57.神様、蒙古斑が少し増えました
着替え終えて脱衣所を出ると、既に着替え終わっていたルーナが待っていた。そして、いつの間にか戻ってきていたアマリアさんが、頬っぺたに何か湿布みたいなものを貼ってくれる。微妙に臭かったけれど、良薬口に苦し鼻に辛しの法則なんだろう。
用意してもらった部屋に案内してもらう。道は灯りが届かない場所が多く、とても暗い。洞窟みたいな道は急に天井が低くなっている場所もあり、普通に歩いているだけで頭を打ちそうになる。その度にルーナの掌が私の額を押さえて助けてくれた。お手数おかけします。
途中何本も道があり、ぐねぐね曲がったりもしたのでもうさっぱり道が分からない。道すがら部屋らしき場所も見つけたけれど、二度と辿りつける気がしなかった。でも黙々と同じ歩幅で歩くルーナは道を覚えているような気もする。ルーナの記憶力万歳。私の記憶力残念。
ルーナの邪魔をしないように静かにしていると、誰一人として喋らないまま目的地に到着した。
何故目的地と分かったかというと、転々とした灯りの数が増えてきたと思ったら、一つの扉の前にアリスちゃんがいたからだ。正確には、アリスちゃんとロジウさんと、ずらりといっぱいの人である。怖い。
「アリスちゃん! ユアンは!?」
慌てて駆けだしたら、アリスちゃんとその他大勢の皆さん全員が揃ってお黙りのポーズを取った。強面の人達でも、人差し指を立てて口に当てると一気に可愛くなる。
両手で口を押え、お黙りますのポーズで従順を示す。アリスが指さした先を見ると扉が少し開いていて、中がちょっとだけ覗ける。長椅子に座っているユアンの背中が見えた。
「アリス、お前はどうしたんだ? 何で外に?」
「それがだな……ユアンに、ママはママだよねと聞かれて、思わず詰まった。結果、みんな大嫌いと追い出された。…………私は嘘は苦手なんだ!」
「し――!」
音量が上がったアリスに、皆から人差し指のお黙りポーズが降り注ぐ。そういえばアリスちゃんは身内に嘘をつくのが大層苦手だとエレナさんが言っていた。
「アリスちゃんは身の内に対して嘘がど下手と、エレナさんが申していたよ」
「…………うるさい。母上達に嘘が一切通用しないのは私の嘘が下手なだけではない!」
確かに、アードルゲの女性陣相手に嘘が通用する気が全くしない。嘘どころか、隠し事さえできない気配がひしひしとする。
ちょっと子どもみたいに不貞腐れたアリスは、大体、と続ける。
「お前達は落ち着いたのか?」
そうだった。アリスちゃんにちゃんと報告しなければ!
あのね、あのねと日本語で言ってしまったけれど、アリスは特に何も言わずに頷いてくれた。脱衣所での喜びを思い出し、嬉しくて嬉しくて、思わず意気込む。
「ルーナとなめなめしい友達となったよ!」
アリスがどん引きの顔でルーナを見る。ルーナは哀愁漂う表情で遠くを見た。
「……馴れ馴れしいという単語を選んだ、俺が悪かったんだろうな」
「こいつの無限に上がり続けるたわけ度数を忘れ、一瞬でも疑って本当にすまなかった」
ルーナの背中を叩くアリスのお風呂場での後姿を思い出す。その背にだって傷があった。ヌアブロウが投げた剣が何本も刺さったんだ。傷跡が残らない訳がない。
散々凭れたり、凭れられたりしていたので、今更騒ぎ立てるのも変だろう。けれど気になるものは気になると、じぃっと見ていると、視線に気づいたアリスが片眉を上げた。
「何だ。幾ら物言いたげに見ようが、貴様がたわけである事実は変わらん」
「そのような事実、覆せるとは端から思ってはおらないよ!」
堂々と胸を張ったら、アリスだけでなく、他の皆さんからもなんとも言えない視線を頂いてしまった。
咳払いして、話を戻す。
「ユアンは何事が?」
「細かい説明は後にしても、お前を母と呼ぶユアンを奇妙に思う者がいるのは当然だからな、一先ず簡単な説明はしていた。バクハツに身内が巻き込まれた瞬間を目撃して、少々心が混乱していると説明していたんだが…………それを王子が聞いていたらしくてな」
それを王子が聞いていて、一体何がどうしたのだろう。
「私も今聞いたのだが……ガリザザの襲撃で王と王妃が崩御なされているそうだ。王子は、ユアンも母を亡くしたと思ったらしく、その上でお前を身代りにしていると激昂された、らしい」
ルーヴァルの騎士達に囲まれている状況で話しづらそうに教えてくれるアリスの話を聞く。ごめん、よく分からない。真面目に聞いてはいるけれど、今一分からないでいる私を見ぬいたアリスが、諦めて懇切丁寧に教えてくれた。ひそひそとだけど。
要約すると、王子様は自分がお母さんを亡くして寂しい思いをしているのに、身代わりの私で満足しているユアンに怒った、ということらしい。お怒りの王子様に、身代わりで満足するなんてお母さんへの愛情はその程度だったんだとか、身代わりにされた私はきっと嫌がってるとか言われたユアンは大パニックになったのだそうだ。
「王子様はお幾つ?」
「御年八歳におなりだそうだ」
結構言いがかりな気がするけれど、小学低学年なら仕方ない。お父さんもお母さんも殺されて、国を乗っ取られてと、色々と大変な時に心のどこかに触れてしまったのだろう。何せ、風呂場に特攻してくるくらいである。
とばっちりをくらったユアンは散々だろうけど、どの道話し合わなければいけないことだ。
「ユアン」
私は一人で部屋に入る。お風呂の時みたいにユアンがパニックを起こしたら外にいるルーナ達が止めてくれるけれど、話し合いは私が適任だろうと満場一致だった。私ほど説得に向いてない人間もいないと思う。反対一名なので満場一致じゃないはずなのに、最初から数に入れて頂けなかった。選挙権をください。
「ママ!」
ぱっと振り向き、抱きついてきたユアンに押し潰されて床に座り込む。長椅子には辿りつけそうにないので諦める。
「ママは、ママだよね!? あいつがうそつきなんだよね!? ねえ、ママ!」
「ユアン、私のこと、好き?」
「すき!」
勢いのまま放たれた好きにちょっとだけ肩の力が抜けた。反射みたいに返ってきたその言葉が支えだ。
「どのような個所が好き?」
「あのね、あのね! ママってよんだら、はぁいってユアンを見てくれるとこ。ぜったい、いつよんでも、いやだなって顔しないではぁいって、なぁにって言ってくれるの、すき」
手をぱたぱたさせて頷くユアンの嬉しさが見ただけで分かる。私は胸元をぎゅっと握った。
「あとね、あとね、ごはんおいしいのあったら、ユアンにもくれるのすき。ユアンもおんなじの食べてるのにね、ママったらおかしいの。あとね、きれいなのあったら、ユアンにも見せてくれるのすき。おもしろいものあったら、ユアンにもおしえてくれるのもすき。たのしいことあったら、ユアンもまぜてくれるの、うれしい。あっちいけってしないの、じゃまだって、でていけってぶたないの、うれしい。きれいだねって言ったら、そうだねってにこってしてくれて、頭なでてくれるの、だいすき!」
にこにこして嬉しそうに話しているユアンの肩越しに、こっちを見ている人達が見える。扉の隙間分しか見えないけれど、誰の表情も冴えないのは分かった。それは私も同じだろう。顔はどんどん下を向いていく。
だって、だってそんなの、当たり前のことだ。何一つ特別なことではない。そんな当たり前のことを喜んでしまうほど、ユアンはずっと悲しかったのだ。
ユアンの本当のお母さんに対してふつふつと怒りが湧き上がる。そんな当たり前のことを、してあげなかった人。
唇を噛み締めて怒りを押し込める。怒ってどうする。怒って、嫌って、それでどうなるんだ。もしも会えたら罵るのか。なんてひどい人なんだと罵倒するのか。違う。そんなことユアンは望んでいない。お母さんひどいねと言い合って、それで気が済むことじゃないのだ。誰かの同意を得て慰められるようなことだったら、ユアンの心はこんなにも惑わなかった。
「でもね、でもね、いっつもにこにこしてるのが、いちばんすき! ママはにこにこしてるときが一ばんかわいい!」
「…………ありが、とう……ユアン、ありがとう」
上手な愛の示し方なんて知らない。愛の示し方なんて、どんな教科書にも載ってなかった。練習もした事ないし、そもそもそんなこと考えた事すらなかった。
私が出来るのは、ただ、好きだ! という気持ちを隠さないだけである。そんな力任せの好意しかあげられなかったのに、ユアンは嬉しそうに笑っている。
もっと、もっと、してあげられることがあるはずなのだ。たったこれっぽちのことでユアンは笑ってくれるのに、どうして、これっぽっちのことしかできないんだろう。
ごめん、ユアン。一番かわいいって言ってくれたのに、ちょっと顔を上げられない。
「ママではなかったら、その全て、嫌いになる?」
ユアンはきっと、ただ、愛してほしかっただけだ。
だから、それに賭けよう。
息を飲んだのが、俯いていても分かった。口の中がからからだ。何か飲んでから来ればよかった。
向かい合っているユアンの膝がじりっと後ろに下がる。逃げられる前にその手を掴む。
ごめんね、ユアン。笑えないけど、逸らさない。
「ユアン、私、ママではないよ」
「いや……きこえない!」
私の手を弾いて耳を塞ごうとしたユアンの頬を掴み、顔を寄せる。
「ユアン」
「きこえないきこえないきこえない!」
ぶんぶん振り回される頭を押さえていられず、諦めて手を離す。そのまま後頭部を掴んで胸元に押し付けて抱きしめる。突き飛ばされたらこれでも駄目だけど、ただ手を掴んでいるよりいい。何より、他人の鼓動と体温は心を落ち着かせてくれる。他人の温度が心地いいと教えてくれたのはルーナだ。でも、そうと知った時、お互いの鼓動は爆発寸前で落ち着きはしなかったけれど。
「ユアン、私、ママでないと、駄目?」
「きこえない!」
聞こえている。ちゃんと届いている。だって、ユアンはきょとんとしていない。不思議なものを見るように、異世界の言葉を聞いたかのように、首を傾げてはいないのだ。
「ユアン、お願い、聞いて! ユアン!」
「きこえない! きこえないったら!」
「ユアン、お願い!」
ユアンはぶんぶんと首を振って私を突き飛ばした。蒙古斑がまた増えた予感がする。
「うそつき!」
「嘘ではないよ!」
「ママはママだもん!」
「ママはママだというのはママで正しいくて、私をママと呼びたいのであればそれはそれで別段構いはしないけれど、私はママではないよ!?」
やっぱり無理だ。私には、相手を説得できる上手な言葉選びなんてできない。自分でも何を言ってるのか分からないという体たらくなのに、それを相手に納得させるなんてどうすればいいのだ。
「どうして!? どうしてそんなこと言うの!? ママがなに言ってるのかわからない!」
「私も分からない!」
「どうして!?」
「それは私の言語能力が大変多大に残念であるから!」
ごめん、私いま会話になってるのかどうかすら分からない! 馬鹿を焦らせるとこうなる! これだから馬鹿は困る!
「もういい! みんなだいっきらい! みんなうそつきだ! みんなきらい! あっちいって! ユリン、ユリンに会いたい……ユリン、どこぉ……」
打ち付けた腰を押さえて顔を上げると、自分の服の裾を両手で握り締めたユアンが、目にいっぱい涙を溜めて私を見下ろしていた。
「ママは、ユアンのことが、き、きらっ……きらい、だから、そんなこと言うんだ!」
「大好きよ!」
他の何を間違えてもそれは間違えないよ! いや、大好物って言ったことはあるけど!
反射的に返した言葉に、ユアンはぐしゃりと顔を歪めた。
「ほら、きらいって言った! ユアンといっしょにいたくないから、きらいって! ………………だいすき?」
「大好きだす!」
大事な場所で噛んだ。ぽかんとした大きな瞳からぽろりと零れ落ちた涙に狼狽えて、おろおろしながら扉に助けを求める。味方はその隙間から、頑張れの口ぱくを送ってくれた。例え姿形はなくとも、心が通じ合えていればそれはとても心強い援軍となる。そして、皆の気持ちは私に届いたよ。つまり、援軍は出せない孤軍奮闘せよということだね! 目を逸らしたアリスちゃんには後で頬っぺたみょーんをやり返すと決めた。
呆然とだいすきと繰り返したユアンは、ぺたりと座り込んだ。
「だいすき?」
「だ、だいすき!」
「だいすき? ママが、ユアンを、すき?」
呆然と繰り返すユアンから拒絶の気配が薄まった隙に、慌てて畳み掛ける。
「た、多大に大好き! 凄まじく大好き! 盛大に大好き! 怒涛の如く大好き! えーと……膨大に大好き! おびただしい数に大好き! 極太に大好き! 猛烈、痛烈、激烈に大好き――!」
知っている単語を片っ端から使って愛を叫ぶ。人はこれを馬鹿の一つ覚えという。ごり押しともいう。
どうだろう、伝わっただろうか。どきどきしながらじっと見つめていたユアンが、ぽつりと言った。
「…………どのくらい?」
「こ、このくらい!」
両手をいっぱいに広げたら、肩がごきっといった。痛い。
「…………ユアンは、もっとすきだよ。このおへやくらい、大すきだもん」
「わ、私はカイリさんのお屋敷ほどの規模で大好きだよ!」
「ユアンはブルドゥスくらい大すきだもん!」
「私は海ほどの大好き!」
「ずるい! ユアンはお空くらい大すき!」
「私はチキュウくらい大好き! ウチュウも含めるして、ギンガケイ全部より大好き! ムリョウタイスウより上で大好き――!」
どうだ! これ以上はないだろう!
私はやりきった笑顔を浮かべた。でも、ちょっと大人げなかったなと反省しかけて、はたと気づく。私は別にユアンと競っていたわけではないし、ましてや負かせたかったわけでは断じてない。
また泣かせてしまっただろうかと、恐る恐るその表情を窺う。
「……チキュウってなに? おれ、しらない」
憮然とした顔でユアンはそっぽを向いた。久しく見ていない表情に、今度は私がぽかんとなる。そしていま、彼は自分を何と言った?
「おれ……」
「ねえ、ママ、俺、おなか減った!」
あ、そこはまだママなんですね。
慌ててアマリアさんに頼んで食事を持ってきてもらった。食事は船内で出された物とは違い、少々スパイス感はあったけれど、グラースやブルドゥスで食べ慣れた料理だ。
それらを口に運んで舌鼓を打ちながら、ちらりとユアンを見る。黙々と一口サイズのお肉を食べていたユアンと目が合った。
「なに?」
「別段何も不都合はございませんよ!」
「変なママ」
おかしそうに笑うユアンに、ふへへと笑い返す。ごめん、変なのはいつもです。
「ママ、これおいしいよ」
「どれ?」
「これ、はい!」
フォークに刺してこっちに向けられた野菜らしきものを食べる。アリスがはっと手を止めた。
「待て! それは!」
はい、あーんしてもらった照れくささを味わう余裕は、私にはなかった。
「にっ……!」
がい!
ちょっと苦いとかそんなレベルじゃない。鳥肌立ちそうなほど苦い! 舌が痺れそうなくらい苦い!
自分のお皿から私が食べたものを食べたルーナの眉間がぐっと寄った。苦いのがわりと平気なルーナでもこうなる物体Xは、今も私の口の中で泳いでいる。飲み込めない。
ルーナは、片手で自分の口元を押さえたまま、ずいっと水の入ったコップを渡してくれた。お礼を言う余裕もなく一気飲みする。
「ママ、ひっかかった!」
悪戯が成功した子どもみたいな顔で、というより、悪戯が成功した子どもそのもののユアンは、楽しそうに私を指さして笑った。
はしゃぎ疲れたのかまっさきにうとうとし始めたユアンを寝かせて、そっとベッドから離れる。
衝立を挟んだ部屋の反対側は灯りを絞っている。ルーナとアリスがいるそっち側に移動して、ようやく一息つく。
部屋割りは、ない。全員同じ部屋だ。ユアンは私と同室じゃないと嫌がるのは変わらなかったし、もしもまたパニックを起こすと私一人じゃ止められない。じゃあ、もう一人アリスかルーナが同室にという話し合いの結果、四人セットになった。なんかもう、雑魚寝も今更な雰囲気だから、ベッドがあるだけありがたい。
用意された寝巻に着替えたルーナ達は、ゆったりとした上着を羽織っている。私は大きなストールだった。
「寝たか?」
お茶と簡単に摘まめる夜食が乗ったテーブルに座っていた二人に頷く。座ったまま片手で椅子を引いてくれたアリスにお礼を言って、私も座る。
「寝た偽装が多くて、少々大変だった。子守唄は好きのようだから、歌う期間は大人しかったけども」
寝たと思ったら、だまされたーと目を開けるユアンに両手で足りないほど騙された。いつもは一緒にベッドに入って子守唄を唄ったら、わりとすぐに寝入ってくれていたのでちょっとびっくりだ。
「子どもは親の愛情を試そうと悪戯を仕掛けることがあるそうだな」
「後は反抗期だが……あれは反抗期か? 自我の芽生えのほうか?」
驚いた私に、二人はすっと静かに何かを持ち上げてみせた。
「はじめての育児」
「新米パパと新米ママのための一冊」
ユアンを起こさないように絞られた灯りで影が落ちた顔、低められた声音。ホラーな雰囲気で読み上げられた本のタイトルは、今の私達にとても大切なものだった。でも、雰囲気は台無しです。
本はアマリアさんが用意してくれた物らしい。他にも『子育て夫婦にこれ一冊!』とか『子どもの心はここで分かる』『親はなろうとするのではない、なっているものだ』などなど、大量に積まれていた。
黙々と読みふけっていた騎士二人は、育児に協力的ないいお父さんになるだろう。でも、目は悪くなりそうだ。
お茶が入ったカップを静かに当て、三人でお疲れの乾杯をして人心地つく。子どもの頃に、夜中に目が覚めてリビングを覗けば、こうやってお酒を飲んでいる両親を見たことがあった。もう寝なさいと言われる側ではなくなったんだなぁと感慨深いような、あの日常のありふれた一角では決してない状況だなぁと切ないような、奇妙な気分に陥る。
「ユアンはきっと……子供時代をやり直しているんだろうな」
ぱらぱらと捲っていた本を閉じたアリスは、静かに言った。
「…………私でやり直して、宜しいのか」
「…………それは全く以って良くはないが」
ですよね!
「まあ、悪くもないだろう」
どっち!
本を並べて三人で育児会議をする。そして、これまで通りいこうと特に身のない結論となった。
ふと、ルーナと目が合った。特に意味もなくにへらと笑うと、ふっと目尻を細めて笑ってくれて嬉しくなる。でも、すぐに考えるように伏せられてちょっと寂しい。
曲げた指を唇に当てて、何かを言うのを躊躇うような仕草に首を傾げる。とりあえず、ルーナの言葉が纏まるまで待つ。
「お前は……」
「うん」
「俺の、何が好きだったんだ」
唐突な質問に瞬きをする。
「ルーナこそ、何故にして私を好きとなってくれたのか、摩訶不思議よ」
驚いて、思わず質問に質問で返してしまう。はぐらかす意図は全くなかったので慌てて弁解しようとした私に、ルーナはえ? と不思議そうな声を上げた。
「可愛いからだろう?」
「え!?」
「え!?」
私とアリスの声が被る。
今日はいろいろあったけれど、一番驚くことが最後にやってくるとは思わなかった。
「……思い出さないままの方がお互いの為になると思ったのは、俺の所為だけじゃないと思うぞ」
驚愕に慄く私達を交互に見たルーナは、ちょっと憮然とした顔をしていた。




