49.神様、少し眠ったのでまた頑張ります
ぐいんっと意識が持ち上げられたと思ったら、ふわりふわりと真綿で押し込まれるように沈んでいく。持ち上がった時は、ぶわんぶわんと耳鳴りがして、頭の中がぐわんぐわんと痛い。がんがんがんと、鋭く痛むんじゃない。水の中にいるように痛みが膨張する。
熱くて、痛くて、苦しい。
誰かの手が私の額に触れた。ああ、冷たくて気持ちいい……いや、ちょっと寒い。ちょっとじゃないな、かなり寒い。
気が付いたらがたがたと震えていた。歯ががちがち鳴る。嫌だな。頭痛くて、体中痛くて、ちょっと動くだけも億劫なのに震えると更に疲れる。
嘆息が降ってきた。それだけでこれが誰か分かった。
アリスちゃんだ。
その手が額から頬をなぞり、首筋に触れる。
「……本当に効かんな」
熱が下がっていないらしい。まあ、そうだろう。だって熱が出た時の症状そのままだ。頭痛いし、関節痛いし、身体は重いし、寒いし、暑いし、苦しいし。悲しいし。
「大抵の人間は一回飲ませればある程度の熱は下がる薬なのだがな……」
それにしても、声を聞く前に溜息だけで誰か特定できるってどうなんだろう。親友だからこれくらいできて当然か!
ちょっと、親友の定義が分からなくなってきた。
重たい目蓋を開けると、目の前にいたのはアリスじゃなくてユアンだった。ユアンは私の顔のすぐ傍で寝息を立てている。おお、近い。そう思ったけれど、驚く気力はなかったので、近いなーと呑気に見ているとその身体が持ち上がった。
「目が覚めたのか。ちょっと待っていろ」
私の目が開いたことに気付いたアリスは、抱き上げたユアンを隣のベッドに寝かせて掛布をかけている。それを見ながらとりあえず起き上がろうともがくけれど、なかなかうまくいかない。手足の踏ん張りは何とかなるけれど、ちょっと動くと頭が割れるように痛む。
ベッドの上で悶える私に気付いたアリスが慌てて戻ってきた。
「たわけが! たわけ、何をしている、たわけ! 動くな、たわけ!」
たわけ言いすぎじゃないだろうか。それとも今の私の視界がぶれるように、たわけもぶれていっぱい聞こえただけだろうか。あらぬ疑いをかけて申し訳なかった。ごめんね、アリスちゃん。
「……ほら、寝ろ、たわけ」
やっぱり気の所為じゃない気もする。
「水……」
「ちょっと待て」
水差しから注いでくれた水を片手に持ったまま、アリスの手が首下に回る。そのまま背中を支えるように肩を抱いて上半身だけ持ち上げてもらった。それだけで世界が回る上に頭が割れる。いま何度くらい出てるんだろう。熱の高さが気になったけれど、口から出たのは全然別のことだった。
「あれより……」
「ん?」
「どのくらい、日程……」
「お前が倒れてからまだ一日も経っていない。今は夜だ。……いいから、今は寝ていろ」
掛布をかけ直してもらい、寒さに震える私の為にもう一枚毛布が追加された。
「アリス……」
「何だ」
「ルーナ、は」
「…………熱が高いんだ。だから、今は何も気にせず眠れ」
目が潤む。鼻の奥がじくじくする。これは熱が高いからだ。
熱が高いんだ。だから、だから。
「……アリス、も」
「眠れと言っているだろう」
「アリスも、睡眠、とる、して、ね」
「お前が寝たらな。水を変えてくるから大人しくしていろ」
「了解、ぞ」
「ぞはいらん」
しっかり訂正を入れたアリスは、手拭いをかけた桶を抱えて部屋を出て行った。
それをぼんやりと見送って、唇を噛み締める。
「ふっ……」
関節が痛む腕を持ち上げて顔に乗せる。本当は両腕を乗せたかったけれど、身体が重くてうまく動かなかった。噛み締めた呼吸が漏れる。幾筋も幾筋も涙が零れ落ちていくのを止められない。熱が高い時は涙まで熱い。
頭が焼け落ちるほど熱いのに、ぼんやりするどころかどんどん明確に恐怖を叩きつける。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ルーナ。
ルーナ。
ルーナ。
どうしよう。どうしたらいい?
ルーナがいない。
生きていてくれた。
ルーナがいない。
生きていてくれた。
ルーナがいない。
生きていてくれた。
ぐるぐるぐるぐる思考が回る。熱で蒸発するように思考が溶けて、また現れての繰り返しだ。文字が頭の中で暴れ回る。嬉しい、生きて、ルーナ、よかった、嫌わないで、ルーナ、嬉しい、ルーナ、気持ち悪い、ルーナ、ルーナ、ルーナ。
痛む身体を無理やり折り曲げて掛布を握り締める。どれだけ強く握りしめても、痛みも熱も全然逃げていってくれない。
どうしよう。ルーナ。苦しい。痛い。つらい。
悲しい、寂しい、苦しい、痛い。
ルーナがいない。ルーナがいるのに、ルーナがいない。ルーナの中に、私がいない。
大好きな水色が知らない人間を見下ろしていた。目が会う度に柔らかく光を溶かす大好きなあの色が、無機質に光を弾き返して私を見ていた。
ルーナが、私を知らないと言った。
「ふ……くっ……う、ぇ…………」
どれだけ堪えても嗚咽が止まらない。両手で口を押えて必死に飲み込むのに、せっかくさっき飲ませてもらった水が全部目尻から零れ落ちていく。
熱が高いから気が弱くなっているのだ。早く熱を下げて、頑張らないといけない。だから、早く眠って体力をつけないと。それなのに、体力を使って夜更かしだなんて正真正銘馬鹿のすることだ。
分かっている。分かっている。分かっている。
早く寝ないと。早く熱を下げないと。早く、早く、早く。
そう思うのに、肌を焼きそうなほど熱い涙はいつまで経っても止まらない。
ルーナを見つけるまで止まらないつもりだった。ルーナに会えるまで、何があっても諦めないつもりだった。
けれど、そうして辿りついた先にあの笑顔がないのだとしたら、私はどうしたらいいのだろう。
いつしか眠っているのか起きているのかも分からなくなった。
ただ、やけに帰ってくるのが遅かったアリスの手が嘆息と共に私の涙を拭ったのは分かった。その指に、まるでずっと桶を持っていたかのような痕があったのを、熱に浮かされたまま感じたのは覚えている。
皺だらけなのに妙にしっとりした手が額に触れて意識が浮上する。
「…………おはようござります」
「人は成長するものじゃなぁ。この年になると涙もろくてかなわんっ……!」
どうしてネビー先生が感動に咽び泣いているのだろう。そしてどうしてここにいるのだろう。夢だろうか。入れ歯が飛んでくる夢を見たので、本体が召喚されたのだろうか。入れ歯強い。
かちゃかちゃと音がする。先生が鼻を啜りながら何かしているのをぼんやりと眺めていると、べちゃりと濡れた手拭いが視界を遮る。是非とも絞って頂きたかった。
「よく頑張ったな、カズキ。えらいえらい」
がんがんする頭をぐしゃぐしゃと撫でている声はティエンのものだ。
何が何だか分からないけれど、褒められたらしい。熱に浮かされて弱った心は褒められたことでじわりと涙をにじませたが、はたと気が付く。
私、別にこれといって何もしていなかった。
お酒奢る約束して、堀から落とされて、首落とされかけただけである。
あ、そういえば。
「……私、首、存在してる?」
「し、してますよ! な、何言って! 先生! カズキさんが熱でおかしなことを!」
「いつものことじゃ」
すぱっと言い切られたイヴァルは、釈然としない声で唸った。そう、イヴァルだ。痛む関節をようよう持ち上げて、視界を遮る手拭いをどける。やっぱりイヴァルだ。
なんだ、夢か。
そう判断して再び眠ろうとしたら、背後が騒がしい事に気付く。どっっっっっこいしょと身体の向きを変えると、隣のベッドの上にリリィとユアンがいた。
「こう?」
「そう」
ベッドの上に大きな板を置き、そこで二人が何かをやっている。
「ママからおしえてもらったの?」
「というより、昔、これ貰ったの。それをお爺ちゃんが解して、折り方を書きとめてくれたのを覚えた」
リリィの手はてきぱきと折り鶴を完成させていく。拙い動作でそれを追いかけるユアンは、ぷくりと頬を膨らませた。
「ずるい。ユアン、ママからおしえてもらったことない。リリィ、あっちいって! ママはユリンとユアンのママだよ! リリィいや! あっちいって!」
「大丈夫。私はママになってもらおうとは思ってないから」
きっぱり言い切ったリリィに、ユアンは首をこてりと倒した。リリィもそれに合わせるように首を倒す。鏡合わせのようにおんなじ角度で首を傾げあっている二人が可愛い。
「じゃあ、なぁに?」
「…………と、ともだ、ち、を、目指してる、つもり」
「おともだち!」
「声が大きいよ」
なんだあれ、天使だろうか。天使が二人で折り鶴してる。じゃあここは天国か。
あれ? じゃあやっぱり私の首はさようなら?
どうしよう。首が。私の首。どうしよう。
「私の首……どちら……」
「…………また珍妙なことを考えているな」
嘆息ばかり聞いている気がする親友が私のベッドに腰掛けた。
「アリスちゃん……」
「何だ」
「何故にして、皆、集合」
「……………………聞くのか? その状態で?」
どんな状況でも聞くだろう、普通。だって、皆がいるのだ。
熱で目が潤んでいるのに、乾いて引き攣ったみたいにぎこちなくなる目を必死に皆に向ける。やっぱり皆がいた。間違いなく皆がいる。
「とりあえず、お前さんはこれを飲め」
先生が粉と錠剤が乗せて三角に折った紙を渡してきた。起き上がろうと悶えて、結局陥落した私の身体をアリスちゃんが支えてくれる。爺さんや、いつもすまないねぇ。そう言ったら、本当になと返してきそうだ。
白湯で飲み下し、またベッドに沈む。苦い、まずい、喉がモソモソする。
「これが効けばよいがなぁ」
目を細めると頭痛がましになる気がするので、そのまま皆を見ていると、イヴァルが私の手を握った。
「ヌアブロウの元から、一部の兵と……ヒューハが、投降してきました」
「ヒューハ……」
イヴァルは握った手に額をつけて項垂れた。
「カズキさん、カズキさん、カズキさん」
「うん」
「ヒューハと、投降してきた兵達は、ブルドゥスとグラースに報復したいんじゃなくて、敵を作りたかったんですよ」
「…………敵?」
「敵がいればまた軍士も騎士も必要になるからって。憎悪の先が欲しかったって…………あいつは馬鹿だっ……!」
ぎゅうっと握りしめられた手が痛いけれど、それは言わないでおいた。
大きくなったイヴァルの手は、片手でだって私の手を包めるのに、両手で何かを祈るように私の手を握り締めている。
「ガリザザがその役目を担った今、もう、これ以上は必要ないって投降してきて…………処刑してくれって、言うんですよ。国民の恨みが他の軍士や騎士に向かわないように、死刑にしてほしいって、言うんですよ。……これで、またみんな一緒にいられるだろうって、『平和』になったなって、笑うんですよ。あいつ、壊れてる。僕だって、たぶん、相当、だけど…………だけどっ、こんなのっ……!」
握りしめる互いの手を挟むようにして、額を合わせる。他には何もできない。力のこもった掌は冷たく、同じ蔵イヴァルの額も冷え切っていた。
「……なんで、なんでこんなことになっちゃうんでしょうね。何がいけなかったんでしょう。殺し合わなくていい場所が欲しくて僕達は頑張ったはずなのに、なんで、敵がいなきゃ成り立たないんでしょう。なんで、誰かを憎まなきゃ、うまく、いかないんでしょう。なんで、どうして、何かを憎まなきゃ、みんな仲良くできないんだろうっ……」
分からないね。本当に、何でだろうね。
敵がいるときはみんな仲良くできるのに、どうして敵を作らなきゃ仲良くできないんだろうね。
分からないね。分からなくて、悲しいね。
イヴァルの頭をぐしゃぐしゃと撫でたティエンは、私の枕元の方に勢いよく座った。お腹の横辺りに座っていたアリスちゃんの身体が跳ねあがり、たたらを踏んで立ち上がる。何度かベッドとティエンを見比べて、もう一度そっと座り直したアリスが不憫だ。
「俺達がここにいるのは、城を取り戻したからだ。ヌアブロウは城を放棄してロヌスターへ引いた」
私が寝ている間にいったい何が。
「じきに本隊が戻ってくる。お前のおかげだぞ、カズキ」
寝ている私がいったい何を。
そう思っているのが伝わったのか、ティエンは私の頭もわしわしと撫でた。頭がぐわんぐわんするから、あんまり揺らさないで頂けるとありがたいです。
「異世界人のお前がこの世界の未来を憂えて叫んでるのに、自分達が動かないのは恥だとさ。こうなった時はいろいろごちゃ混ぜだったからな。連携も取れずに各自判断するしかなかったから、密偵としてあちら側につくと決めた奴らが少数いたんだよ。そいつらと連絡取りながらやってたからな、お前さんが捕まった時のこととか筒抜けだぞ」
自分の行動を思い返してみる。捕まってドナドナされただけなのでこれといって恥はないはずだけど、筒抜けと言われると無い恥を恥らいたく…………ならなかった。恥があろうが恥だらけだろうが、何かもう全部今更だ。
「アーガスク様も、軍士と騎士に頭を下げて回った。全部、やり直しだ。終戦から歪んだまま放置してきたツケを今払って、全部、一からやり直す。国の在り方をもう一度考え直す事から始めるんだぜ。めんどくせえよなぁ?」
そう言うくせに、ティエンの顔は豪快な笑顔だ。そうだね、めんどくさいね。けど、めんどくささを優先して何かを失うくらいなら、面倒に立ち向かう方がいいに決まってる。
「エリオス様も生きておられる。…………火傷の痕は消えぬし、左目と左耳は使えぬが、生きておられる。それで充分だと仰った。…………カズキ、ルーナはロヌスターに同行した。じゃが、諦めるでないぞ」
ネビー先生は怯みそうになった私を覗き込んで言った。
「瀕死のあやつが運び込まれた際、診たのはわしじゃ。けれどな、カズキ。かろうじて一命を取り留めた時、あやつの記憶はあったんじゃ」
「え?」
「目覚めた第一声が、カズキだった。その後はお前さんの怪我の状態を言い募っておったわ。腕は自分が縫ったが、きっと酷い痕が残るとか、せめて首だけでも傷跡が残らないよう診てやってほしいとか、熱が出てはいないか、痛がっていないか、泣いていないか、必死に言い募っておったわ…………じゃが、あやつらが連れていってしもうた。そうして、次に会えた時にはあの様じゃ。すまんかった、カズキ。わしが、ルーナを守れなかったんじゃ」
しわくちゃの顔を更にしわくちゃに歪めて俯く先生に呆然となる。
ルーナは、記憶喪失になったんじゃなくて、されたというのだろうか。魔法もないのに、そんなことできるのだろうか。
「あやつらに何をされたかは分からん。ただ、惨いことをされた事しか分からんのじゃ。……指の爪がな、無くなっておったんじゃ。飲んでおる薬を見て、わしは、もう、許せんかった。ガリザザは香の大国じゃ。古くから香を使ったまじないが盛んで……何かしら、されたのだろうな」
吐き気が胸の中に湧き上がって、必死に飲み込む。
アリスが控えめに先生を止めようとしているけれど、それを断る。
教えてください、先生。ちゃんと聞かなきゃ、決意も出来ない。
「頼む、カズキ。ルーナを責めんでやってくれ。責めるなら重体だったルーナを守れんかったわしを責めてくれ。頼む、カズキ。ルーナを諦めんでやってくれ」
年老いた身体を折り曲げて謝る先生に向けて必死で手を伸ばす。しわちゃくちゃなのにしっとりとしているのは、薬を扱っているからだろうか。
その手を握り締めて額をつける。いま、出来る動作が限られているからさっきからこれしかできないけど、籠める想いに違いなんてない。
「諦めるはずが、ありは、しないよ」
「カズキ……」
初めて先生の涙を見た。
大丈夫、大丈夫だよ先生。
吐息も思考も全部熱いけれど、大丈夫です、先生。
「私、結構、強靭なのぞ!」
もう、充分泣いた。充分めそめそした。
もう、充分だ。
ルーナ
ルーナ
ルーナ
ルーナの中に私がいない。
けれど、私の中にはルーナがいる。ずっとずっと、ルーナがいるよ。
たった一つ、恋をした。そしてこれが、ただ一つの恋だ。
好きだよ、ルーナ。ルーナが大好きだよ。
ずっとずっと、ルーナが大好きだよ。
今も、昔も、これからも。
一生、ずっと、どこまでも。
ルーナが、大好きだよ。
ルーナが生きていてくれた。一度はそれだけでいいと思ったじゃないか。これからもう一回ルーナを探しに行くだけだ。生きていることが分かったのだから、前よりずっと気が楽じゃないか。
本当は、ずっと怖かった。
日本に強制的に戻されて、時間が過ぎて、ルーナが透明になっていくのが。ルーナを忘れるのが怖かった。ルーナがいなくても平気になっていくかもしれない自分が、怖かった。今はまだ全てが鮮明で、こんなにも強烈な痛みが、やがて時に癒されるかもしれないのが、ルーナを過去にするのが、怖くて、怖くて、堪らなかった。
それに比べたら、走り続けることに恐れるなんて、本当に馬鹿だった。走る先がある事がどれだけ有難いか、私は知っているのに。
昨夜は本当に熱の所為で気が滅入っていた。いや、今でも熱は高いけれど。
「先生、先生」
大丈夫だよ、先生。
走る先はぶれていない。私は馬鹿だから、目の前にルーナがぶら下がっていたら、止まることも忘れて走り続けられる自信がある。満々だ。
「私、ルーナが大好き!」
傷つくことを恐れて手を引っ込めるには、ルーナが好きすぎるのだからしょうがない。ふられたのならともかく、私はまだこの恋を失っていない。
追いかける。どこまでだって手を伸ばす。馬車馬上等、馬鹿上等。望みがそこにいるのに、立ち止まってどうするんだ。馬鹿は先のことなんて考えない。ただ、目の前にある目標めがけて一直線だ。
先に何も見えないのに、ルーナは待っていてくれた。十年間、ただひたすらに望み続けてくれた。
今度は私の番だと、決めたのだ。
待って、追いかけて、手を伸ばす。どこまでだって、諦めない。
だって、ルーナが大好きなのだ。
鼻水を啜りながら顔を上げた先生と顔を合わせて、握る力を強くする。
「先生、なればこそ、薬、多量に、お願い。全て、飲み下す。早急に元気となるよ!」
「たくさん飲めば治ると思うのは大間違いじゃ」
目は赤いのに、そこはきっぱり言い切る先生は医者の鏡だ。
早く元気になろうと決意を固めていた時、部屋の扉がノックもなしに叩き開けられた。
皆の視線を独り占めして駆け込んできたのはネイさんだ。髪がひどく乱れているから、よっぽど必死に走ったのだろう。
「お嬢様! 仮眠を取ってくださいとお願いしたじゃないですか! なんで寝室にいないんですか!」
「ちょっとは寝たよ。どうしたの」
「それがっ……カズキ、起きていたのですか」
リリィはベッドから降りて、とことことネイさんに近づいた。ネイさんはちらりと私を見る。目が合ったので掌をひらひらしたら、盛大に溜息をつかれた。最近皆に溜息をつかれる。ついに、私の二つ名を変更するときが来たのだろうか。
つまり、溜息の……。
「すぐに来てください。カズキ以外」
仲間外れのカズキだよ、どうぞ宜しく!




