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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
33/100

33.神様、ちょっと入れ歯は凶器です

 水の中にいるような、何枚かの膜越しのように滲む声が聞こえてきて、ふわりと目が覚めた。掠れた視界を何とかしようと擦ると、少し向こうに私の大切な人達がいた。ルーナもいる。

 嬉しくなって飛び起きようとしたが、みんな深刻な顔をしていることに気が付いた。その視線が集まる先にあった懐かしい姿に、思わず涙が滲む。

 ミガンダ砦の筆頭医師、お爺ちゃん先生がいた。記憶にあるより一回りも小さくなってしまったように見えるけれど、顔は変わらない。ミガンダ砦に来たばかりの頃、女性のいない場所で誰にも聞けなかったことを教えてくれたお爺ちゃん先生。彼には本当に助けられた。あの頃からかなりのお年だったお爺ちゃん先生。……亡くなってなくてよかった。


 そのお爺ちゃん先生は、深くため息をついた。この深刻な雰囲気はなんだろう。もしかして、私は何か深刻な病気が……。

「カズキは」

 ごくりとつばを飲み込んで、深刻な顔の先生の言葉を待つ。

「馬鹿なんじゃ」

 唐突にけなされた。悲しい!

「知ってる」

 皆に頷かれてた! これまた悲しい!

 先生は組んだ皺くちゃの手に額をつけた。

「昔からそうじゃった。突如見知らぬ世界に放り出されれば、誰だって混乱をきたす。精神の安定を乱せば当然身体にも響くものじゃが、カズキはいつでもぴんしゃんしておった。何故なら……こいつは馬鹿すぎて、自分が限界になっとることに気付かんのじゃ!」

 くわっと目を見開いて私を馬鹿呼ばわりしないでください。夢に見そうです。

「もう、わしが今まで見たこともない馬鹿でな!」

「私も、こんな馬鹿は初めて見た」

 アリスちゃんが深く頷いた。

「ほんっとに馬鹿なんじゃ! 幼児が限界が分からずはしゃぎ、体力が尽きた途端ぱたりと眠るあれじゃ! この年で! 馬鹿じゃから!」

 そんな、入れ歯飛び出す勢いで宣言しなくてもいいんじゃないでしょうか。

 かぽりと入れ歯が嵌め直される。もごもごと調整完了した後、再び長く息が吸いこまれた。

「普通ならばどこかで気づき自分で調整するものじゃが、如何せん馬鹿じゃから! 倒れるまで気付かんのじゃ、馬鹿じゃから! 十年前など、倒れても気づかんかった。何せ馬鹿じゃから! 目覚めた途端『もぎゃろっぱ!』などとぬかしおった。馬鹿じゃから! 歩いていたら眠っていたと本気で信じとった大馬鹿者じゃから! 『もぎゃろっぱ!』にわしが妙な顔をすれば、少し考え『もぎゃろっぱりす!』と言い直した大馬鹿者じゃから! 直す箇所はそこではないわ! お前の存在じゃ!」

 存在から訂正された! 悲しい!

 言い訳させてもらえるなら、私的には『おはようございます』と言ったつもりだった。努力の結果が『もぎゃろっぱりす』だっただけで。

「ネビー医師」

 すっとルーナが口を挟む。あれだけ「馬鹿じゃから!」と熱論していた先生がちゃんと一拍置くくらいスマートに口を挟んだ。さすがルーナだ。かっこいい。そして、控えめにでも私の馬鹿説を否定してくれたら嬉しい。

 ルーナは真顔で言った。

「カズキは、おはようございますと言ったつもりかと」

「……ルーナ。お前さん、ほんっとに阿呆な女に惚れたもんじゃなぁ」

「そこは特に後悔していません」

 ルーナは本当にかっこいい。大好きだ。

 しみじみ惚れ直している間も、先生による「馬鹿じゃから!」攻撃が続く。それに皆が頷く。

「立てば馬鹿者、座れば阿呆、歩く姿は大うつけじゃ!」

 ルーナもしみじみ頷いていた。

 あれ!? 否定は!?



 その後もしばらく続いた馬鹿じゃから攻撃に打ちのめされた私は、しおしおと萎れる。両手で顔を覆ってめそめそしていると、私が起きたことに気付いたルーナが顔を覗き込んできた。

「カズキ? 起きたのか?」

 しょぼしょぼと答える。

「もぎゃろっぱりす……」

「ああ、おはよう。気分はどうだ?」

 私の些細な反攻は綺麗に流された。

「地下室じょり……」

 目覚めに馬鹿じゃから攻撃をされた身としては、機嫌は地の底である。

「そうか、吐きそうか?」

 心配そうな問いかけにはっとなった。吐いたら、リリィが作ってくれたおいしかったご飯が帰還してしまう! 

「誠心誠意をこめ、押しとどめろするぞり!」

「無理はするな。吐きたきゃ吐け」

 慌てて両手で口元を覆うと、何の躊躇いもなく両手を差し出してきたルーナが男前だった。馬鹿じゃから攻撃で瀕死になった心が一瞬で復活する。単純だと笑いたければ笑えばいい。その前に自分で笑ってやる!

「ふへへ――」

「何という色気のなさ……これはもう国宝ですね」

 ネイさんの目には感動の色すら浮かんできた。

「カズキ、照れ隠しは別にいいけれど、気分は大丈夫なのか?」

「照れ隠しだったのか!?」

 アリスちゃんは普通に驚愕している。慄きながら私を見ていた眼が、徐々に哀れみをおびてきた。

「哀れな…………」

 心がたっぷりこもった呟きに傷ついたけれど、心底納得してしまった自分もいる。いつの日か、「ふふふ」とか「うふふ」とか笑ってみたいものだ。現状では「ふへへ」か「うへへ」だ。同じは行で、どうしてこうも違うのか。



「ルーナ、譲れ」

 一言声をかけてルーナと場所を変わった先生は、どっこいせと重たい声と動作で目の前の椅子に座った。そして、横に用意されていた水盥で手を洗い、私の目の下を引っ張る。ここが白かったら貧血だそうだ。

「ほれ、口も開けんか」

 素直にぱかりと開ける。舌苔があったら免疫力が低下してる可能性があるそうだ。

「気分は?」

 今度は手首で脈を計りながら聞かれる。馬鹿じゃ馬鹿じゃと乱立されて、ご機嫌でいられるわけがない。私は素直に答えた。

「馬鹿じょりで地下室にょ…………」

「誰が機嫌を聞いたか。気分じゃ」

 素直に間違えたらしい。

「ぬ――……」

「…………自分の気分を真剣に悩むんじゃない、馬鹿者」

「先生と再会叶って喜ばしいじょりん!」

「馬鹿じゃ!」

 気合が篭った馬鹿じゃ宣言で飛んできた入れ歯に噛みつかれた。先生、この入れ歯、ちゃんと整備してもらってください。絶対歯茎に合ってません。



 簡単に診てもらって、「まあ、よかろう」のお墨付きを頂いたところで、リリィがとことこ近づいてきた。そして、私の両手を握る。

「カズキ……つらいのに気づかなくてごめんね」

 ぎゅっと握りしめてくれた小さな手を私も握り返す。

「私なるも全く以って欠片も認識しておらぬわだったが故、問題皆無にょ!」

 笑顔で言うと、あちこちから声が飛んできた。

「カズキは気づいてくれ」

「馬鹿じゃ!」

「全く以って大丈夫ではないな」

「お嬢様は欠片も悪くありませんが、カズキは悪いですよ」

 私、袋叩き! ぼこぼこである!



 傷心のままさっきまで横たわっていた場所に倒れ込む。

「カズキ? 気分が悪いの?」

「大惨事じょり……」

 よしよしと頭を撫でてくれる小さな手に、徐々に気持ちが浮上する……というのは嘘で、急上昇した。既にご機嫌である。

 にっこにこでがばりと飛び起きたら眩暈がして、再び馬鹿じゃ宣言を頂いたのは内緒だ。


 先生がいるから医務室かなと思っていたが、よく見ると普通の部屋だった。普通といっても、日本ではレジャー施設や高級ホテルかと思う部屋だ。ベッドがあって、なんか棚があって、なんか棚があって、なんかテーブルと椅子があって、なんか棚があった。まあ、この面子がいるならあばら小屋でも天国です。

 少し硬めのしっかりしたベッドの上で、ルーナが入れてくれたお茶をにっこにっこしながら飲む。お礼を言って飲んでいると、肩に少し重たい上着をかけてくれた。ルーナの上着だ。私は、いつの間にかエプロンとキャップを外していた。そして首元もボタンが外されている。

 これまたお礼を言う。上着は肩の部分に違和感を感じて、少し面白い。ルーナの肩に合わせた形をしているので、私の肩がはまりきらずぱこぱこだ。文化祭で着たことのある学ランもそうだったけれど、意外と重いのに、着ていると慣れてくるのもちょっと楽しい。昔は似たようなサイズで着回せたのに、大きくなったなと改めて感じる。ルーナの体温が残ってるのは、ちょっとだけ気恥ずかしい。また笑いが込み上げてきたが、ぐっと堪える。このちょっとが女子力だ。

「うほほ――」

 頑張ってみた結果、親友(仮)からの視線が、痛い者を見る目から憐憫の情へと移行した。




 一息ついたので、状況について聞いてみる。

「状況報告を、質疑応答宜しい?」

 慣れと甘えで、当然いいよと返してもらえると期待していたら、先生がひどく難しい顔をして重々しく口を開いた。

「馬鹿じゃからなぁ……」

「なにゆえに、そのような痛々痛しさを染め抜いた瞳を!?」

「痛が多いわ、馬鹿者。おぬしは馬鹿じゃから、難しい話をして知恵熱でも出されたら堪らんわ」

「否決不可能じょりん!」

「そこは否定せんか! せめてそこくらいは!」

 大いに嘆かれてしまった。老体を労わりたいのに、先生は全身と入れ歯を使って嘆いている。先生は元気だから、入れ歯も元気なのだろうか。元気なのはいいことだ。たとえ、入れ歯に噛みつかれたとしても。

 入れ歯を先生に返していると、リリィが説明してくれた。

「カズキが倒れてからすぐに騎士ルーナに連絡したら、ずっと踊ってた偽黒も限界だからって下がることになったの。それで、こんな状態のカズキを渡せないって言ったら、明日帰ってくるなら別にいいってことだった」

 成程。だからこうして皆といられるのか。

 そこは素直に嬉しいけれど、疑問も残る。ゼフェカはどうして私を捕まえているのだろう。捕まえているにしては、こうして見張りもいない状況で皆の元に返してもらえている。もしも、王冠を捨ててルーナと逃げちゃったらどうするのだろう。そんなことしないけど。

 私の疑問は、皆も分かっているのだろう。分かっているけれど答えを持たない、そんな雰囲気だ。何とも言えない空気が流れる。

「考えられるのは陽動だろう」

 ルーナの言葉にアリスも頷いた。

「ザイールの屋敷の燃えかすを調べたら、大量の武器がどこかに流れていたが……軍部でないことは確かだ。奴はどこに流したんだ」

 軍部の言葉が耳に入った途端、ぶわっといろんな言葉が頭の中に広がった。

「ティエンは!?」

 大変な事態が起こっていたのに、呑気に寝ている場合じゃなかったのだ。起きてても何ができるわけじゃないけれど。

「軍士ハイは」

 言葉の続きを緊張して待つと、鋭い声が遮った。

「待て、騎士アードルゲ! 内容は砕いて簡単に手短に、易しく頼むぞ。何せカズキじゃ。何に知恵熱を出すか分からん!」

「む……」

 先生の要請を受けて深刻な顔で言葉を探すアリスを掴む。

「そ、そのようなまでに馬鹿ではござりまんにょろ――!」

「いや、馬鹿じゃ」

 断言された。だが、流石の私も深刻な話を聞いてるだけで知恵熱を出したりしない、はずだ。先生にとって私はどんなふうに認識されているのだ。本を読んだだけで爆発するとか思われてたらどうしよう。

「わ、私なるの事柄を、どのように把握してるじょり!」

「カズキじゃ」

「カズキ」

「カズキ」

「カズキだ」

「カズキですね」

 流れるように答えが返ってきた。間違ってはない、間違ってはないけれど。

「正答じょりん! しかしが、不可解にょ――!」

 何だろう。決して間違ってはいない。そうです、私が須山一樹です。寧ろ正しさに満ち溢れた返答であるにも拘らず、湧き上がるこの納得できない感!

 もう一度ベッドに泣きつこうとした瞬間、扉が大きく開いて慌てて元の態勢に戻る。変なところに力が入って、脇腹攣りそうだ。

 ノックもなく部屋にずかずかと入ってきたのは、まさにさっき話していたティエンだ。

「ティエン!」

 疲れたのだろう。片手で振り回すように持ち上げた椅子を皆と並べたティエンは、どかりと座り、声につられるように私を見る。

 そして、思いっきり噴き出した。凄く、唾が飛んできました。

「お前、なんだその頭!」

「閲覧したのみにて、馬鹿が溢れ出る様がご覧頂けましたぞり!?」

 大爆笑されている視線を辿り、慌てて自分の頭を押さえる。そんな、見ただけで分かる程馬鹿が溢れ出ているとでも!?

 しかし、そんな心配は無用だった。触ってすぐに分かったからだ。確かに思い返せば、しっかり洗ってお風呂から上がり、拭いたとはいえドライヤーのないこの世界。生乾きだった髪を縛ってキャップをかぶり、解いたらどうなるか。しかも、女子力のない私だから、髪だって気合いで何とかなるという女子力を持ちえない。

 結果、ボンバーだ。



 手で適当に撫でつけてぼさぼさの頭にまで戻す。とりあえずボンバーでなくなればいいや。ゴムがあればささっと纏めてしまうのに、紐では更なるボンバーな未来しか思い描けない。

「把握済みであるならば、通達望むにょ……」

 あんなボンバー状態の髪で馬鹿じゃない宣言しても、そりゃあ誰も聞き入れてくれない訳だ。理由はそれだ。そうであれ。

 リリィの頭がこくりと揺れた。

「可愛かった」

「私なるもリリィが可愛いが故に、全く以ってどこ吹く風ぞり!」

 手を握って目線を合わせると、控えめに微笑んでくれたリリィが可愛くて可愛くて、私の髪がボンバーなまま皆と喋っていた悲しさなんて吹き飛ぶ。

「騎士ホーネルト、あれについての意見は?」

「昔見た髪が衝撃的過ぎて、あれくらいなんとも思わない」

 ルーナとアリスちゃんは、なんだかずいぶん仲が良くなったみたいで何よりだ。

「…………あれより酷かったのか?」

「全てが意思を持っているかのごとく、うねりながら独立していた。俺は、あれより凄い寝癖も、髪型も、見たことがない。初めて見た時は、異世界の人間は魔法が使えるのかと驚愕した」

 個人的には、大学で強風に煽られてもボンバーにならず、きっちりゆるふわロールを保っていた友人の髪に驚愕したものだ。あれが女子力だというのなら、私には一生無理だ。後、あれもう、ゆるふわじゃない。強うねだ。



「それで、軍部はどうだ」

 どっかりと座ってお茶を一気飲みしたティエンに、ルーナが聞いた。

「離反が四割、騎士は二割ってとこだ」

「思ったより少ないな」

「そうでもないぜ。騎士は分からんが、軍士の残ってるうちの二割傍観、一割が王冠を奪った犯人を見つけ出したら辞めるって言ってるからな。まだ軍士である以上、職務を果たしてから辞めるんだと。騎士も危ういぞ。前線出てた奴らと、内地にいた奴らとの軋轢が噴出してやがる。あー、めんどくさいぜ」

 自分で注いだおかわりをまた一気飲みして、流れるようにゲップしたティエンの言葉に部屋の中が暗くなる。だから、ゲップしたかったらせめて顔を背けろとあれだけ言ったのに。……いや、本当は分かってる。部屋の空気が暗いのはティエンのゲップの所為じゃない。

 夜だからだ。

 あえて空気は読まない。

 だってティエンはいつも通りだ。努めてそうしているのかもしれないが、それを望んでいるのなら乗っかる。……これって空気読んでることになるのだろうか。



 ティエンは私の頭を鷲掴みにして、わしわしと揺らした。たぶん撫でられているのだと思うけれど、これは撫でるではなく、揺らしてるとしかいえない。

「しっかし、こいつ返してくれてるところを見ると陽動の線がでかいが、何から目を逸らさせたいんだ? 軍部切り離して、騎士団分裂させて? グラースとブルドゥスを争わせたいんなら、どっちかだけでやるべきだろ。両方でごちゃごちゃさせれば、有利になったから攻め込もうなんてしねぇだろ」

「他所なる国は?」

「この辺で一番でかいのはうちら二国だ。ぶっちゃけ、これだけ軍部も騎士団もぐちゃぐちゃで、辞めるって言ってる奴らが全部辞めたところで、攻められてどうこうなる戦力差じゃねぇんだよ。残ってる奴らだけで占領できるくらいの開きがある」

「凄まじきお開きぞり」

「そうなんだよなぁ。あいつ誰なんだよ、ったくなぁ」

 わっしわっしと掻き乱される髪は諦めた。どうぞお好きにしてください。

 ゼフェカが誰で、何をしたいのかが誰も分からない。そもそも本名でもないと思う。

 何がしたくて、どうなりたくてこんなことをするのか分からない行動ほど不気味なものはない。それによって齎される被害が想像できないし、何に対しての行動か分からなければ対処のしようがないのだ。

「お前も大変だな、アードルゲ。女傑は伯父の説得か」

 ティエンの言葉に、アリスは短く息を吐いた。

「軍家の母を持ち、騎士の家に生まれたからには、時代に揺れる覚悟はとうに出来ている。母上がおじを説得できないのであれば、アードルゲとおじは決別するしかない」

「アリスちゃん……?」

 彼の顔は、強張っているわけではないのに凄く固い。淡々としているようでいて、歯を食い縛っているようにも見える。

「エレナさん、どのようが事態が」

「貴様には関係のない話だ」

 すっぱりと切られた。気になるけれど、空気を読もう。

「事実じょりんね!」

「貴様の台詞は余計なものが多い」

「じょりん!」

「必要なものだけを排除するな! たわけ――!」

 耳を引っ張った上に、間近で叫ばれて頭がきんきんする。

 よろめいた私をルーナが支えてくれた。

「ここで話していても埒が明かない。カズキはちゃんと寝たほうがいい。風呂は入りたいか?」

[入れるなら入りたい。夜会とかの会場って、華やかで凄いんだろうなって思ってたけど、すっごい臭いね。びっくりした。いやはや、理想と現実って違うね!]

 入れ歯に噛みつかれ、唾が飛んできたり、頭ボンバーなのと、お風呂に入りたい要素は着々と積み重なっていたので一も二もなく飛びつく。

 満面の笑顔になっているだろう私を見て、ルーナはふっと笑った。幸せだ。

「さっきも入ってたけど、カズキは本当に風呂が好きだな」

[日本人ですから――]

「水が豊富な国民性はこういう所で現れるんだなって気づいた時は面白かった」

[あれ? でも温泉あるって聞いたことあるけど]

「珍しいけどな」

[そうなんだ]

 これ以上私が話に加わっていても邪魔になるだけだろう。気になるし、疎外感がないわけではないが、役に立てないならせめて邪魔にはならないようにしたい。

 とっとと眠って、明日の為の体力に回すのが一番いい気がする。

 着替えの事をルーナに聞いていると、皆があまり見たことのない顔をしていることに気が付いた。どうしたのだろう。

「リリィ?」

 声をかけると、リリィははっとなった。可愛い。

「何を言ってるかは分からなかったけど、カズキは、普通に喋ってるとそんな感じなんだなって」

「ん?」

 どういう意味だろう。

「ううん、何でもない。カズキはいつも一所懸命話してくれるから、可愛いなって思っただけ」

「リリィがほうが、特等席で可愛いにょり!」

「ありがとう。いつか、私ともそんな風にお喋りしてね」

「ぞり?」

「私が覚えたほうが早いのかな……」

 考え込んだリリィの肩を、ネイさんが縋るように掴んだ。

「お嬢様! カズキ要素を習得するのは考え直してください!」

「早まるな、ガルディグアルディア!」

「待て、お嬢さん! 若い身空で早まるんじゃない!」

 リリィに詰め寄った面々を尻目に、ティエンは再びゲップした。一気飲みしすぎである。

「だ、そうだけど、そこんとこどうだ、ルーナ。カズキのとこの言葉は難しいからなぁ。俺らは覚えられなかったけど、ガルディグアルディアなら出来そうだな。悔しいだろ」

 にやっと笑って脇腹を肘で突っつかれたルーナは、その手を捻りあげた。

「別に」

「いでででででで! 折れる!」

「別に」

「別にもくそも折れるわ!」

 体勢を捻ったティエンは掴まれた腕を掴み返し、更に捻り返そうとするもするりといなされている。身体は大きくなったのに、ルーナの動き方は昔とあまり変わらない。なんだか猫みたいで、するりするりとティエンの太い腕を避けている。

 そして、私は思う。

 わいわいしているリリィ達と、ぎゃいぎゃいしてるティエンとルーナ。

 わあい、私ひとりぼっち!

 寂しい!



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