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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第二章:奮闘
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51.神様、小さな約束を決意にします

 無言で部屋を出て廊下を歩く。顔には笑顔を張り付けたままだ。目が合った人には流れるような会釈である。私、余裕あるんですよ。怖がってなんてないよ。冷静だよ。そう思わせられる程、ほぼ無意識に笑顔を出せる。ああ、私、日本人でよかった。

「……さっきのあれは、どうやった?」

「……多大に偶発的出来事ですた」

「おい!」

 尊敬と驚愕入り交じった視線を向けてくれてるところごめんね、アリスちゃん。凄い偶然でした。

 指差した先で景色が入れ替わった時、誰より慄いたのはこの私である。

「……石とは何ぞろね」

「……知らんのか」

「欠片も」

 どうしようね。そんなものがあったなんて考えてもみなかった。偶然、神様の悪戯的な何かですっぽーんと異世界に来たのだと。


 ツバキは、私達を連れてきた石と言った。つまり、ムラカミさんがこっちの世界に来たとき、その石が近くにあったのだろうか。だったら何で帰らなかったのだろう。帰れなかったのか、帰らなかったのか。ツバキが石を探しているということは、もう、その石は手元にないのだろうか。

 分からない。分からない。分からない。

 何も分からない。

 分かるのは、私にできるのは笑っていることだけということだ。

 全部はったりで、全部嘘に近い。私には何もできない。なんにも分かっていない。だけど、強そうでいよう。せめてガリザザの人達の目には、恐ろしい化け物みたいに映りたい。

 それだけの価値がある人間に見られるよう、はったりと虚偽を纏わりつかせて笑っていよう。実態は、銃とか戦車とか、そんなものが映ってくれるなよと必死に祈ってはらはらしているだけだとしても。

「あれは……まずいのだろうな」

「かなり多大に大変に」

「……どうにかできるか?」

「接近すると、私が強制撤去をくらう可能性が巨大故に、接近は最終作戦ぞ」

 私がこっちの世界に来たとき、傍にあの石があったのかもしれないが、少なくともあんな状態ではなかったはずだ。流石にあれだけ轟々と鳴っていたらどんなに馬鹿でも気づく。

「どうにか致したいのはまやまやだが……難関じょ」

「…………やまやまだ」

「それですた」

 きりりと間違えた。ごめんね、アリスちゃん。

「アーガスク様、王都に到着致したのかの」

「何もなければ、恐らくは」

「宜しいことね」

「……ああ、そうだな」

 空を見上げれば日本が見える。ぐるりぐるりと景色が移り変わるのは、その石というのが暴走しているからだろうか。それは、とってもまずい気がする。それとも、海にあるようなので、その景色がスクリーンみたいに映し出されているのだろうか。

 幸いにも物の行き来はないようなのはほっとした。今の所はだったらどうしよう。でも、私がこっちに来たとき、玄関には何足も靴とかあったのにそれらはこっちに来ていない。こっちに来た物は、私が持っていた鞄や身に着けていた服だけだ。以前もそうだった。物は人と一緒じゃないと移動できないのだろうか。

 だからといって安心はできない。人が移動してきてしまうほうが大問題なのだから。


 

 この世界の人達から見たら恐ろしいだけだろう。見たことのない建物、景色が、轟音を伴って空に映し出されているのだ。

 両手を上に伸ばして、目を閉じる。

 車の走る音がする。音楽が溢れている。騒がしい、私の故郷。

「……この曲、お前が歌っていた歌だな」

 そうだね、ランキング一位だったから人気曲なんだよ。

 音楽が溢れている。懐かしい、ありきたりなバラード。震えない携帯を嘆いて、街路樹を一人歩いて、あなたの声を探す恋愛の歌。

 泣きそうだ。どうしよう、凄く、泣きそうだ。

 目を閉じて、思いっきり息を吸い込む。

 帰りたいのかな、どうなんだろう。帰りたくないなんてちっとも思わないけど、この世界から離れたいとも思えない。

「おい、カズキ!」

 焦るアリスの声と手に引っ張られて慌てて目を開ける。

「な、何事!?」

「お前何やった!?」

「え!?」

 示されるままに空を見て、私の頬も引き攣った。

 空に映っていた景色が消え去っている。

「じゅ」

「じゅ!?」

「柔軟……」

「………………偶然も大概にしろよ」

 どうしよう。背伸びしたら石の力が消えたとかだったら、なんかもうどうすりゃいいのだ。

 皆の視線が一斉に私を向いている。え、笑顔だ。笑って誤魔化せ。

 さっき出てきたばかりの建物の窓から、青褪めたツバキが飛び出してくる。

「カズキ! お前何やった!」

 どうしようもないほど柔軟です。

 両手を上に伸ばしただけですとは言えず、笑顔で誤魔化せ作戦だ。もうこれしかない。

「何事も?」

 事実だ。まごうことなく事実である。

 なのに、ツバキは苦い顔をした。気持ちは分かる。それは分かるけど、何が起こったかは分からないし、申し訳ないとも特に思わない。

 首を傾けて笑顔を向けた瞬間、叩きつけるような豪雨が落ちてきた。あまりの勢いに肌に打ち身ができそうなほどだ。

「ツバキ様! 発見できました!」

「この女に近づけるな!」

 兵士が何かを包んだ布を抱えて走り寄ってくるのを、ツバキは自らもそっちに走りながら怒鳴って制止した。

「俺はそれを持って先に本国に戻る。この女と石は一緒にしないほうが良さそうだからな」

「はっ!」

 アリスが上着を脱いで私にかぶせようとしている間に、ぴたりと雨がやんだ。空は、びっくりするほど晴れ渡っている。

 でも、もう何も見えない。何も聞こえない。

 日本は、もうどこにもなかった。


 何が起こったのだろう。呆然としてぽかりと開いた口を慌てて閉じる。強そうな笑顔を忘れないようにしなければ。威圧的に、高圧的に、偉そうに、全部計画通りですよって顔をするのだ。

 きりりと表情を引き締めて、盛大などや顔を浮かべる。

「…………ずぶ濡れでそんな顔をされて、も、な………………白髪」

「え!?」

 白髪第二段発覚事件発生。

「よいではなきか。…………ある故の悲劇ぞ」

 隊長は寂しそうに自分の頭をつるりと撫でた。水を弾く、よいつるりでした。



 ツバキは、兵士が抱えるそれを私から遠ざけながら振り向いた。ちらりと見えたのは、二等辺三角形みたいな石だ。もしかしすると割れているのかもしれない。所々黒ずんでいて、残った部分はLEDみたいに輝いている。けれど、時々点滅しているのは、安定していないのかもしれない。

 じぃっと石を見つめていると、その視線を遮るように場所を変えたツバキの所為で見えなくなった。

「あんたが連れていいのは一人だけだぞ。船ごと乗っ取られたらたまったもんじゃねぇからな。…………ああ、でも、あの壊れたガキは特別に許してやるよ」

 これには流石に笑顔なんて浮かべていられない。

 何があるか分からないのに連れてなんて行けるはずがない。ユリンが生きていてくれたのだから、ユアンはきっと大丈夫だ。だから、危ないと分かっている場所になんて連れていけない。

「ユアンは同行許可しない」

「ディナスト様は壊れた人間が好きなんだ。面白いからだってさ。結局ブルドゥス落とせなかったし、手土産増やしとかねぇと俺らの首が飛ぶの。玩具は多いほうがいいんだよ。壊しても次がねぇとな。分かった?」

「悪趣味め……」

 アリスの言葉に、ツバキはひょいっと肩を竦めた。

「俺じゃねぇよ。その代り、あんたと同じ船にルーナ乗せてやるよ」

「…………そのような条件は、飲み込まない」

「飲まなかったらここで俺らと全面戦争だ。このまま本国戻れば首が胴から離れるんでね。ディナスト様の機嫌とらなきゃいけないわけよ」

 ツバキは兵士が運んでいく布の塊をちらりと見た。

 あんな物放置するわけにはいかない。まして、ツバキやガリザザに渡すわけにはもっといかない。絶対に奪い取らなければならない。

「じゃあな、黒曜。ガリザザで会おうぜ」

「ツバキ!」

「ごたごた言ってると、めんどくせぇからやりあうか? バクダンならたんまり転がってるぜ」

 ぐっと言葉を飲み込む。爆弾は恐ろしいものだと私が分かっていることを前提としてそう言うのだから、性格が悪いにも程がある。

「ルーナの記憶云々は、俺にはどうだっていい話だ。直せるなら直せばいいさ。黒曜の名の元に、我らに奇跡をお与えください、ってな」

 そう茶化してひらりと身を翻したツバキは、楽しそうに笑った。



 去っていくツバキの背中を見ながら、禿げろ禿げろと呪う。

 はらりと金の糸が肩に落ちてきて、無言でそれを見つめた。そしてゆっくりと見上げる。

「……何故憐れみに満ちた目で私を見るんだ」

 呪いの誤射が発生した。なんか、ごめんね、アリスちゃん。

 隊長がアリスちゃんを見つめる瞳がとっても優しい。なんか、本当にごめん、アリスちゃん。



 遠巻きにガリザザの兵達が見つめる中、私は皆の元に足早に戻った。

 ガリザザ兵と、南の守護伯が連れた隊のちょうど真ん中辺りでリリィ達は待っていてくれた。

「ママ――!」

 涙とかその他諸々でべちゃべちゃになったユアンに飛びつかれる。予想していたので踏ん張ったけれど、当然吹き飛んだ。同じように予測していたアリスが背後で支えてくれなければ即死だった。

「ママ、ママ、ママ! ユアンおいていっちゃいやよっていったのに! いったのに!」

「申し訳ございません!」

「ユリンもママもいないから、ユアン、ユアンっ……ママのばか――! ママなんか、ママなんかっ…………だいすきだもん!」

「いだだだだだだだだ!」

 頭ぐりぐりが肋骨を削っていく。骨にダイレクトにアタックしてくるこれを何とかしないと、その内骨折しそうだ。

 そして、今回はえらく長く続いている。いつもならこの辺で引き剥がしてくれるアリスが、皆にさっき起こったことを説明しているからだ。なんとか自力でユアンを宥めて立ち上がる間に、話は終わっていた。

「一人か……」

 隊長達が難しそうな顔をしている。

 その横で、リリィが無表情で黙り込んでいた。王都を離れられないはずのリリィが此処にいるのは、残る二家が行ってこいと言ってくれたからだ。酒樽さんとドントゥーアのお婆さんが後を請け負ってくれた。

『行ってきな、ガルディグアルディア。あんたはこれから次代の三家の先頭に立つ女だからね。こんなところで禍根残されるより、これを糧にあたしらの次代を引っ張ってもらいたいもんだよ』

 そう言ったドントゥーアのお婆さんは、颯爽と去っていった。持っていた杖を忘れて。かなりご高齢に見えたけれど、しっかりとした歩みだった。


 結局ヒラギさんや王子様達、ヴィーと、会えなかったのは心残りだ。ユリンも、かろうじて一命を取り留めたという話だけで、その後が分からない。

 もう少し時間が欲しかった。心の準備をできる時間が。

 けれど、時間があったのならそもそも私はここにいないのだ。



 リリィは拳を握りしめたまま無言で歩いてきて、地面に座り込んだままの私の横にしゃがみ込んだ。

「……カズキ、逃げたいなら、逃げて、いいんだよ」

「ありがとう! だがしかし、大丈夫!」

 元気いっぱいに答えたのに、小さな小さな子どもみたいにしゃがみ込んだままのリリィは、悲鳴のような声で叫んだ。


「私、こんなことさせるために、あの日あなたに声をかけたんじゃないっ……!」


 リリィはいい子だ。優しい、いい子だ。

 膝に額をつけて俯くリリィに、ユアンが慌てている。自分も泣きそうになりながらリリィの背中を擦り始めた。ただ、力が強くてリリィの身体が凄く揺れている。

「リリィ、私なるも、リリィにそのようなことを発言させるために、再会したのではないよ。リリィ……リーリア。私ようやく、皆の為に実行可能なこと発見したよ。それがとても嬉しいよ」

「カズキはいつも、いつも、私達の為に頑張ってくれたよ! カズキがいてくれたから隊も軍も動いたよ! 王族も、国民も、私達だって、カズキがいてくれたから、同じ目標に動けたんだよ……! いつだって、カズキが一所懸命頑張ってくれたから、私達も頑張らなきゃって、カズキのおかげで、みんな、無くそうとしている物が何なのか分かったんだよ!」

 違うよ、リリィ。私は何もできなかったよ。

 次から次へと発生する事態にぐるぐるぐるぐる巻きこまれて、ぐるぐるぐるぐる流されて、次から次へと移り変わっただけだよ。その私を助けようと、皆が力を合わせて頑張ってくれたんだよ。私が何もできないでぐるぐる回ってるから、見かねた人達があっちこっちから手を伸ばして私を回転から助けてくれようとしたんだよ。

 だから、ちゃんと自分で皆の役に立てるのが、私は嬉しいんだよ。

「カズキの馬鹿!」

「もっともよ!」

 胸を張って肯定したら、リリィはがばりと顔を上げた。

「なんで怒らないの! ちゃんと怒ってよ! 理不尽なことに怒ってよ! カズキに押し付けられる全部、笑って許さないでよ! 許しちゃいけないことまで許さないでよ! なんでいつも怒ってくれないの!」

 目が真っ赤だよ、リリィ。

 リリィの小さな身体を抱きしめる。昔に比べたらずいぶん大きくなった。けれどやっぱり、まだまだ華奢で小さな身体。

「私、リリィと会えて嬉しい。リリィと会えて、本当に、幸福よ」

「私は怒ってって言ってるんだよ!」

「うん」

「うんじゃない!」

「は、はぁい」

 怒ってと怒るリリィを抱いたまま、旋毛にぐりぐりと頬を擦りつける。

「リリィ可愛い。リリィ大好き。リリィと会えた私は、本当に幸福者よ」

「カズキ!」

「リリィ、リーリア。好き、大好き。リーリア、会えてくれてありがとう。リーリア、好き、幸福よ。リーリア、私と出会えてくれて、本当にありがとう」

 激怒はツバキに向かっていて既に定員オーバーだけど、それだけじゃない。

 この世界で私は、出会いたい人達に出会えた。出会えてよかったと思うだけじゃない。私は、この人達と出会いたかったんだと心底思える人達と出会えた。皆が私にくれた物に報える何かを探していた所に、恩返しのチャンスが転がり込んできて、私はそれに飛びついた。そんな私の為に、リリィが泣いてくれる。

 リリィと出会えた。皆と出会えていた。それだけで、私はこの世界にいられて本当に良かったと心から思う。ちょっと色々手厳しくても、白髪が二本できても、私はこの出会いに感謝している。神様ありがとうって、心から言える。

 だって、この世界での出会いは、私にとってどうしようもないほど掛け替えのないものなのだ。


 それを守れる手段がここにあって、それが私にしかできないことで。

 だから、その手段を選ばないことの方が奇妙に思える。


 いろいろ考えた。けれど、元々私に出来ることが限られている以上、どんなに考えても取れる手段はあんまり変更ない。

 何でもできると自惚れているわけじゃない。寧ろ何もできないという自負しかない。

 それでも、できることがある。しなければならないことも、したいことも、あるのだ。




「その他にも、私は、私の進行する理由が存在する故に、リリィが泣く必要は、皆無よ」

 石を奪い取らなければならない。できるなら、ムラカミ・イツキさんとも会いたい。

 そして、ルーナを追いかける。

 どこまでだって、追いかけるのだ。

 変わらないものがあるとルーナが教えてくれた。十年間想い続けてくれた。変わらず、好きだと言ってくれた。

 今度は私が、何があっても変わらないものがあると、ルーナへの想いは変わらないものだと、ルーナに答える番だ。



 うまく伝えられなくて、行動で伝わらないかとひたすら抱きしめる。

「…………カズキ、は」

「うん」

「どんな大人に、なりたかった?」

 そっと抱き返してくれる手の感触を感じながら、私はちょっと考えた。リリィくらいの時、私はどんなことを考えていただろう。将来、どんな大人になりたいと文集に書いただろう。

「か」

「か?」

「可愛いクソババア!」

「…………それは両立するの?」

 あれ?

 確か可愛いお婆ちゃんになりたいと書いたのだけど、あの欄はなりたい職業とかそんなのを書く為の欄だった。消防士とか警察官とかケーキ屋さんとか看護師さんとかそんな言葉が並ぶ中、燦然と輝く可愛いお婆ちゃん。

 なんでいきなり老後なの……。そう項垂れた先生に、私は思った。

 ほんとにね!



 なんだか色々と間違えた気がする。言葉を探していると、リリィはくすくすと笑い始めた。

「可愛いクソババアか……いいね、それ」

「お嬢様、お嬢様、お嬢様! 早まるのはどうか、本当にそれだけは!」

 ネイさんが真っ青になっている。何故だ。いいじゃないか、可愛いお婆ちゃん。リリィなら今でも可愛いから、そのままお婆ちゃんになったら可愛いお婆ちゃんだよ。

 リリィはごしごしと目元を擦って、私の頬にキスをくれた。

「私やっぱり、あなたみたいな大人になりたい。大好きだよ、カズキ」

「私も、リリィ大好き!」

「ユ、ユアンもママだいすきだよ!」

 慌てたユアンから頂いたキスと、一歩も引かなかったリリィに挟まれる。両手に花状態でキスを頂いた結果、ひょっとこと化したのはどうしてだろう。異世界って、本当に不思議に満ちている。



 ちょっと鼻を啜ったリリィが、私の袖を引く。

「カズキは、誰を連れていくの」

「え?」

「あれ」

 指差された先で、隊長とティエンとイヴァルとアリスちゃんが難しい顔で話しあっていた。

 何があるか分からない場所についてきてなんて言えない。一人だと心細くても、絶対に、言えない。けれど、ユアンを連れていかなければならない以上、自分だけのことでは済まない。誰か腕の立つ人にユアンを守ってもらいたい。

「私が行く」

「駄目ですよ! アードルゲ唯一の男子が国を出たら!」

「ここで親友を放り出す方がアードルゲの男として許し難い」

 ついでに母上にも殺される。そうぼそっと呟いたアリスちゃんに、みんな神妙な顔でその背を叩いた。ぽんぽんと背中を叩かれるアリスちゃんが不憫だったので、私も混ざってぽんぽんしてみる。何故か私の手だけはすぐにばれて頬っぺた抓られた。理不尽である。

 私の頬を抓り終えたアリスは、隊長達に頭を下げた。

「貴方々も同じ気持ちでしょうが、どうか譲って頂きたい。必ず、守ります。命に代えてもカズキを無事に連れ帰ります……ですから、どうか、私に友を守らせてください」

 私は本当に、掛け替えのないものを貰っている。

 だから、この決断に悔いなんてない。



 皆と握手して、別れを惜しむ。

 そういえば、こうやってちゃんと別れるのは初めてかもしれない。心構えをする時間があるのはあるで、覚悟を決めるのがちょっと大変なんだなと知った。

 お酒を奢る約束をした人達に、どうか立て替えておいてほしいと頼んだら、ツケですよとネイさんに即答された。了解! と返事をしたのに、だから帰ってきなさいと返されて、うっかり感動した。

 リリィがとことこ歩いてきて、こてりと首を倒す。

「ユアン?」

「なぁに?」

「カズキの言うことよく聞いてね。困らせたら駄目だよ。約束だよ」

「わかってるよ! ユアンとリリィのやくそくだもん! リリィ、またユアンとオリガミしてあそんでね!」

「うん」

 目の前で交わされる優しい約束が、どうか破られることのないよう、私は誰に祈ればいいだろう。

 


 ふわりとリリィが抱きついてきて、慌てて抱きとめる。

「……カズキ、私ね、夢の見方を忘れた時は、いつもカズキを思い出すの。カズキが楽しそうにしている姿とか、笑っているのを思い出したら、どこまでだって行ける気がするの」

 ぎゅっと抱きしめられる身体を包み返す。次に会えるときは、もっと背が伸びているのかな。

「どうか、カズキにとっても、そういう人がいますように」

 リリィはそう言って微笑んだ。まるで花が綻ぶように、幸せの象徴のような笑顔で。

 だから、私も自然と微笑んだ。


「ありがとう、リーリア!」


 またね。

 皆、またね。

 絶対、また会おう。

 帰ってくるから。ちゃんと、ルーナを連れて、帰ってくるから。当ては全くないけれど、絶対、帰ってくるから。

 だから、頑張ってくるよ。



「カズキさんがくれた時間を、絶対に、無駄にしません。だから、だからっ……」

 イヴァルは飼っている泣き虫に餌をやりすぎだと思う。

「おう、カズキ! 俺らが迎えに行くのが先か、お前が帰ってくるのが先か競争だな!」

 豪快に笑うのは大変結構ですが、私が吹き飛ぶ勢いで背中叩くのは全く以って結構ではありません。

「カズキ、再度見えるその時は、手前の頭はふさふさぞ!」

 十年経っても変化の見られない頭への希望を忘れない隊長の意気込みを、私も見習う所存です。

「お嬢様をクソババアにはさせませんからね!」

 どう足掻いても、リリィは可愛いお婆ちゃんになるのは決定です。

 謝られたら困ると分かってくれている皆は、一言もごめんって言わない。それがありがたい。一言ごめんって言われたら、こっちこその謝り合戦だ。


 息を吸って、吐く。泣かない、泣かない。

 泣く理由なんて、どこにもない。

 


「行って参るますよ!」



 皆の記憶に残るのは、心からの笑顔でいいのだ。





 揺れる桟板から小舟に飛び移り、これまた揺れる小舟で運ばれて、大きな船の横に降りた縄梯子を上る。縄橋子は、こうやって反対側が側面だと何とかいけるけど、ぷらぷらぶら下がっているタイプだと、絶対うまく上れない自信がある。

 上り切った先では、ガリザザの人達からの化け物を見る視線が待っていた。どや顔大事だ。

 どや顔をどや顔で取り繕っていると、一つだけ違う視線を見つけた。


 世界で一番大好きな水色が、静かに私を見ている。

 柔らかく細まったりしない。私を呼ぶために唇は開かないし、綻ぶように笑ってくれることもない。

 それでも、やっぱり嬉しかった。


 ルーナ、好きだよ。大好きだよ。


 自然と浮かんだその笑顔が、ルーナが好きだと言ってくれた笑顔だったらいいな。

 そしてまた、そう感じてくれたら嬉しいな。



 ルーナ、どうか私を思い出してください。

 そして、異世界七不思議に燦然と輝く栄光の第一位だけど、それでもどうかお願い。



 どうかもう一度、私と恋に落ちてください。



  


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