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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
60/100

60.神様、秘言が少々物騒です



 アリスと並んで大きな絵を見上げる。ガリザザに国を奪われながらも、ルーヴァルの人達が必死に守った絵だ。その絵は、離れた場所にある蝋燭のゆらゆらとした灯りに下から照らされていた。

 その大事な絵を見上げながら、私達は同じ方向に首を傾ける。

「…………似ている?」

「…………正直、自分ではそうは思わん」

 同じタイミングで反対方向に首を傾けても、見えるものは変わらない。

「…………強引に例えるならば、目が似ているな気分が」

「…………目元は母上に似ているとよく言われるぞ」

「…………金の髪の毛ですね!」

「正直に金髪しか合っていないと言え」

 男性なのも合ってると思います。



 私達が見上げているのは、ルーヴァル建国の王でアードルゲ御先祖様の肖像画だ。

 アリスちゃんに似ているということだったので、そのつもりで見上げた先にマッチョがいた私の気持ちを誰か分かってほしい。筋肉隆々の腕を丸出しにして豪快な笑顔を浮かべているこの人は、絶対ティエン風味だ。アリスちゃんの御先祖様じゃなくてティエンの御先祖様だと言われたほうが納得できた。ラヴァエル王子様は、彼の血は受け継がずとも、気質を受け継いでしまったのだろう。

 なんともいえない気持ちで、絵とアリスちゃんを交互に見ても事実は変わらない。

「よくぞこの様で、アードルゲのアリスちゃんと納得して頂けたね」

「アードルゲの秘言がルーヴァルの王族に伝わっていたからな」

「ひごん」

 知らない単語です。先生、教えてください。

 びしりと片手を上げたら、ぐきりと曲げられた。何故。

 アリスも自分の腕に首を傾げた。

「すまん。反射だ」

「ならば仕方あるまいね!」

「納得するな」

「どうすろと」

 アリスはちょっと考えた。

「どうもするな」

「了解よ!」

 きちんと返事をしたのに、アリスの目がお前馬鹿だなって言っている気がする。何故。

「秘言は、己がその家の者であるという証明で…………まあ、合言葉とでも思っておけ。一応十三家が一つなんでな。色々あるんだ。まさかルーヴァル王家にも伝えられているとは思わなかったが……まあ、構わんだろう」

「合言葉!」

 何だかかっこいい。子どもの頃は秘密基地に憧れたものだ。段ボールで作った秘密基地。合言葉は『山!』『川!』『虫刺され!』である。合言葉はちっともかっこよくなかったし、秘密基地は翌日降った雨で壊滅したけれど、いい思い出だ。ついでにいうと、秘密基地には今でも憧れている。

「凄いね。どのような言葉であるのかなぁ」

「……何だお前、知りたいのか?」

「え!? 教えてくれさるの!?」

「そんな状況になったら、ありとあらゆる意味でアードルゲが滅ぶ」

 滅びの呪文!

 なんということでしょう。アードルゲの秘言は、バがついてスで終わるほどの威力があるらしい。

「存じ上げないのが最良の選択ね」

「そうだな」

 そんな恐ろしい言葉、私じゃ管理しきれない。アリスもあっさり頷いた。

「だからさっさとルーナとよりを戻せ」

 滅びの呪文からなぜか突然発生した話題に、私はしっかり抉られた。

「戻すたいのはやまやまよ」

「だろうなぁ」

 アリスは続き部屋との扉を開けた。そこは小部屋になっていて、机とソファーがあるだけだ。会議室の隣は遠慮願いたかったけれど、目の届く範囲にいろと言われたので仕方がない。この部屋はここしか出入り口がないから、私が出入りしたら絶対アリスが気づく。

「お前はここで待っていろ」

「了解よ!」

「静かにしていろよ」

「大丈夫」

 私はきりっとアリスを見上げる。

「仮眠を取るゆえ!」

「起、き、て、い、ろ!」

「起床時間は静かではないよ!」

「何でうるさいか寝てるかの選択しかないんだ、お前……」

 一人でいても騒がしい。それが私、須山一樹です!

 

 呆れながら扉を閉めようとしたアリスの腕を掴む。

「アリス」

「何だ」

 思わず引きとめたけれど、言っていいのか分からない。

 アリスはいつもこうやって会議に出ていた。会議の内容は、夜にユアンが眠ってから教えてもらっている。

 馬鹿なことはつるつると流れ出るのに、言いたいことが出てこない私に、アリスはふっと笑う。

「たわけ」

 そしてくらったデコピンに、仰け反って呻いている間に扉は閉まっていた。



 

 締め切られた扉の向こうでは、数人の話し声が聞こえてきた辺りから一気に人の気配が増えた。小窓もないので向こうの様子は分からない。映画とかだと、こういうところにマジックミラーがあるんだよなぁと思いながら扉の前にしゃがみ込む。こうしていたら向こうの音が聞こえるのだ。ぺたりと扉に張り付いて体育座りする。

 この向こうで行われているのは、これからを決める大事な話し合いだ。うるさくするわけにはいかないから、とりあえずじっと聞いていることにした。こうして直接会議を聞くのを初めてだ。

 知らない声が粛々と、時に激しく、国を取り戻そうとしている。

 ディナストは、行方をくらませた私達を探すという名目で、遠方の村や町まで焼こうとしているという、その隙に、その分手薄になった王都、城を取り戻すのだ。

 バクダンが。命など惜しくはない。雨を待つ。国を。そんな時間はない。守ろう。

 いま、扉の向こうで歴史が動いていく。それを聞きながら、私は膝頭に額を擦りつけた。

 ああ、頭が良ければよかったなぁと、思う。ここで扉をばばーんと開けて、私に素晴らしい考えがございますと言い放てるような頭が欲しかった。誰も犠牲になりません、何も傷つきません、まるで魔法のように皆の願いが叶う策がありますよと。

 でも、そんな物はない。いくら考えても、何も思いつかない。

「城にいるのがヌアブロウならば、私が出ます。……あの男を形作ったのはブルドゥスだ。同じ国の人間が始末をつける」

 凛としたアリスの声が聞こえる。揺るがない騎士としての声。

 ああ、力でもいい。ここは私に任せろと言い放てる力。敵をばったばったと放り投げ、皆を守れるような力があればいい。

 でも、そんな物もない。

「グラースの騎士ルーナと共に、ブルドゥスの騎士である私が、必ずや騎士と軍士の成れの果ての始末をつけると誓う。あれは、私達が始末をつけるべき、戦災だ」

 アリスは、今のルーナにヌアブロウの相手をさせたくないと頑張ってくれたとロジウさんから聞いた。けれど、戦力としても士気の為にも、ルーナに出てほしいというルーヴァル側の意見は覆られなかったのだ。

 記憶を自分の物として実感できていないルーナは、ヌアブロウに私の処刑人として引っ張り出されたときにそれを断った。けれど今回は違う。ルーナは戦うと言った。戦う理由があると言ったのがアリスだったからだ。アリスの言を信じると、アリスがそう言うのなら、決して私利私欲の為じゃないと信じると笑った。

 あの時アリスは、一瞬泣きそうな顔をして俯き、たわけと呟いた。



 額を膝に埋め込んで、頭を両腕で抱える。この世界に来るまで、こんな苦しさ知らなかった。出来ないことがあるのなんか当たり前だった。出来ないよーと笑って言えた。なのに、今はこんなにも苦しい。どれだけ自分を小さく押し込めても、どれだけ縮こまっても足りないくらい、情けない。

 出来ないことが苦しい。出来ないことが情けなくて、その情けなさを知らなかった自分が恥ずかしい。

 ああ、賢くなりたい。力が欲しい。どっちも欲しいなんて言わないから、どっちかは欲しい。

 世界に影響力のある凄い人になりたいとか、誰よりも上にいるほど偉い人になりたいと思ったことはない。ルーナとアリスもそれでいいと言ってくれた。こういうことを考えるのも背負うのも、お前の仕事じゃないと言ってくれた。

 それはそうだろう。私なんかが国の未来を背負ったら一歩で転んで終わる。背負われた国も一秒で逃げだすだろう。そんなもの期待されていないと分かってる。分かっていても、何もできないことが苦しい。どこか遠い場所じゃなくて、手を伸ばせば届く場所で頑張ってる人達が見えるのに、自分にはできないことだからと無関心でいられる達観した人間に、私はなれない。


 扉の向こうでは、次から次へと様々な作戦が練られている。それだと先発部隊が壊滅するとか、被害は仕方がないとか聞こえてくる。やめて、声しか知らない男の人。さっき、敵の動揺を誘うために先発部隊にルーナとアリスを入れるのもいいなって言ってたじゃない。じゃあ、他の誰かだったらいいのかと聞かれたらどうしよう。そんなの分からない。どうしたらいいのかなんて分からない。打開策も代替品もなく、ただ嫌だなんて通じないと子どもだって分かってる。

 この扉の向こうは、何一つ有意義な言葉を持たないで、感情だけをばらまく場所じゃない。彼らの決断がルーヴァルという国の未来を決めるのだ。ルーヴァルがこのままガリザザに搾取されるか、ルーヴァルとしての名前を持ったまま国として復権できるかの瀬戸際だ。

 アリスは彼らに力を貸すだろう。ルーナだって、記憶があれば頼まれなくても動いた。だって彼らは騎士だ。彼らの生き方に私が口出すべきじゃない。だから飲み込んだ。行かないで。死なないで。もう、戦わなくていいじゃない。大陸だよ。海渡ったんだよ。ルーナやアリスが出なくたって。

 自分勝手な思いが顔を出すたびに必死に飲みこむ。

 じゃあ、アニタがどうなったっていいんだ。アマリアさんが、ロジウさんが、王子様達が、どうなったっていいんだ。彼らの、彼女らの大切なものが粉々に砕かれると分かっていて、そう言えるのか。

 私は扉にずるずると凭れたまま、更に小さく縮こまった。

 私が失わないならそれでいいと割り切ることも出来ないくせに、我儘にも程がある。

 


 嫌だ嫌だと我儘だけで許される年齢はとうに過ぎている。嫌だと言うのなら、そんなの酷いと非難するのなら、それを打開する物を差し出さなければならない。何もできないくせに、批判や批難だけは簡単だ。だって、何の責任も負わず、感情一つあればいいのだから。そんなこと言ったって現状は何も解決せず、歯を食い縛って批難の先へ進もうとしている人の心を切り裂くだけだ。

 飲み込め。解決策も出せないのなら不満も飲み込め。役に立てないのなら、せめて不満を背負わせることだけはするな。背を押せないのなら引っ張るな。

 顔を隠し、頭を抱え込み、私は小さく笑った。

[……これ、きっついよ、アリスちゃん]

 アリスちゃんは優しいなぁと小さく呟いて、後は全部飲み込んだ。



 どれくらい時間が経ったのか、誰かが椅子を引く音がした。それに続いてあちこちで椅子の動く音がする。一人一人が発言するんじゃなく、皆がそれぞれの会話をしながら立ち去っていく。最後まで残った人が何かを話して立ち去ったのを最後に、室内に静寂が落ちる。

 かつかつと、機敏な動作が瞼の裏に浮かぶ音が近づいてきた。

 凭れていた扉からちょっと身を離して、大きく息を吸う。

 ノックもなしに扉が開く。最近、私の親友の遠慮が旅に出てしまったようだ。私の遠慮は割と最初からいないのでお揃いである。

 勢いよく顔を上げ、頭を抱えていた腕で髪も一緒に跳ねあげた。

「おはよう、アリスちゃん!」

「…………どうせならそのまま寝ていろ、たわけ」

 ぱんぱんとお尻を叩いて立ち上がる。アリスは手を貸してはくれなかった。いつもは息をするみたいにしてくれる動作、今日はそれがない。座っていろと言われているんだろうなと分かる。それくらいは、一緒にいた。

「アリス!」

「…………なんだ」

「付き合って!」

「…………どこへだ」

 いつもは絶対入れてくれなかった会議の部屋。それを、今日に限って入れてくれた。厳しい話を直接聞かせてくれた。アリスの口を通した柔らかいものじゃなくて、現実そのままを。

「ツバキの元!」

 立てなかったら、顔を上げられなかったら、笑えなかったら。アリスの中でどれが基準になっているかは分からない。もしかしたら全部できなきゃ駄目だったのかもしれない。アリス審査はとっても厳しい。

 苦虫噛み潰したみたいな顔をしているアリスは、とても優しいから。

 きつくてしんどい理由をくれた。逃げだす理由をくれた。戦いを前にそんな暇はないと切り捨ててくれてもよかったのに、私の中に逃げ出す理由を作ってくれようとした。

「…………あの男は、お前にとっての毒になるぞ」

「私の故郷には、毒を食すならお皿までという言い伝え……伝達事項? が、ありまして」

 合格してしまった私に、アリスはあの時のルーナに浮かべたものと同じ顔した。

「……よし、満面の笑顔で他の男の元に行こうとしていると、ルーナに告げ口しておこう」

「どんじょ踏みとどまって!?」

「噛むな、たわけ。いや、浮気者――」

「手酷い冤罪発生! 断固抗議する!」

「受理しないぞ?」

「何故にして!?」

 苦情受付が機能していないので、実力行使だとアリスの背中を両手で押そうとしたらひょいっと避けられて壁に激突した。痛かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アードルゲの秘言、気になる…でも、もしカズキが知るとしたらアードルゲが終わるというのは「カズキがアードルゲ家の人になる=アリスの嫁になる」ということですもんね。 「だからさっさとルーナとよ…
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