6.神様、ちょっとそこの袖振り合う縁をお考えあそばせ
「カズキ? しっかりして?」
さっきまでリリィが店長さんと商談していた場所の更に片隅で、私は顔を覆ってしゃがみこんでいる。だってそんな、ルーナの目の前で浮気宣言とか私あんまりだ。
「えーと、喧嘩したんじゃなかったら、大丈夫じゃない?」
こてん可愛い! けど私には大ダメージ!
「喧嘩上等かかってこいやした……」
「えーと、まずは喧嘩だけでいいと思うけど、喧嘩したんだ」
だって、ルーナいきなり窓から降ってきたと思ったらものすごく怒るんだもん。なのに理由教えてくれなくて、こっちも訳分からなくて。最初はびっくりして謝っちゃったけど、段々腹が立ってきて、最終的には喧嘩した。
付き合い始めた十分後に喧嘩して、しかもそのまま彼を戦場に送り出さなきゃいけないなんてと泣けたけど、ルーナからしたらもっと泣けただろう。なんつータイミングだ。
今なら分かる。本当に申し訳なかった。
お店からしたら凄く迷惑な場所でしゃがみこんでいる私の頭を、リリィの手が撫でる。優しい。優しさが染みる。
「仲直りできなかったの?」
「和解できたした……首飾り、頂戴できたしたにょり」
「にょりいらないけど、仲直りできたならよかったね」
「…………うんだわにょ」
戦場から帰ってきた彼は、戦闘の興奮冷めやらぬ仲間達と街へと繰り出してしまった。私に会わずに。あれは泣けた。仲間達はいつもそうしていたが、ルーナは私の所に帰ってきてくれたのに、付き合い出した途端その習慣が破れるとか! 泣けるね! と、思っていたわけだが、街から帰ってきた彼は『カズキが悪いわけじゃないって分かってるのに、怒ってごめん』と、首飾りをプレゼントしてくれた。
自分だって嫌な思いして、しかも命のやり取りをしてきた直後なのに。
「私ありがとう言うに止めるのみにてぞ!」
彼がくれたものに対してなんて小ささだ! そりゃ、お金や物が全てではないし、あの頃は(今も)私にお金も物もないけれど!
しかも、あの首飾りは手元にない。だって、こう……ああいうシーンだと装飾品外すよね!?
でも、ああなるって分かったらつけていたらよかった。いつも身に着けていたのに。拙い言葉で手入れの仕方とか習って、大事にしていたのに。
今になって知る彼の優しさに惚れ直す。もう、メロメロだ。死語だけど他に何て表現すればいいのか分からない。ああ、貴方に首ったけ!…………古いな。
「あのね、カズキ。さっきの質問だけど」
頭ポンポンしてくれるリリィにも惚れそう。私が惚れっぽいのか? いいや、ルーナとリリィが素敵過ぎるのだ!
「カズキがありがとう言えるからだよ?」
「え?」
「カズキは言葉が不安定でしょ? でも、ありがとうはちゃんと言えてる。だから、ありがとうをよく使う、使える人なんだなーって思ったの。私、そういう人好き。カズキの恋人も、嬉しかったと思うよ?」
淡々と頭を撫でてくれるリリィに、やばい、本気で惚れる。
ありがとうを教えてくれた人ありがとう。確か通りすがりの人を取っ捕まえて聞いた気がする。名前も顔も声も年齢も何一つ覚えてないけど、ありがとう。後、ありがとうを普通に言える人間に育ててくれてありがとう、お母さんお父さん。
何だか今なら世界中の人間にありがとう言える気がする!
店長さんに呼ばれていったリリィの背中を見つめながら、今なら神様にだってありがとう言える気がする気分だ。
ありがとう言える人間でよかった。ありがとうを言える人間にしてくれてよかった、ありがとうを知っている人間で本当に良かった!
私が世界中にありがとうをしていると、不意に表が騒がしくなった。わーわーと人が騒ぐ声が近づいてくる。
お店の入口から外を覗くと、何やらパレードのようなものが近づいてきた。担ぎ上げられた輿が二十個くらい見える。その輿を取り囲むように人々が移動しているのだ。
「今年の黒曜は粒揃いだな」
「ああ、今年こそ本当の黒曜も出るかもしれない」
そんな会話が聞こえてくる。なるほど、どの輿にも女の子がいて、それがまた皆綺麗だ。十代から二十代くらいだろうか。意外と着飾っていない、素朴な服を着ている。
不思議なのは、誰も彼もが黒髪と黒瞳で、来ている服はブルドゥスとグラース両方だ。
つまりこれは、二か国間の美人コンテストみたいなものなのだろうか。だって、騎士や軍人達まであんなふんわりしたノリになっていたのだ。それくらいあってもおかしくはない。
「ちっ、浮かれおって」
ちょうど店に入ってこようとしていた男の人が、パレードを見て舌打ちした。
びっくりして見上げていると、私の存在に気付いていなかったのか慌てて謝罪される。二十代くらいの人で、背が高い、わりとイケメンだ。
厚手のマントをぐるりと羽織っているから、結構なお坊ちゃまな気がする。マントだってお金がかかるし、パッと見で一番最初に目に入る場所だからか、この世界のお金持ちはまずマントからこだわる。お金がないと裏地もいれられず、ぺらっぺらになることもあるので、ずっしり重量感があり、肩当ての細工も相当なこの人は、たぶんお金持ちだ。
「ああ、申し訳ない。お気に障られましたか?」
「えーと、否ですぞ」
「ん?」
凄く怪訝な顔をされた。相も変わらず変なことを言ったらしい。ごめんね、お兄さん。私が変なのであって、お兄さんの耳は正常です。とんとんしなくていいよ!
「えーと、私、言語不安定。許すしてにょろ?」
「にょろ?」
「……ぞろ?」
噴き出された。言いやすいけど、やっぱり語尾のにょろぞろは封印しよう。癖で言っちゃったとき以外は。
金髪の人は口元を隠してくすくす笑う。まあ、楽しそうだからいいや。馬鹿にしたような笑い方じゃないので、お茶の間に笑いを提供させてもらったくらいの気持ちでいよう。
「大陸の方ですか?」
「えーと、否ですぞろ」
さっそくぞろが出た。なんて言いやすいんだ、ぞろ!
しかも咄嗟に否定してしまった。詳しく突っ込まれても面倒なので、慌てて話題を変える。
「あの、こ、こうよー、とは、何ぞ……だわ、よ?」
「こうよー、ですか?」
「え、ええと、先程、あちらの男共が言ってやがりやがった言葉」
「…………黒曜ですね。後、貴女、男性に言葉を習いましたね?」
「適切!」
「…………正解、と取っていいのでしょうか」
ああもう! 言葉って難しい!
相手の微妙な沈黙で、自分が間違えたことを知る。謝ろうとしたが、男性は口元に手を当てて何かを考えていた。考え事中は邪魔しちゃ悪いなと思い黙っていると、はっと気が付いて逆に謝罪される。
いやいや、こちらこそ申し訳ない。と、ジェスチャーで返す。
「すみません。少々考え事を。ああ、それで黒曜のことでしたね。あれはここ十年で定着したんです」
十年。ちょうど私がいなくなってからだろうか。ということは、戦争終結後からの催しかな?
「あのー」
「ミガンダ砦をご存知ですか?」
「ぎょぱっぺ!」
突然出てきた名前に、珍妙な吹き出しをしてしまった。ああ、やめて!可哀相な子を見る目で見ないで!
ミガンダ砦は、まさにこの世界で最初に厄介になった砦だ。何で今ここでその名前を聞くことに!?
「だ、大丈夫ですか?」
「し、然り、然りがだわよのぞろにょろりん」
「……全然大丈夫に聞こえませんが」
逆に大丈夫に聞こえたら心配だよ。
自分でも珍妙になってる気がするからね!
心配げにしてる男の人に、何とか先を促す。ジェスチャーで。
「大丈夫ならいいんですが……ミガンダ砦は我が国とも因縁の砦でして、結構有名どころの騎士が揃っていたものです。当然相対する我が方のウルタ砦もですが。終戦前は、我が方優勢だったのですよ。それなのに、ある日を境にミガンダ砦側が押し返し始めて。なんでも、異世界から現れた一人の女性によって、彼らは急激に強くなったそうです」
「どろんじょろりん!」
「だ、大丈夫ですか!? ……あ、ああ、大丈夫なんですか。……本当ですか? 大丈夫ならいいんですが。結局、ミガンダを落としきれなかったばかりか、押し返され始め、両国は終戦の運びとなったのです。……けれどその女性は、終戦が決まった夜に姿を消してしまったそうで、今では戦を収めに来た天女じゃないかと専らの噂です」
「ぎょろんぞ!」
反射なんで、どうぞお気になさらず続きをお願いします。
「そ、それでですね、その女性は騎士ルーナの恋人で、終戦へ貢献した騎士がその結果恋人を失ったなんて哀れだという国王の意向で、彼女を探すことになったんです。黒髪に黒瞳だったことから『黒曜』と名付けられて、条件にあった女性を探す、というものだったのが、いつの間にか美人コンテストのようなものに。全く嘆かわしい。それに、あの頃の条件、十代から二十代というものも、本当を言えばそろそろ意味を為さなくなっています。もう十年経ちますし。それに、まず美人というのがおかしい。私は彼女と話したこともありますが、平々凡々で美人というには程遠い………………やはり、私は貴女とどこかでお会いしましたか?」
急に真顔になった男に、こっちの方が聞きたいと心の中で叫んだ。
どこだ!? 何処に驚けばいいんだ!? 私が美人コンテストの発祥の地だということ!? ミガンダ砦の皆が強くなったのは掃除に食事メニューと口うるさい母ちゃんの如き私のお小言による生活環境の向上で、ただ健康になっただけということか!? それとも私がルーナの恋人と皆が知ってること!? なにそれ嬉しい!
じゃなかった、この人誰!?
私と話したことあるだと!? ブルドゥスに知り合いなんて娼館の皆しかいないぞ!?
しかも今の流れ的に『黒曜』だとかいう珍妙な名前がついた私と話したことあるブルドゥス人…………ブルドゥス軍の軍人か騎士くらいしか心当たりが………………。
じりりと摺り足で下がる私に、かちゃりとマントの下の剣帯を鳴らして近寄る男。
思い出せ思い出せ思い出せ須山一樹!お前の記憶力が頼りだ!
そうして思い出される残念な語彙力。
あ、駄目だ!
まったく頼りにならない!
思い至ったのは私より相手が先だった。
「………………その外見と残念な話し方……お前まさか!」
「全力をもってして見当違いであらせられるぞてめぇはぞろにょん!」
逃げようにもがっしり肩を掴まれては身動きが取れない。店の入り口でこんな迷惑なことはおやめになったほうがよろしくってよ、おほほほ。とか言ってみたいが言葉に出来る気がしないし、どうせみんな『美人黒曜』に夢中だ。
「わ、私、十年前日、子どもだぞろり!」
必死に言葉を絞り出すと、男ははっとなって手を離してくれた。そうだよ、十年前は私十八歳だったよ! 今は十九だからね!
ね!? 違うでしょ!
ふー、危なかったと胸を撫で下ろし、早いところサヨナラしようと男を見上げる。それにしてもイケメンだ。金髪綺麗だし、あ、目の色すっごい綺麗なエメラルド………………。
頭の中でひょろい少年がかちりと重なった。
「兎パンツ――――――――!?」
「やはり貴様か黒曜――――――――――――!」
「ぎにゃああああああああああああああああああああ!」
女として人として、自分でもどうかと思う悲鳴を全力で上げて、私は店を飛び出した。『黒曜』パレードで賑わう人達に紛れようとしたら、逆に弾かれて道を塞がれる。
とにかく、兎パンツから距離を置かなくては!
私は転がるように路地裏に駆け込み。
あっさり追いついてきた、凄い形相の兎パンツにとっ捕まった。