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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
79/100

79.神様、ちょっとサバイバルおはようございます



 水の中にいるみたいに、空気も意識もぼんやり溶ける中、耳が誰かの声を拾ってきた。

「あの子と、イツキ? 発音合ってるかしら?」

「大丈夫だ」

「ありがと。あの子とイツキ、そんなに似てるの? 助けてって言わないの?」

 じんわりと体温で溶けるような微睡の中、誰かの会話がぼわりとぼやけて聞こえてくる。ちゃんと言葉として認識できているのに、意味を理解するのに一拍を要した。

「そうだな。他にも、目が合った時に軽く頭下げる所とか、目線を向ける位置とかな。助けを求めない所なんか、本当にそっくりだ。イツキもそうだったよ。助言は求めても助けは躊躇うんだ。あいつの性格かと思ったが、カズキもとなると助けが求めにくい国柄なのか?」

 そんなところで国民性を判断されるとは思わなかった。

「お国柄なのかしらねぇ。豊かで安全な国だって聞いてたんだけど、違うのかしら」

 とろとろとまどろむ意識の中で、会話が続いていく。

「あ、いや、それはそうらしいぞ。若い娘が夜遅くまで出歩いて、毎日普通に帰ってこられると聞いた。帰ってこられないのが例外だったそうだ」

「あら、まあ! それは凄いわねぇ」

「危険なことは危険らしいが、それでも若い娘が一人で出歩くのも普通だと言えるらしいから凄いよな」

 最近は物騒だと言いながら、やっぱりみんな帰ってこられると思ってる。帰ってこられないかもなんて思わない。そう思うのは、帰れなくなった時だと思う。


 何かかちゃかちゃと音がして、液体が注がれる音がする。

「ありがとう」

「いいえ。で、それでなんで助言は乞うても助力は拒むのよ」

「拒むと言うより、求めてこないんだよなぁ。で、だ。まだ小娘だった私は、惚れた男の役に立ちたかった訳だ」

「詳しく」

 見えないのに、シャルンさんが前のめりになったのが分かった。

 ぬるま湯より心地いい温度にとろける意識が、勝手に二度寝を決め込もうとしていて、睡魔と意識で愚図り合いだ。なんだか冬の日曜日の朝みたいに気持ちいい。布団から出たくない。目も覚ましたくない。

「あれこれ試したけど、大丈夫だの、気にしないでだので弾かれて、全く頼ってくれないんだよ。私は、そんな無理した笑顔が見たいんじゃなくて、私の胸で泣け! と思っていたのに、弱音も吐かないしな」

「そのあれこれを詳しくしなさいって言ってんのよ」

「で、だ。私が二歳年下の小娘だから頼ってくれないのかなと思ったわけだ」

「……あんたの人の話聞かない所、王族っぽくて素敵よ。そう思うことにしたわ!」

 シャルンさんがきぃって怒った。

「すまん、素で傲慢なんだ。これでも王族でな」

「自覚あるのなら何より。王族あるあるよねぇ」

「治らんけどなぁ。まあ気にするな」

「そういう無茶をさらりと言うのも王族あるあるなのよねぇ……」

 エマさんは全く気にしていない感じですまんと謝って続ける。マイペースだ。

「一年経ってもそれでな、私もいい加減痺れを切らしてイツキにぶちまけたわけだ。どうして頼ってくれないのか、私が小娘だからか。それとも遠慮しているのか。そんなのどうでもいいから私を頼れ馬鹿野郎。お前の弱音泣きごとなら全部ひっくるめて聞きたいんだと。私は十五だったんだが、若かったなぁ」

「迫り方に欠片も浪漫がないけれど、まあいいわ詳しく」

「そうしたら、あいつは泣きそうにへらっと笑って、それ難しいって言ったんだよ」

「難しい? 何が? あんたが頼りにならないって事? 王族に向かって言うわねぇ、男黒曜」

 呆れた声のシャルンさんも、結構言ってるような気がするなぁと思っていたら、同じことをエマさんがからから笑いながら言った。エマさん、気が合いますね。

「それ、はあどるが高いって泣くんだ。はあどるって何だと聞いても教えてくれなくてなぁ」

 私は、会ったこともないイツキさんの答えを、何故か知っていたような気がした。



「あんた年上の男泣かせたの!?」

「泣き上戸だったんだ、イツキ」

「この女、酔わせて本音を吐かせやがった!」

「お、シャルン。いま言葉遣い戻ったぞ! よかったな!」

「異世界に一人放り出された男が頑張って張ってた意地を、矜持をっ……可哀相、イツキほんと可哀相!」


 わぁっと泣きだしたシャルンさんの声を聞きながら、ようやくぱちりと目が開く。目を開けたのに暗い。やけに濃密な空気と溶けそうなほど柔らかい温度に、一瞬ここがどこだか分からなかった。私、どんな状況で眠ったっけと、眠る前の記憶を必死に呼び覚ましながら、とにかく明かりを求めて身体を捩る。

 よし、動けない!

 ……なんで!?

 自分の状態を確認して、私はすぅっと息を吸った。

「ほわたぁ!」

「ぐっ……!」

 唯一動けた頭を思いっきり上げたら、脳天に衝撃が来た。そして聞こえた呻き声に、事態を把握した。というより、思いだした。

 私、寝起きそんなに悪いわけじゃなかったはずなんだけど、ほんとごめん、ルーナ。


 目を開けても真っ暗で、身動き取れないから慌ててしまったけれど、そうだった。寒いからルーナに抱きしめられて眠っていたんだった。起き上がって土下座しようともがく私の腰に回していた手に力を籠めて引っ付き直した後、毛皮を少しだけ捲ってルーナが覗きこんでくる。それでも暗い。まだ夜明け前のようだ。

 顎の下を擦りつつ、欠伸を隠したルーナは、少し溶けた声で聞いてくる。寝起きって声が蕩けるよね本当にごめん。

「……どうした? 怖い夢でも見たか?」

「ごめん、寝とぼけました……」

 何故かじっと合わせてくる水色を見上げていると、その眼がふわりと解けた。

「ならよかった」

 朝、かは分からないけど、朝からルーナが優しい上にかっこよくて幸せだ。なんか、私だけ幸せでごめんね、ルーナ。私は幸せなのに、ルーナは顎に頭突きくらっての目覚めな上に、見下ろす顔がこれだ。なんか、ほんとごめんね。

「おはよう、カズキ」

 謝ろうと思ったらキスされた。流れるようにキスしてくるから照れる暇がない。だから、唇が離れてから盛大に照れる。ぐわっと火照ってくる頬を押さえて悶えていたら、ついでとばかりにもう一回された。悶えるのはルーナから離れてからのほうが良さそうだ。


 毛皮の中でもそもそと服を重ねていく。脱いで他の服に着替えてしまうと、せっかく温まった体温を逃がすので勿体ないのだ。そうやってごそごそ着替えていたら、幕の外の二人も気づいた。

「起きたようだな」

「……恋人同士の目覚めの第一声って、もっと甘やかでいいと思うのよね」

 音が綺麗に届いてくる。きっと空気が冷えているからだろう。道理で微睡んでいた上に毛皮をかぶっていたのに、会話がちゃんと聞こえてきたわけだ。きんっと冷えた空気は、熱を奪う代わりに音はすっきり伝えてくれる。なんかどういう反応でどういう現象がどうたらとか、理科とか得意な人は説明できるのだろう。けれど私には、鼻がつんっときて肌がびりびりするくらい寒い時は、空が澄んで綺麗なのとなんか音が凄く綺麗に聞こえたよ! という事後報告くらいしかできない。

 お腹とか足先とか、要所要所を特に重点的にもこもこと巻いたりして着込む。

 先に着替え終えたルーナが毛皮を持ち上げた。着込んだ服を貫いて骨まで届く寒さが一瞬で身体を駆け抜けていく。

「凄まじくよそよそしい!」

「確かに寒いな」

 凄く寒い。隊長が発した親父ギャグに皆が返した態度みたいに寒々しい! 

 最低でもカズキだけは反応してくれると思ったのにとしょんぼりしていた隊長、ごめんなさい。ギャグだったのか普通の言葉だったのかすら分かりませんでした。



 ルーナが持ち上げてくれた幕の外はまだ真っ暗だ。つまり、まだ朝は遠い。でも、そんなことよりもっと大事なことに私の眼は釘付けだった。

「エマさん、シャルンさん、おはようございます! 降雪! ルーナ、降雪! 凄まじい! 降雪よ! 凄まじいね! 私、降雪、久方ぶりに見たよ!」

「カズキの故郷はあまり雪が降らないって言ってたな」

「山間では降雪降るよ!」

 眠る前に見た景色と全然違う。うっすらと雪が積もっているのだ。暗い周囲は、火の番をしてくれた二人のおかげで保たれているたき火に照らされた部分しか見えないけれど、周り中に雪が積もっている。木が生い茂って空は覆われているのに、それでも地面に積もっているということは、木が無かったらおおごとだったのかもしれない。

 敷いていたマントをはたいて木の屑を払いながら、ルーナは頷いた。

「やっぱり降ったな。滑るなよ」

「了解じょ――!?」

 びしりと敬礼したら、見事につるりんと滑った。過去最高の滑りっぷりだったかもしれない。

 昨日ルーナに凹凸つけてもらってこの滑りっぷり。私の今日からの任務は、ナイフの使い方をマスターするより先に、歩くことから始めるべきかもしれないと、マントを投げ捨てたルーナに支えてもらいながら思った。

 そして、重ね重ね本当にごめん、ルーナ。大好きです。



 どうせ夜の山で出来ることも少ないと寝るのが早かったから、ぐっすり眠ったのに夜明けまでまだ何時間かある。夜番の二人はこれから一眠りだ。二人が起きたら朝食にして出発という流れになる。今晩の夜番は私とルーナだから、今日は一日が長そうだ。

 羽織っていた外套を洞に敷いているシャルンさんの隠さない大欠伸に吸い込まれそうになったので、負けじと大欠伸したら顎が外れそうになった。危なかった。

 エマさんは結っていた髪を解いている。澄んだ赤毛の天辺はきらきらとした銀髪で、アラザン乗せたベリーケーキみたいで美味しそうだ。

「エマさん、髪は染料しているよ?」

「ん? ああ、あの村で暇だったし、色んな組み合わせの結果を見るのが面白かったんだ。村から逃げ出した後も、変装で役立つと思ったしな」

 つやつやの髪を振って軽く解き、手で梳いていたエマさんは、急にあーと母音を漏らした。

「カズキ、聞いてもいいか?」

「何事でも宜しいよ!」

 難しいことは分からないけれど、知ってることなら何でもどうぞ!

 胸を張って答えたら、大欠伸再びのシャルンさんが呆れた目を向けてきた。

「あんた、寝起きから元気ねぇ」

「私は朝からうるさい女ですから!」

 さっきはちょっと寝惚けたけれど、基本的には朝っぱらからハイテンションです! アリスちゃんに毎朝うるさいと鬱陶しがられた実績ありですから、信頼性抜群ですよ! でも、静かにしてたら調子が狂うから騒げと怒るのだ。どうしろと。そして、怒るアリスちゃんも朝から元気だった。


 ぴょんぴょんジャンプしながらエマさんを向き直る。ハイテンションだけど、これは別にハイテンションをアピールしてるわけじゃない。純粋に寒いのだ。

 白い息がもはぁと広がっていく。鼻の奥がづーんと痛み出して、慌てて手袋をはめた掌で覆う。

「はあどるって、何だ?」

「はあどる」

「その……イツキがだな、言っていたんだ」

 半分寝ぼけながら聞いていたさっきの会話を思いだす。

「ハードル。私、先程の会話をしかと寝とぼけて盗み聞き致したよ」

「俺も聞いた」

 片手を上げて自己申告したら、ルーナも同じように片手を上げた。ルーナも起きていたようだ。つまり私は、寝ていたルーナに頭突きをかましたんじゃなくて、起きているルーナに頭突きをかましたらしい。多少の違いはあれど、土下座ものである事実は変わらなかった。

「別に隠していないから別にいいさ。寧ろ寝ている傍でうるさくして悪かった。それはそれとして、はあどる、それだ。はあどるが高いって何だ?」

 話の流れからして、陸上の障害物競走で飛ぶあれ、ではないのだろう。いや、ある意味そうなのかもしれないけど。

「えーと……跨ぐには少々高い壁よ」

「跨ぐ壁?」

 エマさんの眉がひょいっと上がった。言い方が悪かったと慌てて言葉を探す。

「登山……登る……通り過ぎる…………」

「越える」

「それ! 越えられぬ壁! 乗り越えがたき壁!」

 ルーナのおかげで助かった。……あれ? これルーナに聞いてもらった方がいいんじゃないだろうか。何せ、私の国語辞典読んでたルーナだ。私だけでなく、一般日本人より語群が多いかもしれない。

 ちらっとルーナを見たら、思いもよらず真剣に見つめられていて、思わずじっと見つめ返してしまう。じぃっと見ていたけれど、そういえば話していたのはエマさんだったと慌てて視線を戻すと、エマさんは難しい顔で顎に手を当てている。

「……話は聞いていたと言ったな。あの流れの場合、それは、どういう意味だ?」

「私は、ムラカミさんでは無い故に、分からぬよ」

 申し訳ございませんと謝ったら、エマさんはぶはっと噴き出した。豪快な笑い方が可愛い。腕を当てて口元を隠す笑い方は、男っぽくてかっこいいけど可愛い。

 顔半分腕で隠れた顔に、エマさんの眼は切れ長なんだなと、今更気づいた。

「それはそうだな。じゃあ、お前はどうなんだ? はあどる、高いか?」

 切れ長の目がじっと私を見ている。そして、じりっと首筋が焼けたような気がして振り返ったら、水色の瞳も私を見ていた。ちなみに、洞の傍で腰かけたシャルンさんの瞳は、早く寝ましょうよと言っている気がする。


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