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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
35/100

35.神様、ちょっと本日初めまして

 知らない人に手を引っ張られるまま、ずんずん知らない場所に進んでいく。いや、そもそも知っている場所は少ないけれど。

 それに、私だってちゃんと抵抗してはいる。ただ、手も足も大きくて背の高い男の人は、それに伴い歩幅も大きい。よし、踏ん張って抵抗するぞ! と気合いを入れても、踏ん張る前にたたらを踏む羽目になる。

 背の高い人を必死に見上げるも、後頭部かよくてちらっと横顔が見えるだけだ。必死に見過ぎて、段々、濃い金髪がバナナに見えてきた。

「待機! 少々待機懇願願いまするぞ!」

 返事がない! ただのバナナのようだ!

 そんな物に返事を求めたことがまず間違いだ!



 あんなに人の気配が溢れていた場所は既に遠く、いつの間にか周囲には木しかなくなった。城にいたはずなのにいつの間に森に!

「心底待機懇願望むぞり! てめぇは一体全体どこのどなたでどちらさん!?」

 そこまで一気に言い切って、はっと気づく。

「…………他者に名を問答する際は己から! 私はカズキでぶ!」

 突然止まった背中に激突した。硬い。ルーナもティエンもアリスちゃんも、みんな身体に鉄板仕込んでいるみたいだ。ゼフェカも仕込んでいるようだけど、ゼフェカの場合は本当に仕込んでる可能性も捨てがたい。

 だが、今はゼフェカなんてどうでもいいのだ。

[鼻が、鼻がぁ!]

 私は、諸にぶつけた鼻の安否確認に忙しいのである。曲がってないか、潰れてないかとわたわたしていたら、目の前の鉄板がくるりと振り向いた。機敏な動作で翻ったマントが私に当たらないように、さっと手で絡め取って後ろに流す動作が見事で、ちょっと見惚れる。

「名乗らずに失礼した。俺はヒラギだ。ヒラギ・ソルジアという」

「カズキでふ……」

 鼻血が出ていないことだけを確認して、私は優先事項を鼻から鉄板に戻す。ゼフェカより鼻、鼻より目の前の人だ。

 目の前に差し出された大きな手と握手する。ごつごつして、がさがさした、働き者の手だ。

「君とは一度話をしてみたいと思っていた。目の前に機会があったので、つい押し通してしまったが、驚かせてすまない」

「はあ、どうぞ……も? どうも」

 ようやくまともに顔を見られた。左目に眼帯をつけた男の人は、よく見ると眼帯の下の頬にも傷がある。右目は綺麗な緑色で、ちょっと鋭い瞳……どこかで見たことあるような。

「俺は、エレオノーラのはとこにあたる。エレオノーラの生家ナルテン家の分家だ」

「エレナさん!」

 どこかで見たと思ったら、エレナさんとアリスに似てるのだ。納得だ。そしてすっきりである。

 そして何故、この私が、はとこという難しい言葉を知っているかというと、何のことはない。砦にはとこがいたからである。はとこの意味を私に説明してくれたルーナが一番大変だったと思う。

 エレナさんのはとこにあたるということは、アリスから見たら……………………なんだろう。母親の従兄弟どころかはとこ…………親戚のおじさん!

「お初にお目にかかるます! アリスロークさんには、何時如何なる時も多大なるお世話面倒ご迷惑をおかけしてるカズキじょり!」

「…………そんなにか」

 いやぁ、アリスちゃんにはいつもお世話になっています、おじさん!

 いきなり現れて、ずんずん人気のない場所に引っ張ってきた怪しい人が、アリスちゃんのおじさんと知った途端一気に不信感が消え去る。確かに、目元がよく似ているのだ。

 思わずにっこにことしてしまったら、ヒラギさんは意外そうに少し眉を上げた。

「アリスロークから聞いていないのか?」

「何事を?」

「俺が、軍の一部と共に国を出るかもしれないことをだ」

 口には何も含んでいなかったけれど、盛大に噴き出す羽目に陥った。

 ヒラギさんは綺麗に髭が剃られた顎を片手で擦り、私を覗き込んでくる。ルーナより背が高い。

「アリスロークがあれだけ楽しそうにしていたから、てっきり親しいと思っていたんだが…………ああ、心配を懸けまいとしていたのか。それならばすまないことをした」

 合点がいったと一人で頷かれても、いきなりとんでもないことを暴露された私はどうしたらいいんだろう。あの時、ティエンが言っていた事はこれだったようだ。これは私が聞いていい話なのだろうか。本人が喋っているので大丈夫だとは思うけれど、聞かせたくなさそうだったアリスちゃんの意向を優先すべきかもしれない。何せ親友(仮)だから!

「アリスロークさんは!  ……………………いい天気ぞりね!」

 意気揚々と話題を変えようとしたが、そういえば特にこれといって話題がなかった。共通の話題はアリスちゃんだけれど、そのアリスちゃんさえ話題になりそうなことを知らない。親友(仮)すら失格の勢いだ。アリスちゃんは何が好きなんだろう。今度聞いておこう。

 ヒラギさんはちらりと空を仰ぐと、生真面目な顔で言った。

「今にも降り出しそうだが」

 八方塞がりである。

 なんとか他の話題をと思っていたが、はたと気が付く。ヒラギさんは軍の一部と国を出るかもしれないと言っていた。どう考えても今回の騒動が原因だろう。

「あ、あの……私なるにどの様子なご案件でしょうぞ?」

「ああ、一度黒曜と話をしたいと思っていたのだが、アリスロークに断われていてな。あまりに断られるので、押し切ってみた次第だ」

 黒曜とご存知でしたか。そうですか。……違うとは思うけれど、もしかして、終戦の原因と言われている黒曜をお恨みであるとか、そんなことは、ないと信じたい。

 そのことに思い至った瞬間、人気のない森っぽい場所、と思っていた場所が、まるでサスペンスの舞台のように感じてしまう。空を見たらどす黒い雲が上を覆っているし、湿った風が嵐の前のように木々を揺らして葉っぱを落としてくる。背の高いヒラギさんの表情は逆光でよく見えない。

 チャンチャンチャーン。チャンチャンチャーン。

 嫌なBGMが頭の中で鳴り響く。タイミングよく走り抜けていく風に自重をお願いしたい。

 私は、自分が如何に役に立たないお馬鹿で、終戦の女神なんて大物になれるはずもないたわけであるかをヒラギさんに伝えるべく、一所懸命言葉を組み立てる。こんな悲しい自己アピール初めて。就活では絶対に役に立たない。

「要件……というほどでもないのだが、どんな人間が見てみたかったという好奇心だ。気を悪くさせたのならばすまない」

「このような人間だす」

 両手を広げて、ついでに一回回ってみた。足に激痛が走る。ここまで散々駆使した足に走った激痛に一人で呻いている私を、ヒラギさんはまじまじと見つめている。そして、一つ頷く。

「大体理解した」

 理解が早くて何よりです。

 蹲って悶えていた私に手を貸してくれたので、ありがたくその手を借りて立ち上がる。

「本当に、これといって何かがあった訳ではなかったのだが……そう考えると君を珍獣扱いしていたようだ。申し訳ない」

「どんぞ……お、お気になさらでゅ」

 既に噛んだ場所を庇っていたら、別の場所を二連続で噛んだ。もう、舌のライフはゼロである。口内炎一直線だ。誰か私にチヨコーラBBを恵んでください。

 今度は口を覆って身悶える私の前で、手助けをしようにも出来ないヒラギさんが困ったように立ち尽くす。

本当に、どうぞお気になさらず。



 なんとか復活したのはいいが、落ちた沈黙が気まずい。色々聞きたいような気がするけれど、聞いていいのか分からない上に親友(仮)の意思も尊重したい場合はどうすればいいのだろう。

 湿っぽい風になんとなく不安で落ち着かない気持ちを演出されていると、ヒラギさんがぽつりと言った。

「何かがあったわけではなかったのだが……やはり、問うてみたかったのかもしれぬな。黒曜、君から見て、この国はどう見える?」

「国……ブルドゥス?」

「そうだ」

 突然の問いにきょとんとなる。どう見えると問われても、ブルドゥスにしか見えない。そんな私の様子に、ヒラギさん自身もなんとも言えない顔をした。

「うまく言えぬが……そうだな。我々はいま、この国は命を懸けるに値するかどうか見極めの決断を迫られている。今までは迷う暇なく命を捧げてきたが、今は良くも悪くも迷う余地がある。その上で彷徨う身として、黒曜と呼ばれた君にはこの国はどう見えているのか、問うてみたい。長らく停滞してきた我らと、突如として現れ、去っていった君では、同じ物でも違って見えるのか、と」

 言葉が出ない。そんなこと言われても困る。

「別に、君に何かを言われたからと、それで判断するつもりはない。己が身の決断は、己で責を持つ。だから、ただ、聞いてみたかっただけだ」

 そう言われましても。

 ヒラギさんは生真面目に背筋を正し、踵を揃えて私を見下ろしていた。初対面なのにどこか懐かしいのは、こういうところがエレナさんに似ているからだろうか。

 私は少し考える。だが、考えたところで私は私だ。偉人さん達みたいに立派な事は言えないし、思いつかない。だけど、何かを求められているのは分かる。ヒラギさん自身も言っていたが、別に私がどうこう言ってそれに従ったり、揺れたりするわけではないのだろう。ただ、判断材料の一つとしてか、それとも本当にただ聞いてみたかっただけのことだと思う。

 それでも、求められているならちゃんと答えたい。初対面の人だけれど、アリスちゃんやエレナさんの親戚の人なら尚更だ。そう思うのに、困ったことに全く何にも思い浮かばないのだ。

「不明ぞり……」

「ぞり……」

「不明、だぞ、よ? ……だす」

「だす……」

「申し訳ございません!」

「それは流暢なのか」

 口元を、曲げた人差し指で覆ったヒラギさんは黙ってしまう。怒らせただろうか。それとも、あ、駄目だこいつ、馬鹿だ、と、思われただろうか。事実です。

 どうしたものかと思っていたら、肩が震えている。何だ、笑われていたのか。いつも通りですね!

「ふ……く、くっ…………こ、黒曜、君は何というか、ふっ、くっ」

「私はたわけぞり!」

「ぶっ……!」

 揃えた指で自分の胸を指せば、盛大に噴き出された。どうぞ存分に笑ってください。事実なので。

 声だけは堪えようとしているようだけれど、結構漏れている。ヒラギさんは、結構長く笑い続けていた。苦しくないのだろうか。

 散々震えた背中が、またしゃきっと伸ばされたのは突然で、私は思わず仰け反った。

「突然、返答に困る質問をしてすまなかった」

「こつらこそ、返答否で申し訳ございません」

「ぶっ……!」

 また何かが壺に入ったようだ。最初はちょっと怖かったけれど、ヒラギさんは意外と笑い上戸かもしれない。そして、この様子だと今の今まで我慢していたのだろうか。

「君は、堅苦しい単語交じりの喋りと動作が見合わないな」

 笑いながら、ヒラギさんは体の向きを変えた。

「送ろう」

「へあ!?」

 背の高い頭が下がったのを追っていた視線が、ぐんっと上がる。慌てて目の前のものにしがみつく。立ったままの体勢で両足をそのまま持ち上げられる。直立不動で抱き上げられるとは思わなかった。

「怪我をしていたのに気付かず、すまないことをした」

「徒歩! 私なるは自力徒歩可能じょりん!」

「じょりっ……!」

 しがみついた頭が小刻みに揺れる。と、いうよりも、身体全体が揺れていた。酔う。

 しかし、酔っている場合ではない。この年で抱きかかえられて運ばれるのは物凄く恥ずかしい上に、相手が今日会ったばかりのアリスちゃんのおじさんだ。遠慮すればいいのか、恥ずかしがればいいのか分からないが、とにかく下ろしてほしい。だが、下ろしてほしいのは山々なのだけれど、暴れるのはヒラギさんより私が危険な気がするし、全力で嫌がるのは失礼にならないかと思うとそれも躊躇う。

 結果、ぬーんと悩んでいる間に普通に運ばれていく。ぽんぽんぽんと、ほとんど乱れない上下の振動が意外と心地よい。頭にしがみつくわけにもいかないので、背筋を伸ばしたまま肩を掴んでいた。皺になったらすみません。しかし、見下ろした先で揺れる房がバナナに見える。たぶん、量が多い髪を無理やり上げて後ろに流しているから固まった部分が房に見えるのだろうけど、何はともあれお腹が空いた。

 背の高い人に抱き上げられ、更に背筋を伸ばしていると、世界はまるで違う景色を見せてくる。小さい頃お父さんに抱っこされるときに見えた景色に似ていた。

「黒曜は、この国が苦手だろうか」

 静かな声で問うてくる顔を見下ろす。彼は広がる景色を、少し目を細めて見ていた。

 さっきはヒラギさんの横顔を見上げるのに必死でよく見ていなかったが、小さな森のような場所を抜ければ高い生垣で飾られた庭に出た。その向こうにはお城が見える。ブルドゥスの中心であり、象徴だ。

「アリスちゃんも、エレナさんも、リリィも、みんな好きぞり」

 正直に言うと、『国』のことは分からない。グラースの敵対国だったブルドゥス。好きも嫌いも、どちらを選べるほど知ってるわけじゃないブルドゥス。何をもってして国とするかも分からない。けれど、一つだけ言えるのは、私と出会ってくれたブルドゥスの人は優しかった。アリスちゃんや王子様達が守ろうとしている国を嫌いとは、言えない。けれど好きと満面の笑顔で言えるわけでもない。世の中難しいものである。

 全く答えになっていない回答はするりと身の内から零れだすのに、聞かれた答えはまた不明だ。ヒラギさんの時間を無駄に使って本当に申し訳ない。

 謝罪は相手の顔を見てするものだ。視線を落として見たヒラギさんは、何か眩しいものでも見るかのようにお城を見ていた。

「そうか」

「はい」

 そうして再び進み始めた歩は、またさっきと同じように一定の間隔を乱すことなく私を運んだ。



 すると、前方が騒がしいのに気付く。私は怪訝な顔をしたけれど、ヒラギさんは変わらない。騒ぎの原因に検討がついているのだろうか。

 前からばたばたと走ってきたのは、私が知っている人ばかりだった。アリスちゃんとイヴァルとヒューハと…………無表情で凄く速いルーナ!

 凄まじい速度で走ってくるのに全く表情が変わらない怖さに慄いている間に、あっという間に距離を詰めたルーナの腕にひったくられた。荷物のようにぶん回されたと思えば、何をどうやったのか、気が付いたらお姫様抱っこである。手品だ。

「すまないとは思っているが、そう怖い顔をするな、騎士ルーナ」

「それは出来ない話だ、軍士ソルジア」

 下から見上げたルーナの首筋が薄らと汗ばんでみる。よっぽど慌てて走ってきたのかもしれない。

「ルーナ、辛抱かけて申し訳ございません」

「心配」

「しんぽい」

「ぱ」

「ぱ。憂慮は否定?」

「意味合い的には似ているけれど、憂慮をかけてとはいわない」

「難儀な……」

 ルーナに異世界語講座を受けている間に、アリスちゃんがヒラギさんに詰め寄った。

「おじ上!」

「お前も、そう怖い顔をするな」

「これがしないでいられますか!」

「手厳しいな、お前ら……」

 ヒラギさんは頭を少し掻いた。バナナが揺れる。

「おじ上、本当に、国を出るのですか」

「さあてな。それは国の出方次第だと言ってある」

「おじ上!」

「そう怒鳴るな、アリスローク」

 大声を出したアリスをあやすのように手をひらひらと揺らしたヒラギさんは、眼帯の上から傷痕を確かめるように触れた。無意識だったのか、その掌をちらりと見てまた下ろす。

「おじ上のお怒りは尤もです。ですが現在、アーガスク様もエリオス様も、懸命に王を説得してくださっています。ですから、しばしの猶予を!」

「猶予があったところで、王子達が、いまこの状況を収めることが出来ないのならば同じことだ。後数年待ったところで、何が変わるわけではない。この状況の結末を待っていることが既に譲歩だ」

「おじ上!」

 ヒラギさんは、静かに一歩だけアリスに歩を進めた。

「アリスローク、俺はな、隻眼となったことも、体中の傷もどうでもいい。だがな、王の言葉は英霊達を侮辱したと同義だ。国の為に、人生も命も、魂すらも懸けた英霊を、国の都合で切り捨てただけでなく、侮辱したのだ。何を許せという? 何を許せるというのだ!」

「おじ上…………」

「この十年、我々は耐えに耐えた。その結果が王の暴挙だ。王子が王を諌められないのならば、これ以上待っても何の意味もない。怒りのままに反旗を翻さないのは、それが、俺たちなりの忠義の収め方だからだ。……だが、それも終いだ」

 マントを翻して背を向けたヒラギさんを、アリスは追えないでいる。追う言葉すら見つけられない。掌が真っ白になる程握りしめたアリスの手が、痛い。

「ヒラギさん!」

 咄嗟に呼びかけていた。伝えたい何かはある。あるのに、言葉にはできない。こっちの言葉が不自由だからとか、そんな理由じゃない。心の中で渦巻く感情を表せる言葉は、日本語でだって探せない。

 私に言える言葉は何処にもないのだ。この国の人間であるどころか、同じ歴史すら辿っていない私の言葉なんて、綿埃より軽い。

 そして、彼らの言葉が重いのは、いつか歴史となるいまを懸命に生きているからだ。

「再度再び、謁見可能ぞり!?」

「……………………………………騎士ルーナ」

「また会えますか、と」

 さらりと翻訳したルーナの返答を聞いた途端、ヒラギさんの頬が爆発した。そんなにツボにはまる言葉を発したつもりはなかったんですが。

「黒曜」

「はい!」

 ヒラギさんが笑う。そんな笑い方をすると、本当にエレナさんに似ていた。

「再度見える幸運があれば、酒でも飲み交わそう」

「私なるは、未熟成人なるので、その他で願うます!」

「………………騎士ルーナ」

「カズキの世界では二十歳からが成人となり、成人未満なので酒は遠慮したいと」

 再度再び爆発したヒラギさんは、マントをかっこよく靡かせて去っていった。

 歩行の振動に合わせて揺れるバナナは、逆光の中でも美味しそうに輝いていた。



「あの人が鬼人ヒラギですか。思ってたより怖くなかったです」

 イヴァルは、ルーナの周りをうろちょろして背を向けられた。

「きじん」

「鬼のように強く、前にいる敵は全員首を刎ねられるという事からついた二つ名だ」

「二つ名!」

 今度は前に回ってきて両手を広げたイヴァルは、再び背を向けられてふくれっ面だ。

「アリスちゃんの二つ名はいずれ? 兎ぱ」

「ではない! そもそもない!」

「あるぞ」

「何!?」

「アードルゲ家男子アリスローク」

「…………………………ただの事実だな。そして長いぞ」

 また前に回ろうとしたイヴァルは、ヒューハにぶつかって一緒に転んでいた。

「イヴァル! さっきから何なんだよ!」

「ごめん、ヒューハ。でも、僕もカズキさん抱っこしてみたいんです!」

「今の状況の騎士ルーナから奪おうとか、お前ほんと度胸あるな! 俺は怖いぞ!?」

「僕は騎士だから」

「きりっとしてもやってること馬鹿だぞ!? 俺で我慢しとけ! ほら!」

「そんなの誰にとっても得しないじゃないか!」

「少なくとも、俺は誇りと引き換えに騎士ルーナの冷たい瞳から逃げられる!」

「誇りは失ってるよ!?」

 自分で歩けるというのにルーナは下ろしてくれず、てんやわんやで廊下まで送ってもらった。ようやく下ろしてくれたルーナが、「気をつけろ」と言ったのに対して胸を張って「はい!」と返事をしたらちゅーされた。ルーナは人目というものをもうちょっと学ぶべきだと思う。少なくても、十年前は人目を気にしまくっていたのに、一体全体どういう方向に成長したのだ。


 そして、足を庇いながら部屋に入った私を出迎えたのは、スヤマの平手打ちだったのは本当に予想外である。

 しかし、私は頑張った。華麗な動きで平手打ちを避けたのだ。流石私と悦に浸っていたら、続いて飛んできたクッションを諸に顔面にくらった。よろけて壁に背を打った上に、その振動で壁掛けの絵が降ってきたのは、予想外にも程があると思うのだ。





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