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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
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71.神様、生活力の差が少々ではありません



 駄目だよ、帰るんだよ。

 日本に?

 日本にだって帰りたい。でも、約束したのはどっちだった。

 帰らなきゃ。みんな待ってる。リリィとも約束した。アリスちゃんが金剛力士像みたいな顔して待ってる。

 それに、出られないって、困る。困るんだよ。

 だって、どうするの。ルーナ。どうするの。ルーナの丸薬、どうするの。

 この村にあるの? あれ、ガリザザの王族が主に使ってて、他の人はかなり高位の貴族じゃないと使えないって言ってたじゃない。希少だから、凄くお金がかかるから。庶民が一年働いたって一個も買えないって言ってたじゃない。だから、ラヴァエル様が融通してくれてたのに、どうしよう。どうしたら、お金、薬。

 嫌だ。せっかく会えたのに、またルーナがいなくなったらどうしよう。ルーナ、待って、薬探してくるから。薬、買える場所探して、薬買えるお金を稼いでくるから、何でもするから、私頑張るから、待って、いなくならないで、待って、ルーナ、置いてかないで。ルーナ、やだ、置いてかないで、ルーナ、いなくならないで、待って、待って、やだ、もう嫌だ、ルーナ。お願いだから、ルーナ。

 一人は寂しいよ。一人じゃなくても寂しいんだよ。

 ルーナがいないと、悲しいんだよ。

 ルーナに会えるまで止まらないでいられた。ルーナに思いだしてもらえるまで待てるよう頑張れた。なのに、ルーナに会えたら、ルーナが思いだしてくれたら、今度はいなくなるのが怖い。忘れられるのが恐ろしい。

 なんだ、この弱虫。泣き虫。意気地虫……意気地なしだ。

 でも、きっと、ルーナも同じだった。今よりずっと年下だったルーナに、同じ恐怖を叩きつけたのだ。

 それでもルーナは帰ってきてくれた。よりにもよってなタイミングだったけど、この恐怖の中に帰ってきてくれた。一生一緒にいたいと願ってくれた。それに応えられなくて何が恋人だ、何が婚約者だ。

 失う恐怖に逃げ出すものか。そんなものより失くした後悔のほうが強いに決まってる。


 たぶん、私達は、一緒に居続けるために覚悟がいる。既にしていたつもりの覚悟より、もっと大きな覚悟が。一緒にいてもいなくなるのが怖くて、一緒にいないともっと怖い。

 それでも、どんなに怖くても頑張ろうと思えるのは、やっぱり一緒にいたいからだ。

 堂々巡りの怖さが渦巻く心の中で、一番大きくずどんと陣取っているのが、ルーナが大好きというひどく単純な気持ちなのだからどうしようもない。

 一緒にいるために頑張らなくちゃいけなくて、一緒にいるから頑張れるなら、一緒にいるために頑張れる。

 だから。



『ルーナ……』

 自分の声で目が覚める。熱い。熱くて、寒い。

『…………なんで、そんな、嬉しそうなんですかね』

 私を抱きしめて一緒に寝転んでいるルーナは、この世の春みたいに目を輝かせている。でも、すぐに肺が空っぽになるんじゃないかと心配するくらいの息を吐いて、額を合わせた。

『高熱で丸一日目を覚まさなかったカズキが起きたんだ。喜ばないほうがおかしいだろう』

 潜められた声の内容を理解するまでに、ちょっと時間がいった。

『熱……一日!?』

 慌てて起き上がろうとした身体をやんわり止められる。でも、どっちにしても頭がぐわんぐわん揺れて無理だった。

 背中の下から首を押さえて身体を起こし、水を飲ませてくれたルーナは、私をまたベッドに戻した。熱でいろんなものがぐにゃぐにゃ熱い。

『色々、限界だったんだろう。いいから今は休んでくれ』

『でも、ルーナの、薬……薬、買いに』

『薬がいるのはお前だろう……全く』

 部屋の中はカーテンが閉め切られていて、時間がよく分からない。

 ぼんやりとルーナを眺めて、何がどうなったんだろうと考える。今一思考が繋がらない。ずっと夢の中にいるみたいにぽわぽわしているのだ。

『なんで、また、熱……向こうじゃ、熱とか、滅多になかったのに』

『いつ熱出した?』

 処刑台の上でルーナとエンカウントした日です、とは、言えない。

 どうしようかなぁと考えながら、やっぱりルーナを見つめてしまう。甘えたいけどしっかりしたい。それを両立できるいい女になりたいものだ。絶世の美女にはどう足掻いてもなれないけど、絶品のいい女なら目指せるはずだ。なれるかどうかはまた別のお話である。

 答えない私に嘆息しつつ、掌で熱を確認したルーナは、もう一回嘆息した。連続溜息でルーナの肺は空っぽだ。

『やっぱり高いな……薬がいるか……だが、医者も今一信用できないしな』

 どうしたものかと考え込むルーナを見て、私も悩む。そうだ、薬だ。ルーナの薬がいるんだ。でも、どうして薬が手に入らないんだろう…………こんな風に話していていいんだろうか。

 ようやく事態を思いだして、慌てて呼び名を変える。そもそも日本語で喋ってよかったんだろうか。ブルドゥスだと大陸出身だからとか言い訳があったけど、実際にその大陸でどこにも使われていない言葉を、安全か分からない村で使っていいのか分からない。

「ル、たいちょ、ギ、ギニアス……兄貴?」

『……好きに呼べばいいけど、ギニアスがいいんじゃないか? 兄は呼んだことないから使い慣れないだろ? それに、今はルーナで大丈夫だ。屋根裏の狸は少し前に逃げていったからな』

『何したの?』

『ちょっと罠を』

 この村に来てから、ルーナのしれっと具合が増している。それにしても、罠を仕掛けなきゃならないのは、やっぱりこの村が普通じゃないということなんだろうか。最初に会った女の人は誰なんだろう。ルーナの薬どうしよう。

 聞きたいことがいっぱいある。

『ルーナ、聞いていい?』

『……元気になってからにしないか?』

『それで後悔したこと、いっぱいあったから』

 次があるなんて保障、どこにもないじゃない。

 自然と浮かんだ言葉を慌てて飲み込む。言霊ってあるのだ。日本ではそんなに本気で信じていなかったけど、駄目だと言われていることをあえてする必要もない、験担ぎならいくらでもする。でも、こんな、現実になったら悔やんでも悔やみきれない言葉を吐けない。

『聞かないと寝ないつもりだな?』

『うん』

 ルーナはまた肺を空っぽにした。

 そして私の身体を跨いで壁際に回って元の位置に戻る。抱きしめられると温かい。でも、これはいいのだろうか。私は男兄弟がいないから分からない。

『兄妹で、これはあり?』

『俺は妹がいないから分からない。まあ、大丈夫だろう。カズキが寒い寒いと震えが止まらなかった末の苦肉の策、という流れだからな』

 しれっと再び。いや、三度。

 でも、確かに色々やってくれた形跡が残っている。掛布は家中の布をかき集めてきたかのようにこんもり積み上がってるし、中には乾かしたルーナのマントもあった。足元に触れる、布に包まれた硬い物は多分湯たんぽだし、ベッドの下から覗いている鉄鍋に入っているのは焼き石だ。

 その背中が掛布から出ている所を見ると、ルーナは暑いんだと思う。ごめん、ルーナ。私はまだちょっと寒いけど温くて、凄く幸せです。

 でも。

『ルーナ、薬、どうしよう』

 何より気になるのはルーナの丸薬だ。元々持っていた分すらどうなったか分からない。一応厳重に油紙に包んではいたけれど、あれだけの水に飲まれたんだから使い物にならない状態になっていると思う。

 私よりよっぽど不安で堪らないだろうルーナは、深刻な顔で、欠伸をした。よく見ると目の下に隈がある。

 心配かけたなと視線を胸に落とす。

『隠す必要もないし一応伝えてみたら、外から流れ着いた人間の中に、あの薬を専門に研究している人間がいるらしい。解毒薬を専門にしているらしいから、明日会ってくる』

『……ほんと!?』

 ちょっと理解が遅れたけど、その内容が頭に入った瞬間思いっきり顔を上げてしまった。後頭部がルーナの顎に直撃する。脳天から爪先まで貫いていった電流に似た衝撃に、目の前に星が散った。

『ぐっ……カズキ、舌! 舌噛んでないな!?』

『は、はんらまへん……』

『噛んだな……』

『ごへん……』

 話を続けてくださいと身振り手振りで伝える。

『……身体はつらいと思うけど、出来れば一緒に行こう。置いていくほうが心配だ』

『行く。寝てたら起こしてください』

『ああ、分かった』

 今度は私が肺の中を空っぽにする番だった。だって、嬉しい。どうしよう、嬉しい。まだどうなるか全然分からないけど、もしかしたらルーナがあれを飲まなくても大丈夫なようになるのだろうか。ずっとどうしようって思っていたけど、どうすることも出来なくて悶々としていたことに一筋の光明が差しこまれただけで、有頂天になりそうだ。



『ところでカズキ、お前口の中どうしたんだ?』

 いい事に繋がればいいなという期待でどきどきしていたら、不意にルーナが聞いてきた。

『口の中?』

『舌噛んだで思いだしたけど、落ちる前のキスで血の味がした』

 なんだか凄い台詞だけど、意識したら終わる気がする。意識した途端、ベッドからも飛び降りてしまいたくなりそうだ。心を落ち着かせようと深呼吸したら、胸いっぱいにルーナの匂いを吸い込んで逆効果だった。ルーナ大好きなのが裏目に出た。表にしても好きだからまあいいや。


 それにしても口の中。そんなところ怪我しただろうか。

 記憶を辿って、一つ心当たりを思いだした。

『あ、殴られたあれかな?』

『…………誰に?』

『ディナスト。自分で殴った時よりは鼻血ましだったから、殴り方があるんだろうね』

 こんな感じでと、軽く捻りを入れて手首を動かす。

 そういえば口の中が切れていたような気がする。ディナストに捕まってこの程度の怪我で済んだのは幸いだった。巡礼の滝から落とされたけど、結果的には私もルーナもこうして生きてる。もっと幸いなことに、私達にはそれを喜んでくれる人達が待っている。

 神が住まうと言い伝えられる滝から落ちて、私は生きていた。


 私は、許されたのだろうか。

 ルーナの胸に額をつけ、ゆるく首を振る。

 普段はいい事があってもお礼を言いに行ったりしない神様に、こんな時だけは縋ってしまいそうだ。生きていたら無罪なんて基準は人間が勝手に決めたことで、当人である神様が聞いたら「初耳ですよ!?」とびっくりするかもしれない。

 許しは神様から貰うものじゃない。少なくとも、実際に被害を受けた人間がいるのに、余所に請うものじゃない。もし、本当に神様が私を許してくれたとしても、私は、私だけは、それを言い訳にしてはいけないのだ。……でも、神様の所為でもあると思う私がいるのも事実だ。神様、責任折半しましょう。

 あの人達は私に謝罪を求めなかった。謝れとは一言も言わなかったのだ。求めたのは贖いだけで、そこに救いを見出そうとしていた。

 でも、きっと、彼らが本当に求めた物は違うはずだ。彼らが求めるものは私達への贖いではなく、排除だ。この世界から爆弾を排除すること、爆弾のなかった時代を取り戻すことが、たぶん、本当の願いだ。

 ディナストから爆弾を取り上げることが、皆の本当の願いなのだと、思う。




 滝を思いだすと、自然とその原因になった人も思いだす。私の髪を削ぎ切りにし、ぐーで殴って楽しそうに笑っていたディナスト。そういえば、彼は知らない単語を言っていた。せっかくだから忘れてしまわない内に聞いておこう。

『ねえ、ルーナ、の、顔怖いっ!』

 ふと見上げた顔は、再会した頃のルーナを彷彿とさせた。やめてルーナ。なんか最近はそのぎらりとした目もかっこいいと思えてきて幸せなんです。怖いけど。

『……何でもない』

『どこをどうとってもそうは見えないけど、一つ聞いてもいい?』

『どうぞ』

 どうぞ。ああ、とか、うん、じゃなくてどうぞ。でも、まあ、何でもないと本人が言っているから尊重しよう。蛇は藪の中で静かに眠っていてもらったほうがいい。あえて藪蛇を突っつく必要もないと思う。

『トギって何?』

『トギ?』

『ディナストがトギの相手をさせるって言ってたけど、カギの親戚?』

「…………伽」

 そう、トギ。たぶんトギ。カギ、クギ、イギ、いろいろあるけど、たぶんトギであってるはずだ。聞き間違えじゃなかったら。

 いつもならすぐに答えをくれるルーナが無言だ。もしかしたら大陸特有の言葉で、ルーナも知らないのかもしれない。歩く百科事典みたいに何でも知ってるルーナだけど、そりゃ知らないこともあるだろう。


 お互いの吐息と体温が混ざり合う距離に無言でいると、とろとろと睡魔が襲ってきた。頭痛はするけれど、ルーナの鼓動とリズムが合わさるとなんだか落ち着いてくる。

『カズキが』

 睡魔に身を任せそうになってきた時、ぽつりと言葉が降ってきた。

『させられると俺が激怒して、俺以外と望むと、俺は泣く』

 私に謎かけを仕掛けるとは恐れ入ります。さっぱり分からない。でも、凄まじく大ごとなのは分かった。ルーナを泣かせるわけにはいかない。これ以上泣かせてなるものか。

 そう決意するものの、睡魔にとろとろ溶けていく。

『リリィとも?』

『困る』

 眠い。

『アリスちゃんも?』

『ありとあらゆる意味で一番まずい』

 凄く眠い。

 額に落ちてきたくすぐったい感触に、とろりとろりとまどろみ始めた意識をかき集める。明日は丸薬に詳しい人の話をしっかり聞いて、ルーナを助けてくれるようお願いしよう。その為に出来ることは全力で手伝おう。

『ルーナ……』

 眠りに落ちる前にルーナの顔を見たらいい夢見れそうで、閉じかけの瞼を必死で開く。

『早く熱下げて明日から頑張るから、絶対帰ろうね顔怖い』

 寝入りばなに見るには、かなり強烈な顔だった。

 結局私は、その顔のルーナと花畑で花冠を作って遊ぶ夢を見た。幸せだったけど、なんか違う感溢れる、悪夢なのかそうじゃないのか今一判断できない夢だった。



「よし」

 枕元にあった、借り物だと思う水銀の体温計を振って木のケースに戻す。保健室で見た物より随分と太い体温計だった。どっちかというと理科室にあったほうがしっくりくる。

 朝、私の熱は微熱にまで下がっていた。元々風邪じゃなかったし、気合と根性とルーナがいたから下がってくれたみたいだ。熱があると心も弱るからいけない。すっきり爽やか、これに限る。昨日は、こっちに来てから熱出すことが増えたなと思ったけど、よく考えたら死にかけて熱だけで済む私の図太さに胸を張るところだった。

 図太さ万歳、馬鹿万歳!

 一通り自分の図太さを誇って讃えたところで、そろそろ現実逃避をやめて本題に戻ろう。


 ルーナがいない。


 そりゃ、ルーナだってずっとこの部屋にいられるわけじゃないと分かっている。なのに、そんなに広いわけじゃない部屋の中でさえ、一歩踏み出すことも躊躇するのは情けない。

 閉め切った部屋特有の濃度の濃い空気を吸い込み、ベッドから足を下ろす。靴がない。ちょっと探してみたけど見つからないし、そもそもあったとしてもあれだと思うと諦めもつく。裸足でいこう。汚れたら後で洗えばいい。それよりも、私が着ている服のほうが問題だ。何だろう、この、とろとろした生地。シルクみたいにさらりとしていない。肌触りが悪いわけじゃないけど、足に絡みついて非常に歩きづらい。クッションに使うと気持ちよさそうだけど、服に使うと動きづらくて困る。


「ギ、ギニアス―?」

 扉から顔だけ出して見回しても、そこには誰もいない。そして部屋以外の場所を初めて見た。子どもが増えて引っ越したにしては、随分綺麗な家である。柱にシール……はないにしても、傷の一つや二つや五個や十個あってもおかしくないのに、まるで新築みたいに綺麗だ。ちらりと天井に視線をやっても、そこにあるのは変わらぬ板張りの天井。私ではこの上に誰かがいるいないの気配が分からない。そして、いたら怖い。ホラーだ。

 出来るだけ気にしないよう、恐る恐る廊下に出てみると、奥から音が聞こえてくる。とんとんとんと、何かを小刻みに切っていく音だ。お母さんがお味噌汁を作っている音を思いだす。お母さん、元気かな。ねえ、お母さん、お腹空いた。昨日から何も食べてない。

 裸足なのを生かして音を立てないよう進んでみると、土間に到着した。


 音を出していたのはルーナだったようだ。

「おはよう、リリィ」

 背中を向けたまま、切っていた何かを小鍋に流しいれて振り向いたルーナにお母さんを見た。うん、大好き。朝からかっこいいですね。

「おはよう、ギニュぅ……アス」

 兄さん呼びは慣れてない。でも、ギニアス呼びも別に慣れてなかったと今更気が付いたけどもう遅い。隊長なら呼び慣れてるけど、兄を隊長呼びする妹は怪しすぎる。

「早いな。起きる前に作ろうと思ってたんだけど、間に合わなかったか」

 流石に土間に裸足で降りるのを躊躇している内に、手を拭きながら近寄ってきたルーナが額に触る。冷たくて思わず肩を竦めた。

「……まだ少しあるな。朝食食べれそうか?」

 ぐぅ、ぐーるるるるる、ぽこぺん。

 私より先に返事を返したことより、最後を珍妙に締めたお腹に物申したい気持ちでいっぱいだ。

 私より急いているお腹の返事にぷっと笑ったルーナは、私の額を軽くついた。

「すぐ出来るから座ってろ」

「はーい!」

「ただし、出来栄えは期待するなよ?」

「ギニアスが食事当番した食事ならば、全てぽろりとたいらげるよ!」

「ぺろりだな」

 土間から一段上がったそこの部屋がリビングになっているらしく、テーブルと椅子がある。いそいそ移動して座り、わくわく朝ご飯を待つ。

「ギニアス、材料、どのように調達した?」

「ああ、やるとは言われたけど、そういうわけにもいかないからな。ちょっと薪割りして回ってきた。後、逃げた牛を追ってきた」

「牛!?」

「そうしたら卵を貰った」

「卵!」

 異世界では牛が卵を産む、というわけじゃないから、たぶん牛を飼っている人が鶏も飼っていたんだろう。

 最後にぐるりと掻き回した小鍋を寄せて、その火でお湯を沸かすルーナを眺める。白くとろりとした物を器によそっている背中に、ようやくはっとなった。ずかんと両拳と額を机に叩きつける。生活力っ!

 わくわくご飯を待っている場合じゃなかった。ルーナはご飯作っててもかっこいいなとか見惚れてる場合でもなかった。ルーナだって死にかけた直後なのに、寝込んでいる私の為に、看病から食料調達に調理まで全部請け負ってくれている。せめて洗い物だけでも担当しよう。

「リリィ? 気分が悪いか?」

 ふんわりいい匂いと一緒に心配げな声が降ってきて、しょぼくれながら顔を上げる。

「問題ない……」

「食べられるか?」

「ぺろりと……」

「だったらよかった」

 ふっと笑って目の前に置かれたのは、お雑炊みたいな料理だった。小さく切られた野菜と、見慣れたものより細くて長いお米が、ふんわりとした卵色している。

 お腹がぽこきゅぅると鳴る。生活力は食べてから考えよう。腹が減っては戦ができぬ! お腹が張っても眠いからできないと思うけど、それも後で考えよう。

「頂戴してもよい?」

「熱いから気をつけろよ?」

 木のスプーンで食べたご飯は、大変美味しく完食致しました。空っぽの胃に熱いものが流れ落ちていく感触さえ美味しくて、女子力忘れてがっついた私を愛おしげに見つめてくれたルーナの器の大きさには驚くばかりである。後、舌は火傷した。



「ごちそうですたさま!」

 しっかりおかわりまでたいらげて一息付いたところで、ルーナが器を持っていこうとしたのに気付いて慌てて止めた。

「私が洗浄致すよ」

「まだ熱があるのに何言ってるんだ? いいから座ってろ」

 いや、でも、そういうわけには。確かにまた熱が上がったらそれはそれで迷惑をかけるけど、でも、後片付けくらいは。でも看病させて徹夜させるのはもっと駄目だ。

 両手を持ち上げたまま彷徨う私の肩が軽く押される。とんっと押されただけなのに、へろりと椅子に座り直してしまった。秘孔を突かれた!

「頼むから、この程度で倒れるくらい弱ってることを自覚してくれ」

 秘孔でもなんでもなく、ただ私の足腰が弱っているだけだったらしい。

「俺が頑丈なのは知ってるだろ? だから、その辺は気にしなくていいから、少し養生してくれ。お前、やつれたぞ」

「見苦しい!?」

 慌てて両手で顔を押さえる。寝起きも相まって、ぶさいくの極みだろうか。

「いや、可愛い」

 真顔で返さないでください。反応に凄く困ります。

 ムンクの叫びみたいに両頬を押さえたまま俯いて身悶える。どうしよう。ルーナには、丸薬対処の次点くらいの重要度で眼鏡が必要かもしれない。


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