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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
28/100

28.神様、ちょっと休憩短すぎると存じます

 ルーナに抱きついたまま散々泣いた。

 泣いても泣いても腹の奥から湧き上がってくるように衝動が治まらない。ルーナがいることに泣いて、ルーナの髪がないことに泣いて、ルーナが抱きしめてくれることに泣いて、泣いてることに泣いて。

 もう何に泣いているのか分からなくなるまで泣いた。ルーナはずっと私を抱きしめてくれている。幸せだなぁと思う。思うのだけど。

 何度も何度もキスを仕掛けてくるルーナの口を掌で押さえる。むっとした顔をされても私だって困るのだ。

[いぎ、でぎない]

[鼻でしてくれ]

[どぅるどぅるでずげど]

 はらはらと美しく泣く技術なんて持っていない。女優さんとかあれはどうやっているんだろう。そこまで考えて、はっとなる。

 あれが女子力!?



 ルーナから手渡されたハンカチで鼻をかむ。こっちの世界はティッシュがないから鼻をかむのはハンカチだ。抵抗感が半端ない。鼻をかんだハンカチは厳重に折りたたんで、裏ポケットに放り込む。後で洗おう。

 いつか鼻水を自在に制御できる女子力を身につけるから、それまで待っててね、ルーナ。


[えら呼吸できなくてごめんね]

[誰もできないから気にするな]

[ルーナは相変わらず優しいねぇ]

[えら呼吸できない恋人を責めるような男になるほうが、難しいと思うぞ]

 ルーナは、さっきまで私が使っていたお風呂場に入っていき、汲み置きされている綺麗な水瓶を持ってきた。それに、どこからか取り出したハンカチを浸す。ハンカチ何枚持っているんだろう。一枚も持っていない私の女子力の低さが悲しい。いや、私だって普段は持っている。一枚だけど。

 絞ったハンカチを手渡されたので、もう一回鼻を噛もうとしたら止められた。

[目元を冷やしたほうがいい。その格好ってことは、この後夜会に出される可能性がある]

[へぇー]

[それ、白いエプロンつけたらメイド服だからな]

[なーるほど!]

 道理で裾や袖にはちょっとした装飾がついているのに、胸元とかお腹周りはすっきりしてると思った。この上にエプロンがくるわけですか、可愛いね!

 日本ではあまり縁のない格好にちょっと上がったテンションだったけれど、いろいろと聞きたいことを思い出して急降下していく。

[そうだ! ルーナ、エレナさん達は!? 無事!?]

[お前が一番無事じゃない]

[いっ……!]

 消毒液を浸したコットンみたいな物が、遠慮なく額につけられた。凄く沁みます。

[全員軽症だ。アードルゲ当主からは、服を奪われた事への謝罪があったが、侵入者十四名捕えていれば充分すぎる]

[エレナさん達すっごい]

 エレナさん達が無事でよかった。ゼフェカもそんなことを言っていたけど、信用できない。ルーナの口から聞けて本当によかった。

[それにしても、ルーナはどうしてここに?]

[この後の夜会で「ギコク」の供をしろとの要求に、条件を付けた。この時間を取れないなら、俺は王冠を溶かされても要求はのまないと言っただけだ]

[なるほど……なんのお供って言った?]

[あー……偽の黒曜だ]

[あー、だから「偽黒」]

 丁寧に拭われていく傷口の痛みに悲鳴を上げないよう唇を噛み締める。ただし、身体はぐねぐねうねってしまった。だって痛いんです。

 額を覗き込むルーナの目つきが鋭くなっていく。間近でそれはやめてほしい。痛みとは別に逃げたくなる。

[これはあの男か]

[え? ああ、これは、天井付近にあった通風孔めがけて壁走りしたら盛大に落ちた!]

[何やってるんだ……]

 てきぱきとガーゼを当てて包帯を当てたルーナは、次に私の左手を取った。

[指は]

[ゼフェカを殴ったら折れた!]

[何やってるんだ……]

 てきぱきと添え木を当てられ、やっぱり二本纏めてくるくる巻かれていく。

[足は]

[栄光の第一歩が土竜の穴に…………とても、悲しい事件でした]

[本当に何やってるんだ……]

 深い深いため息を吐きながらも、ルーナの手は止まらない。自分でするよと宣言するタイミングを完全に逸した。よく見ればお風呂に入る前にゼフェカが使っていた薬品箱じゃない。

[それ、どうしたの?]

[持ってきた。あんな男が用意した薬なんか使えるか]

[うぐ]

 ずっと使ってましたとは言えない。黙っておこうと口を噤んだら、半眼を向けられる。何故ばれた。


 眉間に皺をよせて黙々と手当をしてくれるルーナを見下ろしながら、私も黙る。いっぱい話したいことも、聞きたいこともあったのに、ありすぎて出てこない。でも、たぶん、こうしていられる時間はずっとじゃない。聞けるときに聞いておかないと後悔する。そして、話せるときに話しておかないと、凄く勿体ない! 時は金なり! ちなみに、そのお金はあっちのお金ですか、こっちのお金ですか。そこ大事だ。


[ねえ、ルーナ。髪どうしたの?]

[切った]

[そうですね。見たまんまですね]

 しょきんと包帯を切って顔を上げたルーナと目が合う。見上げられると一瞬仰け反りそうになる。理由はルーナがイケメンだからだ。怖かったからとかそんなわけが、ある。内緒にしよう。

 内緒なのにルーナの目が半眼になっている。何故ばれた。

[……願掛けの意味合いもかねて伸ばしていたから、お前と会えてもういいだろうと切った]

 可愛く嬉しい理由だった。私は思わず両手で自分の頬を押さえる。髪を伸ばしたルーナもかっこよかったけれど、惜しむらくは一度解いた姿を見たかった。

 失われた濃紺の髪に思いを馳せていると、ルーナは急に真顔になった。

[ら]

[ら?]

[その晩にお前は浚われ、血のついた首飾りが送りつけられてきた]

[うぉわああああ!?]

 なんというタイミング!

 淡々と話しを続けるルーナの無表情さが、感情を剥き出しにするより如実に感情を表現している。

[翌日、身内の不幸等の理由で、この時期に黒曜候補の後見人が半数も領地に帰った。その内の一人がドレン・ザイール、あの偽黒の後見人であり、バルマの領主だ]

[鉄の街、バルマ]

[知ってたのか]

 意外そうに眉が動いたので、あの晩のことを話した。無表情から少しでも表情を出したかったからなのに、今度はどんどん眉間に皺が寄っていく。厩舎で馬を見送った辺りは呆れ顔をされた。望んでいた表情はそれじゃあなかったかな。

[でも、どうしてあの金歯が犯人って分かったの?]

 黒曜候補の後見人がどれだけいるのかは知らないけれど、半分もの人が怪しい行動を取ったのなら特定にもっと時間がかかると思うのだ。何か決定的な証拠でもあったのだろうか。

[あまり詳しいことは言えないが、ガルディグアルディアの情報網だ、とだけ]

[リリィ!]

[……他の事は興味なさそうだな。で、だ。バルマに向かった]

 別に興味がないわけじゃないけど、思いもよらないところで会いたい人の名前が出たからテンションが上がってしまっただけである。

 ちょっとだけうきうきしながら話の続きを待つと、ルーナの表情が潮が引くみたいにすぅっと失われていく。

[ら]

[ここでまた、不吉な『ら』が!]

[ザイールの屋敷は全焼する、道沿いの岩陰に血の付いた包帯が落ちている、その町の裏路地にはお前の世界の文字で『墓』と書かれた齧りかけのクッキーが落ちていた]

[大半私の所為だった!]

 後、ゼフェカ!

 しかし、これはルーナに土下座したほうがいい気がする。大変申し訳ない。なんというか、どれも悪気はなかったのに、こうも重なると思わぬところでひどい事態が勃発していた。


 思わず神妙な顔つきになる。そのまま土下座して謝罪しようとして、ぴたりと止まる。

[ルーナ、私、石の塔の地下室しか燃やしてないんですけど]

[分かってる。ドレン・ザイールが見当たらなかったから、恐らく証拠隠滅を図って燃やしたんだろう。あれだけの火災で死者が出なかったのは、故意に燃やしたからだ。誰も消火に当たっていなかったからな]

[よかった……]

 全部燃えた、ざまあみろとはどうしたって言えない。死者が出なかったのは何よりだ。

 自分を浚った相手の家とはいえ、自分が原因で全焼したと聞けば気が気じゃない。火災保険とか絶対入っていないだろうし。そもそもこの世界、保険の概念も無かったりする。災害なんかがあると、国からお金が下りてくるらしいので、ある意味税金が保険替わりなんだと思う。詳しいことは知らないけれど。ちなみに、日本でのことだって詳しいことは知らない。もっと勉強しておけばよかったと思わないでもないけれど、結局必要になるまでしないんだろうなと思う。自信満々だ!


[ねえ、ゼフェカは何がしたいの?]

[分からない。あの男が一番、何も分からない。ドレン・ザイールの目的は一つだが、あの男はどこから現れたんだ……]

[え!? 目的分かってたの!?]

 びっくりだ。私には形を捉えるどころか、雲を掴むよりさっぱりだったのに知らないところではいろいろ解明されていたようだ。

 そりゃ、私はこの世界に戻ってきて日が浅いし、元々砦の事しか知らなかった身の上だ。この国の内情や時事問題に詳しいわけがない。だから、決して私が馬鹿なわけではない、と、思う。

 ルーナが首に手を持ってきたので、ちょっと傾ける。そこの傷はそんなに大きくないみたいだからもう治りかけているはずなのに、ルーナは痛そうな顔をした。

[バルマは鉄の生産で潤ってきた町だ。戦争が終わり、今迄みたいに大量の武器を必要としなくなった現在では、大分廃れてきたと聞いている。元々、鉄が取れる以外は特徴がなかった町だ。鉄精製所が多い分、観光にも向かない。あの町は、長い戦争で得をしてきた物の一つだ]

[そうなんだ…………え、それで何で私が連れて行かれたの?]

 全く関係ないのではなかろうか。

 少し考えて、ぴこんと考えが浮かんだ。

[あ! 鉄を使った商品アイデアが欲しいとか! 異世界人的な発想でとかそんな感じの!]

 だが、残念金歯! 鉄と言われてぱっと思い浮かぶのは、鉄鍋やフライパン、鉄棒くらいだ。他にもいろいろあるだろうけど、とりあえず思いついたのはこんなものだ。そして、そんな物はこっちの世界にもある。

 私の役に立たなさを思い知るがいい!

 どうだと胸を張ったら、首を振られた。

[違う。ドレン・ザイールは戦争をしたいんだ]

[は?]

 ルーナはいま何語を喋っているんだろう。本当に分からなくて聞き直す。

[ドレン・ザイールは、二国議会の議員に自分を選ばせるつもりだ。その為の偽黒だろう。奴は、再び戦争を起こしたい。だから、戦争回避の為に作られる二国議会は邪魔だろうな。ただし、奴一人が紛れ込んだくらいでどうにかなるともな……庶子として二十歳くらいまで田舎で暮らしていたそうだが、そんなに賢くないと太鼓判を押されていた男だ。奴一人でここまでの騒動を起こせるとは到底]

[戦争!? せっかく終わったのに!?]

 ずっと日本語を喋ってくれていることに今更気づいたけれど、そんなことは吹っ飛んだ。詰め寄ろうとした顔をがしりと掴まれて動きを止める。

[動くな。まだ首の手当てが終わってない]

[ひゃい]

 手が大きすぎて、私の鼻を若干潰してます、ルーナさん。

 大きくなったなぁと、これまた今更ながらしみじみと感じる。ルーナは大人になったんだ。知らない十年間がこの顔である。うん、怖い。

[せっかく終わった戦争始めてどうするの……]

[武器を作りたいんだろう。奴は鉄を売り込めたらそれでいいんだ]

[馬鹿じゃないの]

 するりと零れ落ちた言葉は揶揄ではない。心からそう思ったのだ。

 自分勝手。その文字が頭に浮かぶ。でも、これはただの自分勝手じゃ済まされない。そんな問題じゃない。戦争は、そんな理由で始まっていいものじゃない。どんな理由でも始まっちゃいけないものなのに。

[エレナさんは、あの戦争で何も失わなかった人間なんていないって言った]

[失っているだろう。人間性を]

 ルーナは淡々と手当を続けた。

[戦争の儲けは奴を金の亡者にした。それだけの話だ。…………俺達が守ったものは何だったんだろうな]

 三百年もの間、二国の人達は何の為に戦ったのか。

 失って失って疲れ果て、そうして得た物が平和じゃなかったのだろうか。なんて遣る瀬無いんだろう。

 だんだん下を向いてしまいそうになって、慌てて顔を上げる。首の手当てをしてくれていたルーナは、何も言わずに手当てを再開した。

[え、ちょっと待って。それで何で私]

[馬鹿なんだろう。それか、質だろう。王冠で充分な気もするけどな]

[そんな適当な理由!?]

 納得いかない。どうせ浚われるならもっと明確な理由があったら嬉しかった。あったら嬉しいけど、なくてもまあ……みたいなおまけですか。そりゃ、壮大な理由で浚われても背負えないけれど、何となく憮然とした気持ちになる。人間って我儘な生き物だ。



[出来た]

[ありがとう]

[もうないか?]

[たぶん!]

[全部見せろ]

[絶対嫌だ]

 じりっと詰め寄ってくるルーナを、蟹歩きで避ける。ほら、こんな動きも平気で出来るくらい元気だよ!足痛いけど!

 落下した時にしこたま打ったお尻の痣だけは絶対に隠し通して見せる。この年にもなって、まるで蒙古斑みたいな痣になっているお尻だけは絶対に見せてなるものか。そういえば、こっちの世界の赤ん坊に蒙古斑は出るんだろうか。今度聞いてみよう。

 今は他に話さなければならないことがいっぱいあるから後回しだ。だが、私には確信があった。絶対忘れる。

[あ!]

[どこだ]

[怪我じゃない!]

 すかさず伸びてきた手を握って止める。握り返された。嬉しいけど違う。目的は果たされたからいいのだけど、何となく恥ずかしい。

 繋がった手の所在に困り、ぶらぶら揺らしてみた。

[ゼフェカ、日本語喋ってた!]

[何?]

[後、ルーナは何でずっと日本語なの!?]

[どうせどこかで会話を聞かれているだろうから、その対策だったんだが……日本語? あの男が?]

 ルーナは真剣な顔になった。難しい顔をして黙り込む。

 その顔が凄い怖いとは言いづらい雰囲気だ。ついでに、手を振り払って逃げ出したいとも言いだしにくい。仕方がないので話を続ける。

[帰りたい、しか分からないって言ってたけど。たぶん、本当じゃないかなと。日本語でぶわーって喋ったときも、全然分かってなかったような気がする]

[…………分かった。報告しておく]

 そのまま黙り込んでしまったルーナを見上げながら手を揺らす。どうしよう、この手。放していいんだろうか。それはそれで勿体ない気もする。せっかくルーナが目の前にいるんだから、もうちょっとこのままいたい。揺らす必要は全くないけど、一度揺らし始めると止めるタイミングが掴めなくなってしまった。

 ルーナが難しい顔で何かを考えているので、私も何かを考えよう。思い浮かぶのはあの女の子だ。

[ルーナ、あの子は誰か知ってる?]

 考えたところで結局ルーナに聞かなければならないので、ルーナの思考の邪魔をしてしまった。申し訳ない。

[いや、彼女の詳細も不明だ。年の頃は十五だそうだが、それも定かじゃないんだ。本物の黒曜を名乗った者は全員、染粉や薄ガラスの確認をされる。結果、彼女の髪も瞳も、何も手が加えられていなかった]

 それは凄い。だからこそおかしい。

 この世界では、黒髪黒瞳は全く存在しない訳じゃない。ただ、凄く珍しいのだ。どちらかだけでも珍しいのに、両方揃っているとなると物凄く珍しい。そんな女の子が今まで誰にも知られずに一体どこにいたんだろう。

 ルーナと話せていろいろ分かった気がしたけど、気の所為だったようだ。

 ほとんどなんにも分からない!

 まあ、情報交換できただけでよしだ。分からない場所が分かってきたこともよしだろう。なんにも進んでいないのは全然よくないけど仕方ない。世の中こんな物である。ひょいひょいとんとん拍子で進むと、どこかで手痛いしっぺ返しが来るものだ。

 もともと、私は部外者だ。ぐるぐる回っているけれど、この世界からしたら部外者の余所者が、調子に乗って首を突っ込んでいいレベルの話はとっくに超えていると私でも分かる。

 だからまずは落ち着こう。やるべき事を考えたいけれど、何が余計な事かも分からない。だったら聞くのがいいと思うのだ。私だって何か役に立ちたい。

[ねえ、ルーナ。私は何をしたら役に立てる?]

[何もしないでほしい]

[ですよね!]

 即答された。しかも真顔で。この宙ぶらりんの決意をどうしよう!

[出来るなら、今すぐ確保して連れ帰りたい……]

[ルーナが私より日本語達者で涙目だよ、ほんと]

[出来る限り怪我をしないように、カズキがつらくないように過ごしてほしい。こっちの世界の都合で散々振り回している俺が言えることじゃないけど、もう駄目だと思ったら、俺は王冠よりお前を取るぞ]

 それはまずいと思うのですよ、ルーナ。

 そう言いたかったのに、こっちを見る水色の瞳には決意済みと表示されていたので黙る。この目をしているルーナはかなり頑固だ。大人になった分威力も倍増に思える。

 大きな掌が、顔を通り過ぎて首の後ろに回った。細い感触が首を擽る。

[次に贈るのは指輪にする。そのほうがまだ安心だ]

 ルーナの首飾りが私の首に帰還した。指輪なんていらないよ、ルーナ。私はこれがいい。この首飾りがあればそれでいいんだよ。…………嘘です、指輪も欲しいです。というか、ルーナから貰えるんならその辺に落ちている平べったい石でも狂喜乱舞するよ! 棒でも、草でも、紙ゴミでも――!

 嘘です。ゴミは流石にいりません。捨ててきてって言うんなら捨ててくるけど。

 首元で小さく揺れる大事な首飾りを指でつつく。私もルーナに何か贈りたい。手持ちがないので何も贈れないけれど、いつか何か贈れたらいいなと思う。待っててね、ルーナ。初お給料入ったら何か贈るから! アリスちゃんにもお世話になったお礼に何か贈りたい。きのこ柄パンツ贈るのはセクハラだろうか。


 こんな時だからこそ楽しい想像をしてみる。リリィの所でもいいし、どこか街角のパン屋さんとかで働いても素敵だ。花より食い気なので、お花屋さんよりパン屋さんのほうが向いているだろう。日本でもパン屋さんでバイトしたことがあるし。焼き立てパンの匂い最高だった。ただし、焼き立てパンを陳列するのは非常に難しいのが難点だ。

 働いて、お給料もらって、お世話になった人みんなに贈り物を買いたい。都合が合うなら、リリィやエレナさん達と一緒にお買いものもしてみたい。

 そんな日が、いつか来るといいな。


[うへへ――]

 ルーナと目が合ったので、何となく笑ってみた。女子力の欠片もない笑い方だったのは反省している。けれどルーナも目元を緩ませて笑ってくれた。繋いだ手を無意味に揺らしても抵抗しない。

 いいなぁ。こういう時間が好きだ。こんな風に普通の中に幸せを見出して生きるほうが好きなのに、現実はどうにも難しい。

[ルーナ]

[何だ?]

[呼んでみただけ――]

[何だ、それ]

 小さく声を上げて笑ってくれたルーナに、もっと楽しくなる。ああ、こんな時間がずっと続けばいい。そんなのは無理だと分かってるけど、せめてもう少しだけでも。

 突如、水色の瞳が忌々しげに歪められた。もう少しも駄目ですか、そうですか。私は休憩時間の終わりを知った。

 ここんっと呑気なノック音がして、返事も待たずに扉が開く。

「お楽しみ中お邪魔しますよっと」

「ちっ」

「ちぃいい!」

 ひらひらと片手を振りながら入室してきたゼフェカを、私とルーナの舌打ちがお出迎えした。

 ちなみに、気合が入っている方が私である。


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