けない。設置されている爆弾から伸びていた導線は全て切られているから、掘り出すしかないのだ。

 その小隊の数を見て、エマさんは唖然としていた。少なすぎるのだ。五十人もいなかった。幾ら爆弾があるといっても、この拠点を攻めるには少なすぎる。

 ディナストはやりたいようにやっていた。気が向けば断罪して、面倒になれば離反しても追わない。褒美が欲しいと声の大きい人間には財を渡し、手柄を立てた人間には何もない。そんなことを繰り返していれば、例え爆弾という恐怖で支配していても反旗を翻される事態は避けられないだろう。ただでさえ周辺諸国中で無差別に恨みを買い続けている。ルーヴァルから撤退するときも、行き当たりばったりで捕えた私を使ったくらいだ。

 そんな状態でよくも今までやってこられたと思うけど、それこそがディナストの才なのだろう。無茶苦茶でもやってこられる頭と実力を、もっと別の事に使っていれば素晴らしい賢帝となったかもしれないのに。

 そんな彼の元に残っている兵の数は、酷く少ない。今は皇都エルサムを閉ざして立て籠っているという。ここにいた小隊もツバキも、任務を焦ったのは早くしないとエルサムに戻れなくなるからだ。ディナストがエルサムに立て籠もったのは、手を組んだ連合軍が本格的に包囲網を縮めてきたからだという。ここにいる小隊は最後までディナスト側に残った隊ということだろう。数少ないディナストの兵の中、他国から渡ってきたヌアブロウの一軍がいることはなんの皮肉だろうか。




「伝令、伝令――!」

 見張りが叫び、開門が叫ばれる。筏のような門が数人がかりで開けられ、馬が数頭駆け込んできた。さっきまで寝ていた頭領さんがいつの間にか起きている。上半身裸になっていた人達は、いそいそ服を着ていた。酔いが醒めて寒くなったんですね。

「ルーヴァルからの伝令だ。あんた達の知らせはさっき出したんだが、擦れ違いになっちまったな」

 この伝令さんが情報持ち帰ったら、最初に出た伝令さんが無駄足になってしまう。寒い中本当にすみません。速達に価値があったと思って頂ければ救われるかもしれません。

 それにしても、ルーヴァルからというと、アリスちゃん達の事が聞けるだろうか。ユアンもアニタも、みんな元気だろうか。

 そわそわしてしまったのがルーナに伝わって苦笑された。でも、それだけで痛いのかちょっと顔を歪める。

「寒い中ご苦労だったな。すぐに部屋を用意しよう。馬はそいつに渡してくれ」

「ああ、すまない」

 深く外套をかぶった人が馬から飛び降りる。その声を聞いて、私とルーナはばっと視線を合せて、弾かれたようにその人を見た。

「ちょうどそっちに伝令を送った所でな」

「入れ違いとなってしまいましたか。それは申し訳、な、い…………」

 こっちに歩いてきた集団が足を止める。

 間違いない。間違えたりしない。ツバキの後ろ姿でさえ間違えなかったのに、この人を間違えるはずなんてない。

 身体を捻ったルーナに背中を押されて駆け出す。



 その人は呆然と言葉を切り、フードと顔当てを乱暴に剥ぎ取った後、反射のように腕を広げた。綺麗な金髪がこんな時でもさらりと揺れる。



「アリスちゃ――ん!」



 体当たりに近い勢いで飛びついたのに、危なげなく受け止めてくれたアリスちゃんは、私の顔をがっしりと固定した。今日はよく固定される日だ!

「カズキか!? 本当にカズキか!? 顔をよく見せろ!」

「私よ、アリスちゃん! 生存しているよ! お会いしたかったよ! 足もあるよ! 頭は元来より存在しないじょ!」

「たわけは死んでも治らんと聞くから、そこは期待していない!」

 期待していないという期待には添えたと思います!

 顔を見せろと言われたけれど、嬉しさが噴き出してじっとしていられない。思いっきり首根っこに飛びついて抱きつく。たわけと怒られるかと思ったら、予想に反して思いっきり抱きしめられた。

「…………探したぞ、親友」

 背骨が軋むほど抱きしめられて、アリスの長い長い息が首筋に染み込んでいく。会いたかったよ、アリス。本当に会いたかった。話したいことがいっぱいあるんだよ。本当に、いっぱいあるんだよ。

「探されたよ、親友!」

「くそっ! 会えたら会えたで腹立たしいな、貴様は!」

「何故にして!?」

「貴様が元気だということはルーナも無事だな!」

「つい今しがたまで元気であったよ!」

「どういう意味……ルーナ!?」

 殴り合った痕跡を色濃く残した、というか、出来上がりほやほやの殴り合った痕跡を晒したまま座り込んでいるルーナを見つけたアリスは、私をぽいっと捨てて駆けだした。ポイ捨て禁止である。

 ポイ捨てされた私は、マナーを守って自らゴミ箱めがけて再度のダイブを試みる。アリスちゃんを追いかけようとした私の背中にまさかの体当たりが飛んできた。

「ぐえふ!」

「カズキの、馬鹿野郎!」

「や、野郎では、なきよ!?」

 背中からぎゅうぎゅうと抱き潰されて、蛙みたいな声が出る。苦しさに溺れかけ、すぐにはっと首だけ回す。少し癖のある、ふわりとした緑色が首筋を擽る。

「ユアン! いま、カズキと申した!?」

「……ママって呼んでほしけりゃ呼んでやろうか!?」

 ユアンの耳が真っ赤に染まった。渾身の力で身を捩って向かい合う。首も真っ赤になったユアンの顔を、さっきアリスにされたみたいに両手で挟む。

「思い、出した?」

「…………出した。あんたは、カズキだ」

 バツが悪そうに視線は逸らすものの、手を振り払ったり、逃げだそうとしないで大人しくされるがままになっている。

「もう、怖いは、ない? 悲しくは、ない?」

「…………うん」

「それならばよきことよ!」

 ユアンのお母さんの代わりになれたとは思えないけど、怖くなくなる為の練習台になれたのならよかった。ずっと悲しいままなのは寂しい。ずっと怖いままなのは苦しい。ユアンは頑張った。頑張って、悲しかったことを思い出した。思い出したから、同じ場所で足踏みせずに乗り越えられる。

「あんたは、ママじゃない」

「そうだすよ」

「…………でも、あんたがママだったらよかったって、思ってる」

「ユアンさえ宜しければ、何時如何なるときでもママと呼んでくださりて宜しいよ!」

 顔を真っ赤にしたユアンは、不器用に笑って見せた。ママ、ママと全開の笑顔を見せてくれた時も可愛かったけれど、どうしよう、こっちのほうが何倍も嬉しい。

「ママになってくれてありがとう、カズキ。…………それと」

 言いづらそうに口籠り、ちらりと私を見る。

「…………あの日、八つ当たりしてごめん。俺、ひどいこと言った」

「了解したよ! だが、忘却したよ!」

 今度は私から思いっきり抱きついたらユアンがたたらを踏んだ。でも、倒れない。そういえば以前より身長が伸びた気がする。いろんな意味で成長したんだなぁ、私も年を取るものだ。……よかった、ユアンが頑張ってくれて本当に良かった。この力で無邪気に抱きつかれたら、色んなものをうげろっぱする自信がある。



 アリスがルーナに手を貸そうと近寄る。ツバキを見て目を丸くしたアリスに、エマさんが深く頭を下げた。おろおろしたツバキは、エマさんに何かを言われて歯を食いしばって俯く。本当に子どものようだ。その様子に、アリスが再び目を丸くしていた。

 どういうことだと視線で呼びつけてくるアリスも何だかおろおろしている。ぼろぼろのルーナに肩を貸して立たせながら、視線で私を呼ぶ。

「マ、カズキ、アリスが呼んでるから、行こうよ」

 癖になってしまったらしく、メカジキみたいに呼ばれて思わず噴き出した。

「わ、笑うなよ!」

「事態が分からんから仕方がないだろう! たわけ――!」

「うるせぇよ!」

 心当たりがあった三名全員に怒られる。私が笑ったのはメカジキですよ!

「なあ、今度は三対一で対決か!? おれ、カズキの味方で混ざっていいか!?」

「ちょっと頭領! どう考えてもこの子あたしには荷が重いわ!」

 うきうきと腕捲りしたナクタを後ろから羽交い絞めにして、シャルンさんが引きずっていく。



「………………何がどうなっているんだ、ルーナ」

 それを呆然と見送ったアリスは、質問の相手をルーナに変更した。とても正しい人選だと思います。ルーナはちょっと考えた。

「理由をつけて、正当に、今までの鬱憤を晴らした」

「………………そうか。私にも一発は残しておいてほしかったものだな」

「それは悪かった」

「だが、無事でよかった…………長くかかったが、返したぞ」

「……ああ、受け取った」

 何か借りていたのだろうか。物のやり取りをしているようには見えなかったけれど、二人の間では成立しているようだ。

 二人の視線が私を向いたので、へらりと笑ったら苦笑された。二人で分かり合っているのは男の友情ですか。寂しいので混ぜてください。


 よく分からなかったけれど、ルーナとアリスが楽しそうだから私も嬉しい。早く行こうよと裾を引かれて視線を向ければ、私より背が高くなったユアンが照れくさそうに笑った。豪快に笑うエマさんの手を借りて立ち上がったツバキもぎこちなく笑う。

 皆が笑ってる。

 やっと会えたばかりのアリス達と、あっという間に幸せになれてしまった。

 ああ、いいなぁ。やっぱり、こういうのがいいなぁ。色々あったし、これからも色々あるんだろうけど、こうやって皆で笑えるなら、いいなぁ。こういうのが、好き。色々あっても、こんな時間が当たり前なら嬉しい。日常なら、こっちがいい。続くなら、この日がいい。


「早く行こう?」

「はぁい!」

「うわっ、ちょ、ママ!」

 私はユアンの手を握って走り出す。



 神様、神様、神様。

 もうどこにも行きたくありません。ここがいいです。この人達とこうしていられる時間があれば、もう、日本に帰れなくても後悔しません。帰れなくても構わないと言い切ることはできないけれど、後悔は、もうしません。

 だから、お願いします。

 お願いします、神様。

 ここにいさせてください。こうして、皆といさせてください。

 その為なら何だってします。落ちても落ちても落ちても頑張ります。だから、お願いします。神様。

 もう、無理矢理どこかに行きたくないです。

 皆といたいです。皆と、ここで生きたいです。




 そう願う。必死に祈る。そんなに大それたお願いをしたつもりはなかった。欲張りすぎたつもりもなかった。けれど、願いは届かず、祈りは引き千切れる。お前の願いは分不相応だと嘲笑うかのように、私の目の前で門は閉じていく。

 そうして私は、起こしてくれる人がいない場所で一人、悪夢の続きを見ることとなる。



 それでも私はもう、選んだのだ。



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