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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
8/100

8.神様、ちょっと歳月というものは恐ろしきものでございます

 身を翻した私達の背後でパニックになった声が重なる。


「ルーナ様どちらへ!?」

「騎士ルーナ!?」

「何事だ!?」

「きゃー! ルーナ様はいま私を見たのよ!」


 どっと沸いた歓声とも怒声ともつかぬ声を聞きながら、私は裏路地に飛び込んで逃げた。それはもう、お手本に使えそうなほど立派な韋駄天走りで!

 そして、その隣を何故かマントを翻した兎パンツが疾走していた。


「なにゆえお隣を宜しいかしてるぞろ――!」

「貴様こそ何故逃げる!? 貴様の男だろう!」

「ルーナ形相が尋常ではないぞなもし故に私は撤退を進言申し上げるにょろり――!」

「つまり怖かったんだろうが!」

「適宜適切正当なる理由を要求する――!」

「正解なら正解と一言でいえ――――――!」

「正解ぞろ――――――!」

「ぞろはいらん! ぞろは――!」

 全力疾走で路地裏を駆け抜ける私達を、犬と鼠と猫が不思議そうな顔で見送ってくれる。偶に人がいたが、皆一様にぎょっとした顔で君子危うきに近寄らずを実行してくれた。

 そりゃまあ、凄い形相の男女が、プライドも何もかもをかなぐり捨てて韋駄天走りで疾走していく様を見れば、私だって見なかったことにする。

「大体貴様! 何故今なのだ!」

「は!?」

「この十年間音沙汰なかった人間が、何故よりにもよっていま姿を現したんだ!」

「帰宅帰還なるを私如きが扱える代物ではないそんなことも分からないのか貴様はだにょろ――!」

「誰の台詞を丸覚えしたのかは知らんが腹立たしいことに変わりはないな! こっちだ!」

「ひょ!?」

 ぐいっと腕を引かれて直角に道を曲がる。細い道は一見行き止まりだったけど、よく見ると横に扉があった。

 兎パンツは何の躊躇いもなく取っ手に手をかけて中に飛び込む。そのまま建物の中も疾走していく。

「こ、この場は何ぞろり!?」

「祖母が所有している店舗開店予定地だ!」

 成程。よく見ればあちこち改装中のようだ。兎パンツは白いペンキの缶を盛大に蹴倒して駆け抜ける。私は盛大にその白ペンキをひっかぶった。

 兎パンツはそのまま四階まで駆け上がると、窓際にしゃがみ込んで外の様子を窺う。

 窓の下を喧噪が通り、足早に遠ざかっていった。

 


 兎パンツに抱きかかえられる形でそれを見送って、ほーと息を吐く。兎パンツは緊張した面持ちで窓の下を覗きこみ、やがてどっと力を抜く。そして、自分の胸に押し付けている私に視線を落として、沈黙した。

「………………貴様、どうしたんだ」

「………………てめぇのけつはてめぇで拭けよなる白ペンキが私を爆撃したにすぎぬことぞ」

「………………女がケツとか言うな」

「けつって何ぞろ?」

「………………私は断じて解説役は務めんぞ」

 白ペンキを頭から引っかぶった私を見て、兎パンツは自分の行動で思い当ったらしく、む、と渋い顔をした。

「ああ!?」

 突然私が上げた声に、兎パンツがびくりと身体を震わせる。私は慌てて兎パンツから飛び退いた。

「兎パンツ!」

「兎パンツ言うな!」

[兎パンツ!]

「……何を言っているか分からんが、碌でもないことは分かる」

「マント絶望的に壊滅的汚れが襲いくるにょろ!」

 高そうなマントは、私を胸に押し付けたことで白いペンキがべったりだ。せっかく、缶を蹴り飛ばした時は無事だったのに、何てこと!

 これ絶対洗っても落ちない!

「は?」

「マント! 全身全霊で戦うのみにょんぼろり、世は無情じょりん…………」

 まじまじとマントを見つめても、糸の一本一本、更には寄り合わせ部分にまでしっかり刷り込まれてしまっている。どう洗っても全部落としきれる気がしない。

 がっくりと項垂れていると、兎パンツは物凄く深いため息をついた。

「……これは別にいい。どうせもう着れん」

「何故にしてぞ?」

「考えても見ろ。貴様を連れて逃げた男のマントとしてあれだけ注目を浴びたんだ。どの面下げて使い続けられる。今日下ろしたばかりだが止むを得ん。……いや、逆に僥倖か? 私の物だと知っている人間がほとんどおらんからな」

 羽織っていたマントを脱いだ兎パンツは、下に着ていたスカーフを外して私に放り投げた。どうやら拭けということらしい。これまで汚してしまうのは気が引ける。

 動きを止めていると、スカーフが回収された。それを視線で追う間もなくごしごしと頬が擦られ始める。

「己が自身でなさるぞにょ――!」

 慌てて逃げると、あっさり投げて寄越される。

「だったら自分でやれ。大体貴様、今までどこにいたんだ」

「十ばかし数えた日頃の行いにょんぞろりよりにけりて、娼館にお楽しみ中邪魔するぜの御様子でございましにょ」

 再度窓の外を、そーっと伺っていた兎パンツは、ぴたりと動きを止めた。そのままぎしぎしと関節を軋ませるように私の前にしゃがみこむ。

「娼、館? ………………………………売れるのか?」

「失敬無礼不躾もの―― !私如きとて、それ故の言葉を拝借するにご教授願うぞりょ!」

 上から下までまじまじと見つめた結果、真顔で大変失礼な言葉を頂戴した。

 兎パンツ、貴様……私を怒らせたな?

 私だって大人の女。ルーナと手を繋いだのも初めてのチューも、私からだということを知らないのか! 知らないよね! うん知ってる! 


 まあ、手を繋いだのは、男所帯のこの世界で、どうしても甘いものを食べたくなった私が思考錯誤した結果、分量とか細かいことあんまり考えなくていいクッキーを焼いたのを早く食べたくて、否、食べさせたくて、ルーナの手を引いて走ったことに端を発するわけだが。

 そして、初めてのチューは、情熱的だった。

 血の味がしました。

 身長が変わらなかったのが敗因だと思われます、否、勝因だ。転んだ拍子に唇が当たっちゃった、きゃ! とか、少女漫画じゃよくあるけど、あれ、実際やるとかなり痛い。その後きゃーきゃー言う余裕なんか吹っ飛ぶくらい、本気で痛いよ。なんせ歯と歯が当たるんです。歯は骨な訳で、そのまま顎骨とかに振動くるわ、これ歯折れてない!? という本能的な恐怖で涙目ですよ。ルーナも口元押さえて悶えてましたよ。その腰の細いこと細いこと、くびれを作ろうと奔走する世の女子が羨む細さで、例に漏れず私も存分に羨みましたとも!

 っていうのは置いておいて、私は大人の女の余裕で、十五歳ルーナを落とした、いや落とされた? ………………な、私は、肉食系の女!

 しかも今回は娼館にご厄介の身とあって、男をお手玉にころころする手練手管はお手の物! まあ、お姉様達から教えてもらったんだがな!


 こほんと喉の調子を確かめて、私は兎パンツにしなだれかかった。私、いま凄くペンキ臭い。

「お兄さん……今晩どう? たーっぷる、サービス、し・て・あ・げ・る」

 固まった兎パンツの頬を指で撫でながら、手順を確認する。カルーラさん曰く「最後が肝心」だそうだ。

 えーと、ウインクは練習したけど「あんたはやらないほうがいい。寧ろやるな」のお墨付きが出たから却下だ。するりと首筋に手を回して、耳元で一言「うふん」で完璧だ!

 えーと、出来るだけ色っぽく色っぽく…………。


「うほっ」

「何でだ!?」

 

 それまで固まっていた兎パンツは、まるで呪縛から解けたように怒鳴った。私の「突撃、隣のお姉さん!」作戦が呪縛とか失礼だ。ちょっと言い間違えたみたいだけど、今ならまだ挽回が効くはずだ!

「うはん、あほん、うほっ!」

 頑張ってみた。

 兎パンツは私の肩を両手で掴み、ふるふると首を振る。何だろう。世は無情って顔をしてる。

「騎士ルーナ……同年代の若手騎士からの憧れを一身に背負う、今や国すら背負う騎士ルーナ…………この女の何が良かったんだ? 否、女か? これ」

「兎パンツが無礼者にょり――――!」

「兎パンツ言うな――――!」

 チョップ喰らった。

 痛かった。

 チョップした。

 これまた痛かった。

 騎士って頭皮も鍛えられるものなんですか、そうですか。凄いですね。

 じゃあ、ルーナは禿げる心配ないんだね!

 よかったね!

 ついでに、私の頭皮も鍛えられてたみたいです。兎パンツが痛そうにしてる。

 じゃあ、私も禿げないね!

 よかった!


 二人で頭と手を押さえて悶えていると、兎パンツがはっとなって剣の柄を握った。

 視線を辿って耳を澄ますと、蹴散らしてきたせいで工事道具が散乱した階段を、誰かが上ってくる音に気付く。

 兎パンツは音も立てずに立ち上がる。さりげなく私の前に移動した動きがルーナに似ていて、騎士という職業を思い出す。

『騎士は、守るものだ』

 私にそう教えてくれたルーナは、すぐにくしゃりと照れた顔で笑った。

『だから俺は、カズキを守るよ』

 可愛かった。ああ、可愛かったさ。

 なのにどうしてああなった!?

「………………貴様は何を一人で身悶えてるんだか」

「世の中は無情絶望遣る瀬無さに溢れてやがるぜ全くがにょろんぴん……」

「緊張感が続かんから黙っていろ!」

 兎パンツが一番煩い件。


 扉が外された入口の足元に転がっていたノミが、何者かに踏まれてかたりと鳴った。

「お嬢様、いました」

 ひょこりと現れたのは、茶髪の青年だ。別に彼がちゃら男というわけではない。

 この世界の皆様は地毛がカラフルだし、瞳もカラフルだ。その中で黒髪黒瞳の私は、実は珍しい部類に入る。『美人黒曜』さん達が揃いも揃ってあの色を保持していることに驚いたくらいだ。


「ネイさん!」

 制止するように伸ばしていた兎パンツの腕をくぐって駆け寄る。

 青年は、片手をぴたりと上げて私を制した。

「はい、どうぞ」

「イギュネイションスル!」

「イグネイシャルスです」

 定番のやり取りは、私がネイさんの本名を言えないからだ。

 「言えないなら仇名でいいよ」とリリィから許可をもらい、ネイさんになった。普通はそこを取って仇名にしないらしいが、リリィは「本人が分かればいいよ」と優しい。

 ネイさんは、リリィの護衛だ。というか、娼館の門番みたいなのもやるらしく、いうなら自警団のようなものらしい。詳しくは知らない。それは興味がないからではない。私に教えてもらえない内容だからでもない。つまり、詳しく聞ける言語力がだな……。


 初めてリリィに会った時もそうだが、一見一人で歩いているようでいて、リリィの傍には必ず誰かがいるようだ。隣にいるか隠れてるかの違いらしい。分かる、分かります。リリィ可愛いから、一人で歩かせるとか心配堪らんですよね! 分かりますとも!


 ネイさんは、私を上から下まで見て、一つ頷いた。

「無事、ですかね? 全く、王族の方もいらっしゃる宝石店で行方不明になるのは貴女くらいのものですよ」

「ごめん面目丸潰れなにょろぞうぞ」

「お嬢様も大層心配なさっておいでです」

[いやあああああああああああ! ごめんリリィ――――――――! 猛省します猛省してます反省ポーズで半日過ごします!]

「…………俺との態度の差に納得いきませんが、お嬢様――。上がってきて頂いて大丈夫ですよ。怪我もないですし、このテンション保ててるんなら危険もないでしょう。若干一名騎士がいますが、まあ、俺も負けないよう頑張ります」

 ネイさんが階段下に向けて声をかけると、てこてこと小柄なおさげが上がってくる。

「いた」

「リリィ! ごめんするにょろぞうさん!」

「にょろぞうさんが誰かは分からないけど、無事ならいいよ」

「えっと……ごめん! 愛してるのはお前だけだよ! あいつとは何でもないんだって! お前だけ! お前が一番! だぞり!」

「…………カズキ、あのね?」

 懇切丁寧に説明してくれたリリィは天使だ。

 そして、よりにもよってな台詞ばかりを私に教えてくれた神様は……神様だな、うん。


「で、あちらさんはどなたさんですかね?」

 私が正座でリリィから用語解説を受けていると、いい加減痺れを切らしたらしい兎パンツが指をトントンしていた。

 だから、私は答える。知ってることを普通に。

「兎パンツ」

「兎パンツ言うな!」

「いやでもしかしがかもし、私、兎パンツの名が存じないでありますにょろり」

 正直に言ったのに、兎パンツは苦虫を七匹くらい噛み殺した顔をして、ネイさんはひゅうと口笛を吹いた。

 そしてリリィはというと。

「名前を聞くより先に男性のパンツを知るって、カズキって意外とやり手だね」

 と、至極真面目に、娼館経営者目線の感想を言ってくれた。

 自分が凄く大人の女になった気分だ。

「にょんぼるぎん」

 リリィの真似してこくりと頷くと、その本人からは淡々とした、ネイさんからは生暖かい、兎パンツからは「えー、何こいつー……」という視線を頂いた。

 大人の女になった気がしてたけど、気の所為だね! ごめんね!



 このメンバーが揃うと、結局全員知ってる私が各々を紹介しなければならないようだ。まあ、兎パンツは兎パンツということしか知らないんだけど。

「えーと、兎パンツ」

「兎パンツ言うな!」

 即却下された。

「えーと、この方々お方々なるぞ、恐れ多くもリリィなるものぞりゅんど、恐れ多くもイギュンネイシャルンスであるぞろりんじょ」

「イグネイシャルスです」

 即訂正が入った。

「そうぞり。それであるが、えーとリリィ、ネイさん、この方々お方々なるぞ……うさ」

「アリスローク・アードルゲと申す」

「アリスちゃんだぞろり」

 私が困っていたら、引き継いで名乗ってくれた兎パンツの言葉を引き継いだら、青筋走らせて人の頬っぺたを両手で引っ張ってきた。何故だ!

「どこで区切っているどこで!」

「アーニョルドシュワちゃんでふ」

「誰だ!」

 難しい。この世界の人の名前って難しい。太郎は、鈴木は? 花子は、山田は? 三文字四文字で収まる名前って、本当に幸せなことだ。

「アードルゲの騎士……」

 兎パンツもといアリスちゃんの名前を聞いて、リリィはぽつりと呟く。なんだろう。何かこう、異世界でありがちな過去とか確執か何かがあった!?

「抱かれたい男ランキング二七位」

「凄まじく絶妙!」

「微妙って言いたいんですかね」

「それぞり!」

「ぞりいりませんって」

 そりゃ全体数から考えたら高い数字なだろうけど、ランキング五十位から考えると、凄く微妙だ。

 まじまじとアリスちゃんを見つめる。ちょっと神経質そうだけどきりっとした眉、ちょっと広い額。禿げるなよ。すっとした目鼻立ち。のっぺり顔の日本人からしたら羨ましいこって。

 ルーナのほうが断然かっこいいけど、イケメンだと思うんだけどなぁ。モテないのかな。兎パンツだからだな。あ、兎パンツ履いてないって言ってたっけ。次は猫パンツかな?

 ルーナ…………あ、思い出しただけで顔こわっ!


「十三家の嫡男が、カズキに何の用?」

「貴様こそ……この者とどういう関係だ。そもそもここは、我がアードルゲ家が所有する建物だ。そこに許可なく立ち入るとはどういう了見だ」

 アリスちゃんは威圧感を膨らませて、二人を睨み付ける。二人は私を探しに来てくれただけだ。

 慌てて口を挟もうとすると、リリィはこくりと頷いた。

「改装はうちが持ってるから、許可はあるよ」

「は…………?」

 呆けた声を上げるアリスちゃんに向けて、リリィは自分を指さして、こてりと首を傾ける。可愛い。

「私、リリィ・ガルディグアルディア」

 ちょっとだけ沈黙が落ちた、と思ったら、凄い勢いでアリスちゃんが振り向いた。

「何故それを先に言わない!」

 がくがく揺すぶられると、言えるものも言えない。ちょっと酔ってきた。

 助け舟を出してくれたのはリリィだ。

「カズキが言える気がしなかったから、名乗ってない」

「……………………」

 解放されて目を回していると、ネイさんがちょいちょいと指で私を呼ぶ。

「はい、どうぞ」

「イギュネルス!」

「はい違う。ガルディグアルディア」

「ギュルルンパディア!」

「はい違います」

 ちくしょう!

 ドヤ顔で言い切った自分が恥ずかしい。でも、言い間違いを恐れていたら、この世界では一言も喋れない。言い間違いを訂正される恥ずかしさに慣れてきた自分が悲しいけど、それにも慣れた。

「カズキは十日前、路地裏で蹲ってたからうちで働いてもらってる」

「………………これを、か?」

「裏方」

「だよな」

 合点がいったとしみじみ頷くのやめてくれるかな。一応本人の希望で裏方選んだんです。一応。表っていっても裏方しか務まらなかった気もするけど、一応本人の希望です。

「次はそっちの番。どうしてカズキを知ってるの?」

 やっぱりつっこまれるよね。どうしよう。リリィに嘘つきたくないけど、これは喋っていいものなんだろうか。

 その辺の判断がまだつかない。それに、自分でも訳分からない事態になってる。黒曜って何、黒曜って。時代は変われば変わるもんだ。

 あーうー言ってる私を辛抱強く待ってくれるリリィ。リリィを騙したくない。嘘も嫌だ。

 この世界に来て途方に暮れてる私に、とんでもなく親切にしてくれた。恩を仇で返すのは、日本人でとしてあるまじき行為だ。恩には恩で報いる、というほどのことが私に出来るか甚だ疑問だが、恩人に誠意で返すのが、日本人として、人として、当たり前の行為ではないか。

「あ、あの、リリィ」

「うん」

 心を決めて口を開いた私の決意を、兎パンツ、じゃなかったアリスが遮った。

「こいつは黒曜だ」

「は?」

 素っ頓狂な声を上げたのはネイさんだ。わりといつでも丁寧な物言いのネイさんにはしては珍しい、間が抜けた声だった。

「黒曜ってのは、ああ、失敬、騎士様。黒曜というのは、あの、高官でも解けるか甚だ疑問の筆記口頭試験を何度もこなし、作法、礼法、芸に特化し、尚且つ美しさが求められる、正妃様も真っ青な難関を突破した女性にのみ授けられる称号でしょうか」

 二人のまじまじとした視線に耐えられず、私は逃げるようにアリスを見るのに、片手で瞳を覆ってしまった。ちょっと説明してもらえませんかね。ちょっと、ねえ、兎パンツ!

「これは…………本体だ」

 絞り出すような声を出したアリスの襟首を掴み、ぶんぶん揺する。

「何ぞろりその様はであります閣下――――!」

「私が決めたわけではないわ!」

「私原点回帰初心に帰れ馬鹿であるにょんぼろりんが、合否出来る気配は欠片も皆無であります閣下にょろぞんぴ――!」

「私に限らず、貴様を知る人間すべてがそう思っているわ、たわけ――――!」


 なんということでしょう。

 『黒曜』発祥の地である私が、合格できる可能性ゼロな黒曜試験だと!?

 そもそもただの美人コンテストではなかったの!? いや、美人コンテストも既におかしいし、そっちでも参加者になれる気が欠片もしないけど!


「私捜索する必要性が出てきたなが物事を得た結果がこうよーであるぞろにょ!?」

「元は貴様を探す為だったものが、民衆にも支持が出てきた上に停戦のシンボルとして扱いやすかった理由から政治的問題にまで発展したんだ! そもそも、貴様本人がいないからだぞ!? 貴様を直接見れば誰だってそんな高度な存在には成りえんと分かるものを、本人が姿を消した所為で幾らでも話しを捏造しやすいわ、あまつさえ騎士ルーナと恋仲になどなるからこんなことに!」

「ルーナ顔面形相恐怖がぽにょるんぞ――――――!」


 ルーナルーナルーナ。恋仲だって! 恋仲とかきゃー!

 アリスを揺すっているのも忘れて、私は両手で頬を押さえた。恋仲とか、自分でいうのもちょっと照れるのに、他の人の口から聞かされるとやっぱ嬉しいもんだね!


 あ、でも、思い出しただけで顔こわっ!

 ルーナ、顔こわっ!


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