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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
78/100

78.神様、ちょっとサバイバルおやすみなさい



「大体、なんで大陸にいるのよ! そもそも、いつこの世界に戻ってきたのよ! あたしがグラースにいた時はそんなの噂にすらなかったわよ!」

 わぁっと顔を覆って泣くシャルンさんの横で、エマさんはてきぱきと空になった鍋を洗って片づけていく。ルーナは無言で明日からに備えて、私の足に合うよう靴を調整してくれている。その眼はずっと私を見ていて、逆に緊張してきた。私をというより、私の手元をだ。

 私は、火の明かりを頼りに木を削っている。さっき砕け散ったルーナの哀れなスプーン作りだ。危ないとは言われたけど、私もナイフの扱いに慣れないと、この先困る。ここには包丁や鋏なんてないのだ。料理をするにしても、何かを切るにしても、ナイフでやらなければならない。みんな優しいから、頼めば誰かがやってくれる気はする。けれど、それじゃ駄目だ。どれだけへたくそでも、扱い慣れてなくても、やらなきゃずっとそのままだ。やってもへたくそのままの場合もあるだろうけど、まあ、それはそれだ。

 とにかく切っ先は絶対に身体以外へと向け、力を向ける方向に指がないかを逐一確認するようにと念を押されて、遅々として進まないスプーン作りに精を出していた。

「あ」

 ずべっとナイフの先が滑って間抜けな声が出る。次いでかんっと響いたのは、私の指とナイフの間に滑り込んできた細長い石がたてた音だった。滑らないようにと靴底に凹凸をつけていた石だ。その持ち手だったルーナは、私が指を切り落とす直前に石を滑り込ませてくれたらしい。お手数おかけします。今更ながら冷や汗かいた。



 生木を弾いた炎に下から照らされながら、エマさんはすぅっと息を吸う。

「それは私も聞きたい。いま外はどうなっている。イツキは、ツバキは、どうしているんだ…………どうしてあの薬をツバキが人に使っているんだ。どうして、よりにもよってあいつが、そんな馬鹿なことをっ……!」

 エマさんは拳をぐっと握り、唇を噛んだ。

 私はいったんナイフを置いて、力が入りすぎて固まった肩を押さえた。そしてルーナと目を合わせる。

「少々、長期の話となるよ」

 私は神妙に頷いて、口を開いた。

「ルーナ、宜しく!」

「ここまでしてあんたじゃないの!?」

「私が状況報告致せば、何事も把握できぬうちに朝を迎える事態と陥るよ!」

「あんたもう寝てなさい」

 真顔で言われて、私も真顔で頷く。私ほど説明に向かない人間もいないだろう。その理由が言葉だけじゃないと分かっているくらいには賢いのである。

 たぶん。




 基本的にはルーナが、ルーナがいなくなってからの補完を私がちょこちょこと付け足して、あらかたの説明が終わった。といっても、私が知っている事なんてたかが知れている。私は、私が実際に見えていた範囲しか知らないのだ。


「嘘でしょう……」

 だから、震える手の甲をきしりと噛んだシャルンさんが無事を聞いた建物も、人の安否も、全く分からない。グラースでもかなりの爆弾が使われたということしか分からなかった。そしてルーナも、グラースには戻れていないので正確な情報は持てていない。

「たった一年でそんな……なんてこと……」

 そう呻き、両手で頭を抱えて俯くシャルンさんにかける言葉が見つからない。ずっと、最後まで一言も喋らなかったエマさんにもだ。

 エマさんは、膝に肘を置き、組んだ両手に額を置いたまま動かない。

 まるで祈っているようだった。けれど、手の甲に食い込む指の強さがそれを否定する。救いを求めている祈りというより、何かの決意に見えた。

「……そのヌアブロウという将軍は、討ち取ったのか」

「いや、ルーヴァルの王城にはいなかった。アリスも言っていたが、あの男が他国の城を守る為に命を懸けるわけがない。だが、求めているのは戦場だ。最早グラースとブルドゥス間にそれが見出せない以上、ガリザザから出たとも思えない」

 固く閉じた瞳が開かれないままの問いに、ルーナが答える。

 少しの沈黙の後、ふぅーと長い長い息が吐かれた。

「ならば、最悪だな。これ以上あいつの元に戦力が集まると手が出せなくなる」

 そうして上がった顔には、なんともいえない表情が浮かんでいる。泣きそうなのに、口元は笑っていて、眉は譲る気はないと言わんばかりにきりりと吊り上っていた。たぶん、自分でもどんな顔をしているのか分かっていないのだろう。エマさんは、自分の眉間を指で押さえた。


「私は七年前、選択を誤った。あいつが、ディナストが、王位を狙っているという情報は聞いていた。だから、同じように王位を狙う兄弟達はいきり立っていた。……だが私は、王位争いになど参入したくはなかった。どうせ兄弟の誰かが王になる。王になった所で、全ての領地の管理は出来ないから、元々持っていた領地くらいは特に反旗を翻したりしなければ今迄通りの統治が可能になる。玉座を取った奴なら、どうせ王位争いをした奴らの領地を奪い取っているから領土は増やしているしな。もっと欲しけりゃ、王となってから周辺諸国を落としていくだろうと。少なくとも今までのガリザザはそうやって来た。ならば、今あるものを失ってまで何かを得るために争いたくないと、思った。イツキがいて、ツバキがいて、皆がいて、その今の方が大切で、他のものはどうでもよかった。……だが、それは誤りだった。私は、間違えたんだ」

 ばちりと生木が弾ける音がする。生木を弾いた火に触れるように、ふらふらと虫が火に飛び込んでいく。あっという暇もなく、羽に炎がまとわりついて火の中に落ちていった。

「十年前、風呂に降ってきたイツキと出会った。数か月後、奴隷商から逃げてきた子どもをイツキが庇い、ツバキと名付けた。……楽しかったよ。ディナストが兄皇子と戦うために進軍していた兵を、突如私の領地に向けるまでは…………私は愚かだった。あの段階に至ってもまだ、戦う決断ができなかった。戦いを回避する術を探すばかりで……その結果全てを失って、この様だ」

 握りしめた指先が皮膚を食い破り、血が滲んでいるのにその力は収まらない。ぎりぎりと食い込んでいく爪先に、慌ててその手を取る。

「エマさん!」

「私は、戦うべきだった」

 けれど、エマさんは私の手を取らない。ぎりぎりと自分の手を締めつけて血を流す。

「失いたくないのなら戦うべきだった。殺す決意も失う覚悟もなく、守れるものなど何もなかったんだ!」

「エマさん!」

「失いたくないのなら、躊躇ってはいけなかった! 自分の手が汚れても、血と憎悪に塗れても構わないのだと言い切れない人間には、何も守れない。過ごす日々があまりに優しかったから、私は忘れていた。本来、ガリザザの王族とは血を血で贖って生きてきたんだ!」


 凄い握力の拳に指を捻じ込んでこじ開け、無理やり解いた指先を三本纏めて握りしめる。指先ならこっちも圧し折られることはないと思うので、存分にどうぞ。エマさんの手が抉れていくよりはましだと思った私の思惑は、普通に敗れた。

「あいたたたたたたたた!」

 駄目だ。指三本でも結構な力だった。圧し折られることはないにしても、掌を貫いてきそうな威力だ。

 エマさんの話は聞きたいし、聞いてあげたいし、聞かなくてはいけない事だとも分かる。分かるのだけど、自分で自分の手に爪を立てて血を流す姿をただ見つめるのも嫌だ。だけど、私の掌に穴が開くのも困る!


「あんたは何やってるのよ! エマも! ほら、手を離しなさい! いい子だから!」

 慌てたシャルンさんが割って入ってきたのを見て、エマさんがはっと手から力を抜いた。素晴らしい握力を体験させて頂きまして、大変ためになりました。二度目は、文字通りお手柔らかにしてもらえると嬉しいです。

「……すまない、六年ぶりにあの村から出られて、色々、噴き出した。……興奮して悪かった。すまん、忘れてくれ」

「了解よ!」

 忘れてほしいと言うのならば忘れよう。大丈夫です! 馬鹿に忘却は御手の物です!


 両手で顔を覆って髪を掻き上げたエマさんは、もうさっきまでの、熱を持っているのにどこか虚ろ目をしていなかった。

 もう一度悪かったと言ってくれたけれど。掌に穴開いていませんから大丈夫です、どうぞお気になさらず。

「全く……皇女様が庶民の手を握り潰すなんて外聞が悪い……これ、外聞の問題なの? そして、どうしてこんな時は動かないのかしら、騎士ルーナ! 黒曜の手が砕けるわよ!?」

 私の靴を目線の高さに合わせて凹凸を確認していたルーナは、話を振られてこっちを見た。

「カズキならそこから盛り返せる」

 体力測定では砲丸投げに適した握力は判明しなかったけれど、ルーナからの信頼に答えてみせよう。まずは握力を鍛えるところからだ! 握り潰されかけた手は、今はちょっと油の切れたロボットみたいな動きしかできないけど、もう少し落ち着いたらなんとかなると信じている。

 シャルンさんはきょとんと首を傾げた。

「黒曜は怪力なの?」

「正攻法とは言ってない」

「ああ…………」

 握力を鍛えなくても何とかできるというルーナからの信頼に、私はどう答えればいいのだろうか。私より付き合いが浅い、というより数時間前初会話というシャルンさんが納得してしまった現実が悲しい。私ももっとルーナと分かり合いたいものだ。婚約者なのに、数時間前初会話のシャルンさんのほうがルーナを分かっている現実。

「それに」

「それに?」

 今度こそルーナと分かり合いたいと身を乗り出した私に、まさかの頭突きがきた。額と額でご挨拶。斬新な挨拶だ。そういえば、ルーナとこんにちはの挨拶をしなくなったのはいつ頃からだろう。礼儀として挨拶は大事だけれど、親しくなればなるほど省略していく挨拶もある。だから、し続けているといつまで経っても親しくなれない挨拶もあるから、挨拶って難しい。こんにちはとかこんばんはがその代表だなぁと、どうでもいいことを考えていたら、ルーナの目が細まった。

「助けを求めないお前も悪い」

「なへにひてふむふほ」

 私の頬を片手でむんずと押し潰したルーナのおかげで、懐かしのひょっとこ再来。

「ウルタに連れ去られた際お前が言ったのは『助けて』じゃなくて『非常事態で困惑事態発生ぞろ! 如何致せば宜しいか――!?』だったって? そう聞いた時、俺はどっちかというとお前に対して怒りが湧き上がったからな? ティエンは、響く語尾が烏みたいだったと腹抱えて笑っていたけど」

 道理で、ウルタ砦に助けに来てくれたルーナが真っ先にした事が頭突きだったわけだ。後、ティエン、私は別にかあかあ鳴いてませんよ。かーっ、かーっのエコーが烏みたいだったなんて失礼にも程がある。全力で烏に謝ってほしい。


 解放された頬っぺたを擦っていたら、あの時の額の痛さも思いだしてそこも擦る。

「少女姿変装のルーナが可愛いと思考していた私に激怒したのだと理解していたよ。ごめん、ルーナ!」

 村娘に変装していたルーナだけど、あれは失敗だと思う。確かにちゃんとウルタ砦に入りこめていたけど、あんな美人さんな村娘Aは見たことがない。どこのお姫様かと思った。

「ちょっと黒曜、その話詳しく教えなさい!」

「必要あるか? 今それは必要か?」

 前のめりに食いついてきたシャルンさんの顔面に、ルーナの反対の手が食い込む。アイアンクロー痛いですよね! でも私、そこまでめり込まされたことはありません!

「ぐあああああああ!」

 シャルンさんの悲鳴は大変男らしかった。それとルーナ、伝えたいことは手じゃなくて口で言ったほうがいいと思うよ! 私やティエンやシャルンさんの頭が物理的にへこまない為にも、是非とも口に出したほうがいいと思うよ!



 あらかた片づけも終わったので、今日はもう寝てしまおうという話になった。

「夜番は朝方に仮眠を取るとして、夜番二名、就寝二名が妥当だと思うが、どうする」

 私が使っていたナイフをしまい直したルーナの言葉に、異論は出ない。私は、エマさんが荷物から取り出した何かの毛皮を縫い合わせた大きなマントみたいな物と、ルーナのマントを洞に置いてから皆の元に戻った。

「そうよねぇ。寝るにせよ夜番にせよ、一人で凍死はするのもされるのも嫌だわ」

 頷いたシャルンさんの口から出た息は白い。夜が更けるにつれて、急激に寒さが増してきた気がしたのは気のせいじゃなかったようだ。

「山は冷えるからな。どうする? シャルンは私とでいいか?」

「王族となんて嫌よぉ。女の子同士で眠りなさい。ほら、カズキも眠そうだから先に寝ちゃいなさいな」

 大欠伸を見られていたようだ。私は基本的にルーナに抱えられて自分で山道を進んでないのに、何だか申し訳ない。荷物を抱えて歩いていた三人は欠伸一つしてないのに、歩いていない私だけが大欠伸……なんで皆さん欠伸しないんですか? 私が甘ったれなのか、皆が強靭なのか。それとも、私の睡魔が強靭なのか。


「いいのか?」

「何がよ」

 エマさんはきょとんと首を傾げる。

「私は構わんが、お前、ルーナと抱き合って寝る気か? 大丈夫か?」

「恋人同士を引き裂くなんて無粋な真似、シャルン・ボーペルの名が廃るわね! さあ、寝なさいカズキ! 今すぐ騎士ルーナと一緒に眠りについていい夢見なさい! 面白い夢だったらあたしにも教えなさい!」

 私は相手がルーナだと凄く嬉しいけど、どの組み合わせでも楽しそうだと思うから、とりあえず肩を全力で揺さぶるのはやめて頂けるともっと嬉しいです。

 がくがくと前後に揺さぶられた視界の端で、ルーナの手がアイアンクローを構えたのが見えた。このままではシャルンさんの頭がピーナッツみたいなくびれを帯びてしまう!

「うげろっぱ三秒直前! 二! 一!」

「ぎゃああああ!」

 とにかく落ち着いてもらおうと思った冗談だったのだけど、どうやら洒落にならなかったようで、シャルンさんは凄い勢いで飛びのいてしまった。うげろっぱで通じ合える私達は、これから素晴らしい旅ができると思います。どうぞ宜しくお願いします!




 ルーナのマントを敷布団に、毛皮を縫い合わせたコートを掛布団にして、靴も靴下も上着も脱ぐ。広げた上着は丸めて枕代わりにする。正座して高さを調整していると、ルーナもブーツを脱いで洞を潜って入ってきた。そして、入口を厚手の布で覆う。覆うといっても洞の全部を覆えるものはなかったから下半分だけだ。これだけでも寝ころんだ時に直接風が当たらなくなってかなり違う。

「カズキ、奥に行け」

「出入り口近辺は寒がりよ?」

「だからだ。寝床の向きも変えるぞ」

 洞の入口から見て縦に敷いていた寝床を、ルーナは正座した私を乗せたまま横向きに引っ張る。おおーと間抜けな声を上げて回った私の肩に手を置いたと思ったら、次の瞬間にはルーナを見上げていた。

 寝転がった私の横に並んだルーナが伸ばした腕は私の背中を越えて、毛皮を私の身体の下に押し込む。風の入る入口側は全部ルーナの身体になってしまった。

「上掛を背中に巻き込んで、足は俺に絡めておけ。絶対に出すなよ。凍傷起こしたら指が落ちるじゃすまないからな」

 何度も念を押したルーナは、更にがっちり私を抱え込んで横になった。背が高いルーナはこの洞の中ではかなり窮屈だろうけど、曲げた足を私に絡めて素足をくっつける。凄く温かい。体温の高さにテンションの高低は関係ないようでがっかりである。関係あったら、ほっかほかの私がルーナのあんかになれたのに。

 私の顔を胸に押し付けて、毛皮を上に引っ張り上げたルーナは、私の手を背中に回そうとして少し考えた。そして、引っ付いているお互いの胸の間に押し込める。

「俺から離れないよう意識して眠れ。起きたらお前が凍死していたなんて絶対に嫌だぞ、俺は」

「私も嫌じょ!」

 ルーナの雰囲気が戦闘中みたいにぴりぴりしている。それだけ危ないんだろう。冬の山で眠る危険は分かっているつもりだったけれど、私が思っているよりずっと危ないんだとルーナの念の入れようで分かった。

 丸まった身体の前に合わせた両手でルーナの胸を掴む。

「ルーナは寒いない?」

「大丈夫だ」

「私とて、起床時間してルーナが凍死していたら、泣き叫ぶではすまぬよ」

「身体が小さいほうが体温は下がりやすいから、これでいい。言っとくけどな、風邪を引いても致命傷になるぞ。特に今のお前は、体力が戻ってきてるとはいえ、あれだけ弱った後だと自覚しろ」

 致命的なことが多すぎた。役に立てないどころか迷惑をかけるのは御免被る。

 大人しく体力温存に努めよう。額をルーナの胸につけて目を閉じていたけれど、ふと気づいて顔を上げる。ルーナはさっと顎を上げて私の無意識の頭突きを避けた。

「私なるは、最近の日常なるで睡眠ばかりなるを取っている気分ぞりよ」

「……気絶と睡眠は違う。それに、眠れないよりましだろ」

「仰るれるられる通りですよございますね」

「………………そうか。眠いんだな?」

 毛皮から出ていた時は、鼻の頭がつんとくるくらい寒かったけれど、今はルーナの体温で温かい。胸から聞こえてくる心音と、引っ付いているから分かる鼓動のとくとくとした動きは、優しいメトロノームみたいだ。聞いていると私の心臓もタイミングが合っていく。

 意識の中にとろとろと眠気が混ざる。眠くてうまく働かない私の頭でも、こっちの世界の言葉を話せるようになった。随分馴染んできたものだ。私だってやればできるんだよ、アリスちゃん。頬っぺた引っ張りまくってくれたおかげだよ、アリスちゃん。

 アリスちゃんに報告したいことが増えていく。

「眠いと一気に言葉が乱れるから分かりやすいな」

 報告しないほうがいい気がしてきた。でも、まあ、ぼやけた思考でも日本語じゃなくて一応こっちの世界の言葉が出てきたという所だけは報告しても呻かれないだろう。

「ルーナあたたかたい……」

「お前も温かい」

「ルーナの薫り高いがする……」

「…………コーヒー豆になった気分だ」

 最近ずっとこの匂いに包まれて眠っていて、凄く幸せだ。なんという贅沢。この凄まじい贅沢を節約しようとはちっとも思えない私は、ゴージャスセレブなカズキの二つ名を名乗ったほうがいいかもしれない。

「……ルーナ、凄まじくかたたかい」

「温かいのはいいけどな、もう寝ろ」

 確かに、充分眠ったはずなのに、もう駄目だ。意識がルーナの体温に溶けていく。私はルーナの胸元をぎゅっと握って、額をつける。

「ルーナ……」

「うん」

「おさすみなさり……」

「おやすみ、カズキ」

 額に柔らかい感触が降ってきて、じんわりと広がった温もりに胸まで満たされる。


「仲が良くて羨ましいなぁ。私も即座に解読できるようになりたいものだ。な、シャルン」

「羨ましいの!? あれ羨ましい類のものなの!?」

「お、雪だ。ついにきたか」

「あんたが振った話題なんだから続けなさいよぉ!」

 外からそんな会話が聞こえてきたけれど、ほとんど寝入ってしまった私は、雪にはしゃぐことができなかった。


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