41.神様、友達少々騎士が出来ていました
「さあ、薬の時間ですよ」
朝食を終えたら、カイルさんが満面の笑顔で何かを持ってきた。
さっきまで、最後の骨付きベーコンを巡って骨肉の争いを繰り広げていた少年双子は、さっとカートを押して部屋を飛び出していく。後片付けだと信じたい。決して、カイルさんの手にある、濃緑の液体を見て逃げたのではないと信じたい!
「さあ、どうぞ」
にこやかな笑顔で差し出されたコップを受け取るなと本能が告げている。液体のはずなのになぜか弾力が予想される揺れ方もさることながら、臭いが、もわんとっ!
「大丈夫ですよ。何せ、この優秀な僕が作った薬ですから! 効き目は天下一!」
にこにこ笑って太鼓判を押してくださるカイルさんの肩越しに、少しだけ開いた扉が見える。そこから同じ顔が生えていた。
「味も天下一よー」
「最悪な意味でって言えよ……って、あ! 俺のベーコン!」
「早い者勝ちよ、バーカ!」
「てっめ、このやろう!」
廊下で繰り広げられる、続・骨肉の争いをBGMにして、私は震える両手でコップを掲げ持つ。
良薬口に苦し、鼻に辛し!
さっき、人間無理はよくないなと思ったばかりだけど、これはちびちび飲んでいる内に心が折れる一品だ。飲みきるためにはこれしかないと一気に呷ったら、色んな意味で吐きかける。でろりとした食感、口に入れる前から目に染みる沼のような臭い、口に含んだ瞬間から吐き出せと全力で訴えかけてくる本能。
両手で口元を押さえて水を要求すると、青褪めたアリスが水差しから注いでくれた。
「素晴らしい! 全て飲みきりましたね! 毎食後これをしっかり飲んでいればすぐに良くなりますよ。何せ」
その後に続く言葉が簡単に予想できて、切れ切れに口に出す。
「優秀な……カイルさんの、作成した、薬、じょ……」
「カズキ――!」
がくりと事切れた私の耳には、悲痛なアリスの叫び声が届く。耳元で叫ばないでくれるととっても嬉しかったと思いながら顔を上げようとした私の横に、どさりと何かが落ちてきた。それを視界に入れた瞬間、私も同様に叫んでいた。
「アリス――!」
ベッドの上に転がる空になった白いコップに残った色は、青緑だった。原材料は何なのか、聞かないほうが幸せな事ってきっとある。
「二人とも素晴らしい! さすがこの優秀な僕の患者です!」
両手を叩いて喜んだカイルさんの後ろで、半分ずつに引きちぎられたベーコンを齧る同じ顔が見える。
「すげぇ……飲んだぞ、あれ」
「凄い……流石アードルゲ男子アリスロークと黒曜…………」
「お前一口で噴いたよな」
「お前は半口だったわね」
「うっせぇよ!」
ベーコン齧りながらぎゃんぎゃん怒鳴り合う双子。双子って声まで似るんだなと思いながら、私とアリスはベッドに沈んだ。
朝のひと騒動を終えて一息つく。私はベッドの上で座っているままだ。アリスはその横のソファーに座って落ち着いた。双子はというと。
「俺の勝ち!」
「お前それ反則よ!」
ベッドの横にあった棚と椅子を部屋の隅に引っ張っていき、カードゲームに興じていた。ゲームの進行より喧嘩のほうが長くて多い。それと、ユリンの見た目は女の子なのだから、とりあえず足は閉じたほうがいいと思う。ユアンより開いているのはどうなんだろう。
「カズキ、聞けるか」
明日にするかと、この期に及んで猶予をくれようとするアリスの優しさに苦笑する。
「大丈夫。報告要請」
「…………分かった」
アリスが教えてくれた現状は、聞けば聞くほど項垂れてしまいそうになるものだった。
ブルドゥスと同時期にグラースの王都でも爆弾を使った襲撃が行われたという。ブルドゥスのものほど執拗ではなかったものの、王と王子のみならず、多数の者が式典の為に国を離れていたため、グラースも混乱を極めている。多数の安否の確認だけでも大変だろうに、既に、王の死亡は確認されていた。爆発に一番近い位置にいたのが王だというのだから、それは事実なのだろう。一度だけ、会ったともいえないくらい蚊帳の外だった場所で見たおじさんがもういないのだと聞いて、なんともいえない気持ちになった。泣けるほど親しくも思いもないけれど、へーといえるほど知らない人じゃない。
式典の為にたくさんの人が集まっていたと聞いて、そういえばそんなものがあったなと今更思い出す。それどころじゃなくてすっかり忘れていた。
王都は、ガリザザ軍と、元騎士、元軍士によって落ちた。しかし王都を完全に掌握するためには、貴族にも民にも通ずる王都裏三家の協力が不可欠であり、協力要請という名で三家の当主がかなり強引に捜索されているらしい。今の所三人とも雲隠れしていると聞いて、これだけはほっとした。
そして、現在の私達の状況はというと、反乱軍とみなされ、討伐されようとしているらしい。
突如大陸の軍が王都に現れ、王族が国民を騙そうとしていたと聞いた民衆は、何が何だか分からないだろう。混乱をきたさなかったのは、スヤマがいたからだと、アリスは膝の上の両拳を握りしめた。『黒曜』が彼らを宥めた。『黒曜』の存在自体が鎮静効果があるのだと聞いて、何だか熱さましの薬みたいだなと思う。全員が全員、スヤマの言葉を鵜呑みにしたわけではないだろうけれど、民衆の反応は半々だそうだ。『黒曜』がいるから、あちらが正義であると言い募る者と、長年国境を守り続けている守護伯が国を裏切るはずがないと言い募る者とで暴動が起こる度に、『黒曜』の名がそれらを諌める。
ちなみに、私は終戦の女神を名乗る不届き者の偽黒で、捕まれば斬首だそうだ。
うわぁい! やったね! 打ち首だよ!? なかなか経験出来ることじゃない!
最悪だ!
『黒曜』の言葉で王族を悪だと言い切ってしまえるほどに王家の威信が落ちていることも、無駄に膨れ上がった『黒曜』への信頼感も問題だけど、その『黒曜』が元祖黒曜であるかどうかの真偽を問うて欲しい。切実に。せめて私の言い分も聞いてから打ち首お願いします! 後、元祖黒曜だったら賢いこと一切合財言えません! 王族どうのこうの、情勢どうのこうのも然る事ながら、そもそも諌めるための言葉選びすら不可能です。
最初は「ざんしゅ」が何か分からなかったけれど、アリスが自分の首に揃えた指先を当て、横一文字に引っ張ったので理解した。
「打ち海老――……」
「首だ、首」
「首――……」
「首は嘆くな。大事にしろ」
「首、一大事!」
「本当にな」
緑色の瞳がが真剣に私の首を見ていて、なんとなく首を擦ると肌じゃなくて布に当たる。そういえば包帯があった。打ち首の前に落とされかけたんだなと思うと、ぞわっと鳥肌と寒気が走っていくので慌てて振り払う。あの時を思い出すと、雨の音と、灰色と、赤が蘇る。
「カズキ、どうしたい?」
唐突に聞かれた言葉に首を傾げかけて、包帯の下で傷が引き攣れて慌てて元に戻す。激痛はないけれど、地味にじりじり痛む。
「逃げたいのなら、私が逃がしてやる」
予想だにしなかった言葉に私が反応するより早く、双子が腰の剣を抜き放つ。その時、初めて理解した。私のお世話係に普通の女の子が宛がわれなかった理由を。
二人は、私の見張りも兼ねていたのだ。
「アードルゲの騎士、それは、カイリ様を裏切るということか」
さっきまで夢中になって興じていたカードが双子の足元に散らばっている。それを躊躇いなく踏みにじり、双子は同じ動作で一歩詰めた。
そんな二人には視線をやらず、アリスは私を見ている。
「ここには、黒曜ではなく、カズキとしてのお前を願うものはいない。だから、せめて、私だけはカズキ個人の幸せを願う。……ルーナとも、そう約束した」
「アードルゲの騎士!」
「下がれ。仮令負傷していようが、お前達を打ち倒すくらい訳もない」
静かな視線は私を向いているけれど、その手は剣にかかっている。私はシーツをぎゅっと握って、放した。
「アリス」
双子のぴりぴりした気配が肌を刺す。見えないものを克明に感じるのは、空気を読む日本人だからか。それともそれだけここの空気が張り詰めているからか。
分からないから、とりあえず笑っとく。
「私なるが存在すると、便利?」
「……ああ。誰もお前の代わりなんて務まらない。誰が代わっても偽黒だ。俺達に義があるのだと証明できる術として、お前はこれ以上ない存在だ」
私がいなくなったらみんな困るだろう。そして、私を逃がしてくれるというアリスも全てを失う。それを分かった上で、逃がすと言ってくれた。それだけで充分だ。本当に、私はこの世界で良い縁を結んでもらえた。そこだけは、素直に神様にありがとうと言える。
「大丈夫」
へらっと笑ったら、アリスの目が少し揺れる。
「ヒラギさんよりも、質疑応答したが、私、ブルドゥスを心底好むかと質疑致されとも、不明ぞ」
「…………ああ」
「だが、でも、しかし、皆、好きぞり。ブルドゥスで遭遇した皆、好き。アリスちゃんも、リリィも、ネイさんも、エレナさんも、ヒラギさんも、アーガスク様も、全員、好き。…………虚偽申告したぞ。ドボン・ホイールは否ぞ」
「ドレンだ。ドレン・ザイール」
うろ覚えで適当に言ったら盛大に間違えた。金歯の名前を呼んだりしなかったから余計にだ。でも、語呂はあっているような気がする。
「従って、皆の援軍として存在可能ならば、私なるは、奮闘可能…………大丈夫、大丈夫、アリス。大丈夫」
出来るよ、アリス。こっちの世界で私を助けてくれた皆の役に立てるなら、ちゃんと、自分の意思でそう決められるから、大丈夫だよ。
怖くない訳でも、自信がある訳でもない。でも、逃げるのは、もう充分だ。充分逃げた。優しい皆が逃がしてくれた。こんな状況になって尚、逃げ道を残してくれる。もう、充分だ。このありがたい縁だけで、私はちゃんと決意できる。
うまく伝えられないから、やっぱり笑ってしまう。皆が私に見せてくれたみたいに、綺麗に笑えていたらいいな。
「ありがとう、アリス」
「…………ありがとう。すまない」
「何故にしてアリスが謝罪するぞ。ちなみに、奮闘は致すが、実行成功可能か否かは、別腹の話じょ」
出来るかどうかは知らないよ! 頑張るけどね!
一応、ちょろりと予防線を張ってしまった自分のへたれ具合が情けない。もう笑うしかないと、またへらりと笑ったら、アリスは剣から手を放してじっと私を見た。たぶん、アリスの目には朝に窓で見た私の阿呆面が映っていることだろう。にこりと綺麗に笑えなくて、なんかごめん。
アリスが立ち上がる様子がなくなったことで、双子もそろりと椅子に座り直す。こっちはまだ剣に手をかけたままだ。
そっちも気になるけれど、話しているアリスが優先だと視線を戻す。アリスは、左耳についていた耳飾りを外して私の前に突き出した。首を傾げる。痛い。どうしたのだろうと思っていると、またずいっと眼前に押し出されてきたので、とりあえずまじまじと眺めてみた。高そう。
「受け取れ」
「保管保全するじょ?」
ちょっと待ってほしい。私の荷物はこの鞄だけで、こんな綺麗な耳飾りを入れる箱や袋を持っていないのだ。
わたわたと鞄をひっくり返して中身を確認している手が取られて、しゃらりと耳飾りが落とされた。
「受け取ったな」
「強制!」
後で莫大な料金を請求されるタイプの詐欺が頭を過り、慌てて突っ返すと、アリスは意外にも素直に受け取ってくれる。ほっとして落ちてきていた髪を耳にかけたら、視界いっぱいにアリスの胸が見えた。そして、そのまま左耳につけられる。油断禁物である。
「身につけたな」
「強要!」
耳元で耳飾りが揺れる感触がある。慌てて耳を触ると、意外としっかり止まっているみたいで、ピアス穴のない私の耳にきちんと収まっていた。
「やる」
「わ、私なるは、すっちまってすっからかんだぜ! なる会計情勢じょ!?」
お金はない! 一切ない!
いや待て、鞄が戻ってきたという事は私のお財布がある。日本円で宜しければお支払致します! 一万七千と八百九十六円で宜しければ! 意外と入っているのは、生協でゼミ教授の本を買わなければならなかったからだ。しかも二冊。先生、学生で売り上げ伸ばすの止めてください。授業これ指定とか酷いです。しかも一冊が高いです。
わたわたと財布を開けて、レシートとポイントカードをぶちまけた私の手をアリスが取る。ベッドの上で散らばったカード達がちょっと恥ずかしい。片づけられない女ですみません。纏めてやればいいやと、家計簿つけるのをサボっていたつけが、まさかの異世界で回ってきた。
「お前がブルドゥスの為に黒曜としての道を選択してくれるというのならば、私がお前の剣となり、盾となる。互いの瞳の色の装飾品を、互いで身に着けた物を交換するのが友の契り。片側が身に着けた装飾品を捧げるのが騎士の誓い。……だが、ルーナとも正式な誓いを交わしていないお前の騎士に私がなる訳にもいかない。よって、形式は騎士の誓いだが、交わす契りは友のものだ」
「全く以って理解不能ぞり!」
「たわけ」
「仰れるられる通り!」
ちゃんと説明してもらったのに頭の中で処理できない。噛み砕いて理解していく時間を貰う。アリスも私がスムーズに理解できるとは最初から思っていなかったらしく、所々補完を入れながら待ってくれた。……つまり、親友(仮)の(仮)がのいて、騎士(仮)になったということだろうか。
恐る恐る聞いてみたら、アリスも噛み砕く時間を得て、そうだと頷いた。たわけと返されなくてよかった。
「妙ちきりんな友情開始ぞり」
「貴様が珍妙だからちょうどいいだろう」
「手酷い!」
ずばっと言い切られた。否定できないのがこれまた悲しい。
友達の宣言をするのって珍しいし、ちょっと恥ずかしいけれど、私は勝手にアリスを友達だと思っているから今更な気もする。
「私なるは、アリスに何事を返品すれば宜しかろう?」
「貴様からのものは何もいらん。騎士の誓いは、こちらから捧げるだけだ。これ以上、貴様が背負う必要などない」
「そ、そのような条件下においての承諾は不可能ぞり!」
「もう渡し終えたから、返品不可だ」
「詐欺詐称ぞ!」
「迂闊な貴様が悪い!」
殺生な!
友達は気づいたらなってるものなんだよなんて微笑ましい光景は遥か遠い。何だろう、この強制友情の契り。しかも、アリスに不利ときた。貰うだけ貰って、何も返さない関係なんて友達じゃない。ただでさえお世話になりっ放しなのに、負担だけかける関係なんて、ごめんだ。
「念友はそのような関係性ではありえぬじょ!」
アリスの腕を掴んで叫んだら、双子がぶばっと噴き出して、驚愕した顔で私とアリスを交互に見ている。心なしか私の胸を見て顔を見て、胸を見てを繰り返している気がした。一体何を確認しているというのか。アリスは容赦なく私の頬っぺたを引っ張った。痛い。
「親友だ! このたわけっ! 貴様らも確認するな! カズキは女だ! 何がどう間違って過ちに溢れようが、念友にだけは成り得ん!」
結局たわけ呼ばわりである! 事実そのものなのが悲しい!
だけど、実際たわけでも、これだけは譲れないし、譲らないよ、アリスちゃん。
「アリス」
「なんだ!」
勢いよく振り向いたアリスは、少し驚いた顔をした。私、そんなに変な顔をしてるだろうか。してないとは言い切れない。だって、いつもしている気がする。そして、アリスのほうがルーナより昔の面影が多いなと、いまふと思ったのは何故だろう。
「アリスが点呼したら、早急に訪れる。アリスが危機的状況が発生したならば、奮闘する。アリスが泣くするなら、襟元を借用する。アリスが必要必須としておらずとも、私なるは勝手に登場するぞり! 親友なる故に!」
アリスが呼んだらすぐに行くよ。アリスが危ないなら走るし、アリスが泣くなら胸を貸す。だって、友達だから。いつの間にかなっているのが友達で、いつの間にかそうしたいと思える人が友達だ。アリスはいらないって言っても、そうしたいと思うのは勝手だし、させてもらう。友達だから大事だし、大事だから友達なんだから、思うなと言われても無理なものは無理だ。
たわけと言われるかなと思いつつ、言うだけは言わせてもらった。アリスは無言だ。翻訳にえらく時間がかかっている。そんなにまずいことを言ったかなと自分の言葉を反芻していたら、それはそれは、深く長く大きなため息を吐かれた。肺の中空っぽになってるんじゃないだろうか。
その肺活量に感心していたら、アリスが床に膝をついて私の手を取った。手を引かれて、肩にかけていた上着が落ちる。落ちたといっても、ベッドの上だから別にいいけれど。
アリスは、まるで騎士みたいな体勢だ。みたいも何も、騎士だけど。
「……人の宣誓を取るな、たわけ」
この短時間に、いったい何回のたわけを頂いたのか。今度数えてみよう。
私の手に額をつけたアリスが取った体勢には覚えがある。昔、ルーナが私にしたものだ。ルーナはこの首飾りに口づけて、今はこんな物しかないけれどと笑い、今のアリスと同じ言葉を言っていたように思う。
「我が慶びは君がもの、君が嘆きは我がもの。君が憎悪は我が剣が、君が不幸は我が盾が。全ての幸は君が為、全ての禍は我が身を持って振り払おう」
あの頃はまだ、なんて言っているのか今一よく分からなかったけれど、ただのおまじないだよって言っていたのに。こんなに大切な言葉だったなんて、ルーナは教えてくれなかった。
私は馬鹿だから、きっといろんなことに気づけなかった。私が気づかなかったところで、私が知っている以上の優しさをくれていたのだ。私はそれに報えるだけの何かを、彼らに渡せたのだろうか。
いま、凄くルーナに会いたい。そしてどうか、私が知らなかった彼らの優しさを教えてほしい。どうかお願いだから、知らないままでいさせないで。ありがとうって言わせてほしい。
「我が友よ。君との友情を我が誇りとし、生涯懸けて守り抜くと我らが証に誓う」
アリスの顔が近づいてきて、左についている耳飾りに唇が触れる。繊細な音で金属が揺れた。耳元で小さく吐かれた息に、全て終わったと気づく。知らずに緊張していた身体の力が抜けた。
すっと離れたアリスは、今度は長い長い息を吐いた。吐きすぎである。
「カズキ」
「はい」
「これからは、契りを交わした友として遠慮なくいかせてもらう」
「過去において遠慮なさってたにょ!?」
びっくりだ。
結構遠慮なく頬っぺた引っ張ったり、チョップ落としてきたり、耳がくわんくわんするたわけを頂いたりしていた気がする。衝撃の事実に慄いた私の頬っぺたが片手で潰された。ひょっとこ再び。いや、三度?
「これまで以上にだ。まずはその珍妙な言葉遣いからだ! 言っておくが、私は自他ともに認める細かい男だ! 徹底的に直してやるから覚悟しろ!」
[なんは、ほんはひはひへは! ひひひひほ!]
なんか、そんな気はしてたよ! ひしひしと!
ひょっとこ顔のせいで日本語だったのにちゃんと言えなかった私に、アリスは目を閉じてふっと笑った。
「……私の細かさと、貴様のたわけ。どちらが上か、勝負だ!」
我が細かい友の声は、部屋の隅にいた双子も思わず耳を塞ぐほどでっかかった。後、友情ってなんだっけとちょっと悩む。
日本にいたらお目にかかれない契りの儀式を経て、ちょっと感慨深いような照れくさいような余韻は、見事なまでに霧散したのである。




