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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第二章:奮闘
42/100

42.神様、少々多大にやらかしました

 黒曜として立つと決めても、私の環境が劇的に変化するという事はなかった。当たり前と言えば当たり前だけど、誰も私に賢く素晴らしい戦略なんて期待してないらしい。ほっとした。そんな物を求められたら、満面の笑顔で肥溜めに飛び込むしかない。

私が求められたのは、体調回復、アリスちゃんによるたわけ矯正講座。そして、ちょっとした日本の知識だ。

 カイリさんは昼夜問わず、偶にふらりと現れて、日本のことを少しだけ聞いていく。

 爆弾についても聞かれた。といっても、私では作れない事、爆発は範囲内に入れば敵も味方も吹き飛ぶような無差別の衝撃である事、雨に濡れると火がつきにくくて使いにくい事、爆発による怪我は火傷と破片による怪我になるような気がするという、ふんわりとした説明しかできなかった。

 アリスが逃げようかと言ってくれたことも多分報告されているだろうけど、本当に何も変わらない。そのことに触れられもしなかった。アリスと引き離されることもなければ、アリスもそれを心配しているようには見えない。

 不思議に思って聞くと、伯はそういう方だという答えが返ってきた。


 

 そんな感じで、私は穏やかに一か月近い時間を過ごしていた。


「これは? これはなんですか?」

「それは『ヘアゴム』じょ!」

「それは『ヘアゴム』です、だ」

 鞄に突っ込んでいたヘアゴムをびよんびよんと引っ張ったら、部屋の隅にいたユアンの方がびくりと飛び跳ねた。ユリンも最初は驚いたようだが、すぐに手に持ってびよんびよんし始める。

「どうしてお前は、妙な言葉を引っ付けるんだ」

「言い難い故に」

「言いづらい」

「いいじゅらりん」

「い、い、づ、ら、い」

「い、い、ず、ら、り」

「語尾を上げるな、下げろ。ずは、づだ。づ。最後は、いだ、い。どうして最初のいが言えて、最後が言えない」

 それは舌の動きの問題だ。あっちがうまくいけばこっちでぼろが出るといった調子である。変に意識したら、今まで言えていたものまで珍妙になる始末だ。

「アリスちゃん、繊細ね――」

「細かいと言え、細かいと」

「ちび!」

 痛い、痛い、痛い。無言で頬を抓りあげるの止めてください。

 昔、調理の手伝いで大根もどきを細かくし過ぎた時に『ちびっこくしてまあ』と言われたことがったのだけど、何か違ったのだろうか。

「野菜の滅多切りがちびっこいと、ティエンが申していたぞ」

「間違ってもユリンとユアンには言うなよ。一番気にする年頃だ。……滅多切りはみじん切りか?」

 小声で言いながら頬を存分にみょんみょんしたアリスは、私の手元を覗き込んで溜息をついた。

 私は、また一から辞書作り中だ。作ってなかったのかと言われたけど、堀から落ちるまでは存在していた旨を伝えると肩をポンッと叩いてくれた。


「……それだけの文字を操れながら、何故だ」

 アリスの手元には昨日大雑把に説明した、ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字が書かれたルーズリーフがある。後、漢字辞典。何でこんな物が鞄に放り込まれていたかというと、ゼミの定期レポートの課題が漢字の語源を調べてこいだからだ。まさか大学生になってまで漢字辞書が必要になるとは思わずに実家に置いてきてしまったので、これは大学の図書館で借りたものだ。


 私の手元をまじまじと覗き込んで本気で不思議そうな顔をされたので、私は胸を張った。

「十九年の鍛錬の成果じょ!」

「じょはいらんと何遍言えば分かる、たわけ!」

「いいづらり!」

「いだ! どうせつけるなら、『ね』や『よ』くらいの柔らかい語尾を選べ!」

「ね!」

「そうだ!」

「にょ!」

「違う! よ、だ、よ!」

「にょーん」

「何故伸ばした」

 そっちこそ、なんで真顔になった。



 鞄に何冊か入っていたファッション雑誌は、いま私の手元にない。何でも、私が黒曜だと民衆に広める為に異界の服装から広めようとしているらしく、服飾関係の人達が色々頑張っているという。私の黒曜としての衣装も作ってくれるそうだ。ちょっと楽しみにしている。

 何冊もファッション雑誌を持っていたのは、別に私がお洒落に敏感だからじゃない。雑誌はいろいろ見たいけど、全部買うととんでもない出費になるので、ゼミの友達と一緒に個々で一冊ずつ買って皆で回すのだ。付録はジャンケンだ。登校しようとした第一歩でこっちの世界にきてしまったので、借りっ放しになってしまった。申し訳ない。

 一応、こっちの世界に持ち込んじゃいけないものだろうという認識はあるけれど、私の手元に戻ってくる前に大体の検分済みだった。まあ、爆弾とか銃とか、そんな情報が載った本は持っていないし、携帯の充電はとっくに切れている。保っていたら逆に怖い。一体何を糧に生き延びた充電だと恐れ戦く。でも一応、参考書は鞄の奥に突っ込んだままにした。歴史部分は戦争の絵もあるからだ。幸い戦闘シーンのような挿絵はなく、戦闘機や戦車がちらりと写っているだけだったので、これが何なのか理解されていなければいいと願う。


 私の持ち物で特に大人気だったのはお金で、今も双子が小銭をひっくり返したり、打ち鳴らしている。こっちの世界では使う機会もないし、彼らに盗まれる心配をしているわけでもないけど、万札はそっと回収しておいた。千円は涙ながらに諦められる。五千円も血涙流しながら断腸の思いでかろうじて手放せる。

 でも、万札は立ち直れない。

 困ったときはこれ一枚! 一枚あれば一安心! な万札さんは、大事に大事にお財布にしまっている。けれど、まあ、アリスちゃんが見せてくれと言ったので見せた。親友だし。透かしを見比べて、お札の大きさを見比べて、細工の細かさに感嘆してと楽しそうだったのでよしだ。一番大きい万札が一番価値があって、一番小さい千円が紙の中では一番安いと説明したり、描かれている人は偉人だと説明しようとして美人美人と連呼し、美人の概念の違いに双子と一緒に散々悩まれた。



 そして暇になる私である。皆、私のお金が目当てだったのね! と心の中で遊んでみたけど、すぐに飽きた。寂しい。

 暇なので適当に鼻歌を流していたけれど、気が付いたら熱唱していた。歌い終わった時には、双子は壁に張り付いているし、アリスちゃんの腰は半分くらい遠ざかっている。どうもすみません。うっかり熱中しました。

 私は、マイク代わりに握っていたシャーペンをノートに挟んだ。

 突然歌い出した私には驚愕したけれど、歌には興味があるらしく、ユリンがにじり寄ってくる。

「い、異世界の歌?」

「ぞ……はい」

 ぞりと言いかけた瞬間、アリスの指がぴくりと動いて慌てて言い直す。そろそろ頬っぺたの原型が変わる。

 CD売上一位の曲だと言っても通じないだろうから、ちょっと考える。

「流行りの歌じょ[痛い痛い痛い]」

 結局みょーんされた。違うんです、アリスちゃん。あれは純粋に噛んだんです。

「異世界で流行りの歌!? 聞きたい!」

 リクエストを受けて、適当に何曲か歌う。カラオケは好きだったから十八番も含めて色々歌った。歌詞を忘れたところは、らららか、にゃにゃにゃで誤魔化す。サビだけしか覚えていないのもあったし、一人アカペラはちょっと恥ずかしいけど、ユリンが楽しそうだからまあいいや。

 懐メロから流行曲、童謡から合唱曲、CMソングからアニソンまで手広く歌ったら、アリスが驚愕した目で私を見ていた。何だろうと思ったら、こっちの世界でこれだけ歌を知っているのはそういう職の人か貴族くらいだと言われた。確かにこっちの世界では、あっちやこっちで四六時中何らかの音が流れていたりしないから、それもそうかもしれない。歌手みたいな人が歌っている場所にお金を払って見に行くか、貴族の屋敷に呼ぶか、そういう方法が一般的だそうだ。流れの芸人達もいるそうだけど、彼らはてっとり早く稼ぐために人気のある曲を歌うことが多いそうだ。

 ラジオやテレビ、ネットなんて説明できない。いろんな意味で。主に私の言語力の所為で!

 ちょっと考えながら言葉を探す。

「私なるの故郷では」

「私の故郷では」

「……私にょ故郷では」

「の」

「の」

 アリスちゃんは妥協しない男だ。助かるけど、話は全く進まない。次こそ成功させようと、口の中で何度か練習する。単品だと言えるのに、言葉で続くと舌がおっつかない。

「私、の! 故郷では、音楽が近所の幼馴染が深剃りだね」

 部屋に沈黙が落ちた。双子の視線がアリスに集中する。アリスの眉間の皺は今や山脈だ。ごめん、親友。頑張って。

 両拳を膝の上で握りしめ、苦悶の表情を浮かべていたアリスがはっと顔を上げる。

「私の故郷では、音楽が身近で馴染み深いだ! どうだ!」

「お見事ぞり!」

「ぞりはいらん!」

 


 そんな感じで、ユリンが私の世界の話をねだり、私の答えをアリスが解読しながら毎日を過ごし、身体の回復に努める。薬は相変わらずこの世の物とも思えない味だったけれど、自分でも分かる程身体が回復していくので効き目は抜群だ! 味も、人の意識を奪う効果抜群である。


 一か月の間に、アリスちゃんに土下座したりもした。

「私の珍妙修正は、どうぞ三度に一度で懇願願いますにょ!」

 このままでは顔の原型が変わる。おたふく様になる。七福神の頬っぺた凄い人になる。それはそれで幸せが訪れそうだけど、できれば両親が与えてくれた顔のままで過ごしたい。

 物覚えが悪い自分に付き合ってくれる親友に申し訳ないと思っていると、それはそれは深いため息が返ってきた。

「既に、三十回に一度に留めている」

「達者でな、私の頬!」

 さようなら、私の頬っぺた! 短い付き合いでしたけどお元気で!

 十九年は別に短くないだろうけど、これから付き合っていく年数を考えると短い気がしたのである。




 カイリさんは本気で異世界の文化を広めるつもりらしく、今度は私の歌った歌を広める気らしい。ベッドの傍にごとごととピアノが運び込まれてきて、彼らの本気度を知った。

 確かに、世間一般の黒曜像と照らし合わせた場合、あのスヤマに対抗できる部分は私が本物であることしかない。手っ取り早いのは、違う文化を見せることだろう。私も、斬首は御免だ。


 守護伯は、戦時中から変わらず、名前の通り国境を守る伯爵だから守護伯と言われるらしい。その都合上、どこよりも早い伝達手段を保持しているという。それはそうだろう。だって、国境が攻められたという連絡が遅かったら、それこそ取り返しがつかない。だからそのことに驚きはしなかったけれど、その伝達方法は王族でさえも知らない、守護伯だけのものだと聞いた時はさすがに驚いた。

その伝達手段を酷使したおかげで、東西南北の市井では既に異世界風の服が人気だと教えられた。王都では『スヤマ』黒曜派が多いらしいので、周りからじりじり浸食させていくための根回しだという。

 だけど、市井の皆さんに言いたい。異世界風の服が大人気らしいですが、私はまだずっと寝間着です。こっちの服飾の皆さんが作った服を見たこともありません。なのに、黒曜プロデュースみたいに宣伝されるのは詐欺だと思います。そして私もその服見たいです。後、欲しいです。

 そして、歌を広めるのはいいけれど、著作権とか大丈夫だろうか。私が歌ったけど、私が作詞作曲したわけでも権利を持っているわけでもない。まあ、著作権の侵害で訴えてくる人がいたら、その人ににじり寄って、問答無用でどこ出身か教えてもらう所存だ。同郷だったら握手しましょう。ちなみにこの場合の同郷の単位は、世界だ。



 私が歌って、ピアノ担当が楽譜に起こしていく。ピアノ担当はなんと、アリスとユリンだ。こっちの世界の男子は本当に芸達者である。

 アリスは貴族の嗜みだから当然だと言っていたけれど、ユリンとユアンは貴族ではないらしい。どっちにしても、この場でピアノが弾けないのが私だけだという事実がちょっと悲しい。リコーダーとカスタネットとトライアングルなら任せてください。

 ユアンも弾けるらしいけれど、女と関わりたくないそうで必要以上に近寄ってこないし、実は会話もほとんどない。それでも最初の内はアリスにしか挨拶してくれないし、そもそも視線すら合わなかったけれど、反応があるまでおはようやおやすみを連呼していると、心底うるさそうな視線をくれるようになった。出来ることからコツコツと。いや、この場合は出来ることからぴーちくぱーちくとだ。……年上のやる事じゃない気もする。

 ちなみに、私を女扱いしてくれるなんてユアンは大物だ! とアリスと一緒に感心していたら、双子に凄く微妙な顔をされた上に私とアリスは本当に親友なんだなとしみじみ納得された。

 アリスは酷く落ち込んでいた訳だけど、この場合、どの意味でも落ち込むのは私じゃないだろうか。


 そんな感じで過ごしていたある日、音を確かめながら楽譜に起こしていたアリスが、何か思いついたのか私に手招きした。歌い終わって暇な私はひょいひょい釣られる。ぱっと立ち上がっても眩暈がしなくなったし、挫いていた足は痛くないし、吐き気ももうない。元気って本当に素晴らしいことだ。

「なぬ?」

「に」

「にぬ?」

「なにだ、このたわけ!」

 私は別に、頬っぺたを引っ張ってもらうためにわざわざ近寄ったわけじゃない。アリスも引っ張る為にわざわざ呼びつけたわけじゃないはずだ。引っ張る時は自分から移動してくる。全然嬉しくない。

 ちょっとの会話でもたわけの嵐を頂いているけれど、それ自体は別に苦ではない。アリスちゃんは親友として律儀に、私の珍妙な言葉を直してくれているのだ。それはもう丁寧に、細かく、執拗に、直してくれる。おかげで、私のほっぺはそろそろ餅になりそうだ。

 

 頬っぺたを押さえてじりじりピアノに近寄る。私のその様子に、即座に伸びてきていた手を引っ込めたアリスは鍵盤を指した。

「何か弾けるものはあるか?」

 歌うのは出来てもピアノは弾けない。聞けば聞いたことあるかくらいは分かるだろうけれど、曲名すら怪しい。ぶんぶんと首を振って無理だとアピールしながら、はたと気づく。そういえば一曲だけ何故か弾ける曲がある。ピアノは習っていないし詳しくも全然ないのに、どうしてかこれだけは弾けるのだ。

 私は立ったままアリスの横に並び、黒鍵盤に指を添えた。

 皆ご存じ、猫を踏んでしまったあれである。最後はてってけてーて、てんてんで〆る。何でこれ弾けるんだろう。周りも弾ける人が多かった。でも、習った覚えのある人もいない。なんとも不思議な曲だ。

 アリスは面白そうに私の弾いた曲をなぞっていく。一度聞いただけである程度弾けるアリスが凄いのか、私が馬鹿なのか。

「軽快な曲だな。黒鍵盤だけというのも面白い。曲名は何というのだ?」

「猫……猫…………猫ふんじばった!」

「……恐ろしい曲だったのか」

「踏みにじった?」

「貴様の故郷では猫に何の恨みがあるのだ!」

「失敬! 私、猫は好物にょ!」

「食べる、のか……?」

 物凄い方向に間違われたので、慌てて否定する。

「ち、違うにょ! す、好き! 猫、好き!」

「食べる、のか……猫…………」

 どうすりゃいいの。




 ピアノは無理だけど、せっかくなので、チューリップが咲いたり、しゃぼん玉が飛んだり、夕焼けで烏が鳴いたから赤とんぼ見ながらでんぐり返ったり、こいのぼりが屋根より高かったり、ぼんぼりに灯りをつけたり、クリスマスやお正月、誕生日も祝って歌っておいた。

 あんまり意識したことはなかったけれど、歌って意外と覚えているものだ。小さい時以来聞いてなかった歌も多いし、歌詞の二番三番なんかは全く覚えていないけれど、なんだか懐かしい。卒業式定番ソング繋がりで校歌も歌ってみたけど、中学校のと高校のが混ざった気がする。小学校のは覚えていなかった。



 楽譜の量が結構な量になった頃、私の喉は枯れ、その日はお開きになった。できれば枯れる前にお開きになってほしかった。そして、枯れる前に気付きたかったものである。

「大丈夫よ、カズキ。カイル様が薬を作ってくれるわ!」

 喉を抑えてあーあー言っていたら、ユリンが凄い勢いで顔を逸らしながら励ましてくれた。悲しい。

「悲しいにょ……」

「……語尾はもう諦めるべきなのか? 最近は反射的に貴様を抓りそうになって迷惑している」

 アリスはぶすっと文句を行ってきた。言われても困る。これからはおたふく風邪の時みたいに頬っぺたをガードしながらアリスと話すべきかもしれない。

 私は頬っぺたを守りながらアリスから距離を取る。

「ああ、そうだ。カズキ」

「なに?」

 呼ばれたのでひょこひょこ近寄ってしまった。そんな私の小学校時代の渾名は鳥頭である。ちなみに、中学校時代では鶏頭と呼ばれた。高校ではハヤブサと呼ばれた女はこの私である。かっこいいと喜んだのも束の間、ハヤブサは猛禽類の仲間ではなくインコの仲間だと知った時は可愛いと喜んだものだ。雀とも御親戚な感じだそうで、とりあえず米粒貰って喜んでおいた。楽しい思い出である。


「近々、来客があるそうだ。後、服が届くそうだ」

「服」

「貴様の世界の意匠が凝らされているらしい」

 ついに寝間着から卒業する日が来たらしい。どんな服だろう。可愛いといいな。格好よくてもいいな。面白くてもいいな。もう、寝間着以外なら何でもいいな!

 ちょっとわくわくしていると、アリスの視線がふいーっと逃げた。ユリンといい、アリスといい、みんな目を逸らしすぎじゃないだろうか。

「貴様が皆と協力して作り上げたそうだ」

「虚偽捏造!」

「私は採寸されたが……」

「身に覚えの欠片がないにょ!」

 私の扱い雑じゃないだろうか。まあ、採寸されなくても大丈夫なタイプの服なのだろう。そうだ、そうに違いない。

 無理やり自分を納得させていたら、ユリンが、あっと声を上げた。

「私が代わりに採寸されたよ!」

「どうもありがとう!」




採寸さえも仲間外れだったけれど、後日届いた服のサイズはちょうどよかった。流石プロの皆さん。素晴らしいお仕事です。

 服は、胸元が着物みたいに合わせるタイプで、腰は太目のベルトで縛って裾が長い。前は太腿くらいまでの長さなのに、後ろは膝裏まである。袖は軍服みたいに硬く折れ曲がっていて裏地が見える。生地は黒で、前後の長さの違いで見える裏生地は赤、襟や袖に入っている線や模様は青だった。何でも、黒曜の黒、ブルドゥスの赤、グラースの青を取り入れたそうだ。作ってもらって文句は言わないけれど、ユリン伝手に『好きな色は?』と聞かれて、水色と即答した分は欠片も取り入れて頂けなかったらしい。

 黒のズボンを穿いたら、裾が長かった。ブーツの中に押し込んで隠す。採寸してもらえなかったつけがここで現れた。つまり、皆様が想定していたより私の足は短いと、そういうことですね! 胴長ですみません。後、甲高です。ブーツが入って本当に良かった。

 それにしても、約一か月でここまで仕上げた衣装担当の皆さんは本当に凄い。市井の皆さんにお披露目された物は二週間かかっていなかったはずだ。何が広まったのかは知らないけれど。


 久しぶりに寝間着以外の服を着たので、初めて制服を着た時みたいに身が引きしまる思いだ。下に着ているハイネックの中に入ってしまった髪を引っ張り出した時に、アリスから貰った耳飾りが引っかかって、慌てて髪のほうを引っこ抜く。装飾品をつけ慣れていないので、未だにやってしまう。気をつけよう。友達の証をぶちっと千切ってしまったら目も当てられない。

 姿見の前でくるりと回ってぴたりと止まる。ちょっとコスプレみたいだけど、格好いいから気分は上々だ。よしっと気合いを入れた時、ノックが聞こえた。

「どんじょ」

「第一声で噛むな」

 そう言われましても。発音まで気を付けていると、別の何かが抜かっていく仕様です。

 部屋に入ってきたアリスも私と同じ恰好をしていて、思わず瞬きしてしまう。

 私の視線に気づいたアリスは、自分の恰好を見下ろした。その耳にも、お揃いの耳飾りが揺れる。

「貴様付きだと分かりやすいからな」

 へーっと思ってアリスを眺める。大変良くお似合いです。忘れがちだけどアリスちゃんはイケメンだ。そのイケメンと同じ服装同じ装飾品で並べられる自分が可哀想になる。まあ、胴長短足平たい顔では私の断然圧勝ですがね! 悲しい。

 違うのは、アリスの腰にあるのは剣帯で、当然剣を差していることくらいだ。

「あ」

「何だ?」

 よく見てみるとアリスの前合わせが逆だった。

「アリスちゃん、前」

「前?」

「差向かって逆方向だぞろ」

 自分の襟をちょっと持ち上げて示してみる。

「それは死者衣装。死体に着用させる着方」

「そんな規定があったのか」

 剣帯ごと剣を渡されて、慌てて両手で持っている間に、アリスはさっさと服を直した。

「ユリンとユアンは?」

 いつもはどちらかが必ずいるのに、アリスの後ろには双子のどちらもいない。

「今日は来客が多いからな。手が回らないのだろう。行くぞ」

「どの辺に?」

「どこに、だ。来客があると言っただろう」

 私への来客だとは思わなかった。久しぶりに部屋から出て浮かれながら首を傾げる。もう二か月近く滞在しているのに、全く知らない廊下をわくわく歩いていたら、曲がり角を曲がり損ねて角で肩を打ち、階段は最後の一段を踏み外した。

 ちょっと浮かれすぎた。地味に痛い。アリスちゃんの心底呆れた視線はかなり痛い。


 アリスちゃんに連れられてきた部屋は、私がいた場所から結構離れていた。一度も外に出ていないから同じ屋敷内なのだろうけど、階を移動して、あっち曲がってこっち曲がってを繰り返したおかげで、一人で部屋に帰れる自信は全くない。帰りは絶対にアリスに引っ付いていよう。

 アリスがノックをしている横で、ムンクさんが叫んでいらっしゃる顔に見える壁の模様が気になって同じ顔をしていたら頭を叩かれた。

「失礼します」

 そのまま中に押し込まれる。中には、カイリさんと、騎士らしき人三人。そして、光沢のある綺麗なドレスを着た、綺麗な女の人がいた。結われていても分かる程、長くたっぷりとした金髪に、目も眩みそうな体型です。

 女の人は、私が部屋に入ってくるなりさっと立ち上がり、止めようとする騎士達を手だけで制止させる。そして、私の目の前に立って、心なしか胸を張るように口元を吊り上げた。

「久しいわね、黒曜」

 美女から笑顔で差し出された手が嬉しくて、私は満面の笑顔で握手を受けた。

「どちらさまで!」

 額まで綺麗な美女に青筋がぴっと走る。

「グラースの第一王女、ヴァミリアです!」

 憤怒の顔で私の手を握り潰した美女がまさか、昔ドヤ顔してみせてしまったお子様だったとは思いもよらなかった。うわぁと喜びが湧き上がる。月日って本当に凄い。あの小さかった女の子が、こんな絶世の美女になるなんて!

「巨大化してます! 丸々と太ったですよ! 何よりですぞ! 良き事でござりますにょ!」

 大きく成長なさって、お元気そうで何よりだと感動していたら、凄い勢いでアリスに口を塞がれた。そして、ヴァミリア王女様の額では、青筋が雷の如く縦横無尽に走り回っている。

「…………アリスちゃん」

「…………何だ」

「…………私、やらかしたな?」

 そっと尋ねると、アリスは深く深く頷いた。


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